【Side:フェイト】
第九七管理外世界――地球。私がこの世界にやってきたのは、ある物を回収するため。
――ジュエルシード。指定遺失物と呼ばれるそれを回収するために、私はこの世界にやってきた。全ては、お兄ちゃんのために。
フェイト・テスタロッサ。それが私の名前。
研究者であり大魔導師でもある母と、本当の双子のように仲の良い姉さん。
そして優しい二匹の使い魔に囲まれて、幸せな日常を送っていた。
出会いは突然だった。
私がこうして優しい家族に囲まれ、幸せな日常を送れるようになったのは、全てお兄ちゃんのお陰。凄く辛い事があって、沢山、沢山、傷ついて。とても悲しい想いをして、一度は大切な心を失いかけた母さんに、生きる希望をくれた優しい人。
そして、私に家族の大切さを、優しさを教えてくれた――そんな尊敬できる恩人。
それが、私が『お兄ちゃん』と、敬愛と親しみを籠めて名前を呼ぶ大切な人。
お兄ちゃんから貰った大切な物は、今もこの胸に記憶として残っている。そんなお兄ちゃんに、感謝の気持ちを込めて一つでも何かを返したい。
そんな時に見つけたのが、次元干渉型のエネルギー結晶体『ジュエルシード』。
故郷に帰るための手掛かりの一つとして、お兄ちゃんが探し求めていた石。
だから私は、この世界にやってきた。ジュエルシードを手に入れるために――
――防御が間に合わない
想定外の強敵。ジュエルシードを手に入れるため、管理外世界にやってきた私を待ち受けていたのは黒い獣。ロストロギアの異相体。でも、それだけなら予想の範囲内だった。
ロストロギアとは解析できない特殊な能力や、使い方を誤れば世界を滅ぼしかねない強い力を持った危険な遺失世界の遺産。
そしてエネルギー結晶体であるジュエルシードは、指向性を持たない純粋なエネルギーの塊。魔力だけでなく人間や動物の想い、願いに反応して、簡単に暴走というカタチで発動する危険な代物。
私の目の前に現れたこの黒い獣もそう……ロストロギアの異相体。そのはずだった。
ジュエルシードの反応は確かに感じられるのに、普通の異相体と何かが違う。
獣からは魔力が全く感じられず、非殺傷設定を利用した魔力ダメージは効果が薄い。物理ダメージによる攻撃も、半端な攻撃は硬い皮膚に阻まれて通用しない。大きな体に常識外れの身体能力と、目を疑うばかりの再生能力を持ったバケモノ。
そのバケモノの鋭い爪が、私の頭に振り下ろされようとしていた。
――お兄ちゃん!
頭に過ぎったのは、大切な人の顔。走馬燈のように駆け巡る楽しかった日の思い出。
こんなところで私はまだ死ねない。やりたいこと、伝えたいことが沢山ある。
でも、時は残酷に最後の瞬間を私に告げる。回避も防御も間に合わない絶望的な一撃。
その凶刃が、無情に――
「……え?」
振り下ろされた、と思った瞬間――
一人の女の子が私とバケモノの間に立ち、バケモノの攻撃を素手で受け止めていた。
【Side out】
異世界の伝道師外伝/マッドライフ 第4話『ペットの躾け』
作者 193
【Side:???】
通常の時間から外れ、本来あるべき空間から切り離された異質な空間。
高台を中心に半径数百メートルを覆うドーム状の巨大な結界。
雲は静止し、草木は静まり返り、人や動物は疎か、虫の声すら聞こえない静寂な世界。
以前にガーディアンとの戦いでユーノが張った封時結界が展開されていた。
――ユーノ。私がアレを抑えている間に、この間の結界を張りなさい
――でも、そんなことをしたらアリサ達に魔法のことが
――被害が出てからじゃ遅いのよ。二人への説明は……なのはに任せるわ
――桜花ちゃん! それって丸投げなの!
と言うやり取りがあったのが、ほんの少し前の話。
「なのはちゃん……これってどういうこと?」
「ちゃんと説明してくれるんでしょうね?」
なのはとユーノは、ようやく落ち着きを取り戻したすずかとアリサの質問に晒されていた。
全部丸投げして、一人だけさっさと現場に向かった(逃げた)桜花を恨めしく思いながらも、ここまで巻き込んでしまった以上、状況的にも逃げ切れないと悟り、観念した様子を見せるなのはとユーノ。
責任を感じて最初に口を開いたのは、ユーノだった。
「なのはは何も悪くないんです。全部、僕の責任で……」
「フェレットがしゃべった!?」
ユーノが話せると思っていなかったアリサは、驚いた様子で大声を上げた。
無理もない。家が凄いお金持ちのお嬢様、と言うだけでアリサは極普通の小学三年生。普通はフェレットが人間の言葉を話せるなんて思うはずもなく……常識のある一般人であれば、至極当然の反応だった。
管理外世界――魔法や幻想種と言った物が、空想上の物と思われているこの地球では、魔法やユーノの存在は本や物語の中の話に過ぎない。ユーノが人間の言葉を話しているところを初めて見て驚かなかったのは、桜花くらいのものだろう。なのはですら、順応が早かったものの一度は驚いた。
そうした物に慣れている桜花は例外中の例外。
この世界ではアリサのような反応が、極一般的な……自然な反応だった。
「さっきの光と何か関係があるの?」
「はい。魔法と言っても信じて貰えるか分からないけど、僕は別世界からきました」
「ま、魔法! 別世界!?」
アリサよりは少し落ち着いた様子のすずかが、先程から疑問に思っていたことをユーノに質問する。返ってきた答え『魔法』と『別世界』という聞き慣れない単語を耳にして、またも大声を上げて驚いたのはアリサだった。
そんなアリサの反応に苦笑を漏らしながらも、なのはや桜花にしたような説明を丁寧に分かり易く、もう一度二人に話して聞かせるユーノ。
――この世界にやってきた理由
――魔法のこと、ジュエルシードのこと
――桜花となのはに協力してもらっていること
など、包み隠さず、アリサとすずかに話して聞かせた。
「……事情はわかったけど、なんであたし達に黙ってたのよ?」
「それは……二人を危険に巻き込みたくなくて」
「じゃあ、なのはや桜花は危険じゃないって言うの!?」
真剣な顔で、なのはに詰め寄るアリサ。
「アリサちゃん。なのはちゃんだって悪気があった訳じゃ……」
「そんなこと、わかってる。だから悔しいのよ……」
除け者にされたことが悲しかった訳じゃ無い。友達の力になれないことが、頼られなかったことが悔しかった。
ユーノの話からも、ジュエルシードが危険なものだって言うのは分かる。
なのはが友達を危険な目に遭わせたくなくて、黙っていたというのも理解できた。
それでも嘘で誤魔化すのではなく、事情くらい説明して欲しかった。
なのはが友達を巻き込みたくないと考えていたように、アリサもなのはや桜花のことを心配していたからだ。それは、すずかも同じ。大切な友達が危険なことに関わっていると知って、心が痛まないはずもなかった。
「それじゃあ、桜花は?」
「……うん。桜花ちゃんは今、森で戦ってる」
こうしている今も、森の中で激しい戦いが行われていた。
先程の雷のような光は見えなくなっているが、戦いの凄まじさを物語るかのように、代わりに怪獣が暴れているかのような、地鳴りと轟音が鳴り響いていた。
◆
「ああ、もう! 何処の誰かは知らないけど、逃げなさいって言ってるでしょ!」
「それは無理。私にはアレが必要なの。それに、あなた一人じゃ……」
「戦闘用バイオボーグ。確かに厄介な相手だけど、あのくらいの相手なら、どうってことないわ」
ドンッ、という衝撃と共に地を蹴り、空を駆ける桜花。
一瞬にして空に浮かぶ黒豹に距離を詰め、上半身の捻りだけで振り下ろされた爪をかわし、懐に潜る込むと、鋼のように堅い皮膚を簡単にへこませるほどの重い右拳を腹に一撃。すかさず、怯んだところで後頭部に肘打ちを放ち、十数メートル下の地面へと黒豹を叩き落とした。
「凄い……」
一連の動作を目の当たりにして、ポカンとした表情で驚くフェイト。
魔法では傷を負わせるだけでも難しかった黒豹を圧倒し、あまつさえ素手でダメージを負わせるなど、フェイトの常識では考えられないこと。
今までに、こんな凄まじい戦い方をした人物を見た事がなかった。
「ダメだ。やっぱり再生を始めてる」
しかし、それだけの攻撃を受けても尚、恐るべき速さで自己修復を続ける黒豹。不死身とも思える再生能力を前に、フェイトは苦しげな表情を浮かべる。強がってはみたものの、先程の連続攻撃と大魔力の放出で、フェイトの魔力量は残り少なくなっていた。
しかも腕を負傷し、痛みに耐えるだけで苦しい状況。
どうにかしたくても、桜花と黒豹の凄まじい戦いに割って入るだけの力は残されてなく、かえって足手纏いになる可能性の方が高い。ただ、静かに一人と一匹の戦いを見守ることしか出来ないでいた。
「自己修復するタイプか……。さすがはお兄ちゃんの発明品。凄く厄介ね」
本来であれば致命傷とも言えるダメージを与えても、直ぐに回復をして起き上がってくる黒豹に辟易とした様子で、ため息を漏らす桜花。軍用兵器に用いられるバイオ金属。それも、銀河最高峰の技術力で作られた特注品。そして、この異常とも言える回復力を支えているのは、体内に取り込まれたジュルシード。膨大なエネルギーが黒豹に、無尽蔵とも言えるエネルギーを供給していた。
しかし、絶望した様子も諦めた様子も見受けられない。
それどころか、自身の勝利を信じて疑わない絶対の自信が、桜花の表情からは感じられた。
「船穂と龍皇が一緒なら、もっと手っ取り早かったんだけど……それなら――」
フェイトがみせた瞬間高速移動のように、一足で黒豹との距離を詰める桜花。
そのまま背後に回ると黒豹の刃物のように鋭い羽を素手で掴み、背負い投げの要領で腰を使って回転をくわえ、一気に根本から引き抜くようにむしり取った。
「――――ッ!」
これにはさすがの黒豹も痛みを我慢できず、悲鳴をあげてジタバタと暴れる。
だが、桜花の攻撃はそれだけでは終わらなかった。
直ぐ様、もう片方の羽も同じ要領でむしり取ると、
「これで、もう逃げられない」
ニヤリと口元を緩めた。
――ゾクリ、フェイトの背中に悪寒が走る。
桜花の放った殺気により、周囲の温度がガクッと下がり、時が凍り付いたかのようなピリピリとした肌をさす緊張に場が包まれた。
銀河に名を轟かせる一大勢力。次元を超越した力を持つ『皇家の船』を筆頭に、銀河最強の軍事力を持つ軍事国家『樹雷』。国民の全てが『闘士』と呼ばれる兵士であり、桜花はその中でも『武神』とまで呼ばれた母と、樹雷の鬼姫の片腕として活躍する『瀬戸の剣』を父に持つ戦姫。
その力は、樹雷の中でもトップクラス。全銀河の中で、上位に入る実力を持っていた。
「お仕置きよ。二度と逆らえないように調教してあげるわ」
――――ブシュウッ!
次の瞬間、黒い獣の背中から噴き出す大量の血液。
むしり取った羽の傷を広げるように桜花は攻撃を重ね、裂き、抉り、潰し、目の前の黒豹だった物を、ただの肉の塊へと変えていく。
「うっ……」
獣の血で青く染まっていく光景を前に、口を両手で押さえ、こみ上げてくる吐き気に耐えるフェイト。
目の前で繰り広げられているのは戦いなどではない。『調教』と言う名の一方的な蹂躙劇だった。
◆
「にゃおーん」
「うわっ! ちょっとくすぐったいてば。何よ、危険危険って言ってたけど、人懐っこくて大人しい猫じゃない」
人懐っこくアリサの頬をペロペロと舐める黒猫。
さっぱり事情が呑み込めない、なのはとユーノは首を傾げるばかり。
目の前の黒猫が、先程まで桜花と死闘を演じていた黒豹と気付くはずもなかった。
トラックのような大きさではなくなり、今はアリサの胸にすっぽりと収まるほどの普通の猫に変化したバイオボーグ。生きたまま身体の中を掻き回され、ジュエルシードを取り出されるといった血も涙もない桜花の調教を受けた後、本能的に桜花を主人と認め、大人しく隷属の姿勢を取っていた。
「はい、なのは。ジュエルシードね。まだ、封印はしてないからお願いね」
「うん……。あの……桜花ちゃん」
「何?」
「あの猫ちゃんって……」
「バイオボーグのこと? アレも、お兄ちゃんの発明品の一つよ。本当の姿はトラックほどの大きさがある巨大な黒豹なんだけど」
黒猫の姿は、非戦闘時の仮の姿と言ったところ。本来の姿は対峙すれば身も凍る巨大な獣。
地面に出来たクレーターや、へし折れた大木。桜花の話を聞き周囲の惨状を見て、目の前の猫がただの猫ではないと確信するなのはとユーノ。
アリサやすずかに懐いている様子だが、昨日のガーディアンとの戦いで、その非常識な強さを目の当たりにしているなのは達からしてみれば、複雑な心境だった。
「大丈夫よ。もう、危険はないから」
「危険はない?」
「少し躾けをね」
「…………」
なのはとユーノは桜花の躾という言葉を聞いて、深くは詮索しないことを決めた。
大量の返り血を浴びたように、真っ青に染まった白いシャツを着ている桜花を見ると、危険なツッコミに思えてならなかったからだ。
現場に駆けつけて桜花を見つけた時のアリサのように、『あれ? アンタのシャツって青かったっけ?』などと尋ねる気にはなれなかった。
「アリサ、すずか。気に入ったなら、その猫、持って帰ってもいいわよ」
「ちょっ! 桜花!?」
「桜花ちゃん!?」
驚いたのは、ユーノとなのはだ。
あれが普通の猫ではないのは明らか。バイオボーグを持って帰っていいなどと、昨日の一件から異世界の技術で作られた兵器の戦闘力を知っている二人からすれば、洒落になっていない冗談だった。しかしアリサとすずかは、その話を真に受けた様子で、
「うーん。飼いたいけど、うちは犬がいるからね」
「それじゃあ、うちで飼おうか?」
「そうね。すずかの家なら、他にも猫が一杯いるし」
などとトントン拍子で話が進んでいた。
「大丈夫よ。危険はないって言ったでしょ?」
「で、でも……」
「それに裏の事情に巻き込んでしまったのなら、護衛が必要でしょ? あの猫なら、その点は申し分ないはずよ。元々、そういった目的で生み出された子だしね」
桜花の話は、それなりに説得力があった。
アリサとすずかの安全を確保するためと言われると、なのはも反対は出来ない。
ユーノには魔法が、なのはにはレイジングハートがあるが、アリサとすずかは普通の人間。何処にでも居る、ただの小学三年生の女の子だ。
元々、二人を巻き込むつもりはなかった上、巻き込んでしまった以上、二人に危険が及ばないようにするのも、力を持つ者の責任だった。
「後の問題は……この娘ね」
桜花が視線を向ける先――
意識を失い、木の根元にもたれ掛かるように眠っている金髪の少女。
小さく「はあ……」と嘆息しつつも、放って置くわけにもいかないか、と考える桜花。
「桜花ちゃん。その女の子は?」
「さあ? 黒豹に襲われてたから助けたんだけど」
「襲われていた?」
訝しげな視線を、金髪の少女に向けるユーノ。
少女の傍に落ちていた戦斧に目をやり、
「……まさか、魔導師?」
戸惑いに満ちた声を漏らした。
……TO BE CONTINUED
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