「やっと解放された……」

 我が姉ながら容赦が無い。反省文と懲罰部屋での謹慎を食らった俺は、三日目にしてようやく解放された。箒達も罰を受けたらしいが、謹慎を食らったのは俺だけだ。
 声を上げて『男女差別反対』と訴えたい気がするが、今回の件に限って言えば誤解されるような真似をした俺も悪い。女尊男卑とか関係無く、それが男の責任だ。
 千冬姉の誤解が解けただけマシと納得しておこう。そっちが一番恐い。

「少し身体を動かして寮に戻るか」

 剣の道は三日欠かせば七日を失う、と言われるくらい険しい。
 肉体の衰えよりも、感覚的な喪失の方が恐い。ほんの少し感覚が鈍るだけで、実戦では命取りに繋がる。
 何事も日々の積み重ねが大切だ。
 最初は嫌になるほど積み重ねてきた鍛錬も、今となっては日常の一部。日課になっていた。

「やっぱり、これ着慣れないな」

 時間も余りないので急いでIS用のスーツに着替える。
 肌にピッタリと張り付くフィットスーツ。女性用のスーツはレオタードに近い感じで今では見慣れたが、目のやり場に困るくらい身体のラインを強調した作りになっている。
 俺のは膝下までと肩や胸、首までをすっぽり包みこんだ感じの黒い全身スーツ。男用のスーツは一般に出回っていないため、正木グループで作られた特注品だった。

 別に着なくてもISを動かすことは可能らしいのだが、着てないとどうしても反応速度が鈍くなってしまうそうだ。それに耐久性にも優れているらしく、一般的な小口径拳銃の銃弾くらいなら完全に受け止めることが出来るとのこと。
 本来はISと同じように量子変換されたスーツを瞬時に展開させることも可能なのだが、そうすると余計にエネルギーを消耗するそうで、緊急時を除いて訓練などではちゃんと着替えている。正直、変なところに引っ掛かって着にくいのだが……それを言うとまた千冬姉に叩かれそうだし文句は言えなかった。

 余談ではあるが、学園の指定水着は絶滅危惧種とも言われている紺のスクール水着。体操服はブルマだ。俺の小学校からの悪友で数少ない男友達である五反田が聞けば、泣いて喜ぶに違いない。教えるつもりは毛頭ないが。数少ない男友達を犯罪に駆り立てたくないしな。
 ちなみにISスーツを忘れると、千冬姉に下着か水着かの選択を迫られるそうで、今までならともかく今は俺という男が居る以上、女子にとっては絶対に避けたいペナルティになっていた。
 一部それでもいいと言う変わった女子がいるそうなのだが、そんなに水着の方がいいのだろうか? 羞恥心は大事だと思うぞ?
 まあ、ようするに何が言いたいかというと、ISスーツは重要ということだ。

 ――閑話休題。

 土曜の午後は一々許可を取らなくてもアリーナが開放されるので、この機会を逃すつもりはない。
 普段は事前に予約をしないといけなかったり、色々と面倒な手続きがあるアリーナの使用許可だが、今日に限って言えば、そんなことを気にしないで思う存分利用できる。
 だが、それは他の生徒も同じ。実習のチャンスとあって、土曜日にアリーナが混むのはIS学園の常識。一年生が訓練によく使うここ第三アリーナも使用希望者が殺到するため、時間帯によっては手狭な感じが否めなかった。
 でもまあ、この時間ならきっと人も引けて空いているはずだ。
 アリーナの使用時間もギリギリ大丈夫。少々派手に動いても問題ないと思う。

「あれは……」

 夕暮れのアリーナ。オレンジ色の光がアリーナを包み込むなか、空を駆ける黒い影があった。
 教員や一般生徒が使用する学園のISではない。専用機だ。

「鈴か……?」

 ここから見えたその人物は、中国の代表候補生。一回戦の対戦相手。セカンド幼馴染み――凰鈴音だ。
 まだアリーナに残っている生徒と同じように自主練習をしているようで、縦横無尽にアリーナのなかを飛び回っていた。
 その動きは代表候補生というだけあって、他の生徒と比べても特出している。
 武装を展開するまでの早さ。予備動作から攻撃に移るまでの流れるような動き。あれだけ動き回っても全く芯のぶれない姿勢といい、鈴の強さが垣間見える。その機動はセシリアよりも速く、力強さのある動きだった。

「一夏? よかった。解放されたのね」
「ああ、遂さっきな。それが鈴の機体か?」
「そうよ。中国の第三世代機『甲龍(シェンロン)』。あたしの専用機よ」

 俺に気付いて、こっちに降りてきた鈴が専用機を自慢して胸を張る。
 日本読みで『甲龍(こうりゅう)』。セシリアのブルー・ティアーズと同じ第三世代機。現在の第二世代にかわって次世代を担うISの実験機だ。
 非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)が肩に浮かぶ、見た目以上にゴツイ機体。機体と比較対象になる鈴の身体が同年代の女子と比べて小さいこともあり、ゴツゴツとしたトゲ付き装甲に機体よりも大きな青竜刀が異彩な存在感を放ち、余計に大きく見せていた。
 どうみても近接タイプのIS。俺の白式のように武器がひとつしかない……ということはないだろうが、戦闘タイプはセシリアより俺に近いと考えて問題なさそうだ。

「どう? 私の甲龍は? あのイギリス代表候補生に派手な勝ち方をしたらしいけど、あたしはそう甘く無いわよ? 言って置くけど、手加減はしないからね!」

 クラス対抗戦のことを言っているのだろう。俺がセシリアに勝ったことは、既に学園中の生徒が知っている。
 俺の白式が使っていた武器や勝負の内容も知れ渡っているようで、代表候補生を一撃で沈めた男パイロット、織斑千冬(ブリュンヒルデ)の再来、などと真実を織り交ぜながら若干誇張された話が生徒達の間で噂となっていた。
 俺としては余り噂になって欲しくないのだが、男で唯一のIS操縦者≠ニいう肩書きが目立つことは自覚しているつもりだ。
 何をしようが注目されるのであれば、悩むだけ無駄。半ば諦めていた。
 この態度から察するに、恐らく鈴もその噂を耳にしたのだろう。
 対抗心を燃やしている理由も、そこから考えれば自ずと答えに至る。

「俺だって負けるつもりはない。それに情けないところをみせたら、後が恐いしな」

 しかし、だからと言って負けてやるつもりはない。これは男の意地だ。
 それに情けないところを見せたら、後でどんなペナルティが待っているかわからない。
 主に訓練とか、訓練とか、訓練とか。生きるか死ぬかギリギリのところをさまよう訓練は、もはや拷問と言ってもいいほどだ。
 アレだけは勘弁して欲しい。ドナドナと背景音楽に乗って幼女に拉致される自分の姿を想像して寒気がした。
 それに弟が不出来では、千冬姉が学園で肩身の狭い想いをすることになるだろう。
 その鬱憤は全部俺に返ってくるわけで、それだけでも死活問題だ。

 ――守られるだけの関係は終わりにする。家族を守る。大切な人を守る

 そう、固く誓ったあの覚悟に嘘はない。
 差し当たっては千冬姉の名前くらいは守らないと、弟として格好が付かない。

「そっちだけ見せてもらったんじゃ不公平になるからな。俺の機体もみせてやるよ」

 そう言って、俺は心の中で『白式(びゃくしき)』の名前を呼んだ。
 白いリングが頭の上から足にかけて現れ、光の粒子が足や手、胸。身体の重要な部分を覆ってカタチを作っていく。
 ここまでで0・5秒。俺の専用機――純白の鎧が姿を現した。

「これが俺の白式だ」






異世界の伝道師外伝/一夏無用 第4話『凰鈴音』
作者 193






 凰鈴音(ファン・リンイン)――中国代表候補生。
 代表候補生とは、その名の通り国家代表IS操縦者を目指すべく、それぞれの国によって候補者に選ばれた少女達の呼称だ。
 技能・知能全てに置いて高い水準での能力が要求されるだけでなく、コアとの適合率が高い少女でなくてはなれない。非常に狭き門を潜り抜けたエリートのみに与えられる特権――それが国家代表候補生だった。

 IS学園に在籍する代表候補生は二十名余り。織斑一夏という例外を除けば、一年では五人しかいない。そのうち専用機持ちと呼ばれる生徒は、一組のセシリア・オルコット。二組の凰鈴音。四組の更識簪(さらしきかんざし)の三名のみ。彼女達は次世代機の運用試験を理由に、国家や企業より専用機を与えられたエリート中のエリート。選ばれた存在だった。

 現在、世界にISの数は467機。ISの中枢に使われているコア≠ニ呼ばれる技術は一切情報が開示されていないため、完全なブラックボックスと化している。
 開発者の篠ノ之博士以外はコアを作れないとされており、その博士も一定数以上のコア製造を拒絶していた。
 そして現在、博士は行方不明。様々な国家機関・組織がその行方を追っているが、未だに博士の消息は掴めていない。
 そのため、あらゆる国家や企業、組織機関では割り振られたコアを研究・使用して、ISの開発や訓練を行うしかない状況にあった。
 そのことからも、そのうちの一機が専用機として貸し与えられるということは、どれだけ彼女達が所属する国家や企業に期待されているかが知れると思う。
 鈴もその一人。中国の第三世代型IS『甲龍』の運用試験者(テストパイロット)と言う大役を任せられていた。

 ここIS学園に代表候補生が多く在籍しているのは、そうした理由からでもある。
 学園は世界で唯一のIS操縦者育成機関にして、あらゆる国家機関から干渉されない治外法権地帯。
 それに世界中の国からIS操縦者を目指す少女達が集まり、日々切磋琢磨して腕を磨き合っているため、他国のISとの比較や新技術の試験に適しており、実験機の稼働データや運用経験値を得るのにこれほど適した場所は他になかった。

 それにISの情報はアラスカ条約により公開と共有が義務付けられているため、いつかは真似をされる可能性が高く、国や企業はそうしたリスクを覚悟の上で開発を推し進めるしかない。
 だが、単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)だけは別だ。あれは操縦者とISの相性が最高の状態になった時にのみ発動する固有の特殊能力。しかし実際には発動しないことの方が多く、上手く発動すれば真似の出来ない武器となる。
 そのために必要なのが、操縦時間だった。

 ISには意思のようなものがあり、操縦時間に比例してISも操縦者を理解しようとする。単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)もそうだが、ISの性能を引き出すには機体の特性を理解するだけでなく、IS側にも操縦者のことを知ってもらう必要がある。初期化(フォーマット)最適化(フィッティング)と呼ばれるのがこれだ。
 大まかに分けて三つ。初期形態、第一形態、第二形態と段階を経て移行(シフト)することで、よりISはその操縦者に適したカタチへと変化していく。
 専用機持ちが有利と言われている理由はここにあった。

(あれが一夏の白式(チカラ)……)

 経緯はどうあれ鈴がクラス代表になったのも、それを考えれば必然と言えた。
 普通の学校であれば問題視されるかもしれないが、ここはIS学園だ。何に置いてもIS、操縦者の実力が優先される。
 クラスに一人しか専用機持ちがいないのであれば、彼女がクラス代表になるのは自然な流れだった。
 だからこそ、一夏に敗れたセシリアも、そして鈴もISに関しては絶対の自信を持っていた。

(まさか、あそこまで強くなってるなんて……)

 それだけに一夏の異常とも言える力に、鈴は驚かされた。
 一夏がISに乗っているところをみるのは、これがはじめてではない。彼が世界で唯一ISを操縦できる男として有名になる前から、鈴は一夏のことを見ていた。
 正木グループに保護され、一夏が正木グループ傘下の会社に出入りするようになってからも、何度か彼の付き添いで会社に足を運んだこともある。
 だが、その時にみたのはデータ取りが目的の研究が主で、実際に一夏がISを使って戦っているところを彼女は見たことがなかった。
 それに、あの時の鈴は一般人。ISの知識も一般的に知られている範囲の予備知識しかなかったために、一夏がどの程度ISを動かせるかを鈴は知らなかった。

 しかし、代表候補生になった今ならよくわかる。
 まだ白式に慣れていないと言う点を差し引いても、一夏の強さは本物だ。少し牽制するつもりで発した一言だったが、一夏の訓練の様子を見て、鈴はそのことがよくわかってしまった。
 今のままでは一夏に勝てない。それどころか、相手にすらならないだろう、と。

「ああっ! もう! でも、あたしは凰鈴音! 負ける訳にはいかないのよ!」

 すっかり暗くなった空に向かい、宣戦布告するように怒鳴り声を上げる鈴。
 ふと見上げて目に入った丸い月が一夏の顔に見え、更なる対抗心を燃え上がらせた。
 負けず嫌いというのもあるが、相手が一夏だからというところが大きい。
 鈴が代表候補生になってIS学園にやってきたのも、全ては一夏のためなのだから当然だ。
 三年前、日常が激変したことにより周囲から孤立していく一夏を見て、鈴は心に決めたことがあった。

 ――あんな寂しそうな一夏を二度と見たくない

 帰国して直ぐに適性試験を受け、IS操縦者を目指したのも一夏の傍にいるため。
 同じ世界を見たい。一夏が何を想って、何を考えているかを知りたい。
 傍で支えあえる存在になりたい。それが、鈴がIS操縦者になった本当の理由。

 ――それにIS操縦者になれば、IS学園に通えるのではないか?

 日本に戻れば一夏に会える。そうした打算も彼女にはあった。
 一年で代表候補生にまでなれたのは、彼女にとって予想外の幸運だったと言えるが、それもこの一年、血の滲むような努力をしたからに他ならない。
 だから、彼女は負ける訳にはいかなかった。特に一夏にだけは――
 今度の試合は、ただの対抗戦ではない。鈴にとっては一年の成果を示す、またとない機会。これは乙女の意地を掛けた戦いでもあった。

「とにかく特訓よ! 対抗戦まで、あと二週間しかないけど……」

 たった二週間でどうにかなるほど甘い相手だとは鈴も考えていない。
 でも、ここで負けを認めるわけにはいかなかった。
 一夏の傍に立つということは、一夏に守られてばかりでは意味がない。
 勿論、乙女として騎士(ナイト)に守られるお姫様の立場に憧れないわけではないが、自分がそうしたガラではないことは鈴が一番よく自覚していた。
 それに一度決めたことを、簡単に諦めるような鈴ではない。
 一夏の傍に居る。一夏を支えたい、と心に誓ったあの時の気持ちが嘘でないなら尚更だ。

「でも、お姫様か……ナイトもいいけど一夏が王子様で、それで……」

 人気のない真夜中の学園で妄想に浸り、ウフフと不気味な含み笑いを浮かべる鈴。
 傍から見れば、不審者以外の何者でもなかった。

「……何してるの? って、ああ、この間のお姉ちゃん?」
「え? あんたは、この前の親切な女の子」

 クラス対抗戦まで残り二週間。こうして、ふたりの少女は再会した。






 ……TO BE CONTINUED



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