「どうしたんだ? 鈴。なんか、顔色が悪いぞ」
「うっ……ちょ、ちょっと疲れてるだけよ」
昼休み。食堂でいつものように、皆で食事を取る。
定番になりつつあるメンバー。箒、セシリア、鈴、そして俺。
日によって他の女子も一緒にメシを食うことはあるが、大体この面子はいつも変わりなく朝・昼・晩と三食一緒に食事を取っていた。
でも最近、鈴とは昼くらいしか一緒に食事を取ることがない。
朝や放課後も顔を見ないし、今も疲れている様子で少し心配だった。
「本当に大丈夫か? ちゃんと飯食ってるのか? もしかして風邪とかじゃ」
「……そんなんじゃないわよ。少し練習で疲れてるだけ」
練習? 放課後に自主練習でもしてるのか?
だとすれば、この疲れた様子も訓練の所為か。全く、こいつは人騒がせな。
「余り根を詰めすぎるのも身体に良くないぞ。適度に休憩を挟んでだな」
五月蠅く言いたくはないが、これも鈴の身体を心配してこそだ。
俺のようになってからでは遅いからな。そう、俺のようになってからでは……。
(ああ、嫌な事を思い出した……)
今までの生活と比較して、最近思い悩むことが多い。
学園の訓練がぬるすぎるわけではない。恐らくは、どこの組織や機関でもやっている一般的な訓練に違いない。ようは、あの合法幼女の訓練が過酷すぎただけなのだ。
ここでの訓練を通して、ようやくそのことが理解できた。
――ああ、人間らしい生活って素晴らしい!
こんなことを考えるようになったら末期なので、気を付けて欲しい。
鈴にはそうなって欲しくない。大切な何かを失う前に思い止まって欲しい。
一言付け加えるなら、幼女には要注意。いや、すまんハズした。忘れてくれ。
ただまあ、鈴の気持ちが分からない訳でもなかった。
さすがにあのレベルの訓練が行われているとは思っていなかったが、正直な話、学園の授業と俺が今まで受けていた訓練とでは質も量も違い過ぎた。
ISを扱っている以上、全く危険がないと言う訳ではないが、さすがに教育機関とあって即座に命の危機に繋がるような危険な訓練はない。
まあ、そんな訓練がある方が異常なんだが、あそこではそれが普通だったしな。
だからと言って誤解の無いように言っておくが、学園の授業が無意味と言う意味ではない。
そのくらいで学園に通わなくていいなら、代表候補生なんて学園に通う必要が殆どないということになる。
IS学園の教師は優秀だ。
ここの教師は元代表候補生≠セった人が多く、俺のクラスの副担任、山田真耶先生もそのうちの一人だ。上から読んでも下から読んでも『ヤマダマヤ』と、親しみ持って呼ばれるくらい生徒からの人気も高い、ちょっとユニークな先生だが、座学を通して見ている限りでも教え方は上手いし、あの千冬姉が認めているくらいだ。実力がないとは思えない。
代表にはなれなかったとは言っても、元は国に選出されたエリート。成り立ての新人に過ぎない代表候補生が敵うはずもなく、候補生時代にコツコツと積み重ねてきた実績と経験は、確かな力を裏付けるものだった。
セシリアに勝ったからと言って、俺も入学したての一年生にかわりはない。
この三年間である程度の知識や技術は身についたが、それでもまだまだ知らないことはたくさんある。特にISでの実戦経験が少ない俺は、操縦技術の面でまだまだ不安が残る。言ってみれば経験不足だ。
学ぶべきことは幾らでもあった。
(ああ、そういうことか。合点が行った)
鈴は代表候補生だ。あれだけの動きが出来るなら、相当の訓練を積んできたに違いない。
まだ一年のはじめ。殆どの生徒は、ISの操縦経験が全くと言って良いほどない。
そのため、この時期は座学と基本動作の確認が主となるため、既にISに乗れる代表候補生にとっては、退屈で仕方がない授業内容となっていた。
言ってみれば、毎日が今までやって来たことの復習のようなものだ。
他の生徒と同じ訓練をしているだけでは物足りないのだろう。
千冬姉にこんな生意気なことを言ったら、「調子に乗るな。ひよっこども」と一蹴されるに違いないが、俺もその気持ちはよくわかる。
鈴の性格からして、授業以外に自主練習を行っているに違いない。それで朝と夕方にいないわけだ。
しかも、先日のアリーナの一件もあるし、あれだけ大きな啖呵を切った後だ。
今度のクラス対抗戦で負けられないと、闘志を燃やしているのは明らかだった。
鈴の奴、負けず嫌いな上に、昔から加減ってものをしらないんだよな。
「一夏。その……あたしのことを心配してくれるの?」
「当たり前だろ?」
「そ、そっか……うん、そうだよね」
何が楽しいのか? 一転して、ニヤニヤと笑みを浮かべる鈴。
幼馴染みを心配するのは当たり前だ。何も不自然なことはない。しかし、原因がわかれは対処方法は簡単だ。
本来は訓練の量を減らすのが一番なのだろうが、鈴の反応をみるにそれも無理そうだ。
親父さんに似て頑固なところがあるからな。クラス対抗戦が終わるまでは、何を言っても聞きそうにない。
なら少しでも身体の負担を減らしてやることが、俺に出来る唯一のことだ。そうだな、あれが一番いいか。
「鈴。訓練が終わってからでいいから、夜に俺の部屋に来てくれるか?」
「……え?」
「「なっ!?」」
なんで、箒とセシリアが驚くんだ?
異世界の伝道師外伝/一夏無用 第5話『ゴッドハンド』
作者 193
ここ最近、凰鈴音は毎日ある場所に出掛け、早朝と夕方に秘密の特訓をしていた。
特訓の目的は勿論、五月に行われるクラス対抗戦に勝利するためだ。
大会までの二週間。たった二週間で縮まる実力差ではないことくらい鈴も理解している。一夏はそれほどに強い。代表候補生を含め、一年最強と呼べれるほどに。
そしてその強さは、未だ成長過程にあるということだ。
白式の扱いに慣れるにつれ、まだ強くなっている。距離は縮まるどころか、離されるばかりだった。
今のままでは到底一夏に勝てない。そう悟った鈴の行動は早かった。
――最初から勝てないと決めつけてやるのではなく、勝つための方法を考える
そのための方法を考え、二週間で出来うる限りの努力をする。
特訓の目的はそこにあった。
ただ、今日はその特訓も今一つ身が入らなかった。
折角訓練をみてくれている教官≠ノも、申し訳ないことをしたと鈴は反省する。
だから悪いと思って、その理由を話した鈴だったが、教官の口から返ってきた答えは――
「なんか、他人事に思えない話……。苦労するね。鈴お姉ちゃんも……」
哀れみの言葉だった。
他人事に思えないとか、苦労するの意味がよくわからなかった鈴だったが、頑張れと応援されていることだけは理解できた。
鈴は思う。こんなにも心をかき乱す、ひとりの青年の姿を思い浮かべながら。
そう、一夏が昼食の時にあんなことさえ言わなければ、今日も訓練に集中できたのだ。
結局、午後からの授業は内容が頭に入らず、放課後の特訓もいつもより早く切り上げることになった。
これが特訓を邪魔するための作戦だったとすれば、これほど狡猾な手段はない。
(下着はこの間買った新しい奴だし、シャワーも浴びた。うん、大丈夫よね)
訓練から戻って自室でシャワーを済ませた鈴は、これで何度目かわからない確認をする。
下着は学園に来る前に、街で立ち寄った店で購入した新品の下着。もしもの時のためにと用意してあった勝負下着だ。
軽くメイクを済まし、いつもは余りつけないコロンまで使い、「いざ行かん!」とばかりに万全の準備を整えていた。
「鈴、こんな時間にどこか行くの?」
「え、うん。ちょっと、用事があって」
「用事って……。さっき帰ってきたばかりじゃない?」
「それとは別に色々とあるのよ。……色々と」
疑ってくれとばかりに、挙動不審な態度をみせる鈴。
鈴のルームメイト、金髪碧眼の少女ティナ・ハミルトンは、やれやれといった様子で息を吐き、先程まで読んでいたティーン誌に再び目を向けた。
部屋が一緒になってまだ一週間ほどだが、ティナはそれなりに鈴の性格を掴んでいた。
「こ、今晩は帰らないかもしれないけど」
「はいはい、頑張ってきてね」
鈴が大雑把な性格をしているということもあるが、ティナも面倒臭がり屋だ。
迷惑さえかけられなければ別にいいか、といったくらいの軽い感覚で鈴と上手くやっていた。
だからといって別に仲が悪いと言う訳ではない。寧ろ、良好な関係と言える。
「そ、それじゃあ、行ってくるから!」
「はーい、いってら」
雑誌に目を通しながらプラプラと手を振り、ルームメイトを見送るティナ。
バタン! と勢いよくドアが閉じ、鈴の姿はなくなっていた。
◆
俺、織斑一夏は一年生寮に住んでいる。ここで一つ問題だが、ISは女にしか扱えない。
女にしか扱えないということは、当然のことながら生徒は全員女だ。
よって学生寮は全て、女子寮≠ニいうことになる。
そう、俺はただひとりの男子生徒として、歳の近い女生徒と一つ屋根の下で寝食を共にしていた。
勿論、部屋は別だが。
「何が楽園だよ……。地獄の間違いじゃないのか?」
女に幻想を抱いてはいけない。そう、誰かが言っていた。
扉を開け一度廊下に出れば、そこは女子のテリトリー。
パジャマ姿の子や、シャツ一枚ノーブラの女子。更には、下着の上にブラウスを羽織っただけの姿で、逆三角形の白い何かがチラチラと見えている子までいたりと、あの扉の向こうには男子禁制の別世界が広がっている。
見渡す限り女子ばかり。女しかいない。
男の目を全く気にしない様子で、ラフな格好でうろうろとしているものだから、目のやり場に困るというのが俺の率直な感想だった。
「一ヶ月経ったけど、これだけは全く慣れないよな……」
本来、女子寮に男がいると言う状況が異常なのであって、ここは女子寮なのだから男の目を気にしないのは当然と言えるが、そんな姿で無造作に近付いてくるどころか、腕を取って抱きついてくる女子もいるので、これほど健全な男子にとって悩ましい状況はない。
IS学園にきて、もう一ヶ月。
そろそろ寮での生活にも慣れはじめた頃と思われるが、それはそれで慣れてしまったら何か大切なモノを失いそうで、今も葛藤の日々は続いていた。
ここに来て一番鍛えられたのはISの操縦技術などではなく、誘惑に耐える鋼の精神力だと俺は思う。
まあ、何が言いたいかというと、男一人はやっぱり辛いということをわかって欲しかった。
そして今日も愚痴ついでに五反田にメールを打つが、返ってくる答えはいつも決まっていた。
――ふざけんな! 俺と代われ!
代われるなら代わってやりたい。
これだけ自信たっぷりなのだ。五反田なら、問題無く順応できるのだろう。
もう一度言わせてくれ。女の園が天国というのは、男の勝手な妄想だと。
――コンコン、その時だった。
ドアを二回ノックする音が聞こえ、俺はベッドから身体を起こす。
時刻はそろそろ八時半。予想では九時過ぎになると思っていたのだが、思ったよりも早く鈴が来たようだ。
「やっぱり、鈴か。思ったより早かったな」
「今日は早めに切り上げたのよ……入っていい?」
「おお、入れ入れ。直ぐ準備するから、ベッドで横になって待っててくれ」
「ベッド! 横!? そんな行き成り……で、でも一夏がそう言うなら」
何、顔を紅くしてるんだ? 鈴を部屋に招き入れ、直ぐに俺は準備を始めた。
準備と言っても別に大したことではない。タオルの準備と、それにこれから鈴に触れるので、手を清潔にしておこうと思っただけだ。
女子ってのは、こういうところを気にするからな。訓練でも、工房でも、家でも、周りはいつも女ばかり。姉とかを見て育った俺は、こういうところに関してはエチケットを弁えているつもりだ。
まあ、俺もやるからには鈴に気持ちよくなって欲しいし、不快な思いをさせるつもりはない。
心身共にリラックスして欲しいからな。身体だけでなく心も癒す。それが俺のモットーだ。
「おっ、準備万端だな。こっちもいいぞ。早速やるか」
「うっ……でも、こういうのはムードが大事っていうか……別に嫌ってわけじゃないのよ。でもね、もうちょっと気遣って欲しいなって」
何を言ってるんだ? こいつは?
だから、ちゃんと手を洗って清潔にしてきたんじゃないか。
汗を掻くだろうからとタオルまで準備して、これでも気を遣ってるんだぞ?
「ほら、とにかくはじめるぞ。俯せになれ」
「へ? 俯せでやるの?」
「当然だろ。でなきゃ、出来ないじゃないか」
「そ、そうなの? 前に雑誌で見た時はそんなこと全然……う、ううん?」
腑に落ちないといった感じで首を傾げ、渋々俯せになる鈴。
雑誌で見たって、そういうことに興味があるのか? それは初耳だ。
ひょっとして中国式とかいうアレか? ちょっと興味がある。俺のは少し特殊だしな。
「じゃあ、はじめるぞ。鈴」
「うん……優しくしてね。一夏」
◆
「――はじめるぞ。鈴」
「うん……優しくしてね。一夏」
一夏の部屋の前で聞き耳を立てている人影が二つあった。箒とセシリアの二人だ。
部屋の中から聞こえて来る会話に、耳を真っ赤にして狼狽える二人。
「ど、どういうことですの!? ただの幼馴染みだったんじゃ!」
「私が知るか! くっ、一夏の奴! ……もう、殺そう。殺すしかない」
虚ろな目をしてユラリと身体を揺らす箒。その左手には木刀が握られていた。
「ちょっ、篠ノ之さん! 何をするつもりなのですか!?」
「ドアをぶち破る」
「先日、それで罰を受けたばかりだということをお忘れですか?」
「うっ……」
この間のことを思い出し、箒はグッと踏みとどまった。
二人が食らった罰は反省文。『学園の器物を破損して申し訳ありませんでした。二度としません』と、似たような文章を延々と書かせられる苦痛。ずっと書き続けていたこともあり、利き腕の筋肉痛に悩まされるほか、精神的疲労が非常に大きな罰だった。
次は無いぞ、と釘を刺されているだけに、余り間も開かないうちに次の問題を起こせば、確実に織斑千冬の逆鱗に触れることになる。
――それだけはまずい。
セシリアも、さすがにブリュンヒルデを怒らせるのはまずいと感じたのか?
本来であれば部屋に飛び込みたいところを、グッと我慢して抑えていた。
「とにかく冷静になって……何かの聞き違いかもしれませんし」
「そ、そうだな。少し頭に血が上っていたようだ。すまん」
納得は行かないがグッと堪える箒。セシリアの言うことにも一理あると考えた。
「あっ、そこ、一夏……ダメ。もっと優しく」
「少し痛かったか? ごめんな」
「ううん。あ、そこ当たって……ううっ、気持ちいい」
「ここか? ほら、もっと身体の力を抜いて」
「うん。一夏、上手ね」
「千冬姉とかに、よくやらされてたからな。この三年間で随分と鍛えられたし……。じゃあ、そろそろ本気をだすぞ」
「あっ、ああああっ! そこは、ううっ……あん!」
ボシュン、という音が聞こえたような気がする。
箒とセシリアの顔は、ゆであげられたタコのように真っ赤になっていた。
更には鈴だけでなく、実の姉にまで手を出してたという驚愕の事実。それは二人を驚かせるに十分過ぎる破壊力を持っていた。
当然、そんな話を聞かされて我慢出来るほど忍耐強いはずもなく――
「もう、我慢がなりませんわ! じ、実の姉と近親プレイなんて、ふ、不潔です!」
「セシリア!? さっきと言っていることが違うぞ!」
ISを部分展開したセシリアを見て、箒が叫ぶ。
こんなところでビーム兵器を使用すれば、ドアが吹き飛ぶどころの話ではすまない。
だが、そのセシリアの暴走は意外なところで未遂に終わった。
「いたっ……!」
「馬鹿者。また反省文を書かせられたいのか?」
セシリアの後頭部を固い何かが殴打した。出席簿ではなく……拳骨だ。
セシリアを止めた意外な人物。それはジャージ姿の千冬だった。
彼女は一年生寮の寮長も務めているため、普段は同じ寮で生活をしている。
時計の指し示す時刻は、もう九時過ぎ。
寮の消灯時間が差し迫っているため、夜の見回りを行っていたところ、怪しい二人組の姿を見つけたのだった。
「何をしているのだ? 貴様等は?」
「お、織斑先生。こ、これは、その……」
「千冬さん。これには色々と事情があって……」
「まあ、大体予想はつくが……一夏、入るぞ」
ガチャリとドアノブを回し、部屋に入る千冬。ドアのカギは掛かっていなかった。
「あれ? 千冬姉? それに箒とセシリアも、どうかしたのか?」
そこで箒とセシリアが見た物。それは、ぐったりとベッドに横たわる鈴の姿。
どちらも激しい運動をした後のようにびっしょりと汗を掻き、満足げな表情を浮かべていた。
「い、一夏さん、鈴さんに、な、何を!?」
「い、一夏、貴様まさか!?」
「うん? 何をって、マッサージしてただけだけど?」
「「マッサージ?」」
そう、ただマッサージをしていただけだった。
鈴のことを気遣い、筋肉疲労を取ってやろうと部屋に呼び出したのだ。
元々、色々と恐いお姉様達に練習と称してマッサージをやらされていた過去を持つ一夏は、特技と言って良いほどにマッサージが上手かった。
柾木式マッサージ免許皆伝。実際、ちょっとした自慢だったりする。
「これでわかっただろう? お前達の早とちりだ」
「ううっ……そんなことだとは思っていましたけど……」
「よかった……。いや、しかし……」
ふにゃあ、とベッドで気持ちよさげに眠る鈴と、なんだかよくわからず首を傾げる一夏。
自分達の犯した恥ずかしい勘違いに苛まれ、両手両膝をつき、ぐったりと項垂れる箒とセシリア。
そんな四人を見て、「全くこの馬鹿者共は」と呆れた様子でため息を漏らす千冬だった。
……TO BE CONTINUED
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