――私が優勝したら付き合ってもらう!
鈴と五反田の家に遊びに行き、寮に帰って皆といつもの通り晩飯を食い、自分の部屋に戻る途中、箒に呼び止められた俺は突然そんなことを宣戦布告された。
(あれって、どう言う意味だったんだ?)
付き合ってくれ――それが何を意味するのかはわからないが……多分あれだ。久し振りに中学の時の友達と一緒に外で遊んできたことを晩飯の時に話したので、自分も今度遊びに連れて行けとか、そういことなのだと俺は思う。
それならそうと普通に誘えばいいのに、本当に不器用な奴だ。
大勢の方が楽しいし、箒も誘ってやればよかったかな、と少し思った。
まあ、今度外で遊ぶ時は箒の他にもセシリアや皆を誘って遊びに行くのも悪くないな。
(でも、俺も負けてやる訳にはいかない。……二度目はないからな。再訓練は避けたい)
箒が言っていた優勝どうのというのは、一週間掛けて行われる学年別個人トーナメントのことだ。
勿論、生徒は全員強制参加。一学期の実習評価が、授業成績とこれで決まるというのだから皆真剣だ。
特に三年生は進路を左右する重要なイベントとあって、気合いの入り方が違っていた。
各国のお偉いさんやIS関連の企業からスカウトマンが大勢見に来るとかで、招待客として太老さんも呼ばれているらしい。こう聞くと凄い人と知り合いだと思うけど、何度か顔を合わせたことはあるが、そんなに凄そうな人には見えないんだよな。あの人。
なんというか、女性に振り回されてばかりというか、色々と鈍くて女に弱い人だ。
大企業のトップとは思えないくらいに、見た目は情けない。ただ、やる時はやる有能な人だと話には聞いていた。
まあ、そうでなければあんな大企業のトップに立つなんて到底無理な話なんだろうけど、俺はそのやる時はやる℃pを未だに見た事が無い。いつかは見られるんだろうか?
俺はその点、相手が女でもガツンと言うべき時は言うし、これでも勘は鋭く気がよく回る方だ。
うん……多分、大丈夫だ。千冬姉や合法幼女や一部例外はあるが。
「一夏さん!」
「一夏!」
神は早速、俺に試練を与えたらしかった。
昼休み。いつものように食堂で昼飯を食べていたところ、セシリアと鈴が並んでやってきた。
二人の手にはトレーが、昼食が載っている。それを俺の陣取っていた席のテーブルに置き、にじり寄ってくる二人。な、なんだ?
ちなみに今日のメニューは、焼きめしと唐揚げが付いてくるラーメンセット。
毎日のように鈴がラーメンを食べているのを見て、なんだか無性に食べたくなって注文した。
というか、鈴は今日もラーメンか。幾ら好物とはいえ、毎日毎日ラーメンばっかりで飽きないのか? 栄養だって偏ると思うぞ?
「わたくしとですよね!?」
「あたしと付き合いなさい!」
すまん。意味がさっぱりわからん。なんのことだ?
箒といい、俺にも理解できるように会話に主語を付けてくれ。主語を。
周りを見渡すと、何やら他の女子も興味津々といった様子で食事の手を止め、こちらに耳を傾けている。
聞かれて構わない話なら別にいいんだが、目立ってるぞ。お前等。
「ええと……なんのことだ?」
「そ、それは……あの、優勝したら――」
「あたしと付き合いなさいって言ってるのよ!」
「鈴さん!? 人の会話に割って入るのは卑怯ですわよ!?」
「何よ! アンタがはっきりしないからいけないんでしょ!」
ああ、アレか。箒が昨日言っていたアレのことを二人は言っているのだとわかった。
でも、どこで知ったんだ? 箒に聞いたのか? ううん、よくわからん。
それよりも問題は、なんでコイツ等はそんなことで喧嘩をするのかということだ。
皆で一緒に遊びに行けばいいだけなのに。いがみ合っていても進歩はないぞ。
「あのさ、皆一緒ならいいんじゃないか? 喧嘩なんかしないでさ」
「み、みんな一緒って、そ、そそ、それは……」
「な、なな……アンタそれって……」
見ろ、さっきも言ったが、俺は相手が女でも言うべき時はガツンと言う男だ。
ほら、セシリアと鈴も俺の話を聞いて何やら思うところがあったのか、大人しくなった。
なんか顔が紅い気もするが、恐らくは少し前のことを思い出して自分達の行いを恥じているのだろう。
ほら、後は仲直りの握手をすれば万事解決――
「一夏さん不潔です! こうなったら、わたくしが真っ当な道に戻して差し上げますわ!」
「一夏のスケベ! アンタがその気なら、こっちにも考えがあるんだからっ!」
にはならなかった。何故、俺が怒られるんだ? 言うだけ言って、何処かに行ってしまった。
それより……昼飯はいいのか? まさかこれ全部、俺が一人で食べないとダメなのか?
正直、俺も三人前の料理は厳しい。特に今日のメニューは量が多いので尚更だ。
だからと言って手も付けずに残すのは……覚悟を決めるしかないか。自分で持ってきた物くらい責任持てよ。
「織斑くんって結構……」
「でも、彼なら可能性は……」
「これは大ニュースね。直ぐに号外を――」
相変わらず賑やかな学園だな。いつにも増して騒がしかった。
異世界の伝道師外伝/一夏無用 第10話『ハーレム宣言』
作者 193
――ブン! ブン!
昼休み。誰も居ない剣道場で、竹刀を振るう胴着姿の少女がいた。
――篠ノ之箒。箒は朝と昼はここで剣の鍛錬をし、放課後はアリーナでISの訓練と、学年別個人トーナメントに向けて特訓に励んでいた。
最初はクラス対抗戦での一夏の戦いを見て、自身の不甲斐なさを痛感してはじめた鍛錬だったが、鈴と一夏が二人で外に遊びに行ったと言う話を聞かされ、更にはその話のなかに五反田蘭と言う名前の知らない少女まで現れ、焦って思わずあんな約束をしてしまった。
言ってから少し後悔した箒だったが、考えようによっては良い機会かもしれないと前向きに考える事にした。
――優勝すれば一夏と付き合える。
そうすれば一夏に言い寄る他の女達に、一歩も二歩も先んじることが出来る。勿論、そのくらいで彼女達は諦めないかもしれないが、『一夏の彼女』であるというアドバンテージは、何にも勝る他の女子にはない切り札になると箒は考えた。
今までは幼馴染みという他の女子にはない最大の武器を持っていた箒だが、それも鈴の登場によって影が薄れてしまった。
しかも鈴は代表候補生。一夏と同じ専用機持ち。それだけでも自身の方が不利だと箒は考える。
実際ISの自主訓練をするにも、専用機持ちとそうでないのとではかなりの差があった。
朝一番に職員室で十枚を超すISの貸し出し申請用紙をだしても、実際に借りられるのは夕方以降。しかもこの時期は、学年別個人トーナメントに向けて自主練習に励む生徒が多く、アリーナの使用やISの貸し出しにも制限が設けられていた。
鈴やセシリアはその気になれば毎日一夏とISの練習をすることが可能だが、箒にはそれが出来ない。アリーナの使用許可一つ取ってもそうだ。国家代表候補生や企業所属の専用機持ちにはデータ収集のために、他の生徒のように順番待ちや面倒臭い手続きをせずとも、簡単な手続きで優先的にアリーナの使用許可が下りる。
それだけの特権が与えられているのが代表候補生。そのなかでもエリートと呼ばれる専用機持ちだ。
この二つだけでも、専用機持ちが有利という理由には事欠かない。故に箒は負ける訳にはいかなかった。これ以上、あの二人に後れを取らないためにも――
箒の過去。姉との確執。六年間の苦悩。一夏へ向ける想い。
姉のことがあり、ずっと忌み嫌ってきたIS。六年前、当然彼女が転校することになったのも、篠ノ之束が開発したISが原因だった。
ISは発表当時から兵器への転用が危ぶまれており、篠ノ之束は重要人物として世界中から注目を浴びていた。
国際IS委員会の設立に、各国が操縦者確保のために率先してはじめた女性優遇制度の実施など、広く世界にISの名前が認知され、第一回モンド・グロッソの開催と共にスポーツとして一般公開されるようになったのを機に、篠ノ之束本人を含む親族は保護と言う名目で政府の監視下に置かれ、転居を余儀なくされる事となった。
それを境に箒は姉を、束を避けるようになった。
重要人物保護プログラムにより一箇所に留まれない生活。政府の言うままに西へ東へと各地を転々とさせられる日々。気付けば両親とも別々の暮らしを余儀なくされていた。
更には三年前の篠ノ之束の失踪だ。残された家族に待っていたのは更に厳しい監視と聴取。箒はそんな生活を何年もずっと送ってきた。
このIS学園に彼女がきたのもそのためだ。ここなら外部からの干渉を受けず、少なくとも三年間は静かに暮らす事が出来る。他に理由など必要なかった。
家族を無茶苦茶にした姉が許せない。篠ノ之箒は篠ノ之束が、ISが嫌いだった。
しかし今はそれが一夏と自分を繋ぐ数少ない接点の一つとなっている。箒はそこに複雑な感情を抱いていた。
そんななか箒が一夏への想いを忘れずにこられたのは、ずっと一筋に剣を振るい続けてきたからだ。
剣を振るい続けることで、箒は一夏との絆を感じることが出来た。
その一途な想いが、この六年間。箒の心を支える拠り所になっていたと言ってもいい。
六年前、一夏と交わした約束。
――大会で優勝したら付き合って欲しい!
今回と同じような約束を箒は一度、一夏と交わしていた。
でも、その約束は果たされることがなかった。
幼い頃から剣の道を志し、同年代の女子のなかでもズバ抜けた力を持っていた箒は優勝候補の筆頭とされていたが、政府の行った重要人物保護プログラムにより剣道大会決勝の当日に転校を余儀なくされたからだ。
だから、これだけは譲れない。あの時の約束を果たすためにも絶対に優勝してみせる。
箒はそう、自分に言い聞かせた。
「ねえねえ、聞いた。あの話」
「うん、アレでしょ。優勝したら織斑くんと付き合えるって」
先程まで反復運動を繰り返していた竹刀がピタリと止まった。
剣道場の外を通り掛かった女子の会話に耳を傾ける箒。ピクピクと耳が動く。
「でも、個人トーナメントで優勝なんて無理だよ……」
「織斑くんとは付き合いたいけど、確かに厳しいよね」
――な、何故それを知ってるんだ!?
箒は声に出しそうになったのをグッと抑え、心の中で女子の会話にツッコミを入れた。
それは箒と一夏の間で交わした約束だったはずだ。それが何故か、『優勝すると織斑一夏と付き合える』に話がすり替わっていることに箒は焦った。
(ど、どうすればいい)
一夏が自分から話したとは考え難い。だとすれば、あの会話が誰かに聞かれていたということだ。
夕食後、寮の廊下。焦っていたこともあって、箒は周囲の警戒を怠った。
誰かに話を聞かれていても不思議でない。いや、聞かれていた可能性の方が高い。
犯したミスの大きさに気付き、箒は時間を戻せるなら巻き戻したいと思うほどに失敗を悔やむ。
(そ、そうだ! 何も問題無い! 私が優勝すればいいだけだ!)
と前向きに考えて、どうにか落ち着きを取り戻そうとする箒。
しかし、次に聞こえてきた一言で、箒のその考えは粉々に打ち砕かれた。
「フフフ、ふたりとも甘いわね。話には続きがあって、成績順に上から何人かまでは付き合えるんだって。どのくらいの順位に入ればいいかはわからないけど、織斑くんならきっと十人や二十人くらいは固いって話よ!」
「ええ……。幾らなんでもそれは……」
「本当よ! 食堂で織斑くんが宣言してたって噂よ。目撃者も結構いるみたいだから信憑性の高い情報だと思うわ」
「え、嘘!? それって本人公認のハーレムってこと!?」
「私は別にそれでもいいかな。相手は織斑くんだしね」
いつの間にか更に問題がややこしくなっていることに気付き、箒は頭を抱え、床にうずくまった。
(一夏、一体何をしたんだ!)
どうしようもない怒りを胸に、顔を真っ赤にして心の中で激しく叫ぶ箒。
その怒りの矛先は一夏へと向いていた。
◆
左右にふんわりと跳ねたやわらかなミディアムヘアー。猫のような悪魔のような好奇心と悪戯に満ちた瞳。IS学園生徒会室。この部屋の主、全校生徒の長にして学園最強の証を持つ生徒会長『更識楯無』は、ひとりの少女と会談していた。
「やっほ、お久し振りだね。楯無お姉ちゃん」
「フフッ、お久し振り。桜花ちゃん」
少女の名は『平田桜花』――正木グループ総帥付秘書長。
それが公の場での彼女の肩書きだった。
「あなたが直接学園に乗り込んでくるなんて……時期がきた、と考えて良いのかしら?」
「先日のアリーナ襲撃事件で使われたIS。アレに例の技術の一部が使われていたから、念には念を入れておこうって、お兄ちゃんの指示よ。本当は余り介入しちゃいけないんだけど、お兄ちゃんってなんだかんだで身内に甘いから」
「なるほど、総帥の指示ですか。余程、例の彼≠ェお気に入りのようですね」
「似た者同士、波長が合うのかも」
楯無の手の中で扇子が閉じ、パチンッと音が鳴る。
その後、一緒にクスクスと笑いだす二人。
「後はオリジナルの回収が私の目的とだけ言っておくわ」
「では、例の組織が動き始めたと?」
「可能性はそれが一番高いかな? 後は――」
スッと差し出された写真に目を通す楯無。そこには金髪の少女……と見紛う美少年が映っていた。
シャルル・デュノア、フランスの代表候補生だ。そして――
「今度学園にやってくる転入生ね。二人目の男性≠hS操縦者と言う噂の」
そう、彼≠ヘ織斑一夏に続く世界で二人目の男のIS操縦者として、最近ヨーロッパを中心に注目を集めているデュノア社の御曹司だった。
量産型ISで世界第三位のシェアを持つフランスを代表するISメーカー、デュノア社。
最近そこの御曹司が、男でありながらISを動かせる才能を持つ、という噂が社交界を中心に広がりをみせていた。
まだ一般には公開されていない情報のため、政界や財界に通じる一部の関係者以外は知らない話だが、信憑性の高い情報としてIS関係者の間では噂となり、デュノア社の注目を高める結果へと繋がっていた。
その噂の少年がIS学園にやってくる。
まだ一部の関係者以外は知り得ない極秘の話ではあるが、楯無も当然のようにその情報を掴んでいた。
「こちらは彼@高ンなのでしょ? そちらは不介入なのでは?」
「一夏の出番を取るつもりはないよ。ただデュノア社には、ちょっと黒い噂もあるのよね」
「なるほど、そちら絡みですか。それで、私のところに情報を持ってきたと」
「ギブアンドテイクが基本でしょ? フランスの第三世代開発が突然進みだした原因を知りたくない?」
デュノア社は量産機で世界第三位のシェアを持つ大会社。しかし第二世代最後発であるが故に開発の遅れが目立ち、第三世代の分野ではデータ不足からカタチにすらならず、機体の開発にすら着手できていない状況にあった。
だが一年ほど前から急速に、第三世代の開発が進められるようになった。
その理由は明らかにされていないが、国家や企業間で何かしらの技術提供があったのではないかと噂されていた。
そのなかに『正木』の名もあり、デュノア社と正木グループが裏で通じているのではないかという話も浮上していた。
「『正木』は関係していないと?」
「当然でしょ? うちは一箇所に肩入れしないっていうのが経営方針だし、デュノア社に協力するメリットがないもの」
そう、欧州連合では既に第三次統合防衛計画『イグニッション・プラン』の次期主力機の選定に入っており、イギリスのティアーズ型、ドイツのレーゲン型、イタリアのテンペストU型に候補は絞り込まれていた。
第三世代の開発がここにきて進み始めたと言っても、稼働データの不足しているデュノア社の機体には時間が足りず、結局はその開発も徒労に終わってしまう可能性が高い。
それならまだイグニッション・プランの候補に選ばれている国や企業に協力した方が、遥かに経営者としては賢いやり方だ。
事実、第三世代機には多かれ少なかれ、三年前に『正木』から提供された技術が使用されている。
各国はその技術を利用して機体を開発、正木の後を今も追い掛けているに過ぎず、正木太老が篠ノ之束に匹敵する天才と言われているのも、そうした事情からくるところが大きかった。
「それで、そちらが更識≠ノ望むものは?」
「どちらかというと生徒会長≠ヨの頼みかな? 学園でのサポートをお願いするわ。お姉ちゃん」
「フフッ、それでは断れないわね。友人の頼み、生徒のためなら」
それは秘密の会談。共通の知り合いを持つ、友人の語らいだった。
……TO BE CONTINUED
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