【Side:太老】
男子生徒たちから聞かされた話に、俺はなんとも言えない気持ちになる。ダグマイアがラシャラの誘拐を企てているという話を聞かされたからだ。
確かにラシャラは皇族派のトップ、ババルンは貴族派のトップと立場が分かれ、対立する間柄にある。
しかし、だからと言ってババルンがラシャラを誘拐するようにダグマイアに命じたとは思えない。そんな短絡的な考えでは大国の宰相など務まらないからだ。
恐らくは父親に良いところを見せようとダグマイアが先走ったのだろうが、そんなことでババルンが喜ぶと俺には思えなかった。
失敗しようが成功しようが、事が明るみになればババルンは責任の追及を免れなくなる。逆に困らせるだけだろう。
実際こうして俺たちに露見している時点で、ダグマイアの計画は失敗しているようなものだ。相変わらず短絡的というか、懲りない奴だという感想しかでなかった。
「出掛けてる?」
『はい。今日は学院で倶楽部の集まりがあるそうで、アンジェラを連れて朝から出掛けておいでです』
学生寮に備えられた通信機を借り、ラシャラの独立寮に連絡を入れると通信にでたヴァネッサがそう教えてくれた。
いつの間に倶楽部活動なんて始めたんだ? そう言えば、最近マリアも忙しそうにしてるんだよな。
新しく倶楽部を設立したらしいが、どんな活動をしているかとか聞いても教えてくれないし……もしかしてラシャラも同じ倶楽部に入っているのか?
放課後も学院に残って何かをやっているようだし、学院生活が充実しているならいいが、なんともタイミングが悪い。
しかしキャイアは一緒じゃないのか。恐らく今日も商会の裏手で訓練をしているのだろう。
「ラシャラちゃんはいないみたいだ。学院に行ってるって」
「わかりました。わたくしの方から連絡を入れています」
頼りになる護衛≠つけているので大丈夫だとは思うが、もしもと言うことがある。
リチアに通信機を委ね、学院への連絡をしてもらっている間に、俺は男子生徒たちに視線を移した。
観念した様子で床に正座をする男子生徒たちを見下ろしながら、俺はどうしたものかと考える。
そして考えること十数秒。俺は一つの答えをだすと、おもむろに口を開いた。
「よし。働き口を紹介してやる」
「え? 働くって……それは一体?」
「うちの商会で、しばらく働けと言ってるんだ。お前等はもう少し現実≠知った方がいい」
ダグマイアに協力を求められたと言うことだが、稀少な男性聖機師でもあるし重い罰に問うことは難しい。
それに黙っていただけで、ラシャラの誘拐に直接加担しているわけでもないしな。ダグマイアからの誘いを断ったと言うだけでも見込みはある。
そこで俺が考えたのは、彼等の再教育だった。と言っても、勉強を一から教えるわけではない。そんなのは学院がやればいいことだ。
大切に扱われて何もさせてもらえず、聖機師であること以外、自分の役割を何も見出せないから、ちっぽけなプライドに縋ることになる。そんなことでは心が荒んでしまうのは当然だ。
なら、切っ掛けを与えてやればいい。それが他人から強制されたものでも、汗水垂らして働くことで見えてくるものもあるだろう。
「連絡を入れておくから商会に行って、ランの指示を仰げ。反省しているところを見せたいなら、しっかりと働くんだな」
俺の言葉の意図を察した様子で、頭を下げる男子生徒たち。
反発されることも考えたが、素直に従ったことに少し驚かされる。
ぞろぞろと寮を後にして、重い足取りで商会に向かう男子生徒たちの後ろ姿を俺は見送った。
「よかったのですか?」
通信を終えたリチアが、そう言って声を掛けてきた。
リチアが何を心配しているのかはわかる。あいつらの後ろにいる国が何かを言ってくる可能性を憂慮しているのだろう。
だが、男性聖機師だからと甘やかしてきた結果がこれだ。悪いことをしたら叱り、同じ間違いを繰り返さないように罰を与える。
反省する機会を与えてもらえないのは、彼等にとっても不幸な出来事でしかない。
俺の意志が堅いことを察して、リチアは苦笑を漏らしながら、あっさりと引き下がった。
きっと呆れられているのだろう。とはいえ、俺は考えを変えるつもりはなかった。
「それで? ラシャラちゃんと連絡は取れたのか?」
「いえ、それが……」
俺が尋ねると何やら困った顔で、リチアは通信できいた内容を話し始めるのだった。
【Side out】
異世界の伝道師 第263話『護衛の力』
作者 193
「本当にやるのか? ダグマイア」
「当然だ。この機会を逃せば、次はない」
アランの問いに、ダグマイアは迷うことなく答える。
ラシャラを誘拐すると決めたはいいものの、どうやって彼女の身柄を確保するかと迷っていた時だった。
ラシャラが護衛も連れず、のこのこと学院に姿を見せたという情報が舞い込んだのは――
罠かとも警戒したが、むしろ時間をおけばおくほどにリスクが高まるとダグマイアは考え、計画を実行に移すことにしたのだ。
アンジェラという従者が一人一緒のようだが、その程度であれば数で押しきれると判断してのことだった。
「やるしかないんだ。もう俺にはこれしか……」
ここまできて、今更やめられるはずもない。ダグマイアにとって、これは最後のチャンスとも言えるものだった。
そんな鬼気迫る表情を覗かせるダグマイアを見て、アランはそれ以上なにも言えなくなる。
友人として止めるべきかとも迷ったが、いまのダグマイアの耳には何を言ったところで届かないだろうという確信があった。
「きたぞ」
ダグマイアの声で、一斉にターゲットへ目を向ける男子生徒たち。
全員が共通の衣装と仮面を身に付け、手には刃渡り60センチほどの剣を携えていた。
結局、ダグマイアの他はアランとニールを含め、この場にいる八人しか協力者を集めることが出来なかった。
それだけクリフの二の舞になりたくないと思っている者、太老を恐れている男子生徒が多いと言うことだ。
「情報通りのようだな」
仮面の下で息を整え、仲間に確認を取るようにニールは呟く。
学院と独立寮を結ぶ林道を、ラシャラはアンジェラと共に真っ直ぐダグマイアたちの待ち構える場所に向かって歩いてきていた。
恐らくは学院での用事を終え、寮へと帰るところなのだろう。
「手はず通りにいくぞ」
他に人がいないか注意を払いながら誰もいないことを確認すると、ダグマイアは左手で仲間にサインを送る。
木陰に身を隠しながら、標的を取り囲むように散開する男子生徒たち。
あと少しで包囲が完成する、と思われた、その時。ラシャラとアンジェラはピタリと足を止めた。
「ラシャラ様」
「うむ。予想はしておったが……」
最初から襲撃があることを予想していた様子で、ラシャラはアンジェラに守られながら周囲に気を配る。
そんなラシャラの様子に、自分たちが隠れていることに気付かれたと察したのだろう。
林の奥から、ぞろぞろと姿を見せる仮面の男たちを見て、ラシャラは溜め息を漏らした。
「ここまで愚かな選択をするとはの……」
仮面で顔を隠していようと、ラシャラにはこの襲撃を企てた者が誰であるかわかっていた。
ババルンがシトレイユ入りをするという話を聞かされた時に、既にその可能性を考慮していたからだ。
キャイアを呼び戻さなかったのも、そのためだ。キャイアが敵と通じているなどと疑ってはいないが、まだ迷いがあることは確かだ。
顔見知りを相手に剣を振うことが今のキャイアに出来るかどうか、はっきりとラシャラには断言できなかった。
迷いは剣を鈍らせる。護衛がその調子では、ラシャラだけでなくキャイア自身も危うい。それに敢えて狙い易い状況を作ることで、敵の動きを誘う狙いもあった。
案の定、ダグマイアはラシャラの誘いに引っ掛かったと言う訳だ。
「貴様に何がわかる……ッ!」
「わからんし、わかりたくもない。御主のしておることに大義名分などありはせぬ。子供の癇癪と同じじゃ」
痛いところを突かれ、ダグマイアは仮面の下で顔を赤くする。
そもそもラシャラがこんな真似をしたのは、太老とババルンの戦いに余計な横槍を入れさせないためだ。ダグマイアの主義や主張に興味はなかった。
少なくとも、こんな真似をしたところでババルンがダグマイアを認めることはないだろう。
結局ダグマイアのしていることは、父親に認められたい一心で空回りをしているに過ぎない。
とっくに見限られていることに気付きながら、それを認めることが出来ずにいると言うことだ。
そこに大義名分などありはしない。子供の癇癪と同じだとラシャラは吐き捨てた。
「太老の手を煩わせるまでもない。我が引導を渡してくれる」
「ふざけるなッ! この戦力差が目に入らないのか!?」
アンジェラもそれなりにやるのかもしれないが、ラシャラを守りながらこの数の相手をするのは無理だろう。
だと言うのに強気の態度のラシャラに苛立ち、ダグマイアは激昂する。しかし、その時だった。
空気を震わせるような轟音がなったかと思うと、男たちの頭上に影が差した。
そして次の瞬間には、アランとダグマイアを除く男子生徒が投射された巨大な網に捕らわれていた。
「くっ! なんだこれは――」
「この網、ただの網じゃないぞ。気を付け――」
『ガアアアアアッ!』
閃光が迸り、網に電気が流されたかと思うと、男子生徒は悲鳴を上げて次々に倒れていく。
そして空間が揺らめき、姿を見せたのは銀色のタチコマだった。
天然オイルげっと、と喜びに満ちた声を上げるタチコマを見て、ダグマイアとアランは驚きを隠せない様子で目を瞠る。
そんな彼等の様子を見て、額に手を当てながら天を仰ぐアンジェラ。
「……ラシャラ様?」
「まあ、そう怒るな。敵を騙すには味方からと言うじゃろ?」
襲撃の件もそうだが、タチコマのことも何も知らされていなかったアンジェラは半目でラシャラを睨む。
恐らくは、グレースからタチコマを借り受けたのだろう。いや、天然オイルを餌にタチコマを買収したと言った方が正しいのかもしれない。
そして勝ち誇った笑みを浮かべ、ダグマイアの出方を見るラシャラ。
「こ、こんなバカな……」
圧倒的優位の立場から一転して窮地に立たされたダグマイアは怒りに震える。
太老だけでなくセレスにも敗れ、先走った挙げ句、ラシャラの罠に掛かったなどと到底ババルンに報告できることではなかったからだ。
「それで……」
「む?」
「それで勝ったつもりか!」
故に、ダグマイアは吼える。
許せるはずがなかった。認められるはずがなかった。こんなところで終わっていいはずがない。
その声が合図となってか、草木が擦れる音と共に林の中から一体の巨人が姿を見せる。それはニールの聖機人だった。
「聖機人じゃと……まさか、こんなものまで用意しておるとは……」
「ラシャラ様、お逃げ下さい!」
咄嗟にラシャラを庇い、前へでるアンジェラ。タチコマが慌てて二人と聖機人の間に割って入ろうとするが間に合わない。
出来ることなら目立つ真似は避けたかったが、こうなったら仕方がないとダグマイアは考えを変える。
教会に潜伏させていた子飼いの職員を使い、用意させた虎の子の聖機人だ。
本来であれば、こんなところで使いたくはなかったが、そんなことを言っていられる余裕はない。
ラシャラの身柄さえ確保できれば、あとはどうとでもなる。そう考え、ダグマイアはニールにラシャラを捕らえるように指示をだす。
「なんだと――」
――が、聖機人の手がラシャラに伸びようとした直後、障壁のようなものが聖機人の動きを遮った。
黄金に煌めく障壁。視認できるほどのエナが壁となって、ラシャラたちを守るように展開される。
「なんだ! それは!?」
理解の出来ないものを前に、ダグマイアは困惑を隠せない様子で叫ぶ。
そして光の障壁を前にダグマイアの頭に過ぎったのは、闘技場の空に浮かぶ黄金の聖機人の姿だった。
「またか! また、お前が立ち塞がるのか!?」
太老の影がちらつき、ダグマイアは再び声を荒げる。
その直後、眩い光が聖機人を呑み込み、辺り一帯を包み込んだ。
【Side:太老】
「――と言う訳でして」
リチアと共に学院長室に行くと、ラシャラが床で正座をさせられていた。
話を聞くと襲ってきた男子生徒を撃退したそうなのだが、その時に林道の一部を吹き飛ばしたらしい。
その衝撃で男子生徒たちは気を失い、いまは医務室で治療を受けているとの話だ。
過剰防衛とも取れる内容だが、ラシャラは誘拐されそうになった被害者だ。それにシトレイユの問題に、教会が口を挟むわけにはいかない。
そうした事情からどう処分を下したものかと、学院長が頭を悩ませている様子が窺い知れた。
「それで正木卿が用意した護衛が原因だと、ミス・ラシャラが仰るもので……」
なにやら雲行きが怪しくなってきた。
え? 俺が悪いのか?
「た、太老……」
涙目で俺に助けを求めるラシャラ。その頭の上には祭≠ェ乗っていた。
そう、この饅頭のような生物は、第四世代の皇家の樹『祭』の生体端末だ。
キャイアの代わりに、ラシャラの護衛にと俺が用意したものだった。
ラシャラを守ってくれるように頼んだのは俺だが、まさかここまで加減≠知らないとは……。
「林道の修繕。お願いできますね?」
「……はい」
ガクリと肩を落としながら、俺は学院長のお願い≠ノ応えるのだった。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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