「叔母様! あれは一体どういうことですか!?」
「そうじゃ! 白い聖機人はともかく白銀の聖機人など……何を隠しておる!?」

 生徒・職員の避難を完了し、港で待ち構えていたマリアとラシャラの質問攻めにゴールドはあっていた。
 正直、剣士の性格を考えれば、白い聖機人のことが露見することは計算に入れていたのだ。
 しかし、まさかカレンがそれに乗っかるとは、さすがのゴールドも予想していなかった。
 聖地で教員をしていた頃から「面倒事はごめんだ」と言って、ずっと隠してきた秘密だ。
 ゴールドがカレンの秘密を知ったのも偶然によるところが大きい。
 それだけにカレンの性格から言って、自分から目立つ行動を取るのは余りに考え難い。
 だから、カレンが自ら秘密を明かすような真似をするはずがないと、ゴールドも油断していた。
 しかし、

(余程、あの子のことが気に入ったのね……)

 白い聖機人――剣士に集まるはずの注目を、白銀の聖機人が奪っていた。
 勿論、稀少な男性聖機師であることが知れた以上、注目を集めないはずがないが、一時的に話題を逸らす程度の効果は期待できる。
 その間に太老の義弟≠ニいう立場を利用して確固たる立場を築いておけば、各国からの勧誘や剣士の所有権の問題など幾つかの問題は回避できるだろう。
 剣士のために、敢えてカレンが秘密を明かしたと考えれば、ゴールドとしてもわからない話ではなかった。
 だが、白銀の聖機人はギリギリまで隠しておきたかったカードの一つだ。すべてを明らかにするには、まだ早すぎる。
 どう誤魔化したものかとゴールドが頭を悩ませていた、その時。

『どういうことか、説明して頂けますね?』

 学院長から通信が入り、ゴールドは「やっぱりこうなるわよね」と溜め息を漏らす。
 カレンの秘密を知りながら国や教会には報せず、学院からカレンを引き抜いた負い目がゴールドにはある。
 それだけに学院長が説明を求めている理由を、自ずとゴールドは察していた。
 仕方がないと腹を括ると、ゴールドは自分が知っている情報を口にし始める。

「光を纏いし者、世界を救い。闇を纏いし者、世界を滅ぼす」
「叔母様? それは……」
「教会の古い文献にある言葉よ」

 ゴールドの説明にマリアが確認を取るように学院長に視線を向けると、学院長は首を縦に振って答える。

「でも、この話には続きがあってね」

 語り継ぐこと、名前を記すことすら憚られるとされた存在。
 名も無き女神の化身。その名は――黄昏。
 これが黄金の聖機人≠例える言葉だと、教会やババルンは考えていたようだが、この話には続きがあった。

「いまや、ほとんど知る人はいないけど、女神には三つの顔があると伝え聞くわ」

 創世と終焉を司る黄金の女神。
 叡智と栄光を司る白銀の女神。
 共存と発展を司る青銅の女神。

 それが、これまで秘されてきた名も無き女神の真実。
 エナとは、女神の力の源。
 亜法とは、人智を越えた女神の力の一部を、人の身で再現するための技術だ。

『どこで、その話を……』

 教会でも真実を知る者は少ない女神の伝承。
 それを何故、ゴールドが知っているのかと学院長は困惑を顕にする。
 だが――

「でも、ラシャラちゃんとマリアちゃんは気付いているものとばかり思ってたわ。ワウアンリーから聞いてなかったの?」
「なんじゃと?」
「ワウアンリーが?」

 どういうことかと、一斉にワウに集まる視線。
 しかし身に覚えのないワウは注目を集め、戸惑いを見せる。

「なんのことですか?」
「あら? ナウア卿から話を聞いていないの?」
「え?」

 ナウアから話を聞いていないのかと問われ、一瞬呆けるワウ。
 そして蘇る記憶。
 いや、ちゃんと覚えているわけではないのだが、前に通信で何か――

「あああああッ!」





異世界の伝道師 第274話『もう一つの闘技場』
作者 193






「ダグマイア、どうかしたの?」
「いや……なんでもない」

 急に足を止め、空を見上げるダグマイアを見て、キャイアは心配げな表情で尋ねる。
 混乱に紛れるカタチでキャイアとダグマイアは学院を脱し、高地を目指して森のなかを彷徨っていた。

「本当によかったのか? 俺を逃がすような真似をすれば、キミは……」
「わかってる。でも捕まれば、あなたは処刑されるわ」

 キャイアに逃亡の手助けをさせたことを、気に病んだ様子を見せるダグマイア。
 だが、ダグマイアが頼んだわけではない。彼に逃げるようにと最初に促したのは、キャイアだった。
 幾ら稀少な男性聖機師とは言っても、これほどの騒ぎを起こして捕まれば責任の追及は免れない。
 最悪の場合、極刑もありえるとラシャラは言っていた。このままでいけば、事実そうなるだろう。
 ラシャラを襲撃した件だけであれば、シトレイユの問題で片が付く。
 しかし聖地へ侵攻するなど、教会だけでなく大陸中の国を敵に回す愚行だ。

「なら、キャイア。キミも一緒に……」
「無理よ。あなたを死なせたくないと思っているのと同じくらい、私はラシャラ様に恩義がある」

 一緒に行こうと話すダグマイアに、キャイアは首を横に振って答える。
 いま、自分がこうしていられるのも、姉の協力やラシャラの気遣いがあってこそだとキャイアは気付いていた。
 ダグマイアが処刑されることを敢えてキャイアに伝えたのは、最初からこうなることがラシャラにはわかっていたからだ。
 追い詰められたキャイアがダグマイアを逃がすことは考慮済み。
 自分たちにもう関わらないのであれば、今回だけは見逃してやると言っているに他ならなかった。

 為政者として本来であれば禍根は断っておくべきなのだろうが、ラシャラなりにキャイアの気持ちを汲んだ結果がこれなのだろう。
 だからこそ、キャイアはダグマイアと共に行けない。これ以上、ラシャラを裏切れないと考えたからだ。
 当然ダグマイアを逃がした責任は追及されることになるだろうが、罰は受けるつもりでいた。

「え……ダ、ダグマイア!?」
「キミはいつもそうだ。真っ直ぐで、強情で、迷うことはあっても絶対に信念を曲げない」

 キャイアを抱きしめながら、そう話すダグマイア。
 キャイアのしようとしていることに、彼も最初から気付いていたのだ。
 そして覚悟を決めたキャイアが絶対に考えを変えないことも、ダグマイアにはわかっていた。

「俺はそんなキミのことが……」
「あ……」

 ダグマイアの腕のなかで、キャイアは虚な目をして意識を失う。
 ダグマイアの手に握られた宝石のようなもの。それは眠り≠フ亜法を刻んだアーティファクトだった。
 もしもの時のためにとユライトから譲り受け、肌身離さず持っていたものだ。
 ずっと嫌い、避けていた叔父から貰った道具に助けられるとは、皮肉なものだとダグマイアは苦笑する。

「すまない、キャイア。だが……キミがラシャラに忠義を感じているように、俺も父上を裏切れない」

 このまま逃げると言うことはババルンを裏切り、メスト家の名を捨てると言うことだ。
 何より、聖機師であることに拘るダグマイアにとって、いまの立場を捨てることは、例え処刑されると分かっていても許容できることではなかった。

「もしキミが……」

 だが、もしキャイアが一緒に高地へ逃げようと言ってくれたなら――
 そんな考えがダグマイアの頭を過ぎるが、それは未練だと頭を振る。
 譲れないものがあるのは互いに同じだ。そんな彼女だからこそ、ダグマイアは惹かれたのだろう。
 だからこそ、わかる。

「俺は……俺の道を行く。例え、それが間違っていたとしても……」

 二人の道が交わることは決してないと、ダグマイアは確信していた。





【Side:太老】

「……落ち着いたか?」
『ええ』

 通信越しに聞こえてくる声は、どこか元気がないが冷静に感じられた。
 ドールが攻撃してきた時は驚いたが、どうにか落ち着きを取り戻してくれたようでよかった。
 何があったのかしらないが、随分と思い詰めた様子だし、無理に問い質すのもな……。
 かなり複雑な家庭の事情とかもあるみたいだしな。余り追い詰めすぎるのもよくないか。
 それよりも先ずは――

『……本当に行くの?』
「このままって訳にはいかないしな」
『そう……よね』

 ババルンと話を付けるのが先だ。
 メザイアの件もあるし、もう一度ちゃんと話をしておきたい。
 今一つ気乗りがしない様子のドールを連れ、俺はババルンたちが通ったと思しき扉を抜ける。

「光だ。出口みたいだな」

 すると、暗闇の先に光のようなものが見えてきた。

「……闘技場?」
『先史文明時代、実際に使われていた競技場≠諱B地上の闘技場は、これを模して造られたものだから似ていて当然よね』

 扉を抜けた先にあったのは、前に俺が破壊した地上の闘技場とカタチが瓜二つのドーム型の施設だった。
 まさか聖地の地下に、こんな遺跡があるとは……。しかし、ドールの話を聞いて納得する。
 競技場と言うからには、先史文明時代になんらかのスポーツで使われていた施設なのだろう。
 何千年も前の施設とは思えないくらいに綺麗だ。状態保存の亜法でもかけられているんだろうか?

「こうなるような予感はしていたけど……ドール。あなたはそちら≠ノついたのね」

 声のした方を振り向くと、観客席と思しき場所にひっそりと佇む赤い髪の女の姿があった。
 ネイザイだ。今日は(ユライト)の方ではないようだ。

『勝算の高い方についただけの話よ。太老ならアレ≠どうにか出来るかもしれない。あなたも本当はわかっているんでしょ?』
「そうね。彼なら或いは……でも、気付くのが遅すぎた」

 俺を蚊帳の外に置き、二人だけで何やら意味ありげな話を始めるドールとネイザイ。
 アレってなんのことだ? 俺はただ、ババルンと話をしにきただけなんだが……。
 しかし今日のドールはえらく好戦的だな。ドールとネイザイって仲が悪かったのか?
 まあ、こんな話をしてるってことは、ユライトとネイザイの秘密をドールも知ってるってことなんだろうけど。
 血の繋がった家族なんだし、当然と言えば当然か。

『まさか、戦うつもり? 幾らガイアの盾があると言っても……』
「勝てないでしょうね。でも――私がどうやって聖機神(ガイア)を機能停止へと追い込んだのか? 覚えているでしょ?」

 なんだ? エナが渦を巻いて……。
 そして闘技場を覆い尽くすかのように展開される積層型の魔法陣。
 エナの流れを追って、その中心に目を向けると――

『あれは聖機神の亜法結界炉!?』

 ドールの焦りを含んだ声がコクピットに響く。
 なるほど、あれが聖機神の亜法結界炉か。予備とかあったんだな。
 でも、なんでそんなものがここに?

『出力が安定しない! エナを吸い上げられているから……』

 ガクリと膝をつく黒い聖機人。
 周囲のエナを聖機神の亜法結界炉が吸い上げることで、大気中のエナの濃度が大幅に下がっているようだ。
 ドールの黒い聖機人もそうだが、俺の乗っている聖機神も動きが鈍い。
 聖機人と同様、聖機神もエナで動いている点は変わりがないしな。
 ネイザイが聖機人に乗っていないのは、これが理由か。
 だが、動きを封じてどうする?
 聖機人が使えないのは、あちらも同じはず――

『――太老! あなただけでも、ここから離れて! このままだと爆発するわ!』

 そういうことか!?
 俺は残った力を振り絞って、ドールの乗った黒い聖機人を闘技場の外へと弾き飛ばす。
 闘技場の外へ弾き飛ばされながら、俺の名を叫ぶドール。その直後――

「――ッ!?」

 白い光が視界を覆い尽くした。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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