「ダグマイアが誘拐未遂!? そんな、何かの間違いじゃ――」
間違いであって欲しい。
そんな願いを込めて尋ねるキャイアに、ラシャラは首を横に振って答える。
「信じたくない気持ちはわかるが、彼奴の計画に加担した男性聖機師の証言も取れておる」
証拠は既に挙がっていると言うラシャラの話に、顔を青ざめるキャイア。
まさか、ダグマイアがそんなバカな行動にでるとは思ってもいなかったのだろう。
手が白くなるほど拳を強く握り締めながら、キャイアはラシャラに尋ねる。
「……ラシャラ様はご存じだったのですか?」
「予感はしておった」
「なら、どうして私を――」
「護衛として傍に控えさせなかったのかと? 逆に聞くが、本当にわからぬのか? ただ現実から目を背けたいだけではないのか?」
だが、考えようとしなかっただけ、目を背けているだけではないか?
と、ラシャラに尋ねられれば、キャイアは答えることが出来なかった。
「御主がダグマイアと共に行きたいのであれば、我は止めん。いつかはこのような時が来ることはわかっておったしな。じゃが……」
そんなキャイアを見て、ラシャラは話を続ける。
ダグマイアはババルンの息子。そしてキャイアはラシャラの護衛機師。元より、こうなることはわかっていたのだ。
予想よりも少し、その時期が早かっただけの話。そしてラシャラの答えはでていた。
「敵となるのであれば、我は御主とて容赦をするつもりはない」
「なっ!? 私がラシャラ様に剣を向けることなんて――」
「ないとは言えぬ。ダグマイアはメスト家の嫡子。彼奴と共に行くと言うことは、我の敵となるも同じじゃからな」
いつものラシャラとは違う。皇としての威厳を纏ったラシャラの言葉にキャイアは気圧される。
その身に纏う雰囲気から、ラシャラが本気で言っているということは理解できた。
だからこそ最悪の未来が頭を過ぎり、キャイアは不安の正体を確かめるようにラシャラに尋ねる。
「……ダグマイアを捕らえたら、どうされるおつもりですか?」
「シトレイユの皇として逆賊≠放置することは出来ぬ。当然、然るべき罰を受けてもらうことになるじゃろ」
「そんな……」
隠すことなく、はっきりとキャイアに告げるラシャラ。
稀少な男性聖機師とは言っても、国を揺るがす大事に加担した人物を許すことなど出来ない。言葉にはださないが、処刑もありえると言うことだ。
それはシトレイユの皇としての厳しい判断でもあった。そして――
「よく考えることじゃ。後悔せぬようにな」
表情を絶望に染めるキャイアを置き去りにして、ラシャラはその場を後にするのだった。
異世界の伝道師 第265話『嵐の訪れ』
作者 193
【Side:太老】
あれから五日。ダグマイアの消息は未だに掴めていない。
これだけ捜しても見つからないとなると、教会の手が及ばない場所に匿われていると考えるのが自然だろう。
例えば王侯貴族が所有する船舶や独立寮は治外法権が認められているため、教会も迂闊に踏み込むことは出来ない。
確かな証拠もなくそんな真似をすれば、外交問題となることは明らかだからだ。
とはいえ――
(このままと言う訳にはいかないよな)
ダグマイアを除く男子生徒たちは大人しく罪を認め、罰を受けている。現在は商会の預かりとなり、林道の修復作業に従事していた。
なのに主犯のダグマイアが責任を取ることもなく、逃げ続けるのは好ましい状況ではない。というのも、ラシャラが誘拐されそうになった件が、既に学院で噂となっているからだ。
派手にやり過ぎたと言っていい。これだけの数の男子生徒が一斉に処分を受けるなど前例のない事件だ。当然そんな大きな事件を隠しきれるはずもなく耳の早い女生徒たちの間で一気に話は広まり、ダグマイアの取り巻きをしていた男子生徒たちは普段の素行の悪さも相俟って、いまや針のむしろと言った状況に陥っていた。
なかでもダグマイアは『我が身可愛さに仲間を見捨てて逃げた』という噂が生徒たちの間に広まっており、いまや完全に孤立無援の状態だ。
女生徒だけでなく味方であったはずの男子生徒からも睨まれ、もはや学院に居場所はないとさえ思えるほどの評判の悪さだった。
自業自得と言ってしまえばそれまでだが、悪質なイジメに発展されても困る。それに――
(ちゃんと心配してくれる友人もいるみたいだしな)
アランとニールという生徒が『止めなかった自分たちにも責任がある』と言って、ダグマイアの処分を軽くして欲しいと嘆願してきた。
もしダグマイアに重い罰が下されると言うのなら、自分たちも同じ罰を受ける覚悟があるとまで言ってきたのだ。
意外だった。ダグマイアのために、そこまでする友人がいるとは思ってもいなかったからだ。
男友達が少ない俺としては、正直なところ羨ましいくらいだ。だが、そんな友人がいるのであれば、まだやり直せる見込みはある。
性根から腐っているのであれば、あんな風に身を挺してまで友人が心配してくれるはずもないからだ。
反抗期を拗らせて性格が歪んでしまったようだが、同じように反抗期を拗らせて銀河最強の軍事国家を襲撃した宇宙海賊を知っているしな。あれに比べれば遥かにマシだろう。
ダグマイアは結局のところ甘えているだけだ。心配してくれる人がいることの幸せを知らないだけとも言える。
「太老様。学院から連絡がありました。ババルン卿がご到着されたそうです」
「もう、そんな時間か」
考えごとをしながら決裁書類の片付けをしていると、マリエルがババルンの到着を報せにきてくれた。
ババルンに会うのは久し振りだ。正直こんなカタチで再会をしたくはなかったが、いまはそのことを言っても仕方がない。
ダグマイアの件も気になるが、ドールのこともある。
その辺りのことも含めて、ババルンとは一度しっかりと話し合いの場を設けるべきだと俺は考えていた。
余計なお世話かもしれないが、ここまで関わってしまった以上は放って置くことも出来ない。
「行くか」
「はい」
マリエルを伴い、執務室を後にすると、俺はババルンの待つ学院へと向かうのだった。
【Side out】
【Side:マリア】
「いよいよですね」
マリエルを伴い、学院へ向かうお兄様を窓越しに見送りながら、私は気を引き締める。
私も本当は一緒に行きたかったが、これはババルン卿とお兄様の戦いだ。
邪魔になるような真似はしたくない。それに私には私の為すべきことがある。
「しばらくは相手の出方を見ることになると思いますが、イエリスさんたちには備えをしておくようにと連絡を――」
「はい。フローラ様への連絡はどうされますか?」
「……気が進まないけど、私の方からやっておくわ」
私の言葉に頷くと、ユキネは一礼して部屋を退出する。
ババルン卿が聖地へ赴いた正確な目的まではわからないが、もし彼の狙いが以前ユライト先生が言っていたように聖機神≠ノあるのだとすれば、このまま何事もなく終わるはずがない。そのための備えを、この二週間ずっと行ってきた。
もしもの時、お兄様が戦いに専念できる環境を整えることこそ、私が為すべきことだ。
足手纏いになるようなことだけは絶対にあってはならない。そうでなければ、私は胸を張ってお兄様の婚約者を名乗ることが出来ない。
それは、お兄様に守られるばかりではなく支えられる存在になりたいと願う、私の小さな意地でもあった。
『待っていたわ。ババルン卿が到着したそうね』
「……連絡を入れるまでもなかったようですね」
とはいえ、私は即位したラシャラさんと違い、一国の王女に過ぎない。国の協力を得るには、お母様の同意が不可欠だ。
出来ることなら余り借りを作りたくない相手ではあるけど、この際は仕方がないと諦めて連絡をしてみれば――
案の定、こちらの動きを把握していたようだった。
耳が早いというか、地獄耳というか……聖地の職員に協力者がいるという話は事実なのだろう。
となれば、私よりも正確に状況を把握している可能性が高い。
「では、そういうことで……」
『ちょっと! まだ何も話してないわよ!?』
「こちらの状況は既に把握されているようなので……説明が必要ですか?」
話も済んだことだし、さっさと通信を切ろうとする私を、お母様は引き留める。
まだ何かあるのかと訝しげな視線を向けると、お母様は双眸を細め、口元を扇で隠しながら本題を口にするのだった。
【Side out】
【Side:ラシャラ】
「ラシャラさん!?」
「なんじゃ騒々しい……っと、マリアではないか?」
紅茶を飲みながら書斎で寛いでいると、バンッと勢いよく扉を開く音が聞こえ、マリアが部屋に入ってきた。
なにやら慌てた様子のマリアを見て、何事かと我は考える。
思い当たることと言えば、ババルンが聖地入りした件くらいだ。
もしやそのことかと考え、マリアに尋ねてみると――
「ババルンのことなら聞いておる。じゃが、そう慌てずとも――」
「違います! そんなことより早くここから離れないと……いえ、メイド部隊を動かして……」
「話が見えぬ。何を慌てておるのじゃ?」
要領を得ない答えが返ってきた。
マリアとは長い付き合いじゃが、こんなにも取り乱した姿を見るのは珍しい。
余程のことがあったのかと考え、息を呑んで答えを待つ。
「ゴ……」
「ご?」
マリアが何かを言おうとした、その時。
バタバタと足音が聞こえかと思うと、今度はヴァネッサが姿を見せた。
「……ラシャラ様。お客様がお見えです」
「客じゃと?」
「はい。それが……」
今日ここに客が来るなどという話は聞いていない。
そして「間に合いませんでした……」と項垂れるマリアを見て、先程から一体なんの話をしているのかと我が眉をひそめた、その時だった。
「勝手に上がられては困ります! ラシャラ様は現在、来客の応対中で――」
アンジェラの声が廊下から聞こえたかと思えば、何者かが部屋へと押し入ってきた。
白い外套を羽織り、フードを深く被った貴族と思しき女。そして後ろには従者と思しき者たちを連れており、その者たちの顔には見覚えがあった。
柾木剣士とカレン・バルタの二人だ。すみません、すみませんと何度も周囲に頭を下げる剣士を見て、我はハッと目を瞠る。
嫌な予感が頭を過ぎり、その疑問に答えるように、そっとフードを脱ぐ女。
「な、ななななな……ッ!?」
明るい艶やかな髪がふわりと宙を舞ったところで、我は餌を求める魚のように口をパクパクと動かす。
幼い日の記憶が蘇る。その顔、その姿、見忘れるはずがない。
そう、昔と変わらない笑みを浮かべる目の前の悪魔こそ――
「久し振りね。ラシャラちゃん」
我の母上だった。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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