【Side:アリサ】
今日は皆で集まって、お茶会の日。
集合場所はあたしの家。朝早くから準備を整え、皆が来るのをこうして待っていた。
「そろそろ、約束の時間か……」
集まって話をする時は、大抵はあたしの家か、すずかの家。それか翠屋。
今日はユーノと桜花、そして先日なのはの家に運ばれた女の子――
フェイトの歓迎会を兼ねて、あたしが皆を家に招待した。
実のところ、まだ困惑していることもあって……ちゃんと集まって話をして、心の整理を付けたい、という想いが本音にはあった。
「…………」
あんな物を見せられた後だと信じない訳にはいかないけど、異世界や魔法とか、しかも友達が魔法少女になっていたなんて、夢のようで今でも現実感がない。
でも夢ではなく、それが現実。下手をすると怪我だけでは済まない……命の危険すらある危ない事だと知って、真っ先に案じたのは大切な親友の事だった。
でも、なのははあたし達が何を言っても、一度決めたことを途中で投げ出すような真似は決してしないだろう。
ましてや大勢の人達が危険な目に遭う。放って置けば、街に被害がでると知っていれば尚更だ。
それは、親友のあたし達が一番よく理解していた。
(ほんと、不器用なんだから……)
だから、あたしとすずかは自分達の意思で事件に関わる事を決めた。
何が出来るか分からないけど、相談ぐらいには乗れるかも知れない。
なのはが一度決めたことに不器用なほど真っ直ぐなことを理解しているからこそ、あたし達に出来る事は親友を後からしっかりと支えてあげることだけだと思った。
どんなに悲しい事、辛い事があっても――
帰る場所、あたし達の日常はここにあるってことを、不器用な親友に教えたかった。
「アリサお嬢様。お客様がお見えになりました」
「ありがとう。あたしも直ぐに向かうわ」
でも、それはあたし達の我が儘……勝手な思い込みなのかもしれない。
なのはがそれを望んでいるかどうかは別の話。
(そうか。あたし……恐れてるんだ)
なのはが不安そうな顔、寂しそうな顔をしているのをみると、いつも思う。
あたし達の知らないところに、手の届かないところに親友がいってしまうのではないか?
変化していく日常と関係。心の何処かで、大切な親友が離れていく焦りと寂しさを感じているのだと気付いた。
その時がきたら、あたしは親友になんて言葉をかけるんだろう?
出来ることなら友達として、なのはの応援をしたい。
心の底から望むのは、理想的な結末。あたしは友達の力になりたかった。
【Side out】
異世界の伝道師外伝/マッドライフ 第7話『魔法少女の作り方』
作者 193
とても日本とは思えない、中世のヨーロッパにタイムスリップしたかのような錯覚を引き起こす、真っ白な屋敷。郊外の広大な敷地の中に佇む、まるで小さなお城のように大きなその屋敷こそ、アリサの家――バニングス家の屋敷だった。
日米に幾つもの関連会社を持ち、政界、財界に多大な影響力を持つバニングス。
歴史こそ月村重工には及ばないものの、その企業力は世界屈指と言っても過言では無い。
中庭に設けられたパーティー会場。参加者は少女五人と異世界からきた子犬とフェレット。
アリサ・バニングス主催のお茶会。桜花達の歓迎会がそこで開かれていた。
「オレンジ色の毛並みって変わってるわね。額に変な宝石がついてるし、なのはの犬?」
「違うよ……フェイトちゃんの使い魔でアルフさんっていうの」
アリサに犬扱いされて狼のプライドが刺激されたのか、ムッと不機嫌そうな声を上げるアルフ。
「この子達は関係者ってことか。なら、この姿じゃなくてもよかったんじゃ……」
「わっ! 犬がしゃべった!」
驚くアリサ。『犬じゃない狼だ!』と叫ぶアルフ。
アルフの本来の姿はオレンジ色の大きな狼なのだが、その姿では目立つからと今日は子犬の姿を取っていた。
「全く……これで文句ないだろ?」
「おおーっ!」
人間の子供の姿に変化したアルフをみて、子供達は感嘆の声をあげた。
子犬かこの人間の子供の姿が一番燃費が良いらしく、高町家でも普段はこの姿で居る事の方が多いアルフ。犬の姿だと保健所に連絡されそうという危機感もあるのだろうが、子供の姿を取っているのはフェイトが『お兄ちゃん』と慕っている人物の影響が一番大きかった。
バスや電車などの交通機関。動物園や映画館などの娯楽施設を、『子供の姿なら子供料金で利用できるぞ』とアルフに教えたのも、元を辿ればその人物。それ以来、フェイトの身体への負担も考えて、何かと子供の姿で居る事の方が多いアルフ。
なんだかんだでフェイトと同じように、アルフも『お兄ちゃん』の影響を受けていた。
「ほら、機嫌を直して。この御菓子あげるから」
「こんなもので騙されないよ?」
と言いながらも、アリサから御菓子を受け取って、どこか嬉しそうなアルフ。
高町家の食卓に並ぶ桃子の手料理が想像以上に美味しかったというのもあるが、元々地球には異世界人のフェイトやアルフからすると珍しい料理が多く、地球にきてからというもの食事はアルフの楽しみの一つになっていた。
「それじゃあ、まずは自己紹介。あたしはアリサ・バニングス」
「月村すずかです」
「高町なのはだよ」
「フェイト……テスタロッサ」
「平田桜花。桜花でいいよ」
自己紹介からはじまり、この世界のことや、桜花とフェイトの居た世界の話。
まずは互いの理解を深めようと、先日の騒ぎやジュエルシードの話からは少し外れて、たわいない日常の話を中心に少女達の会話は弾む。
こうして、アリサ主催のお茶会はつつがなく進んでいた。
「それじゃあ、フェイトもお兄さんのために地球にきたんだ」
「桜花ちゃんと一緒でお兄さん想いなんだね」
フェイトの地球にきた理由が、桜花と同じような理由だったことに、『こんな偶然もあるんだ』と声を揃えるアリサとすずか。
事実、異世界からやってきた二人の少女には一つの共通点が見られた。
――消息不明の兄を捜して、この世界にやってきた桜花
――兄の研究に必要なジュエルシードを探しに、この世界にやってきたフェイト
どちらにも言えることは、お兄ちゃんのため――と言う点だ。
なんらかの技術者と言う点でも、二人の『お兄ちゃん』には共通点が見受けられる。
「ふたりとも、その『お兄ちゃん』のことが好きなの?」
アリサのど真ん中直球の爆弾発言に、顔を真っ赤にしてボンッと煙を噴き出すフェイト。
尊敬している。好意を持っているのは確かだが、そんな風に意識したことはなかった。
そうした話に免疫のない純情なフェイトは、どう答えて良いか分からずに混乱する。
一方、桜花はというと――
「うん、好きだよ。お兄ちゃんとは将来を誓い合った仲だしね」
好きという気持ちに満ち溢れ、一切の迷いがなく堂々としていた。
少女達からは『おおーっ!』と、真っ直ぐな桜花の回答に感嘆の声が上がる。
好きか嫌いかで訊かれれば、迷わずに『好き』と答えられるほど、桜花は『お兄ちゃん』のことを慕っていた。
全世界で一番大切な人――そうでなければ、ここまで追ってきたりはしない。
色々と複雑な事情もあって、思うようにいかないこともたくさんあるが、桜花にとって『お兄ちゃん』とは、それだけの重みを持った存在だった。
「恋敵も多いんだけどね……」
「そうなの?」
「うん。有名人だし、それこそ銀河規模で信奉者がいるくらい……」
首を傾げるすずかの質問に、心底困った様子で答える桜花。
軟派と言う訳ではないが、天然でフラグを乱立するところは桜花の悩みの種となっていた。
幼い少女から数千歳を超える女性。更には神様にまで――
無自覚にフラグを立てるような困った男だ。その中には桜花とも親しい人物が大勢居て、将来設計の一つのカタチとして一夫多妻も半ば仕方がない、と関係者の殆どが容認しているくらい……桜花も、その件に関しては諦めが入っていた。
ただまあ無理だとは分かっていても、もう少し自重して欲しいと思うのが乙女心だ。
出来る事ならこれ以上、恋敵を増やして欲しく無い。そう考えるのは自然な流れだった。
「凄いお兄さんみたいね……。まさか、フェイトのお兄さんも?」
「……どうだろう? でも、お姉ちゃんと母さん。それにリニス。アルフも、お兄ちゃんのことが大好きだよね?」
「ちょ、フェイト! あたしは、アイツのことなんて!」
「でも、前に『皆一緒がいいね』って話をアルフも……」
アルフが黙っていて欲しい話を次々に暴露するフェイト。
悪気は無い。全く悪気は無いのだが……フェイトの気持ちを考えると『あの時の話は嘘でした』など言えるはずもなく、恥ずかしい過去を暴露された側にとって、これほど最悪な話の流れはなかった。
「それって、もう家族全員おちてるんじゃ……」
フェイトと桜花の話を聞いて、世の中凄い人がいるものだとアリサは思った。
同時に、自分はそんな人を好きにならないように気をつけよう――とも。
悪い人ではなさそうだし、それだけ大勢の女性に言い寄られるくらい魅力的な人なのだろうが、二人の反応を見るに、そんな男性を好きになったら色々と苦労することになりそう、と考えたからだった。
事実、その考えは間違っていなかった。
その最たる例が今回の件。
そうでなければ二人が地球にくることは、なかったとも言える。
「ねえ、魔法ってあたしやすずかにも使えるの?」
「えっと……どうなんだろう? ユーノくん」
先程からの話について行けなかったユーノは、話の方向が変わって安堵した。
女の子の恋愛話に入っていくのは、男のユーノには辛い状況だったからだ。
ただ質問の内容が内容だ。少し厳しい言い方になるかもしれないが、二人は一般人。
話の流れから魔法についても一度現実的な話をしておいた方が、事の危険性をより理解してもらうためにも最善かとユーノは考えた。
「……魔法を使うには魔力資質。魔力を循環するためのリンカーコアと呼ばれる特殊な器官が必要なんだ。残念だけど、アリサにはそれがない。すずかからは魔力を感じられるけど、それでも魔導師になれるほどじゃないよ」
魔導師になれる才能はない、と言われて残念そうに肩を落とすアリサ。
魔法を使えれば、なのは達の助けになるのでは?
と真剣に考えたようだが、現実はそう甘くはなかった。
「なのはは特別だよ。元々この世界には魔力資質を持った人が少ない。なのはやフェイトのような高い資質を持った魔導師は、管理世界でも極僅かしかいないのが現実だから……」
管理世界の住人であっても、魔導師になれるほどの魔力資質を持つ者は少ない。
更に言えば、なのはやフェイトクラスの魔力を持った高位魔導師になると、管理局でも全体の五パーセントと言った数しかいない。地球では魔力資質を持つ者が稀なくらいだった。
大気中の魔力を体内に蓄積し、外部に放出するためには『連結する核』と呼ばれる特殊な魔力循環器官が必要不可欠。その上、魔導師になるには基準値以上の魔力資質が求められる。努力をすれば誰にでも魔法が使えると言う訳ではなかった。
魔法は確かに便利な力だ。しかし先天的な才能が非常に大きな割合を占める不安定な技術でもある。
管理世界で魔導師が重用され、貴重とされているのもそのためだった。
「魔導師にはなれないけど、魔法少女にならなれるわよ?」
「え?」
やっぱりダメか、と諦め掛けていたところ、あっさり『なれる』と話す桜花。
――魔導師にはなれないけど魔法少女にはなれる
言葉の意味はよく分からないが、桜花ならもしかして――とアリサは目を輝かせた。
しかしアリサ以上に、その話に驚いたのはユーノだった。
「幾らなんでも魔力資質のない人間を魔導師にするなんて……」
――無理だとユーノは考えた。
動力や術式を組み込んだ機械を使って、魔法を道具として利用すると言ったことは確かに可能だが、それは道具に頼っているだけで自分で魔法を使えているわけではない。
魔導師とは、道具に頼らず自分の魔力だけで魔法を行使する者達の総称だ。道具を使って魔法を使うのとでは、意味が全く違う。
日常生活や一般的なレベルの仕事ならそれでも構わないかもしれないが、危険な任務に従事したり、最前線で身体を張る仕事では、やはりそれだけでは不十分。才能を持った有能な魔導師が重用される社会背景には、魔法文明ならではの事情があった。
魔導師の数は限られている。それ故に管理局をはじめとする様々な組織が、人材不足に頭を悩ませている現状を知っているユーノからしてみれば、桜花の世界がどんなに優れた科学力を持っていようと、魔力資質を持たない人間を魔導師に出来るなんて話を信じられるはずもなかった。
もし、そんなことが可能なら、管理世界の常識が根底から覆りかねない大発見だ。
「だから、魔導師じゃ無くて『魔法少女』。お兄ちゃんの発明品に、そういうのがあるのよ。アリサ、試して見る?」
「……いいの?」
「アリサの護衛も考えないといけなかったし……予備を一個持ってきてるから、それを貸してあげるわ。素人でも、そこそこ使い物になるはずよ」
ポーチに手を突っ込んで、ガサゴソと中を漁り、短い杖と一冊の本を取り出す桜花。
「これが魔法少女になれるアイテム?」
「うん。まあ、見た目はちょっとアレだけど……お兄ちゃんの発明品だし性能は保証するわ」
桜花達の世界の警察――GPも採用している戦闘服。
伝説の哲学士の知識。異世界の科学力の粋を集めて作られた女性限定の装備。
圧倒的な性能を誇る……伝説の後継者が作り出した魔法少女変身セット。
それがこの杖と本の正体――『魔法少女大全』だった。
……TO BE CONTINUED
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