【Side:リニス】
ミッドチルダ南部の山間、アルトセイムにひっそりと佇むテスタロッサ家の屋敷。
わたし使い魔リニスは、この屋敷でメイドとして住み込みで働いていた。
不器用な主と優しい子供たちと一緒に、幸福に満ちた平穏な日常を享受して。
「リニス。フェイトは見つかったの?」
「はい。第九七管理外世界で反応を捕捉しました。アレを使ったみたいですね」
「管理外世界? どうしてそんなところに?」
首を傾げるフェイトそっくりの金髪の少女。
彼女はアリシア・テスタロッサ。プレシアの娘にしてフェイトの姉。
「遺失指定物が目的のようですね」
「ロストロギア? ママの研究に必要とか?」
「いえ、今回は彼のためかと。目的はジュエルシードのようですし」
話に納得した様子で、ポンと手を打つアリシア。
「そっか、そういえば前にそんなことを言ってたかも」
「だからと言って、管理外世界で無茶をされても困るのですが……」
「フェイトって真っ直ぐだから……。特にお兄ちゃんのことになると一途だしね」
「気持ちはわかりますが……」
自らの危険を顧みないほど、フェイトが彼のことを慕う理由はわかっている。
二年前のあの出来事から、フェイトが魔法を学ぶ理由が変わったことも――
次元世界最高の科学者にして、プレシアの病を治しアリシアの命を救ってくれた恩人。
フェイトに本物の家族と笑顔をくれた優しい人。彼が私達の前に現れなかったら、私も消えていたかもしれない。
夢のような現実。この日常があるのは、彼のお陰だった。
そしてそのことに一番感謝しているのはフェイトなのかもしれない。
あの子は母の愛情、家族の温もりを誰よりも強く欲していたのだから――
「二人とも、もう少し私やプレシアに心配を掛けないようにしてくれると助かるのですが……」
「私はそんなことしないよ?」
「先日も勝手に家を飛び出して、三日も家に帰ってこなかったことがあったじゃないですか」
「うっ……あれは……」
以前から、こっそりと転送ポートを使って彼のところに行っては、アリシアが勉強を見て貰っていることを私は知っていた。
勉強とはいっても、魔法の勉強ではなく科学の勉強だ。
アリシアには、プレシアやフェイトのような優れた魔力資質はない。ただ、フェイトが母親から魔法の才を受け継いだのと同じように、アリシアもまた母親譲りの頭脳と発想力が備わっていた。
ここ最近では、デバイスも自作できるほどの腕前になってきているようで、もう私がアリシアに教えてあげられることは殆ど無い。将来プレシアや彼のように、皆を幸せにする科学者になりたい、と話すアリシアが微笑ましかった。
アリシア自身、その科学の力で助けられた一人なのだから……そう考えるのも頷ける。
「ほら、リニスのために玩具を作ってみたんだよ」
「……アリシア。それは誰の入れ知恵ですか?」
「え? お兄ちゃんだけど?」
話をすり替えようと、彼からもらったポーチの中から猫の玩具を取り出すアリシア。
確かに元は山猫だが、私が動物形態になることは殆どない。理由は簡単。メイドとして屋敷の家事全般を任されている身としては、猫の姿では何かと不便なことの方が多いからだ。
以前アルフに犬の玩具を送ってきたように、私を猫扱いする人物は思い当たる限り一人しかいなかった。
忘れもしない。バルディッシュが完成した夜のこと。
あのマタタビ事件は黒歴史として、私の心に深いトラウマを残していた。
「でも、自信作なんだよ? ほら、ここを押すと――」
そう言ってアリシアは、猫じゃらしを彷彿とさせるフサフサした棒状の物をベランダの鉄柵に向けて……手元のスイッチを押した。
――ドシュン!
次の瞬間、棒の先端から放たれる高出力のレーザー砲。
レーザーが通り過ぎた場所にある物質は、全て光の粒になって消えていく。
予想もしなかった機能に、私は唖然とした表情を浮かべた。
「凄いでしょ。バルディッシュと同じ疑似反物質装置が使われてるんだから!」
えっへん、と胸を張るアリシア。
母親同様、確実にマッドの道を歩んでいるようで……将来が心配になった。
【Side out】
異世界の伝道師外伝/マッドライフ 第12話『手掛かり』
作者 193
「桜花ちゃん。フェイトちゃんは?」
「大丈夫よ。疲労が原因だから、時間が経てば自然と目が覚めるわ」
「よかった……。ありがとう、桜花ちゃん」
桜花からフェイトの診察結果を聞いて、なのははほっと安堵の表情を浮かべた。
あの後、体力を使い果たし意識を失ったフェイトを、なのは達は高町家に運び込んだ。
この間のこともあって、桜花ならなんとかしてくれると考えたからだ。
「すずかは?」
「アリサちゃんやユーノくんと一緒に、ファリンさん達に事情を説明してる」
「そう……後で私からも言って置いた方がよさそうね」
忍やノエルと一緒にファリンも、関係者のアリサとすずか、それに件の原因であるユーノから、これまでの経緯と説明を受けていた。
「ところでアルフ。ちょっと訊きたいことがあるんだけど?」
「訊きたいこと?」
「レイジングハートに見せてもらったバルディッシュの性能。不可解な点が多いのよ」
なのはのベッドで眠るフェイトに付き添う幼女形態のアルフに、怪訝な表情で尋ねる桜花。
レイジングハートに残されていたメモリーから、ガーディアンとフェイトの戦闘の一部始終を確認した桜花は不可解な点に気付いた。
ガーディアンが倒された時、光の粒になって消えたあの現象。あれは対消滅で間違い無い。
バルディッシュに搭載されている疑似反物質は、無生物だけを対消滅させる桜花の世界では馴染みのある技術。魔導師に非殺傷設定があるように、武装だけを解除する際に有効な攻撃手段の一つとしてGPでも採用されている科学技術の一つだ。
当然のことながら魔法技術を推奨する管理世界に、そのような科学技術は存在しない。
――なら何故、その異世界の技術がこの世界のデバイスに搭載されていたのか?
流出した工房のアイテムが解析され、それがバルディッシュに転用された可能性も桜花は考えたが、バルディッシュほど完成度の高い機械をノウハウを持たない技術者がどれだけ集まろうと、一朝一夕に再現できるとは思えない。
異世界の技術と知識に精通した科学者が、バルディッシュの開発に関与しているとしか考えれなかった。
「あたしもアレのことは詳しくなくて……」
言葉を濁すアルフ。だがアルフも、バルディッシュに関しては詳しくなかった。
フェイトがあの力を出し惜しみしていたのは、身体に大きな負担が掛かることと、ジュエルシードも一緒に消滅させてしまう可能性を考慮したからだ。
実際フェイトが危惧したように、ジュエルシードはガーディアンと一緒に光の粒へと分解され消滅した。蓄積されたエネルギーだけをバルディッシュに残して。
疑似反物質だけでも不可解だというのに、ガーディアンのレーザー砲を吸収したという機能や身体の構成を雷化する技術など、桜花の世界でさえ最先端技術を用いなければ再現の不可能なものばかりがバルディッシュには搭載されていた。
(偶然と思いたいけど……まさかね?)
偶然と片付けるには余りに不可解な出来事。桜花は一つの可能性を考え、表情を曇らせる。
バルディッシュの製作者が考えている通りの人物だとすれば、桜花にはフェイトの『お兄ちゃん』に心当たりがあった。
その人物を捜して、この世界にまでやってきたのだから当然だ。
思わぬところで捜し人に繋がる可能性を見つけたことで、桜花は複雑な心境を抱く。
それもそのはず。フェイトはお兄ちゃんのため、と言った。その言葉の意味するところは考えられる限り一つしか無い。
「フフッ、フフフフフフ……」
「ひぃっ!」
「桜花ちゃんが壊れたの……」
ガクガクと体を震わせるアルフ。なのはもそんな桜花を見て、顔を青ざめる。
フェイトが危険を顧みずジュエルシードを集めている理由が、想像通りの人物にあるとすれば……恋する乙女としては複雑だった。
◆
「ここが俺の家です」
「案内ありがとうございます。助かりました。恭也さん」
「いえ、俺の方こそ、妹が桜花ちゃんにお世話になってますし……」
――母さんと父さんに伝えてくるから、恭ちゃんは林檎さんを家までエスコートしてね
と美由希に案内を押しつけられた恭也は、林檎と一緒に高町家に一足早く帰ってきていた。
「家の中が騒がしいな……」
家の中からワイワイと聞こえて来る話し声に、恭也は何事かと考える。
桃子と士郎は翠屋で仕事中。美由希は二人に林檎のことを伝えに翠屋に行っている。
恭也がここに居るということは、家に残っているのは末の妹のなのはと居候の桜花だけだ。
なのに家の中からは、それ以上の数の気配と話し声が聞こえてきていた。
怪訝な表情を浮かべながらも玄関口を通り、林檎を連れて真っ直ぐ居間に向かう恭也。
「なのは、帰ったぞ。一体、何を騒いで――」
そこで恭也は思わぬ人物と鉢合わせをし……身を固くして表情を強張らせた。
「……恭也?」
「忍……それにすずかちゃん。ノエルにファリンまで、どうしてここに……?」
月村忍。恭也の恋人にして、すずかの姉。
それにどう言う訳か、月村家の住人全員が高町家の居間に勢揃いしていた。
すずかだけなら、まだなのはを尋ねて遊びに来たと察しが付くが、忍とノエルやファリンまで一緒となると状況は違ってくる。恭也の脳裏に嫌な予感が過ぎった。
「それはこっちの台詞なんだけど……。私に隠していること、あるでしょ?」
「まさか、全部聞いたのか?」
「……ええ。私達の秘密もバレちゃったけどね」
忍が何故ここにいるのか? その一言で、恭也は瞬時に理解した。
恭也も別に隠し事をするつもりだったわけではなかった。しかし桜花とユーノの件でバタバタとしていたこともあり、忍に相談するのが遅れてしまったのだ。その所為で忍が変に深読みをすることになり、月村の秘密が桜花だけでなくアリサやなのは、更にはユーノとフェイトやアルフにまでバレる結果となった。
忍にしてみれば、今日ほど自分の迂闊さを呪った日はない。一人や二人ならまだしも、これだけ大勢にバレてしまったのは初めてのことだ。
時間を巻き戻せるのなら最初からやり直したい。そう考えるほどに後悔していた。
「恭也こそ、どこに行ってたのよ? ここ数日は携帯にも出ないし……」
「うっ……。それは……」
一瞬、東京で交わした美由希の言葉が、恭也の頭を過ぎった。
やましいことは何もない。しかしタイミングが悪い。
今、林檎の話を持ち出すのは危険……と男の本能が訴えていた。
「あっ、林檎お姉ちゃん」
その時だった。
タイミング良く二階から下りてきた桜花となのはが、居間の入り口で待機していた林檎とバッタリ顔を合わせた。
「……林檎?」
桜花の声に気付き、恭也の背中に隠れた林檎に気付く忍。
――ピシリ、と空気が一転。
冬でもないのに、肌寒い空気が居間全体に広がった。
「林檎お姉ちゃんどうだった?」
「はい。こちらに居る恭也さんのお陰で、予定よりも随分と早く済みました」
「そうなんだ。恭也お兄ちゃんありがとう」
「い、いや……俺は当然のことをしただけで……」
「いえ、本当に助かりました。ご両親にも、ちゃんとご挨拶をしたいのですが」
恭也さんのお陰。助かった。両親に挨拶。
忍の頭の中でパズルが組み上がり、カチリと歯車が噛み合ったかのような音が鳴る。
背中から黒いオーラを溢れさせ、怒りで小刻みに体を震わせる忍。
「美由希が呼びに行ってますから、仕事が終わったら真っ直ぐ帰ってくると……」
「……そうなんだ。美由希ちゃんが呼びに行ってるのね?」
背中からかけられた寒気すら感じる冷たい声に、恭也の身体がビクッと硬直した。
「……忍? いや、ちょっとまて! 何か重大な勘違いを!」
「うん、わかってる。いつもの病気よね?」
「なんだ!? 病気って!」
「これで何人目かな? 二人きりで話がしたいんだけど……いいわよね?」
話があるから付いて来い、とその笑顔が全てを物語っていた。
何よりも優先して忍に一言いっておくべきだった、と恭也は後悔するが、今更何を言っても後の祭り。このままでは殺される。とにかく誤解を解かないと、と恭也は必死に忍への言い訳を考える。が、しかし――
◆
「恭ちゃん。父さんと母さん、今日は早めに帰ってくるって……修羅場?」
帰ってきた美由希が見たもの。それは――
プライドを投げ捨て、子供達の前で恋人に土下座をする……兄の姿だった。
……TO BE CONTINUED
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