「おーらい、おーらい!」
メイドたちに交じり、制服に白衣を纏った姿で誘導灯を手に持ち、物資の積み込みを手伝うグレースの姿があった。
ここは太老の船『カリバーン』の格納庫。もしもの時に備え、商会の倉庫や工房の品を船へと移動させる作業を彼等は行っていた。
「これで大体終わったな」
「うんうん。いやー、取り扱いに専門知識が必要なものもあって、私一人じゃ厳しかったから助かったわ。ありがとね」
「べ、別にいいけど……」
御礼を口にするワウに対して、照れ臭そうに頬を掻くグレース。
商会の品はともかく工房にあるものは、専門知識のない人間が迂闊に触ると危険な物も多い。そうした判断がメイドたちだけでは付けられないため、ワウが積み込み作業の監督をしていたのだが、一人ですべての作業を監督するのは大変な作業だった。グレースの手伝いがなければ、もう数日は作業に時間を取られていたことだろう。
ワウが感謝するのも当然だった。
「これ、新型の聖機人だっけ?」
「まだ未完成品だけどね。太老様の力を十全に発揮できるように設計したつもりなんだけど……」
「なんか問題があるのか?」
「動力がね。聖機人用に改良したフェンリル≠搭載してるんだけど、それでも出力が足りないのよね」
半透明の殻に入った待機状態の聖機人を見上げながら、ワウに尋ねるグレース。
見た目は普通の聖機人と大差はないが、この聖機人は商会で学んだ技術と結界工房の技術を掛け合わせて改造したワウの自信作だった。
結界工房で研究が進められていた特殊な素材を用い、動力炉には聖機人用に改良を加えた蒸気動力と亜法動力のハイブリッドエンジン『フェンリル』を使用しており、これまでの聖機人よりも性能を向上させた機体となっていた。ユキネやコノヱであれば十分に性能を発揮でき、満足させられる出来になったとワウは自負していた。
しかし新型の聖機人はワウ自身も傑作と認めるほどのものだが、これでも太老が乗ることを考えるとまだ物足りない。
「聖機神の亜法結界炉が手に入れば理想なんだけど」
「絶対にやるなよ。どさくさに紛れて聖機神を解体しようとか考えてないよな?」
「わ、私でもそんなことはしないわよ……たぶん」
少しは考えていたのだろう。目を逸らしながら答えるワウを見て、グレースは呆れた様子で溜め息を漏らす。
ワウが満足していない一番の理由は、動力のパワー不足にあった。
フェンリルは蒸気動力と亜法動力を組み合わせることで低出力での運用を可能としており、バースト状態であっても亜法酔いのリスクを軽減することに着眼を置いて設計されている。そのため、稼働時間も大幅に向上することに成功しているのだが、結局のところ使われている亜法動力は従来の物と大差がない。物が同じである以上、最大出力と言う点においては聖機人の域を超えるものではなく、オリジナルには劣るというのがワウのだした答えだった。
そのため、太老の力を受け止められるだけの出力を得るとなると、オリジナル――聖機神の亜法結界炉が必要だとワウは考えていた。
とはいえ、聖機神は教会の持ち物だ。結界炉が欲しいから聖機神を解体させてくれと言ったところで許可は降りないだろう。
方法が他にあるとすれば、これから起こるであろう混乱に乗じて聖機神を奪取。こっそりと解体してしまうことだが、もし後でバレたら面倒なことになる。
教会と正面から事を構える覚悟がない以上は、さすがにそこまで強引な策は取れない。ワウとて、そのことはわかっていた。
「これだからマッドは困るんだよ……」
「グーレスだって他人のことは言えないじゃない。タチコマ用の新装備を開発中なんでしょ? 時間凍結の亜法を解析して作った空間兵器だっけ? また物騒なものを考えるわよね……」
「な、なんでそれを!?」
「太老様に相談するだけじゃなくて、結界工房にも問い合せてたらしいじゃない。集めてる資料から大凡の予想は付くわよ」
これまで、どの国も開発に成功していない空間兵器をグレースが開発していると知って、ワウは半ば呆れた様子を見せる。
空間拡張や時間凍結の術式を込めたアーティファクトが稀に遺跡から発掘されることはあるが、解析に成功した国はない。
それを兵器に転用するなど普通なら無理だと言うところだが、太老が絡むとなると話は別だ。
正木商会は食材を腐らせないため、倉庫に時間凍結を施すと言った常識外れなことをやってのけている。
言ってみれば結界工房ですら完全に解析できていない技術を、再現することに成功していると言うことに他ならない。
「それを言うならシンシアだって……なんか最近やってると思ったら、タチコマ用の並列処理プラグラムを組み直してるんだぜ?」
タチコマネットと呼ばれる独自のネットワークを利用したリンクシステムの話は、ワウも説明を受けていたので驚きを見せる。
主にタチコマの学習機能の強化と情報収集を目的として設計されたシステムで、改良の余地などない完成された技術だとワウは考えていたからだ。
しかしシンシアは、これを更に発展させたシステムの構築に着手を始めていた。
以前、シトレイユで起きた亜法動力の停止現象で得たデータを元に〈青のZZZ〉を制御できるようにならないかと考えたからだ。
結論から言うと、あれは〈MEMOL〉の暴走によって引き起こされた現象で、現状のままでは制御は難しいと言うことだった。
しかし〈MEMOL〉だけで制御が出来ないのであれば、その処理を分散してやればいい。タチコマのネットワークを用いた並列処理システムで〈MEMOL〉の負担を減らせないかと考えたのだ。
こうした分野ではワウやグレースも、シンシアには及ばない。ハードの開発はともかくソフト面においては、他の追従を許さない才能をシンシアは有していた。
だが、それでも――
「まあ、太老様と比べたら、私たちのやってることなんて普通≠セけどね」
「だなあ……太老と比べれば、私らはマシな方だよな」
ハードとソフト。その両方で優れた知識と技術を有し、類い稀な発想力を発揮する太老には敵わないと二人は話す。
二人の脳裏に浮かぶのは、粉々に破壊された林道の光景。それを為した〈皇家の樹〉の生体端末の姿だった。
異世界の伝道師 第266話『前哨戦』
作者 193
【Side:太老】
いま俺はババルンとの会談に臨んでいた。
俺は商会の代表にしてハヴォニワの貴族。一方でババルンはシトレイユの宰相という立場にある。
しかも俺はラシャラと婚約をしていることから皇族派の味方と思われていて、貴族派のババルンとは表向き対立関係にあった。
そのため、人目の付くところで話をすると言う訳にもいかず、互いの寮に相手を招くにしても周囲に要らぬ誤解を与えかねない。
そこで学院長に頭を下げ、会談場所として学院の応接室を貸してもらったと言う訳だ。
とはいえ、ここでの話は家庭の事情が絡んでくるため、学院長には申し訳ないが席を外してもらっていた。
いま、この部屋にいるのはババルンと俺の二人だけだ。でないとババルンも本音で話をしにくいだろうと配慮してのことだった。
「まずは謝罪しておこう。愚息が迷惑を掛けたようだ」
そう言って頭を下げるババルンの謝罪を、俺は黙って受け入れる。
男手一つで子供を育てるというのは、なかなかに大変なことだ。ましてやババルンはシトレイユの宰相を務める身だ。子供に割ける時間は、これまでほとんどなかったに違いない。当然、ダグマイアの世話はメスト家に仕える使用人が見ることになる。
それにダグマイアは尻尾付きの聖機師だ。もしものことがあっては行けないと大切に育てられただろうし、甘やかし過ぎたとしても時代の流れから言って仕方のなかった部分はあるのかもしれない。
しかし――
「ババルン。こうは言いたくないが、もう少しダグマイアに目を向けた方がいい」
悪いことをしたら叱る。頑張ったなら褒めてやる。たったそれだけのことでもいい。
もう少しダグマイアに目を向けてやる余裕がババルンにあれば、結果は変わっていたかもしれない。
放任と放置は違う。子供の自主性を重んじると言うのは悪いことではないが、行き過ぎれば子育ての放棄と変わりがない。
自由には責任が伴うことを、ダグマイアにはしっかりと教えてやるべきだった。
「……肝に銘じておこう」
ババルンもさすがに今回の件は堪えているのだろう。動揺した表情を見ればわかる。
もう少し踏み込むべきか迷ったが、本来はメスト家の問題だ。他人の俺が介入すべきことではない。
ババルンにも事情はあるのだろうし、子育ての経験がない俺なんかに注意されたくはないだろう。
だが放って置けない理由が、俺にはダグマイアの他にもう一つあった。
「もう一つ、相談と言うか。お願いがあるんだけど……」
「……相談だと?」
訝しげな表情を浮かべ、こちらの思惑を探るような視線を向けてくるババルンに、俺は本題を切り出す。
「ドールのことだ」
目を瞠るババルンを見て、確信する。やはり俺の想像はハズレていなかったのだと……。
男の聖機師は一部の例外を除き、国により管理されることが決まっているため、聖機師の家と言うのは女が当主を務めることが多い。
メスト家のように、男ばかりが産まれるケースは稀と言って良いからだ。
しかし、ドールがメスト家の子供であったのなら? 聖機師としての素質を備えていたとしたら?
ダグマイアではなく彼女がメスト家の次期当主に一番近い存在と言うことになる。ババルンがドールを使用人として扱い、素性を隠したのはそれが理由だと俺は考えていた。
ババルンなりにダグマイアの将来を考えての行動だったのかもしれない。女の後継者がいるとわかれば、ダグマイアはメスト家から引き離され、完全に国家の管理下に置かれることになる。そうなればダグマイアに待っているのは、種馬としての人生だけだ。だがババルンの後を継ぎ、メスト家の当主となるのであれば話は別だ。
当主になったからと言って聖機師の義務から逃れられるわけではないが、確実に将来の選択肢は広がる。
自由とまではいかずともユライトのように学院で教師をすることや、ババルンのように政治家として腕を振うことも不可能な話ではない。
「そうか……もしやとは思っていたが、やはり気付いていたのだな」
「ああ、上手く隠していたつもりなのかもしれないがな。だが本当に隠したいのなら、ドールを学院に寄越すべきではなかったな」
そう、本気でドールのことを隠したいならシトレイユの屋敷に閉じ込めておけば良い話だ。なのにそうしなかった。
以前、ドールは保護者に相談したところ、学院に行くことを素直に了承し、学費もだしてくれたと言っていた。
そのことから俺は、最初からババルンはドールを学院に通わせたかったのではないかと考えたのだ。
本当は従者としてではなく、娘としてドールを育てたかったのかもしれない。でも、それは出来ない。
だから、せめて学院に通わせてやることで、少しでも普通の生活を送らせてやりたい。そんな親心だったのだろう。
「確かに……油断のならない男だ。だが、それを知ってどうする?」
「簡潔に話すと、ドールをこちらで引き取りたい」
「……なに?」
だから俺は考え抜いた末、ドールを預かりたいとババルンに提案する。
兄妹仲良く一緒にが理想なのかもしれないが、このままではドールも可哀想だしダグマイアもダメになる。
話を聞く限りでは、どうもドールに対しても劣等感のようなものを抱いているみたいなんだよな。
我が家では腹ペコドール≠フ異名を持つ彼女だが、学院での成績は悪くないどころか、むしろ上位に入る成績だと言う話だ。
それに身のこなしも、かなりのものだとミツキが言っていた。恐らくユキネやコノヱとも互角に渡り合えるほどの実力だと聞いた時は、心底驚かされたものだ。
だからだろう。家督相続のこともあり、余計に自分と妹を比べてしまうのは――
そしてドールはドールで現状を受け入れ、家族に遠慮をしているところがある。
プライドの高いダグマイアからすれば、そのことが同情されているように感じ、余計に癪に障るのかもしれない。
もっと互いに本音でぶつかれば何か変わるのかもしれないが、それも難しいだろうしな。だから、いまは距離を置くべきだと考えた。
「ククッ……そういうことか。だが無駄だ。そんな小細工をしたところで何も変わらん」
ババルン自身、考えられる手は講じてきたのだろう。
だからこそ、どうにもならないと考えているかもしれない。だが、何もしなければ変わらないままだ。
俺にはババルンの笑みが、諦めにも似た彼の境地を表しているように思えてならなかった。
【Side out】
【Side:ババルン】
正木太老……やはり恐るべき男だ。
ダグマイアのことで牽制してきたと思えば、ドールが人造人間≠ナあることを指摘し、こちらの動揺を誘うとは……。
この男はナウアとも繋がりがある。だとすれば、ドールの正体に行き着いても不思議ではない。
そのことを知りながらドールを聖地にやったのは、確かにこちらの誤りだったのやもしれぬ。
「確かに……油断のならない男だ。だが、それを知ってどうする?」
「簡潔に話すと、ドールをこちらで引き取りたい」
「……なに?」
ドールを引き取りたいだと? この男、何を考えて――なるほど、そういうことか。
儂が聖地に赴いた目的さえも、既に掴んでいると言うことだ。
聖機神を動かすには、異世界人もしくは人造人間が必要不可欠。
ドールを押さえられてしまえば、確かに聖機神を動かすことは出来ない。
恐らくは揺さぶりを掛けることで、こちらの出方を窺っているのだろう。
「ククッ……そういうことか。だが無駄だ。そんな小細工をしたところで何も変わらん」
正木太老が何を企んでいたところで、ドールが儂を裏切ることはない。
所詮、奴は命令で動く人形に過ぎないのだから――
仮にドールを失ったとしても、完全に打つ手がないわけではない。
聖地に眠るアレさえ手に入れば、やりようは幾らでもある。
黄金の聖機人は確かに脅威だが、所詮は聖機人。あの力の前には障害になるはずもないと儂は確信していた。
だが――
「好きにするがいい」
儂の言葉を宣戦布告と受け取った様子で、正木太老は笑みを浮かべる。
儂を前に余裕の笑み、かなりの自信があるのだろう。
面白い。ならば、その自信ごと打ち砕いてやるのみだ!
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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