【Side:カリム】
ミッドチルダ北部――聖王教会。教会の一角にある執務室。
教会騎士団に所属する私カリム・グラシアは、いつものように執務に励んでいた。
机の上、床にまで積み重なった書類の山。ここ二年で私の仕事は今までの倍、いや五倍以上にまで膨れ上がった。
「ううっ……なんだか最近また一気に老け込んだ気がするわ」
自慢の長い金髪も、艶やかさに欠け枝毛まで……。心なしか元気がないように見える。
洗髪料を変えた方がいいかな? と考え始めると、ここ最近の生活習慣や食生活の方にも考えが過ぎった。
ストレスと睡眠不足。それに仕事を優先する余り、ちゃんと三食とっているか怪しい。
そこで気付く。これが十代女子の考えだと思うと、またズンと気が重くなった。
私だって年相応に恋がしたい。甘い物を食べたい。やりたいことが一杯ある。
でも実際にしていることは、こうして仕事に埋没する日々。このまま年を重ねていくのかと思うと益々気が重くなった。
「えっと次は……うっ、これって」
一枚の報告書に目が留まった。なんでこんなに古い書類が紛れているのか?
――闇の書事件。
今から十一年前に起こった闇の書の暴走事件。
この事件で管理局の次元艦一隻と、一人の勇敢な局員の尊い命が失われた。
その後、闇の書は行方不明。消息は掴めていないはずだった……のだが。
「カリム。遊びにきたで……って、なんやこれ!?」
「はやて、いらっしゃい。でも、とても歓迎できる状態じゃ――」
書類の山を見て、心底驚いたと言った様子で大声をあげるはやて。
次の瞬間――
「あっ!」
綺麗に積み上げられていた書類の山が、雪崩のように崩れ去った。
涙がでそうになる。いや、もう涙が滲んで前が見えなかった。
「ごめんな……。邪魔するつもりや、なかったんやけど……」
「いいのよ……はやては何も悪くないわ」
そう、悪いのは彼女ではない。悪いのは私の仕事を増やした元凶だ。管理局、聖王教会に在籍する者で、彼の名前を知らない者はいない。
二年前、管理局のシステムを一斉にダウンさせた張本人。そこから流出した管理局上層部の不正がメディアを通して全て明るみとなり、管理局に身を置く者なら忘れたくても忘れられない『悪夢の半年』と呼ばれる事件が引き起こった。
万年人手不足の管理局を襲った悲劇。自業自得と言ってしまえばそれまでだが、これまでの不正となる証拠が一気に出て来たことで、役職や管理職にある人間を含む、総勢一万人以上の逮捕者をだすことになった管理局の歴史上最大の不祥事。
聖王教会に身を置く私の仕事が二年前を境に急激に増えたのも、元を辿れば全てそれが原因と言えた。
正木太老――それが、全ての事の発端。元凶の名前だった。
今思えば兆しはあった。
私の『預言者の著書』は最短で半年、最長で数年先の未来を詩文形式で書き出す未来予測のレアスキルなのだが、その予言の的中率が大幅に下がったのは彼が現れてからだ。
割と良く当たる占い程度あった的中率が、今では殆ど当たらないインチキ占いに変わってしまった。
特に彼が関わった事件、関わった出来事に関する占いの的中率は悲惨と言っていいほどだ。
お陰で私の利用価値は大きく薄れ、軟禁状態だった生活からも解放され、自由を手にすることが出来た。
しかしその代償に降ってきたのは、この書類の山だ。素直に感謝できない。
救われたと言っていいのか微妙なのが、彼らしいと言っていいのかもしれない。そんな人物。
「シグナム達も呼ぶな。皆で片付けた方がきっと早いよ」
そして目の前にいる彼女――八神はやても、そんな彼に助けられたひとりだった。
【Side out】
異世界の伝道師外伝/マッドライフ 第13話『魔導師の杖』
作者 193
「ううん」
フェイトのバルディッシュ、そしてなのはのレイジングハートの解析情報を見ながら、桜花は一人、屋根裏部屋の自室で腕を組んでウンウンと唸っていた。
似ていたのだ。それも同じ製作者が作ったとしか思えないくらい内部構造が似通っていた。
巧妙に隠されていたが、レイジングハートの中心に使われているコアは、間違い無くバルディッシュの物と同じだ。
いや、構造上はよく似ているが、コアが保有するエネルギー量はバルディッシュとでは比較にならないほど高い。
桜花の知る中でこれに一番近い物は、彼女がアリサに貸し与えたアイテム『魔法少女大全』の他になかった。
「やっぱり、どう考えてもお兄ちゃんの作った物よね……」
桜花がこの世界に来る事になった理由の一つ。太老の工房のアイテム。
バルディッシュはフェイトの話通り、太老がこちらの世界にきてから作ったデバイスで間違いはないだろうが、レイジングハートは違う。
使われている素材はあちらでしか手に入らない物が使われており、その製造方法は桜花にすらわからないほどだ。
特に中心に使われているコア。これを作れる人物は、桜花の知る限り二人しかいない。
そのことからもレイジングハートの正体は、工房から流出した『オリジナル』と呼ばれるアイテムの一つと考えて間違いなかった。
「中央のコアなんて魎皇鬼タイプに匹敵するエネルギーじゃない……」
これに比べたらジュエルシードなんて、まだ可愛い物だ。
何重にも施された能力限定。現状では最大機能の一パーセントに満たない能力しか使えない。
その一パーセントの力で、この世界にあるどのデバイスも凌駕する性能を備えていた。
もし、全ての機能が解放されれば――
「この星くらい一撃で吹き飛ぶわね……」
桜花は嫌な想像をして、ブルッと体を震わせる。正直な話、桜花の手に余る代物だった。
この世界の技術レベルでは、そもそも解析をしようとしたところで、これがなんなのか理解すら出来ないはずだ。
ここまで巧妙に隠されている以上、レイジングハートの真実に気付ける者はまず殆どいないだろう。
これをどうにか出来るのは、世界でただひとりしかいない。
これを作った製作者――桜花のお兄ちゃん、伝説の後継者、哲学士『タロ』だけだ。
「でもまあ、お兄ちゃんのかけたリミッターを外せるとは思えないし……」
桜花はそう言って、フウとため息を漏らす。
本当なら回収しておきたいところではあるが、今のなのはからレイジングハートを取り上げるのは酷な気がした。
フェイトに頼りきりで、戦闘で役に立てなかったこと。
その結果、フェイトが傷つき倒れたことを、なのはは悩んでいた。
――もっと自分に力があれば、魔法を上手く使えていれば。
相手が悪かった。終わったことだと納得できれば楽だろうが、それで納得できるなのはではなかった。
今、彼女は『虎の穴』に籠もっている。
短期間で力をつけるためになのはが選んだのは、『虎の穴』のメニューのなかでも特に過酷と言われている裏メニューの一つ――
『一週間であなたも立派な魔法少女になれる!』
をうたい文句に用意された特別ハードコースだった。
他にも勇者や剣士や武道家といった適性に応じたコースが用意されている裏メニュー。
ネーミングはあれかもしれないが、これをクリアできれば一週間で見違えるほどに強くなれる。
ただ、本人のやる気だけではどうにもならないもの。素質がなければ、先になのはの心が折れ、身体が壊れることになる。
恐らく上手くいかなかった時は、二度と魔法を使えない身体になっているはずだ。
当然、家族や友達は止めたが、なのははそれを聞かなかった。
それにそこで止めれば、なのははずっと後悔を続けることになるだろう。
失敗したとしても、魔法を使えなくなるだけだ。肉体の損傷程度なら、どうとでもなる。
本人のやりたいようにやらせて、悔いさえ残らなければそれでいいと考え、桜花は許可をだした。
「なのは次第ね。最悪ダメだった時は、レイジングハートを回収させてもらえばいいんだし」
何も問題ない。桜花は、そう納得する。だが彼女は、なのはの潜在能力を甘くみていた。
この判断が後に想像も付かない結果を招くことになるとは、この時の桜花は知る由も無かった。
◆
「もう、大丈夫なの? フェイト」
「もう少し休んでいた方がいいんじゃ……」
「うん、もう大丈夫だよ。前よりも調子が良いくらい。心配をかけてごめんね。アリサ、すずか」
ここ数日ゆっくりと休んだことで、フェイトの身体はすっかりよくなっていた。
桜花の用意したドリンクが効いたとも言える。フェイトにしてみれば、体力だけでなく魔力が回復する飲み物があると言うだけで十分に驚く内容だった。
下手をすると、あれ自体がロストロギア級のアイテムではないか、と疑問に思う。
ただそれも『桜花(ちゃん)だから』で納得してしまえるのが、少女達の桜花に対する共通認識だった。
「林檎さんって、桜花のお姉さんなのよね?」
「凄く綺麗な人だったよね」
アリサとすずかはポーッと顔を赤くして、林檎の姿を思い浮かべた。
立木林檎――この世界では表向き桜花の姉ということになっているが、実際のところ血の繋がりはない。
物腰柔らかで礼儀正しく、男の理想をそのまま現実に持ってきたかのような凄く綺麗な女の人というのが、アリサとすずか二人の率直な感想だった。
忍が嫉妬と勘違いから、恭也をボコボコにするのも無理がないほど綺麗な女性。
林檎に話し掛けられる度に顔を赤くしていた恭也も悪いのだが、それも男なら仕方のないことと言えた。
それもそのはず、彼女は『立木』の女だ。
彼女の家『立木家』は、桜花の故郷『樹雷』の皇族『竜木家』の傍系にあたる。
樹雷の『竜木』といえば、必ず『銀河連盟お嫁さんにしたい女性ランキング』で上位を独占する常連だ。
しかも同じ女性からみても、文句の付け所がないくらいの容姿と気品を兼ね備えている。
アリサとすずかが乙女の気持ちを花咲かせ、林檎に憧れるのも無理のない話だった。
「でも、桜花には絶対に無理ね」
「桜花ちゃんは確かに無理かも……」
桜花では絶対に林檎のようにはなれない、と二人は心の底から思った。
思っていても、絶対に本人の前では口にだせない本音だ。
言った途端、暴走する。海鳴市に血の雨が降ることは容易に想像が付いた。
「フェイト、これからジュエルシード集めに行くんでしょ?」
「あ、うん」
「なのはの代わりに、今日はあたしが特別に付き合ってあげるわ!」
「私も手伝わせて。それにロデムが協力してくれるって」
「にゃあ」
すずかの腕の中で元気に返事をする黒猫、ロデム。
最初は桜花にすずかの護衛を任せられたロデムだったが、今ではそんなことを抜きに、すずかにすっかり懐いていた。
アリサも桜花との修行を終え、魔法少女大全をそれなりに使いこなせるようになったこともあり、心なしか少し逞しくなっていた。
もっとも桜花にしてみれば『まだまだ』らしいのだが、それでもそこらのガーディアンくらいには負けないように仕上げたらしい。
ただアリサも実際自分がどの程度強くなったのか、基準となる相手が桜花しかいなかったために、今一つ自分でよくわかっていなかった。
「気持ちは嬉しいけど、危険だよ?」
「その危険なことをアンタはしにいくんでしょ?」
「だったら、友達をひとりで危険なところに行かせられないよ」
それがアリサとすずかの正直な気持ちだった。
フェイトは友達だ。なのはが今は動けない以上、その間フェイトの手伝いをするのは自分達の役目。
なのはがフェイトの助けになりたいと考えたように、アリサとすずかもフェイトの……友達の力になりたいと考えていた。
「……友達?」
「もしかして、友達じゃないとでも言うつもりじゃないでしょうね?」
「うっ……そうなの? フェイトちゃん」
疑問系の言葉を投げ掛けられ、ムッとした表情を浮かべるアリサと、涙目になるすずか。
とっくに友達だと思っていた二人からしてみれば、これほどショックな反応はなかった。
「ううん! 嬉しい、凄く嬉しいよ」
「だったらよし! もうちょっと友達を頼りなさいよ」
「フフ、これからは四人一緒だね」
アリサ、すずか、なのは、そしてフェイト。仲良し三人組から四人組に。
少女達は確かに、絆を深めていた。
……TO BE CONTINUED
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