――シャルル・デュノアです。フランスから来ました。
今朝、俺のクラスに金髪の転校生が現れた。
シャルル・デュノア――フランスからきた専用機持ち。代表候補生と言う話だ。
一番驚きだったのは、その転校生が彼女≠ナはなく彼=B男だったということ。
しかも美少年。これには驚いた。俺以外に男でISを動かせる奴が居るなんて知らなかったからだ。
でも、俺はすんなりとその事実を受け入れ、シャルルの登場に喜んだ。
IS学園で男は俺一人。その状況は色々と、精神的に辛かった部分が大きかったからだ。
それにシャルルは良い奴だ。そうとしか言いようがないくらい好ましい性格をしていた。
嫌味のない笑顔に、さり気なく他人を気遣う優しさ。言葉の節々に気品さえ漂って見える。
一言でいえば紳士的。絵に描いた『貴公子』と言う奴だ。他に例えようがないくらい、その言葉がしっくりとくる美少年だった。
女生徒達からの受けも凄まじかった。よかったではなく凄まじいだ。
色白で男とは思えない華奢な身体と、誰もが美少年と羨む端整な顔立ちだ。
特に上級生を中心にその人気は高く、『守ってあげたい男子』として学園アイドルの座を確立しつつあった。
『織斑くんとのカップルもいいわね』
『やっぱり男の娘でしょ!』
と叫んでいたやばい奴もいたが、あれはスルーして大丈夫だ。近付く方が危険だ。
たった半日でシャルルのことを知らない生徒はいなくなってしまった。
俺の時もそうだったが、ここの生徒はフットワークが軽いというか、ノリが良すぎる。
「一夏、ちょっといいかな?」
「なんだ? シャルル」
学園に二人だけの男子生徒とあって、直ぐにシャルルとは仲良くなれた。
今では名前で呼び合う仲だ。男の俺から見ても、ドキッとするくらい本当にいい奴なんだよ。
いや、ドキッとしたら色々とやばい気もするんだが、女子が『守ってあげたくなる』というのも、シャルルを見ているとよくわかる。男とは思えないくらい可愛いんだよな。
笑顔がやばい。上目遣いは特に危険だ。下手な女子より可愛いから尚更困る。
可愛い五反田……うん、無理だ。記憶の彼方に封印しよう。想像するだけで気持ちが悪かった。それにシャルルに失礼だ。
「寮の部屋、一夏と同室らしいんだけど……その、よかったら案内してくれるかな?」
「ああ、別にいいぜ。それじゃあ、一緒に帰るか」
「うん」
本当は少しISの自主練習をして帰ろうかと思っていたのだが、こんな可愛い生き物を放っておけない。
休み時間の度に女子の質問攻めにあっているシャルルをみて、自分のことのように不憫に思ったくらいだった。
今では大分落ち着いてきたが、俺の時もあんな感じだったからな。
まあ、俺みたいに珍獣扱いと言う訳では無く、シャルルの場合は普通に人気がありそうだが、それだけに心配でもあった。
そこらの女子に案内させると、色々と放送できないような大変なことになりそうだ。
この学園には、まともな奴はいないのか?
心の底から心配になるほど、あの女生徒達の飢えた目はやばかった。
「荷物はこれから取りに行くのか?」
「受付の人が気を利かせてくれたみたい。部屋に運び入れてくれてるらしいよ」
何、その男差別。俺の時は寮の前に荷物が放置されていて、全部自分で部屋に運び入れた。
ちなみに俺が荷物に気付いた時には時既に遅く、女子の検閲にあった後だったことは言うまでもない。
いや、別に見られて困るような物は何も持ってきていないが、プライバシーも何もあったもんじゃないぜ。
「じゃあ、行くか。ああ、それと気をしっかり保てよ」
「え、それってどういう……」
「女子寮は……男にとって色々と危険な場所なんだよ」
そう、あそこは五反田曰く男の楽園で、当事者にとっては地獄とも言える場所だった。
異世界の伝道師外伝/一夏無用 第11話『シャルル』
作者 193
だが、その心配は杞憂に終わった。
「凄いな。シャルル……」
「え、そうかな?」
いや、もう普通に凄い。凄すぎる。感心した。シャルル様と呼ばせてくれ。呼ばないけど。
やはり五反田の言葉は正しくて俺がおかしかったのか、と考えさせられるくらいに驚いた。
だってな。俺がこの寮に入った当時は廊下で女子と擦れ違う度に、どうしていいかわからなかったものだ。
部屋に大人数で押し掛けられた時は、そりゃパニクった。対応に困った。
それなのにこいつは、外では絶対に見せないようなラフな格好をした女子を前に、学園と変わらず冷静かつ紳士的に対応してみせた。
さっきも部屋に押し掛けてきた女子に対し、
『僕のために咲き誇る花の貴重な一時を奪うことは出来ません。こうしてたくさんの花に囲まれて、もう既に酔ってしまいそうなのですから』
だぜ? 絶対に俺には無理だ。こいつは色々とおかしい。別次元の生き物だとわかった。
俺がこんな歯の浮いた台詞を言った次の日には、クラスの笑い物となる姿が容易に想像が付く。鈴なんて絶対に腹を抱えて笑い出すぞ。もう、そりゃ生涯の汚点として黒歴史に刻まれることだろう。
というか、全く想像出来ないしな。俺の頭では、そんな台詞は絶対に出て来ない。
これがモテる男の秘訣と言う奴なら、是非ご教授願いたい。そして弾に教えてやりたい。
あいつ女子にモテたがってたしな。まあ、絶対に似合わないだろうけど、本気で実践したら笑ってやろう。
この間、助けるどころか鈴を煽って、俺を殺そうとしてくれた礼だ。
余談ではあるが、あの後、厳さんの怒りを買った俺達は食堂を追い出された。
当分の間、飯を食いにいけないじゃないか。あそこの料理、無茶苦茶美味しいのに。
「シャルルはそっちのベッド使っていいから。他にも、ここでのルールとか決めとくか」
「そうだね。一夏はずっとひとりだったの?」
「まあ、俺以外に男子はいないからな。女子と同室なんて絶対にありえないし」
「そ、そうだね」
年頃の男女が寝起きを一緒にするなんて、何か問題があってからでは遅い。
それに、ここは仮にも教育機関だ。常識的に有り得ないだろう?
漫画やアニメなんかだと、ここで幼馴染みと同室みたいな展開もあるんだろうけど、俺の幼馴染みといえば相手は箒と鈴だしな……。
なんか普通に、俺がボコボコにされるところしか想像が出来ない。
「一夏? どうかしたの?」
「いや、同室がシャルルでよかったな、と思って」
「え、ええ!?」
なんで驚くんだ? なんか顔が紅いし風邪か?
女子と一緒なんてストレスで寝不足になりかねないし、幼馴染みもさっきの理由から却下だ。
俺はまだ命が惜しい。自殺志願者ではない。アイツ等は直ぐ木刀とかISをだしてくるしな。
普通に死ぬから、俺でなかったら間違い無く死んでるから、あれだけはやめてほしい。
やはり男同士が一番いい。安心出来る。気兼ねなく接することが出来るしな。
「それじゃあ、さっさと荷物を片付けてしまうか。俺も手伝うよ」
「あ、うん。助か……って、ああ! そっちのダンボールはいいから!」
慌てて、俺からダンボールを奪うシャルル。見られて、まずいものでも入ってたのか?
五反田とか、ベッドの下や天井裏が凄いことになってるし……やっぱアレか?
シャルルも男だしな。俺も全く興味がないわけでないので、気持ちはわからないでもない。
ただ、それを女子寮に持ってくるのは、まずい気も……俺が黙っていてやればいいか。
「心配するな。俺は誰にも言わないから」
「え、あ、うん。ありがとう……」
また一歩、シャルルとの友情を深めることが出来た気がした。
◆
シャルルは部屋で一人、荷物の片付けをしていた。
一夏が手伝うと言ったのを、『やっぱり自分で出来るから』と断ったためだ。
「織斑一夏か……」
今日から同じ部屋で暮らす事になった男子生徒のことを考え、シャルルの手が止まる。
世界で初めてISを動かすことが出来た男。正木の関係者。白式の専属操縦者。織斑千冬の弟。
織斑一夏の名を知らない人は、世界中を探しても殆ど居ない。ISを知る人であれば、誰でも知っている人物。それが彼だ。
知名度で言えば、あのISの開発者『篠ノ之束』や、正木グループの総帥『正木太老』と比べても勝るとも劣らないほど。
しかも男でありながら女に勝ち。専用機を持つ代表候補生を凌ぐほどの実力を有している。
注目を集めないはずがない。世界中の国や企業が彼の存在に注目していた。
そんななか、現れたのが彼。シャルル・デュノアだ。
今まで、たった一人。織斑一夏以外は確認されていない男のIS操縦者。
そしてデュノア社の御曹司。織斑一夏に負けないほどの話題性を彼はその身に有していた。
「でも……あれって、どう言う意味なんだろう?」
一夏が何気なく言った言葉が、シャルルの頭にこびりついて離れなかった。
――心配するな。俺は誰にも言わないから。
何故、一夏はあんなことを言ったのか? 何を知っているのか?
直ぐにシャルルの頭に過ぎったのは、『正木』の名だった。
でも、幾ら正木が特別でも、シャルルの秘密≠ヘ気付かれていないはずだ。
そう、気付かれているはずがない。自分は何もミスを犯してはいない。
シャルルはそう自分に言い聞かせるが、一夏の言葉が頭を離れない。
「でも、僕は……こうするしかないんだ」
声にならないほど小さな声で、ごめんと呟くシャルル。
謝罪の言葉。その言葉は、誰に向けられた言葉なのかはわからない。
ただ、一夏の優しい笑顔を思いだし、シャルルの胸がほんの少し……チクリと痛んだ。
◆
「今月下旬から、男子も大浴場が使えることになりました」
嬉しいニュースが舞い込んだ。
晩飯の前にと、寮の裏で軽く剣の鍛錬をしていたところ、山田先生からもたらされた情報がそれだ。
部屋のシャワー以外に共有の大浴場が学園にはあるんだが、今まで俺はその風呂を使用することが出来ないでいた。
これは風呂好きとしては拷問に近い苦痛だ。とはいえ、学園に男は俺一人。たった一人の男子生徒のために、他の生徒に不便を掛けるわけにはいかない。
そうしたこともあって、半ば諦めていたのだが……ここにきて転機が訪れた。
もう一人、男が増えた。そう、シャルルだ。
そこで再び大浴場の話が浮上し、今回生徒会長の一声で使用許可が下りたそうだ。
顔も知らない会ったこともない生徒会長に、心の底から感謝の言葉を述べたい気分だった。
山田先生も職員会議に提案してくれたりと骨を折ってくれたそうなので、そこは感謝にたえない。
ああ、でも風呂だぞ。風呂。しかも百人は同時に入っても大丈夫らしい大浴場。
これは素晴らしい。さすがは国の運営する特殊国立高等学校。これが税金で作られていると考えると正直申し訳ない気持ちにもなるが、それにも増して風呂に入れるという喜びの方が大きかった。
この喜び、シャルルにもわけてやらないとな。今から月末が楽しみになってきた。
あ、その前に学年別個人トーナメントがあるんだっけ? そっちも頑張らないと。
風呂を獲得して代わりに再訓練確定とか、そんな嬉しくないニュースだけは勘弁して欲しい。
「シャルル! ビックニュースだぞ!」
「え、一夏? ど、どうしたの?」
勢いよく扉を開け部屋に入ると、何やら挙動不審なシャルルがそこにいた。
ダンボールは綺麗に折りたたまれ、部屋の隅に置かれている。荷物はもう片付け終えたみたいだ。
じゃあ、何を焦ってるんだ? ああ、例のブツの隠し場所でも考えていたのか。
女子に見つかったら大変だしな。うん、大変だ。無茶苦茶やばい。色々な意味で。
「今月の末から、男も大浴場を使えることになったんだってさ」
「大浴場?」
「ああ! これもシャルルのお陰だな」
余りの嬉しさから、ガバッと大袈裟にシャルルを抱きしめた。
シャルルが転校して来なかったら話すら浮上しなかったわけで、そこはシャルルのお陰と言ってもいい。
ほんと、俺にとってコイツは学園に舞い降りた救世主のような存在だ。
貴重な男子生徒。ルームメイト。そしてIS学園で出来た、初めての男友達。
この関係を大切にしていきたいと俺は思った。
でも、シャルルって男とは思えないくらい良い匂いがするな。まるで女子みたいだ。
「シャルル。なんか香水とか使ってるのか? 凄く良い匂いがするんだが」
「あ、ああ、あああ……」
ん? どうしたんだ?
小さく声を漏らしながら、何やら小刻みに体を震わせている。
「うわああああんっ!」
「おいっ! シャルル!?」
ドンッ、と両手で俺を押しのけ、そのまま部屋の外に走り去るシャルル。
えっと……どういうことだ? 俺なんか変なことをしたか?
ちょっと自分でもテンションがおかしくて大袈裟な行動を取ったとは思うが、泣いて逃げるほど変なことだったとは思えない。さすがにそんな反応をされると、少しショックなんだが……。
男同士で、あの反応はないんじゃないか?
「匂いのことを指摘されたのが、嫌だった……とか?」
よくわからないが気付かないところで、シャルルの嫌がる事をしてしまったのは確かみたいだ。
後でシャルルにちゃんと謝っておこうと、俺は深く反省した。
……TO BE CONTINUED
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