【Side:桜花】
私、平田桜花がこの世界にやってきた第一の目的は、行方不明のお兄ちゃんを捜し出すこと――
第二の目的は、樹雷にあるお兄ちゃんの工房から消えた発明品を回収する事にあった。
(はあ……お兄ちゃんを計画の中に組み込もうって考え自体が、最初から破綻してるんだよね)
お兄ちゃんが行方不明になった原因を作ったのは、自称宇宙一の天才科学者と樹雷の裏の最高権力者と恐れられている二人。
とある事情から二人の考えた計画で異世界に送られたはずのお兄ちゃんが、偶然か? 事故か? 目的の世界に行かず、全く予想もしなかった別世界に飛ばされてしまったのが二年前のこと。
これに関しては、自称宇宙一の天才科学者、科学者達の間で『伝説』とまで呼ばれているマッドサイエンティストでも、全く予想のしなかった事態だったらしく、お兄ちゃんの足跡を追うだけで二年もの時間が掛かってしまった。
二年も時間を掛けて分かった事は、この世界――もしくはこの世界の周辺に、お兄ちゃんが飛ばされた可能性が高いと言うことだけ。
もしかすると世界そのものではなく、世界と世界を繋ぐ次元の海に流された可能性が……と言う話まで浮上していた。
並の人間なら危険な話ではあるけど、あのお兄ちゃんがそのくらいで死ぬとは思えない。
そのため、私達≠ヘこのもう一つの地球≠ノ捜索拠点を置き、お兄ちゃんの行方を追うことを決めた。
「で、この先が桜台登山道。ここの高台から街を一望出来るのよ」
アリサとすずか、それになのはにおまけが一匹と、高台へと続く林道を私達は並んで歩いていた。
案内された場所は臨海公園に高台と、海と山、自然に囲まれた海鳴市ならではの散歩コース。
日は大分落ち始めてはいるけど、ポカポカとした陽気で街を軽く見て回る程度の散歩には、もってこいの天気だった。
(私の責任でもあるし、この子達を巻き込まないように気をつけないと……)
お兄ちゃんが行方不明になった原因であって、お兄ちゃんの工房から消えた発明品に関しては私に責任があった。
あれは今から数週間前の出来事。まだ故郷に居た私は旅立つ前に役に立つ道具がないかと、お兄ちゃんの『秘密の工房』で必要なアイテムを見繕っていた……その時の事だ。
それは意図した事では無く、本当にただの偶然。散乱したアイテム。床に転がっていた怪しげなスイッチを踏んだのは事故だった。
工房内に出現した小さな黒い穴。その穴は、まるでブラックホールのように周囲にある物を無差別に吸い込んでいく。
そう、そのスイッチは『亜空間キー』と呼ばれる亜空間を展開するための道具だった。
展開した亜空間に、大きさや重さに関係無く様々な物をしまっておける……正常に機能さえしていれば、非常に便利な物。
しかし、足で踏んだ拍子にスイッチは壊れ、機械は暴走してしまっていた。
なんとか暴走を食い止め、爆発というカタチで穴を塞ぐことに成功した時には……何もかもが遅かった。
局地的に発生した亜空間の穴に吸い込まれ、床に散乱していたアイテムの幾つかが亜空間に呑み込まれてしまったのだ。
だから、初めてこの世界に来た時、女の子がお兄ちゃんのガーディアンに襲われているのを見て……私は慌てた。
工房の道具が亜空間に吸い込まれた事を知っているのは、私とその時に一緒に居た二匹のマシュマロ生物……皇家の樹『船穂』と『龍皇』の生体端末だけだ。
この世界にお兄ちゃんの道具があることがバレたら、その疑いが私に向けられる可能性が高い。
ある理由から、あの工房に出入り出来るのは、お兄ちゃんと私を置いて他に居ないからだ。
最悪、ママの『お仕置きフルコース』が待っているかと思うと……告白する勇気はなかった。
裏の最高権力者と恐れられている樹雷の鬼姫すら、私のママを本気で怒らせようとは決してしないほどだった。
(今はお兄ちゃんを捜すことより、アイテムの回収を最優先にしないと……)
この危機を回避するためには、秘密裏に工房のアイテムを回収しないといけない。真実を誰にも悟られる事無く。
巻き込んでしまった、なのはとユーノの二人にはアイテムの事を話はしたけど、私が原因だとは教えていない。
ジュエルシード集めを手伝う事を決めたのも、そもそもの原因を辿ればそのためだった。
一つあったら複数あると疑った方が良い。前回と同じようにジュエルシードを取り込んで暴走をしたら……お兄ちゃんの発明品だけに、なのはやユーノだけで止められるとは思えない。昨日のガーディアンは戦闘タイプではなく、研究や開発のサポートを目的としたアシストロボットだった。
まだ弱いタイプで助かったけど、お兄ちゃんの作った戦闘用の『オリジナル』と呼ばれる最高ランクのガーディアンやバイオボーグが出て来た時は、私でも苦戦を強いられるのは確実だ。一言に回収とは言っても、実はかなり大変な作業だった。
「どう? 綺麗でしょ。街が一望出来る絶景スポットなのよ」
夕暮れの温かな光が、街をオレンジ色に染め上げていく。高台に着いた頃には、太陽は大分西へ沈みかけていた。
黄昏に染まった海と街。それは自然が作り出した一枚の絵画。
散歩の最後を締める場所としては、確かにこれほど素晴らしい場所はない。
アリサがどうしても見せたかったモノ――と言う話にも、納得の行く光景だった。
「たいやきを片手に、ちょっとしたお花見気分ね」
「もう、殆ど散っちゃってるけどね……」
「来年があるじゃない。桜花、来年は一緒にここで花見をするわよ!」
「アリサちゃん。かなり気が早いと思うの……」
ベンチに腰掛けながら、屋台で買ったたいやきを仲良く口にする。すずかの言うように、桜はもう殆ど散ってしまっていた。
来年――その頃、まだ私はこの世界に居るかどうか分からない。
お兄ちゃんを見つけたら、さっさとあちらの世界に帰るつもりだったし、そうなったらなのは達ともお別れだ。
でも、もし来年もこうして、なのは達と友達で居られるなら……一緒にお花見も悪くは無いと考えていた。
「な、何!?」
その時だった。
背後で突然、鳴り響く轟音。雷のような光の柱が立ち、登山道から外れた森の方で光った。
『ユーノくん、これって!』
『うん、間違い無い。ジュエルシードの反応だ』
よりによって、このタイミングで遭遇するとは運が無い。
驚いた様子でポカンと大口を空けているアリサと、少し脅えた様子のすずかを見て、私は天を仰いで嘆息した。
【Side out】
異世界の伝道師外伝/マッドライフ 第3話『黒衣の魔導師』
作者 193
海鳴市は、中心部にビルが建ち並ぶ一方、周囲を海と山に囲まれた自然豊かな街でもある。
臨海公園を始め、街を一望出来る桜台登山道はハイキングコースにもなっている人気のスポットだ。
夜になれば、街の明かりが夜空に輝く星のように綺麗な光を放ち、恋人達の間で好評のデートスポットへと早変わりする。
春には高台へと続く桜並木を見ようと大勢の人達が押し寄せ、臨海公園と並び称される海鳴市を代表する観光名所だった。
そんな林道から少し外れた森の一角で、黒衣に身を包んだ金髪の少女と、トラックのように巨大な獣が対峙していた。
パッと見た感じは黒い猫。いや、『黒豹』と呼んだ方が正しい威圧感を放つ黒い獣。
血のように赤く爛々と輝く瞳に、背中に生えた鎌のような鋭い羽。その大きさも然る事ながら、明らかに普通の動物とは違う。
「はああっ!」
少女は戦斧のような武器を構え、黒豹の前足から後ろ足にかけて切り裂くような鋭い一撃を放つ。
完璧なタイミングで入った、防御も間に合わない一撃。決まったかのように思えた。が、しかし、
「ぐっ!」
逆に少女の表情が苦痛に歪む。手に伝わって来る反動。攻撃の衝撃は全て、少女の方に返る。
ピキリと骨にヒビが入ったような激痛に襲われた。
手加減など一切なし。全力で放った一撃も、鋼のように固い皮膚を持つ黒豹には届かなかった。
逆に先程の衝撃で腕にダメージを負った少女の方は、腕を庇うように黒豹から距離を取る。
「硬い……。ただの異相体じゃない……」
少女の顔に困惑と焦りが見えた。
規格外の力を持つバケモノを相手に、少女はこれまでに感じた事のない恐怖を感じていた。
手にした戦斧の名は、バルディッシュ。少女の名は、フェイト・テスタロッサ。黄金の輝きを身に纏う金色の魔導師。
少女は特別な訓練を受けた一流の魔導師ではあったが、命を懸けた戦いはこれが初めての経験だった。
(魔力ダメージは効果無し。物理ダメージも半端な攻撃は通じない)
魔導師達には物理ダメージをカットして、攻撃対象の魔力値に対して直接ダメージを与える『非殺傷設定』と呼ばれる攻撃方法があった。
良識のある魔導師であれば犯罪者でもない限りは、人間や動物を相手に殺傷設定の魔法を向ける輩はいない。
非殺傷設定であれば、気絶や昏倒をさせる事はあっても、その攻撃が原因で相手を殺してしまうような事はまず殆どないからだ。
しかし、少女は魔力ダメージをあたえる非殺傷設定ではなく、物理ダメージを優先した殺傷設定で目の前の黒豹と対峙していた。
魔力ダメージでは倒せない相手。彼女がこれまでに放った魔法の数々は、全て黒豹に効果的なダメージを与える事は出来ないでいた。
残された手は、物理ダメージで相手を戦闘不能に追い込むしかない。
生き物を傷つけると言う事に戸惑いを覚えながらも、殺傷設定で放った一撃。それすら鋼のように硬い皮膚に弾かれ、切り裂くことは疎か、かすり傷一つ与えられずにいた。
「でも、ここで諦める訳にはいかない」
だが、追い詰められているにも関わらず、少女には少しも勝負を諦めた様子は見受けられない。
規格外のバケモノを前に魔法の通じない理不尽さを感じながらも、そんな不安を押し殺したのは、目的に対する異常なまでの執着心と、厳しい訓練に耐え、一流の魔導師となるべく敬愛する師の下で戦い方を学んできた彼女の自信と経験だった。
「半端な攻撃が通用しないなら――バルディッシュ!」
頭の中で瞬時に勝利までの道筋を組み上げ、右手に握られた相棒に声を掛けるフェイト。その言葉は強い自信に満ちていた。
少女の声に応じ、輝きを増す戦斧。彼はフェイトの愛機にして、主を護り、道を切り拓くために作られた刃。
誰よりも自身を理解してくれる主のため、信頼して命を預けてくれる主の勝利を信じ、持てる全ての機能を解放する。
固く結ばれた主従の絆。光り輝く金色の魔力がバチバチという音を立て、少女の全身に電気が迸った。
魔力変換資質――かなり特殊な体質ではあるが、極稀に魔力の変換を意識せずに行える者が存在する。
炎や凍結と言った属性へと純粋魔力を変換する、少し特殊な魔力資質。
フェイトの持つ魔力変換資質は『電気』。
刹那――パリッと言う音を残して、フェイトの姿が黒豹の視界から消えた。
「――遅い」
否、本当に姿が消えたわけではない。目で追い切れないほどの速度で移動しただけ。
まるで、瞬間移動をしたかのように、電光石火の動きで黒豹の背後を取るフェイト。
ユラリ、とルビーのように紅いフェイトの瞳が揺れる。
「はあああああっ!」
先程とは一転して力任せに振るうのではなく、魔力を籠めた一撃を小刻みに連続で黒豹に叩き込んでいくフェイト。
軌跡を残し、まるで網の目のように繋がっていく光の帯。
戦斧の先より放出された黄金の輝きを纏う魔法の刃が、斬り、貫き、一繋ぎのロンドを奏でていく。
「これで――」
回避も防御も間に合わない凄まじい速さの連撃に黒豹が体勢を崩し、よろめいた瞬間――
その時を待っていたかのように、左手を前に突き出すフェイト。
突き出した手の平を中心に、環状に展開される二枚の魔法陣。
デバイスと息のあった流れるような動作で、予備動作を極限まで省略し、更なる攻撃へと繋げていく。
遠距離攻撃として使用される通常の砲撃魔法と違い、最大射程を犠牲に発射速度と威力を高めた直射型の中・近距離砲撃魔法。
――プラズマスマッシャー
手の平から放たれた黄金の光が、直線上に並ぶ木々諸共、黒豹を吹き飛ばした。
「はあはあ……手応えはあった」
モクモクとあがる土煙。そこから姿を現す一匹の獣に、フェイトは冷たい視線を向ける。
左側部から青い体液のような物を噴きだし、後ろ足をだらりと力無く垂れ下げ、崩れ落ちる黒豹。
無作為に放っていたように見える全ての攻撃は、最後の砲撃魔法に繋ぐための伏線だった。
全ての攻撃を一箇所に集中することでダメージの蓄積を狙い、ダメージが蓄積したその箇所に寸分の狂いもなく渾身の一撃を叩き込む。
口にするのは容易いが、一朝一夕に出来る芸当ではない。目で追い切れないほどの圧倒的な速さと、針の穴を通すほどの正確な攻撃があって、初めて実現可能なことだった。
しかし、それだけでフェイトの攻撃は終わらない。
「サンダ――」
黒豹の首や足に絡みつき、地面に縛り付ける拘束魔法。その動きに呼応するかのように先程まで晴れていた空に暗雲が立ち、太陽の光を遮った。
プラズマスマッシャーを放った段階から、既にこの魔法を放つ準備を進めていたフェイト。
連続攻撃は、プラズマスマッシャーへの布石。その攻撃すら、黒豹の動きを封じるのが目的。
フェイトの真の狙いは、最大魔力による渾身の攻撃魔法にあった。
「――レイジ!」
それがフェイトの切り札にして、信頼する最強の範囲攻撃魔法。
複数の敵や、巨大な敵を相手にする時に有効な攻撃手段。
轟音を上げ、草木を吹き飛ばし、巨大な黒豹の全身を貫く一条の光。
空を覆う暗雲より飛来する雷光が、対象に向かって一直線に落ちた。
「――――ッ!」
声にならない断末魔を上げる黒豹。
地面をも吹き飛ばす、圧倒的な破壊力を持つ電撃に全身を焼かれ、ブツブツと音を立てながら蒸発していく。
薄れていく光の中、原形を留めないほどに焼けただれた黒豹だった黒い塊は、重力に身を任せ、泥のように崩れ落ち――
勝負は決した。そう、フェイトが確信した――その時だった。
「なっ!?」
フェイトの表情が驚愕に歪む。
崩れ落ちたかのように思えた黒豹の体が、地面スレスレのところでピタリと静止したのだ。
「そんな……再生するなんて」
しかも、グジュグジュと音を立てながら体組織を組み替え、まるでビデオを巻き戻すかのように再生していく黒豹の姿に、フェイトは嘗て無い恐怖と驚きを覚える。
ジュエルシードのように純粋なエネルギーを持つ結晶体は、魔力だけでなく人や動物の持つ強い想いや願いに反応して発動する事がある。その結果生まれるのが、ロストロギアの異相体。人智を越えた膨大なエネルギーによって生み出される異形の怪物。想いの強さや願いの大きさによって、その力の大きさや姿形が変わる厄介なものだが、所詮は実体を持たない紛い物に過ぎず、魔力ダメージが通らないと言う事はありえないし、ここまでとんでもないバケモノが生まれるなんて事は考えられなかった。
しかし、この黒豹は魔力ダメージが通らない上、物理ダメージによる攻撃を受けても……体を再生してみせた。
(ジュエルシードの反応は確かにある。でも……)
明らかに異常だと感じるフェイト。
目の前の黒豹から確かにジュエルシードの反応を感じられるが、黒豹自体からは魔力どころか生き物らしさが感じられない。
まるで戦うために作られた兵器のような……そんな違和感を覚えた。
「……え?」
一瞬の事だった。ほんの僅か、考え事をして意識を逸らした瞬間、黒豹の姿がフェイトの視界から消えた。
まるで瞬間移動をしたかのように素早い動きで、黒豹はフェイトの背後を取る。それは見覚えのある動きだった。
先程の戦いでフェイトが見せた瞬間高速移動。高速戦闘を得意とするフェイトだからこそ可能な移動技術を、魔法を使わずにただの一度見ただけで再現してみせたのだ。
――防御が間に合わない
まるで走馬燈のように、大切な人達の顔がフェイトの頭を過ぎる。
不可解な再生能力と、常識では考えられない速度。巨大な爪の一撃が、フェイトの脳天に振り下ろされた。
……TO BE CONTINUED
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