IS学園の食堂は味よし価格よし品揃え豊富と、三拍子揃った最高の食堂だ。
働いているおばちゃんも恰幅のいい人で、御飯の大盛りやオカズを一品おまけしてくれたりと、心遣いが嬉しいサービスをしてくれる。
本日のメニューはお気に入りの和食セット。焼き鮭をメインに御飯に納豆。味噌汁と付け合わせの浅漬けが、なんとも言えない味わいを出した一品だ。
おばちゃんの料理の腕も良いのだろうが、国立というだけあって良い食材を使っている。御飯も釜戸で炊いたみたいにふっくら炊けていて、なんとも食欲を掻き立てる。学園の食堂とは思えないほど良い味を出していた。
うん、やっぱり朝は白米に限るな。パンも好きだが、和食の方が好きだ。日本人でよかったと思える至福の時でもあった。
そう、このギスギスした空気さえなければ最高なんだが……。
「二人とも、そろそろ機嫌を直して欲しいんですが……」
「何も怒ってなどいない」
「わたくしは至って冷静です」
うん、怒ってないなんて絶対に嘘だ。
あの後、朝食に誘いにきてくれた箒とセシリアに、鈴と一緒にいるところを見つかり、再び昨晩のカオスが朝から再現される事となった。
壊れた扉とか、割れた窓ガラスとか、やっぱり俺が弁償しないといけないんだろうか?
正直それを考えると、そっちの方が気分が滅入る。
「鈴、いつ日本に帰ってきたんだ? それにいつの間に代表候補生になったんだ?」
「昨日の夜よ。本当はもっと早く日本に来るつもりだったんだけど、軍の予定があって少し遅れたのよ。候補生になったのは中国に帰国して少し経ってから。それもこれも……アンタの所為なんだけどね。IS操縦者になんてなるから、あたしがこんな苦労を……」
「え?」
「なんでもないわよ! この鈍感!」
最後の方が良く聞き取れなかったが、鈍感はないだろう。鈍感は。
一年振りにあった幼馴染みに言う台詞とは思えない。箒といい、俺の幼馴染みはどうしてこうなんだ?
鈴の手元を見て思う。ラーメンばかりでなく魚を食え。魚を。牛乳でもいいぞ。きっとカルシウムが足りてないんだ。……情けないことに口にはだせないが。
過去に鈴の身体的特徴、特に胸のことを指摘した時は凄い喧嘩になった。
あの時は生身だったので大した被害にはならなかったが、今はISがあるだけに洒落にならない被害が出かねない。それはセシリアを相手に、嫌というほど痛感させられた。
「一夏。そろそろどう言う関係か、説明して欲しいのだが」
「そうですわ! 一夏さん、まさかこちらの方と付き合ってらっしゃいますの!?」
箒とセシリアが少し厳しい口調で説明を求めてきた。
女というのは何故、直ぐに付き合ってるだのそっちの方向に話を持って行きたがるのか?
「べ、別にこいつとあたしは付き合ってるわけじゃ」
「そうだぞ。鈴はただの幼馴染みだ」
「…………」
何故、睨まれなくてはいけない? 俺は何も間違ったことを言ってないぞ?
彼女の名前は凰鈴音。箒と同じ、俺の幼馴染みだ。
「……幼馴染み?」
「そう言えば、箒は鈴のことを知らなかったな。ちょうど入れ違いに鈴が転校してきたから」
小学五年の時に転校してきて、それから中学二年の終わりに帰国するまでの凡そ四年間。よく一緒に遊んだ幼馴染み。それが彼女だ。
実家が中華料理屋をやっていて、それでよく彼女の家で御馳走になっていた。
今となっては良い思い出だ。親父さんの料理が懐かしい。また食いたいな。
「――ってことで、お前がファースト幼馴染み。鈴がセカンド幼馴染みってところだな」
俺がそう説明すると、何故か引き攣った表情で「よろしく」と一言挨拶を交わす箒と鈴。
それに便乗するようにセシリアが口を開き、俺を蚊帳の外に三人の間で火花が散った。
お前等もうちょっと仲良くしろよ、とは思うが口にはださない。嫌な予感がしたからだ。
さすがに俺も学習する。今朝のような騒動は、もうこりごりだ。
(鈴と再会できたのは嬉しいけど、もうちょっとどうにかならないかな?)
三年前、ISを動かせたばかりに俺の生活は一転してしまった。
国や企業、世界中の研究機関に目を付けられ、護衛や監視なしでは外も出歩けない毎日。これまで通っていた学校にも居づらくなり周囲から孤立していくなか、以前と変わらず接してくれた友達のひとりが鈴だった。
正木グループが色々と手を回してくれた事にも感謝しているが、あの時、友達として近くで支えてくれた鈴には感謝している。
そんな鈴が、中国の代表候補生になって日本に戻ってきた。
それもIS学園に今日から通うのだと言う。これが嬉しくないはずがない。
しかし――
「でも、なんで俺の部屋に居たんだ? しかも俺のワイシャツを着て……」
「親切な女の子が案内してくれたのよ。あのワイシャツもその子が渡してくれたんだけど、一夏の知り合いじゃないの?」
「……親切な女の子?」
「うん。年の頃は八歳くらいで、茶髪の髪の長い子」
なんか、物凄く心当たりのある人物像が出て来た。
何してるんだ? あの人。というか、なんで学園にいる?
俺の部屋に案内するのはともかく、勝手に人のワイシャツをパジャマ代わりに貸さないでくれ。
絶対に面白がってやってるよな。そうとしか思えない。
扉と窓ガラスの請求書は、元凶に送っておこうと心に決めた。
異世界の伝道師外伝/一夏無用 第3話『似た者同士』
作者 193
「クラス対抗戦?」
「うん。織斑くんなら絶対に優勝できるよ! セシリアにも勝てたんだし!」
「そそ、それに織斑くんが優勝したらクラスみんなが幸せになれるんだよ!」
「ズバリ! 学食デザートの半年フリーパス券!」
ああ、なるほど。それで張り切ってるのか。
甘い物は別腹と言うが、本当に女子はケーキや御菓子が好きだよな。ちゃんと御飯を食べないと身体によくないし、間食は太るんだぞ。
彼女達が騒いでいるのは、五月に開かれる学年別のクラス対抗戦のことだ。
IS学習が本格的にはじまる前に、どの程度の実力があるかを確かめるために、毎年この時期に開かれているそうで、今年は俺がクラス代表として出場することが決まっていた。
大会はトーナメント形式の勝ち抜き戦。各クラスの代表が戦い、最後まで勝ち進んだクラスが優勝となる。
クラス間の交流や団結力をこの時期に高めておこうという狙いもあるらしく、甘い物で釣るというやり方は、実に効果的な方法だと感心させられた。
「そう言えば、織斑くんの一回戦の相手って二組の子だよね?」
「今朝、急に代表がかわったらしいよ。なんでも中国の代表候補生で専用機持ちだって」
「強いのかな? でも、織斑くんなら大丈夫だよね」
大丈夫かと訊かれても、相手の実力もわからないうちは、戦ってみないとわからないとしか答えようがない。
彼女達の言うように二組の代表はもう決まっていたそうなのだが、今朝色々とあってクラス代表が中国からきた転校生に変わったらしい。
鈴の仕業だ。転入早々、何をしたかは察しが付く。恐らくは鈴が実力で代表の座を、前の代表の子から奪い取ったのだと推測できた。
昔から負けず嫌いだからな。鈴の奴。
それに、この世界は実力主義。弱い者は上に立てない弱肉強食の世界だ。生徒会長からして『学園最強』と呼ばれる人物だと噂を聞かされていた。
対抗戦である以上、強い奴が上に立ち、戦いの舞台に上がるというのは考え方として間違ってはいないのだろう。実際クラス代表は、そのクラスで一番IS操縦が上手く強い人物がなるのが通例のようだ。役員としての仕事も当然あるが、普通の学校のクラス委員と大きく違うのはそこだ。
しかし鈴が相手か。ふと今朝の事を思い出して、顔が紅くなった。
「織斑くんが、今朝その子と部屋から出て来たって話があるんだけど」
「え? それ、ほんと!? どう言う関係なの!?」
「いや、関係って言うか、ただの幼馴染みで……」
うわっ、もう噂になってるのか。幾らなんでも広まるのが早すぎるだろう。
恐るべき女子の情報網。なんで、女の子ってのはこんなにも噂好きなのか?
でも、これは誤解を解いて置かないとまずいことになりそうだ。
俺も困るが、鈴も女の子だしな。変な噂で騒がれるのは、いい気がしないだろうし。
「でも、篠ノ之さんとセシリアも一緒に部屋から出て来たって」
「え、もしかして4P……」
「凄い音がして、ドアや窓が壊れて大変だったって聞いたよ」
「修羅場って奴ね」
これ、誤解を解けるのか?
すまん、鈴。それに箒にセシリア。ちょっと自信がなくなってきた。
人の噂も七十五日というしな。少しの間、我慢してくれ。
「何を騒いでいる! もう予鈴は鳴ったぞ」
「ぐはっ……! ち、千冬姉」
「織斑先生と呼べ、馬鹿者!」
バンッという軽快な音を立て、後頭部を何かが直撃した。出席簿だ。
黒のスーツにタイトスカート。無駄のない引き締まった筋肉が、モデルのように整った曲線美を描きだす。獲物を威嚇するかのような獰猛な瞳。食物連鎖の頂点、史上最凶の肉食獣がそこにいた。
織斑千冬――俺の姉だ。
「さて、織斑。HRに入る前に言っておきたいことがあるのだが」
「な、なんでしょうか? 織斑先生」
第一回モンド・グロッソ優勝者。第一世代IS操縦者にして日本代表。
世界大会の優勝者にのみ与えられる栄誉、初代『ブリュンヒルデ』に名を残す世界最強のIS操縦者。無敗の王者と呼ばれ、公式戦の記録では一度も負けたことがないという。
第二回モンド・グロッソを最後に引退を表明。表舞台から完全に姿を消した。
引退後、ドイツ軍に一年いたところまでは知っているのだが、その後何をしていたかまでは知らなかった。
それがまさか、ここIS学園で教師をしていたとは――
しかも千冬姉が俺のクラスの担任だと知った時、作為的な何かを感じずにはいられなかった。
まさか……な?
「放課後、職員室に来い。今朝のことで話がある」
「……はい」
既に千冬姉の耳にも入っていたらしい。俺は覚悟を決め、静かに頷いた。
◆
十代後半か二十代初めといった感じ。紺で統一されたジャケットとジーンズに身を包んだ黒髪の青年と、ところどころフリルをあしらった可愛らしい水色のワンピースを着こなす八歳くらいの小さな女の子が、街中を並んで歩いていた。
――正木太老と平田桜花だ。
一見すると兄妹や親子ほど歳の離れた二人であるが、実年齢は桜花の方が上。
しかし桜花は太老のことを『お兄ちゃん』と呼んでいるため、歳の離れた仲の良い兄と妹が買い物をしているくらいにしか周囲の眼には映らない。
先程立ち寄った洋服店でも、「お兄ちゃんとお買い物? 仲がよいのね」と店員に言われて、不機嫌になった桜花の姿が見られた。
「で、彼は懲罰部屋に入ってると」
「うん。あれ? お兄ちゃん、一夏に何か用があったの?」
「白式のことでちょっとね。まあ、急いでないし、また今度でいいか」
一夏と鈴の一件を桜花から聞かされ、同情混じりに一夏のことを心配する太老。
悪気があったのか、なかったのかまではわからないが、一夏がそうなった原因を作ったのは紛れもなく、太老の横にいる合法幼女≠セった。
「でも、彼も罪作りな男だな。鈍感もそこまで来ると犯罪だと思うぞ」
「お兄ちゃんも他人の事は言えないけどね……」
「え?」
本気でわかっていない様子で首を傾げる太老。そんな太老の反応に桜花は呆れた。
会ったこともない人物にフラグを平然と立てる太老とでは、まだ一夏の方がマシだと桜花は思う。
鈍感という意味ではどっちもどっちではあるが、目の前の男は規模が違う。
勿論、褒めて言っているのではなく諦めの方が大きかった。
とはいえ、そうとわかっていても好きになってしまった以上、惚れた弱みだ。
大切にしてくれる。大事に想ってくれている、とわかっているだけマシだった。
完璧に思える人物にだって一つや二つの欠点はある。良いところ悪いところがあるのが人間だ。そういうところを全てひっくるめて、目の前で首を傾げている青年のことを好きになったのだと桜花は考える。
これに限って言えば、太老を好きになった女性全員が彼女と同じ考えを抱いていた。
ただ――
「まあ、そこがお兄ちゃんらしいんだけど……」
「よくわからないが、俺は鋭い方だと思うぞ? 鬼姫や鷲羽の所為で危機察知能力とか鍛えられてるしな」
「…………そうだね」
知らぬは本人ばかりだった。
……TO BE CONTINUED
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