【Side:ユライト】

 完敗だった。まさか、あんなカタチで聖機神を奪われることになるとは、兄上も思ってはいなかったはずだ。
 彼ならば或いは聖機神を動かせるのでは? と考えたことはあるが、あのタイミングで彼が現れるのは完全に予想外だった。
 最初から狙っていたのだろう。教会の目を我々に向けさせ、聖機神とガイアを手に入れることが目的だったと考えれば、彼の不可解な行動にも説明が付く。
 しかし、彼は聖機神の――ガイアの恐ろしさを本当に理解しているのだろうか?
 先史文明を崩壊に導いた破壊の神。あれは人の手に余るものだ。聖機人と違い、制御の利くような兵器ではない。
 そのことに彼が気付いていないとは思えない。だとすれば、何故このような真似を――

(まさか、彼は……)

 ドールを引き取りたいと言った彼の言葉を思い出す。
 この場に現れたと言うことは、ドールが普通の人間でない≠アとは彼も知っているはずだ。
 私やネイザイのように、メザイアとドールは二つの人格を一つの身体で共有している。謂わば、人造人間だ。
 だが私たちと違うのは、彼女は後からコアクリスタルを埋め込まれて人造人間になったのではなく、発見された当時から今の状態だった。

 ガイアを倒すために作られた三体の人造人間。その一体がドールだ。
 一人の犠牲をだすことで、どうにかガイアを封じることに成功したドールは当時の研究者たちの手によって赤子へと退行させられ、カプセルと共に地中深くへと封じられた。
 それが聖地で聖機工をしていたナウア卿の手によって発見され、彼のもとで育てられることになったのが現在から二十二年前の話だ。
 正確にはコアクリスタルの人格が封じられた状態で発見され、赤ん坊の頃から人間の子供≠ニして育てられたことで形成されたのがメザイアの人格だ。
 彼女自身も、自分が人造人間だという自覚はなかったはずだ。娘として育てると決めた時から、ナウア卿も真実をメザイアに打ち明けるつもりはなかったのだろう。
 しかし、そのことを知った兄上はメザイアを手駒として使うために、コアクリスタルに封じられていたドールの人格を目覚めさせた。
 正木卿はナウア卿とも関係を持っていたはずだ。だとすれば、そのことを知っていても不思議な話ではない。

(ドールが利用されていることを知って、彼女を救うためにこんなことを……)

 こちらに探りを入れるためでも、動揺を誘うためでもない。
 最初から彼は兄上の計画を阻止し、メザイアを――ドールを救うために行動していたのだと私は気付かされる。
 その結果、兄上だけでなく教会を敵に回すことになったとしても、彼は決して自分の考えを曲げないだろう。
 それだけの強い意志が、彼の行動からは感じ取れた。

(ネイザイの言った通りになりましたね……)

 彼を信じて行動していれば、いまと違った結果を迎えられていたかもしれない。
 しかし他人を信じ切れず、兄上を止められるのは自分だけだと過信し、招いた結果がこれだ。
 ネイザイの言うように、彼だけは敵に回すべきではなかった。すべてを打ち明け、協力を仰ぐべきだったとさえ、いまでは思う。
 だが、もうすべてが遅い。

「ユライト――いや、ネイザイよ。もうじき奴がここへ来る。為すべきことは理解しているな?」
「……はい」

 気付かれていないと考えていたのは自分だけ。
 虚な目で兄上の命に従うネイザイの姿が、身体の自由を奪われ、意識の底に沈む私の目には映っていた。

【Side out】





異世界の伝道師 第271話『親子の再会』
作者 193






「聖地の警備は厳重と聞いてたが、たいしたことないな」
「平和ぼけした教会なんて、こんなもんだろ。聖地が襲われるなんて思ってもいなかったんだろうぜ」
「外からの襲撃ばかり警戒して、中身がザルじゃ意味ないわな!」

 生徒会室の扉の前で、ガハハと下卑た笑い声を上げる粗暴な男たちの姿があった。
 彼等はシトレイユの収容所に収監されていたはずの山賊の一味だ。
 メスト家の船で船員に扮装して聖地へ潜入した彼等は、既に潜伏していたババルンの私兵と結託し、学院の制圧を請け負っていた。
 だが、所詮は山賊だ。統制の取れた動きが期待できるはずもなく、目的を忘れ、欲に駆られる者がでるのは必然だった。
 金品を漁るだけでは飽き足らず、人質を取って金銭を要求する。ラピスを襲った男たちも彼等の仲間だ。

「しかし偉そうなことを言ってた割りには、シトレイユの兵どもも情けないな」

 正木商会の方にも当然、戦力は差し向けられていたが未だに商会の関係者を捕らえたという情報は入っていなかった。
 それどころかモルガ率いるトリブル王宮機師に、バベルでやってきた増援の部隊は苦戦を強いられていた。
 聖地の制圧が予定よりも遅れているのは、シトレイユの兵士がだらしないからだと男は話す。

「だが、あそこはお頭も注意しろって言ってただろ? 同業者も大勢捕まってると聞くしな」

 いまや山賊にとって正木太老は天敵と言っていい。
 山賊にとって仲間意識などあってないようなものだが、同業者がたくさん捕まっていると聞いて危機感を抱かない者は少なかった。

「それは捕まった連中が間抜けってだけだろ」

 だが、なかにはそれでも自分の目で見たもの以外信じようとしない者。
 根拠のない自信を抱き、楽観的な考えを口にする者は存在する。
 彼もそんな一人だった。しかし、

「そういうの、フラグって言うんだよな……」

 口を開けたまま白眼を剥き、倒れた仲間に驚き、もう一人の男は慌てて銃を構える。
 しかし一瞬にして後ろに回り込んだ剣士の一撃が首筋を捉え、声を発する間もなく男を気絶させた。

「さてと……」

 男たちを気絶させた剣士は周囲を警戒しながら、そっと扉を開くと生徒会室に忍び込む。

(……え)

 そして物陰に身を隠しながら部屋の様子を確認したところで、予想外の事態に剣士は目を瞠った。
 ラピスの話では逃げ遅れた生徒を庇って捕まったと言う話だったが、リチアの姿は見当たらない。
 代わりに教会の制服を着た聖地の職員と思しき人たちと――

(セレスくん!?)

 セレスや男子生徒の姿を見つけたからだ。
 精々、人質になっているのは数人程度と予想していただけに剣士は黙考する。
 人質を取り囲むように山賊が六人。全員が銃で武装していた。
 まずは山賊たちを人質から離すことが先決か、と考えた剣士は胸もとから一本の筒を取り出すと、

(上手くいってくれよ)

 勢いよくヒモを引き抜き、それを廊下へ転がした。
 すると筒の先から白い煙が噴きだし、廊下を白く染め上げていく。

「ゴホッ……な、なんか煙たくないか?」
「おい、廊下の方から煙りが!」
「まさか、火事か! 外の連中は何やってやがる!?」

 薄らと開かれた扉から煙が入ってくるのを確認して慌てる山賊たち。
 それは剣士お手製の発煙筒だった。
 外に注意が向いている隙に、剣士は男たちの背後へと回ると重厚なテーブルを横倒しにすることで、山賊と人質との間に壁を作る。

「伏せてッ!?」

 咄嗟に剣士と目が合い、彼の意図を察したセレスはテーブルの陰に身を隠しながら、人質たちに頭を下げるように指示を飛ばす。

(さすがセレスくん。なら俺も――)

 瞬く間に人質の近くにいた山賊を二人気絶させると、剣士は自分に向かって放たれた銃弾を床を蹴って回避した。
 後ろの人質に流れ弾が行かないように、天井や壁を伝い、残りの山賊たちとの距離を詰める剣士。
 仲間が一人、また一人と倒されていくなかで焦りを募らせる山賊たち。

「なんだ! こいつ一体!?」

 そんななかで剣士は黙々と作業をこなすかのように、男たちの意識を刈り取っていった。


  ◆


「……剣士くん、ありがとう。助かったよ」

 気絶した男たちをロープで縛り上げる剣士に、セレスは感謝を口にする。
 照れ臭そうに鼻を掻きながら、捕まっていた人たちを見渡す剣士。
 表情に疲労は見られるものの怪我を負っている者はなく、全員無事な様子だった。

「セレスくんが捕まってると思わなかったから驚いたよ。ラシャラ様たちと避難してたはずじゃ?」
「うん、そのはずだったんだけどね……」

 そう言いながら、セレスは視線を一緒に捕まっていた男子生徒に向ける。
 それだけで、大凡の事情を察する剣士。
 数の多い女性聖機師はともかく、稀少な男性聖機師は学生であろうと金になる。
 国から身代金を取るもよし、ダメでも適当な女性聖機師をあてがったり、聖機師の資質を持った子供を欲している家から種付け料を請求すると言った手もある。
 セレスの性格を考えれば、彼等を庇って捕まったのだということは容易に想像が出来た。

「すまない。俺たちが足手纏いになったばかりに……」
「気にしないで。結局、僕も一緒に捕まって、剣士くんに助けられたわけだしね」

 申し訳なさそうな顔でセレスに頭を下げる男たちは、以前ダグマイアの派閥に参加していた生徒たちだ。
 セレスのことを平民出身の聖機師と蔑んでいた面影はなく、まるで別人のように大人しくなっていた。
 太老に慈悲を掛けられ、商会の監督の下で働くようになって、彼等なりに思うところがあったのだろう。
 心配していただけに男子生徒と打ち解けた様子のセレスを見て、剣士は心の底からよかったと笑みを浮かべる。
 だが、

「あっ……セレスくん! リチア様を知らない!?」

 人質のなかにリチアの姿がないことを思い出し、剣士はセレスに尋ねる。
 そもそもはリチアを助けるために、僅かな情報を頼りにここへやってきたのだ。
 しかし、セレスは心当たりがないのか? ごめんと口にしながら首を横に振って答える。
 ここではないとすると、他に手掛かりはない。どうしたものかと剣士が腕を組んで唸っていた、その時。

「バベルに連れて行かれた!?」
「ああ、ここに連れて来られる途中、そんな話を連中がしてるのを聞いたんだ。確実とは言えないけど、たぶん……」

 話を聞いていた男子生徒からもたらされた思わぬ情報に、剣士は声を上げて驚く。
 次に頭を過ぎったのは、どうしてリチアだけがバベルに連行されたのかと言うことだった。
 彼女は聖地学院の生徒会長。現教皇の孫娘だ。
 教会と交渉をする上で人質としての価値は、確かに他の者と比べても高いと言えるが――

(もしかしたら最初からリチア様が狙いで……)

 偶然ではなく最初からリチアを狙った犯行だとすれば――考えられないことではなかった。
 だとすれば、ここにいる人質は動きを悟らせないための陽動であった可能性が高い。
 いや、もしかすると――

「まさか……」

 敵の狙いに気付き、セレスたちに警戒を促そうとした、その時だった。
 一発の銃声が響くと同時に、剣士の身体がぐらりと左右に揺れる。

「剣士くん!」

 床に倒れる剣士に慌てて駆け寄るセレス。そして――

「形勢逆転だね」

 呆然とする男子生徒たちの視線の先には、人質に紛れ、聖地の職員に扮装した山賊の頭――
 銃を構えるコルディネの姿があった。


  ◆


「まったく、だらしないね。網を張って待ち構えていれば、こんな子供にやられるだなんて」

 ロープで縛られた男たちを蔑んだ眼で見下ろすコルディネ。この人質たちは、本命を誘い出すためにコルディネが仕組んだ罠だった。
 こうして罠を張って待っていれば、太老もしくはその関係者が人質の救出に現れるだろうと予想していたのだ。
 だが、蓋を開けてみれば現れたのは子供。
 しかも、そんな子供の考えた作戦にあっさりと引っ掛かり、捕まった部下たちにコルディネは呆れていた。
 確かに子供にしては腕が立つようだが、全員を殺さずに捕らえているところからして年相応に甘いところが見られる。
 問答無用で生死を問わない攻撃を仕掛けてくる危険人物をよく知るコルディネからすれば、剣士の行動が甘く見えるのも当然だった。

「妙な動きをするんじゃないよ? 死人をだしたくはないだろ?」

 無抵抗の人質に銃口を向けられ、悔しげな表情を滲ませるセレス。
 剣士の容態が気になるが、人質に銃を向けられている以上、迂闊な行動は取れない。
 大人しく両手を頭の上にあげるセレスを見て、コルディネが勝ち誇った笑みを浮かべながら次の行動にでようとした、その時だった。

「な――ッ!」

 まったく気配を感じさせない予期せぬ方角から腕を取られ、そのまま地面に押さえ込まれるコルディネ。
 一体なにが――と痛みに耐えながらコルディネが首を捻ると、空間が揺らぎ、黒ずくめの衣装に身を包んだ一人の女性が姿を現す。
 カレン・バルタだ。

「薄汚い山賊風情がうちの剣士くん≠ノよくもやってくれたわね」

 静かな怒りを滾らせながら、氷のように冷たい眼差しをコルディネへ向けるカレン。
 それは剣士が撃たれる直前まで、コルディネの存在に気付くことの出来なかった自分自身に対する怒りでもあった。

「この――ッ!」
「無駄よ」
「ガッ!」

 片腕を犠牲にする覚悟で隠し持ったナイフをカレンに向けるコルディネだったが、それも簡単に防がれてしまう。
 人間離れした力で床に押さえつけられ、骨が軋むような痛みに悲鳴を上げるコルディネ。
 そして――

「そこまでだ!」

 コルディネから奪ったナイフをカレンが振り下ろそうとした、その時。
 建物の外から、カレンもよく知る声が響いた。

「殺すのは待ってくれないかい?」

 聖機人の手に捕まって、ラピスと共に窓から部屋に入ってきた一人の少女を見て、コルディネは目を瞠る。
 忘れるはずがない。見間違えるはずがない。とっくに死んだと思っていた。
 彼女の名は――

「ラン……アンタどうして……」

 ――ラン。
 コルディネのたった一人の娘。それは予期せぬ親子の再会だった。





 ……TO BE CONTINUED



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