「剣士くん、本当に大丈夫?」
「うん。ちょっとチクッとしただけで、大きな怪我とかはないから」
そう言って服を捲って撃たれたと思しき場所をセレスに見せる剣士。
確かに肩に近い場所に痣のようなものが出来ているが、大きな怪我を負っている様子はなかった。
しかし幾らなんでも銃弾が当たって、この程度の怪我で済んだというのは普通は考えられないことだ。
一体どういうことなのかと、セレスが困惑の表情を浮かべていると、
「呆れるくらい頑丈だね。さすがは太老の義弟ってところか……」
ランが剣士の撃たれた箇所を見ながら、呆れた様子でそう感想を漏らす。
太老の非常識さを何度も目の当たりにしているランからすれば、この程度は驚くほどのことではなかったからだ。
実際、水穂も生身で聖機人を相手にしている。
太老や水穂がそうなのだから、剣士がそうであったとしても不思議ではないとランは考えていた。
それよりも――
「こんなカタチで再会したくはなかったけどね」
「それは、こっちの台詞だよ。まさか、あの男の手下に成り下がっていたとはねッ!」
山賊の男たちと一緒にロープで縛られ、絶望的な状況に追い込まれていても強気な姿勢を崩さないコルディネにランは苦笑する。
だが、そんなコルディネの姿を見て、どこか安心している自分がいることにランは気付いていた。
実のところ、少しは気に掛けていたのだ。しかし、まさかこんな風に再会するとは思ってもいなかったが――
それだけに腑に落ちないことがあった。
「あの男の所為で商売はあがったりだ。随分と仲間もやられたよ」
「だから復讐しようと思ったのかい? 母さんは、もう少し賢いかと思ってたけど……」
コルディネは強かな女だ。
聖機師としての腕だけでなく頭も悪くない。そうでなければ、荒くれ者の多い山賊たちを上手くまとめることは出来ない。
本来であれば、太老を敵に回す危険を理解できていないはずないのだ。
それに山賊をしている以上、殺されることも捕まることも覚悟はしているはずだ。
仲間をやられたからといって復讐に走る理由にはならない。明らかにメリットよりデメリットの方が大きい。
どうしてこんな分の悪い賭けにでたのか? コルディネのことをよく知るだけに、ランには不可解でならなかった。
「それって太老兄に家族が殺されたと思っていたからじゃ?」
「え?」
思いもしなかったことを剣士に指摘され、まさかと言った顔でコルディネを見るラン。
そっと視線を逸らすコルディネを見て、考えもしなかった可能性が現実味を帯びていく。
太老に対する私怨がなかったかと言えば嘘になるだろう。
しかし、いつものコルディネなら理性で抑えることが出来たはずだ。
そうすることが出来たなかった理由。絶対に太老を許すことが出来なかった本当の訳。
ランもコルディネがどうしてこんな無茶をしたのか、ようやく理解できたのだろう。バツが悪そうな顔で頭を掻く。
「ああ……なんて言うか……ごめん」
「謝られるようなことじゃないよ。単に私がバカだったってだけの話さ……」
ハヴォニワの大粛清にせよ、シトレイユの一件にせよ、太老が敵に対して容赦のない人物だという話は有名だ。
捕らえられた山賊の末路についても噂に尾ひれはひれが付き、山賊たちからは天敵≠ニして恐れられているほどだった。
娘が殺された。処刑されたとコルディネが思い込んでいたとしても不思議な話ではない。だが――
(まさか、こんなことになるとはね……)
ランも、まさかコルディネにそんな風に思われていたとは考えもしていなかったのだ。
お互い母親らしいこと、娘らしいことは何一つしてこなかった。
物心がついた頃には既に悪事に手を染めていたし、その日を生きるのに精一杯で相手のことを気遣う余裕はなかった。
そもそも普通の親子と言うものがランにはわからない。
親子と言えど、所詮は他人。互いに利用し、利用される関係でしかないと本気で思っていたのだ。
なのに、コルディネが自分のために太老に復讐をしようとしていただなんて、頭では理解していても心の整理が付かない。
微妙な空気が漂う中、ランがどうしたものかとコルディネの処遇に頭を悩ませていた、その時――
「この揺れは!?」
「見てください! 地面が――」
突然の揺れに驚くランたち。そしてセレスが窓の外を見ながら叫ぶ。
地面に走る亀裂。そして裂け目に呑み込まれていく並木道に、崩れ落ちる建物。
それは先程まで聖地を襲っていた爆発とは比較にならない規模の災害だった。
絶え間なく続く揺れ。こうしている今も広がりを増す地面の裂け目。
これが、ただの地震でないことは明らかだ。
「まずいね。さっさと、ここから離れないと……」
「でも、まだリチア様が!」
「悪いけど、いまは無理だ。このまま、ここにいたら全員が危ない」
そう言って人質となっていた人々に視線を向けるラン。
このままでは全員が死ぬ。リチアを助けに行くどころでないことはラピスもわかっていた。
それでも――
(ラピス……)
思い詰めた表情で視線を落とすラピスを見て、剣士は何か覚悟を決めた様子で「お願いがあります」とランに声を掛ける。
「聖機人を貸してもらえませんか?」
そんな剣士の行動に目を瞠り、驚くカレン。この行動が正しいものなのかどうか、剣士にはわからない。
ゴールドにも聖機人に乗れることは、隠しておくようにと注意を受けていた。
しかし――
(ごめん。カレンさん、ゴールド様。でも俺は……)
自分を育ててくれた家族に恥じ入ることや、後悔するような真似だけはしたくない。
友達が泣いていたら、困っていたら力になりたい。ただ、それだけのことだ。
「泣かないで、ラピス。リチア様は、俺が絶対に助けるから」
それが柾木剣士のだした選択だった。
異世界の伝道師 第272話『白い聖機人』
作者 193
『――モルガ! 大変よ!』
「なんですの? 調子がノッてきたところですのに……」
『バカなこと言ってないで下を見て!』
「あら?」
戦いの最中に水を差され、アオイからの通信に眉をひそめるモルガ。
そして戦いに夢中で気付かなかったが、空の上からでもわかるくらい地上は大変なことになっていた。
地面に大きな裂け目が出来、建物が崩れている様子が確認できる。
シュリフォンが管理する森の反対側、正門に程近い外周部では崩落が始まっているようだ。
とはいえ、
「大変なことになっていますわね」
興味をそそられるかと言えば、話は別だ。
モルガの気のない返事に、アオイは青筋を立てながら眉間を指で押さえる。
『なっていますわね、じゃないわ。大変なの!』
「避難は完了しているのでは?」
『九割方ね。でも、逃げ遅れた生徒と職員が、まだいるらしくて……ちょっと待って』
事情を説明しようとしたところで新たな通信が入り、席を立つアオイ。
そして、
『連絡があったわ。先程、保護されたそうよ』
「なら、問題解決ですわね。私は続きを……」
『だから待ちなさい! 聖地から避難する人々を無事に逃がすことが、私たちの仕事だって言ってるの!』
「……目の前の獲物を見逃せと?」
アオイの言うことは理解できるが、だからと言って目の前の敵を見逃す理由にはならない。
逃げるのに邪魔だと言うのなら、立ち塞がる敵はすべて倒してしまえばいい。
そうすれば、敵の追撃を気にする必要もなくなる。
モルガからすれば、与えられた玩具を横から取り上げられる方が問題だった。
『敵の注意を惹きつけるという役目は十分に果たしたわ。幾らアンタでも休憩なしに、これ以上の戦闘は無茶よ。機体の状態も理解しているんでしょ?』
もっともなアオイの指摘に、モルガは「む……」と言葉を詰まらせる。
確かにモルガが幾らやる気を見せていても、機体の方がついていかないのでは意味がない。
聖機師に亜法耐性の限界があるように、聖機人にも稼働時間の限界が存在する。
数で上回る敵を相手に大立ち回りをしていたこともあって、モルガの聖機人は組織の劣化が進んでいた。
確かに、このまま戦闘を続けても三十分と機体が保たないだろうと、モルガは苦々しい表情を浮かべる。
だが、船に戻れば護衛のために残した聖機人があるはず。ワウが太老のために開発したという新型の聖機人も――
「仕方がありませんわ……ね?」
『モルガ?』
「……白い聖機人」
一旦、退くことをモルガが口にしようとした、その時だった。
彼女の聖機人の横を凄い速さで、白い聖機人が横切って行ったのは――
しかも、まっすぐにバベルへと向かっているようで、敵の聖機人も混乱している様子が見て取れた。
圧倒的な力で敵を倒しながらバベルへの最短距離を進む白い聖機人を見て、ニヤリと笑みを浮かべるモルガ。
そして――
「アオイ。あとのことは、あなたたちに任せますわ」
『あっ、ちょっと待っ――』
一方的に通信を切ると、白い聖機人の後を追って再び戦場へと身を投じるのだった。
◆
「あのバカ……!」
一方的に通信を切ったモルガに対して、アオイは行き場のない怒りを顕にする。
モルガが戦場で我をなくして暴れるのは今に始まったことではないが、もう少し空気を読んで欲しいというのが副官としての望みだった。
幾らモルガが『狂戦士』の二つ名を持つ尻尾付きの聖機師とはいえ、バベルを相手に一人で挑むのは無茶が過ぎる。
モルガに問題はなくとも機体の方に限界が来るのは確実だ。以前もそれで聖機人を一体ダメにしたことがあった。
教会で聖機人を修復してもらうには、多額の寄付が必要だ。ハヴォニワからの借款で苦しむ王宮に相談など出来るはずもない。
これが通常の任務の範疇なら太老に請求することも出来るが、命令無視の上の独断専行だ。当然、過失は追及される。
それを抑えるためにアオイが副官として選ばれたわけで、連帯責任を負わせられる可能性を考え、彼女が頭を抱えるのも無理のない話だった。
「どうかなさったのですか?」
「いえ、あのバカ……モルガ隊長が『白い聖機人』という言葉を最後に通信を切ってしまって……」
様子のおかしいアオイを心配して声を掛けるマリア。
そして彼女の口からでた『白い聖機人』という言葉に、マリアは何かに気付いた様子で目を瞠る。
あの時と同じだ。ラシャラのスワンを黒い聖機人の襲撃から救ったという謎の聖機人。
それが――
「白い聖機人ですか。恐らくそれは……」
『剣士だよ』
マリアが正体を告げる前に、何者かの声が響く。
ここは太老の船、カリバーンのブリッジだ。
そして宙に浮かぶ巨大なスクリーンに映し出されたのは、ランの姿だった。
『生徒会長がバベルに連れて行かれたらしい』
「なるほど、それで……。ですが、意外ですね」
『何がだい?』
「剣士さんを行かせたことが、です」
マリアはランのことを高く評価している。
それはランが情に流されることなく清濁を併せ呑むことが出来る稀有な人材だと思っているからだ。
元山賊という経歴を持つからだろう。無条件で赤の他人を助けるなんて真似をランは好まない。
彼女にとって重要なのは、それが商会の益となるかどうかだ。
リチアを助けたいという剣士の願いは純粋だが、だからと言ってランが協力をする理由にはならない。
だからこそ聖機人を貸し与え、剣士を行かせた理由が他にあるとマリアは考えたのだ。
『協力関係にあるとは言っても、あの二人は正木商会の人間ってわけじゃないからね。言って聞くようなら苦労はないし、自由に行動させて場を引っ掻き回されるのも困る。それに――』
「上手く行けば、教会に恩も売れる。恩を着せることで、手駒とすることにしたと……」
このタイミングでランが連絡を寄越した理由をマリアは察する。
セレスの一件を見ても、友達想いな剣士のことだ。ランが協力しなかったところで、どうにかしてリチアの救出に向かった可能性は高い。
ならば、いっそのこと商会も一枚噛んでおけば剣士だけの手柄にはならないし、ゴールドに大きな顔をされることもない。
リチアの救出に成功すれば、教会に恩を売ることも出来る。そう、ランは判断したのだろう。
だが、それは即ち、作戦に失敗した時は商会もリスクを負うと言うことでもあった。
『それにレンタルした聖機人の請求は雇い主≠フ方にツケておくと言っておいたから』
「それは……まあ、これ以上ないほどの嫌がらせになりますわね」
確かに、それならリスクは最小限に抑えることが出来る。
相手の弱みをついたランの手管に、マリアは感心するやら呆れるやら複雑な感情を抱く。
しかし驚きは少なかった。
スワンを救った白い聖機人のパイロットが剣士かカレンのどちらかだということは、以前から予想していたのだ。
それに剣士の実力についても、ある程度の推察は出来ている。太老に及ばないまでも近い実力の持ち主だと――
(商会のためと言うのなら、ランの決定は間違っていない)
マリアが一番危惧していたのは、剣士の身に何かがあった時のことだ。
敵には容赦がないが、心を許した相手に対しては太老は甘いところがある。
幼い頃から共に過ごし、家族として接してきた相手であれば、それは尚更だろう。
太老が剣士のことを気に掛けていることは、マリアの目から見ても明らかだった。
しかし――
(これ以上は、剣士さんを信用していないことになりますわね)
その心配こそが剣士を、ひいては太老を信用していない行為に繋がると、マリアは頭を振るのだった。
……TO BE CONTINUED
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