――朗報です。なんと、今日から男子の大浴場使用が解禁です!
山田先生から嬉しいニュースを教えて貰ったのが、ほんの三十分前のこと。
態々、俺達の部屋にまで様子を見に来て、気を利かせて大浴場の使用解禁を伝えに来てくれたのは本当に嬉しい。普通なら諸手を挙げて喜ぶところだ。
だが、今は普通の状況ではなかった。
シャルルもといシャルロットの正体が、女と知った後なら尚更だ。
「ねえ、一夏」
「なんだ?」
「この暖簾って……」
「俺に訊かないでくれ……」
大浴場の入り口には、『一夏』と『女』と書かれた暖簾が掛けられていた。
なんの嫌がらせだ……。脱衣所がわかれているならまだ理解出来るが、なかは脱衣所から浴場まですべて繋がっている。
男女混浴とでも言いたいのか? いや、それは大問題だろう。
こんな悪ふざけをしそうな奴は……。この学園だと大勢居そうで見当が付かなかった。
「僕はここで待ってるから、一夏が入ってきてよ」
「え?」
風呂は好きだ。物凄く好きだ。念願の大浴場、出来ればシャルロットの厚意に甘えて入りたい。だが、シャルロットを一人だけ脱衣所に残して風呂に入るのは、さすがに気が引ける。
それにシャルロットだって、今日は色々とあって疲れているはずだ。
別に女尊男卑の社会風潮に影響されているわけじゃないが、男としてはシャルロットの厚意に甘えて良い物かどうか悩む。それに相手がシャルロットなら尚更だ。部屋は一緒だし、試合ではペア組んだ間柄だ。知らない仲じゃない。
それに今日は色々なことがありすぎた。
シャルロットの事情を知ってしまった後だけに、彼女には風呂でも入ってすっきりとして欲しい。
「いや、シャルロットが入ってきてくれ」
「でも、一夏はお風呂が好きなんだよね?」
「好きだ!」
「じゃあ、一夏が入ってきてよ。僕はそんなお風呂って好きじゃないし……」
うっ、そこまで言われると断るのは返って悪い気がしてきた。
ここはシャルロットの厚意を受けるべきなのか?
でもな……。普段なら喜んで譲って貰うところだけど、あんなことを知った後だとシャルロットを残して、ひとりで風呂を楽しむ気にはなれない。
それに、いつも通りに振る舞って見せてはいるが、まだ色々と引き摺っているのが目に見えるだけに、こんなシャルロットを放って置けるはずもなかった。
だからと言って山田先生の厚意を無碍にするのもどうかと思う。このためにどれだけ骨を折ってくれたか知っているからだ。
本来は来週からだった風呂の解禁を、事件のことで気を遣って元気付けようと融通してくれたことは察しがつく。相当無理をさせたはずだ。
だからと言って、シャルロットとふたりで入るという選択は――
「それなら一緒に入っちゃえばいいんじゃない?」
「いや、それが出来れば苦労は……はあ!?」
振り向くとそこには、顔も知らない謎の女子がいた。
身に纏っている制服のリボンの色から二年生だということはわかるが、全く心当たりのない女生徒だ。
悪戯っぽくニヤニヤと口元を緩めながら、猫のような瞳で俺の一挙一動を楽しむかのように観察してくる。
この肌を刺す視線。背筋を這うような悪寒。言い知れぬ不安は、俺のよく知る人達と瓜二つのものだった。
「皆の者、剥いちゃえ♪」
身の危険を感じた瞬間――突如、バッとどこからともなく姿を現す謎の女子集団。
気付けば取り囲まれ、抑え込まれ、服を脱がされ、浴場へと運ばれていく。
一切の抵抗が出来ない、この状況。やっぱりそうだ。あの人達とそっくりだった。
「ああ、あなたも服を脱いで入ってらっしゃい。シャルロット≠ソゃん」
誰も知らないはずの秘密。
正体を言い当てられて、驚愕するシャルロットの顔がそこにあった。
異世界の伝道師外伝/一夏無用 第25話『メッセージ』
作者 193
「一夏く〜ん。もっとこっちに寄っていいのよ?」
「遠慮しておきます……。いや、遠慮させてください」
なんで、こうなった。こうなってしまった。
そんな状況に俺は陥っていた。
百人は一緒に入れるとかいう大浴場には、俺以外に十数人の女子の姿があった。
勿論そのなかには、さっきの二年生の先輩とシャルロットの姿も含まれていた。
IS学園の大浴場は、学園の施設とは思えないほど充実していた。
俺が今浸かっている巨大な湯船の他、ジェットとバブルのついた最新の湯船に、檜風呂。サウナや全方位シャワー、打たせ湯まである至れり尽くせりの充実した設備。
いつもの俺なら大はしゃぎで、すべての風呂を順々に堪能しているところだが、今はとてもそんな気分にはなれない。
全裸ではなく、女子は全員ちゃんと桜色の湯着を身に纏っているとは言っても、湯に濡れ、肌に密着した湯着はしなやかなボディラインを形作り、下手に全裸でいるよりも目のやり場に困る色気を醸しだしていた。
これで落ち着ける奴はどうかしている。本来は寛ぐはずの空間が一転、俺限定の試練場へと変化していた。
「自己紹介が遅れたわね。私は更識楯無。IS学園の生徒会長よ」
「生徒会長……?」
「フフ、警戒しなくても大丈夫よ。私を含め、ここに居る彼女達は皆、『正木』の関係者だから」
さっきの女生徒達が、生徒会長の一言でスッと横に並び、頭を下げる。
その一糸乱れぬ統率の取れた動きは、思わず見惚れてしまうほどだった。
「あれ? 『正木』の関係者とか言いました?」
「そそ、彼女達は『正木』の影。総帥の秘書さん達よ」
「え……なんで生徒の格好を?」
太老さんの秘書ってことは社会人のはずだ。少なくとも二十は超えているはず。
でも目の前にいる人達は、どう見ても俺達と同年代くらいに見える。
「変装しているもの。本当の姿をここでみせたら刺激が強すぎて、のぼせちゃうかも。それでも見たい?」
「い、いえ! 結構です!」
どう見ても変装しているようには見えないが、この生徒会長が言うなら、きっとそうなんだろう。
あの太老さんの秘書というだけで、取り敢えず納得するだけの説得力はある。
言ってみれば、あの合法幼女の部下の人達と言うことだ。だとすれば理解出来る。
ということは、前に言ってた影ながら護衛している人達って、この人達のことか。
あれ? それじゃあ――
「生徒会長さんも、彼女達と同じ『正木』の人間なんですか?」
「水臭いわね。私と一夏くんの仲なんだから『楯無』でいいわよ」
「……じゃあ、楯無さんで」
「フム、今はそれで我慢しましょう。質問に戻るけど、私は協力者ね。正確には『正木』の人間じゃないわ。今回の件の関係者ではあるけどね」
「今回の件?」
「もう、気付いてるんじゃないかしら? シャルロットちゃんは特に自分のことだものね」
シャルロットの顔が不安と驚きに支配される。
ここで楯無さんから出て来た『正木』の名前。そしてシャルロットの名前。
そこから考えられることは一つしか無い。これまでのことが全部バレていると言うことだ。
「警戒しなくても何もしないから安心して。シャルロットちゃんには今まで通り学園に通ってもらって構わないわ。ただ、シャルル・デュノアではなく、シャルロット・デュノアとしてだけど」
「え、それって……」
困惑した様子で質問を返すシャルロット。
急に本名を明かして学園に通えと言われ、動揺している様子が窺える。
無理もない。シャルロットは親父さんの命令で名前や正体を隠して、この学園にシャルルとしてやってきた。
それを今更正体を明かして学園に通えと言われても、理解出来るはずもない。
「フランスも、デュノア社もあなたには手出しが出来ない。いや、出来なくなったと言うべきね。デュノア社は解体され、『正木』の傘下に入ることが決まったわ。そして、第三世代機の開発の後任は正木グループのフランス支部が引き継ぐことが決まったから、シャルロットちゃんの所属先は『デュノア』から『正木』に移ることになる。後日、関係書類があなたの手元に届くはずよ」
俺もシャルロットもポカンとした表情で、楯無さんの話を聞いていた。
突然、シャルロットの親父さんの会社が解体され、正木の傘下に加わることになったとか、シャルロットの所属が俺と同じ『正木』に移ることになったとか、そんなことを突然言われても上手く事情が呑み込めない。
すぐに頭を過ぎったのは太老さんの顔だった。
(あの人、裏で一体何をやってたんだ?)
俺もそうだが、シャルロットの動揺は俺以上だった。
「会社は……父はどうなったんですか?」
「あら? どうしてそんなことが気になるの? あなたに酷い事をした親なのに?」
「それは……」
シャルロットは不安と困惑、そして悲しみの混じった複雑な表情を浮かべながら、楯無さんの質問に答えられず言葉を詰まらせる。
彼女が抱えている父親との確執はかなり重いものだ。
それだけに今の楯無さんの質問は、シャルロットにとって一番答えにくいものだった。
「楯無さん! そこまでにしてください。シャルロットは――」
「いいんだよ。一夏」
「でも……」
「ごめん。本当にありがとう。でも、大丈夫だから……」
そう、呟くシャルロットの顔は少し寂しそうで、それでいて不安の色が滲んでいた。
「これじゃあ、お姉さんがひとりだけ悪者みたいね。じゃあ、特別に良いことを教えてあげましょう」
そう言って態とらしく人差し指を立て、突然さっきの話を蒸し返す楯無さん。
「デュノア社の社長は今回の責任を取らされ、裁判にかけられることになったわ。アラスカ条約で禁止されていたシステムの使用、それに男性IS操縦者を偽り、世間を欺いた罪は重い。実刑は免れないでしょうね」
それは良い話どこか、最悪な話だった。
詳細を知りたかったのは事実だが、そんな話を聞かされて今のシャルロットが耐えられるはずもない。
何を考えてるんだ、この人は――。
俺は楯無さんの行動に、なんとも言えない怒りを覚えるが――
「でも、最後に彼はこう口にしたそうよ。『私は何もしらないあの子を利用していただけだ』――シャルロットには罪はないってね」
その一言で、彼女の言葉の意図がようやく理解出来た。
それは、すべての罪を自分一人で背負い、娘の罪を問わないでくれという嘆願の言葉。
父親が娘に向けた最初で最後の言葉。それは子供のことを大切に想う、親の愛情そのものだった。
――愛されていなかったわけじゃない。
十五年掛けて辿りついた答えは、彼女にとって救いの言葉だったのかどうかはわからない。
ただ――シャルロットの瞳からは大粒の涙がこぼれ落ち、ポタポタと湯に波紋を立てていた。
「さーてと、お姉さんはちょっとのぼせちゃったみたい。一夏くん達は、もう少しゆっくりしていって構わないわよ」
「あの……楯無さん」
「何かしら?」
「ありがとうございました」
湯船をあがり、秘書さん達と脱衣所に向かう楯無さんに、俺は立ち上がり深く頭を下げた。
ここに楯無さんが現れた理由。こうして影ながら護衛をしていたはずの彼女達が姿を見せた理由がわかったからだ。
こうして姿を見せたのも、俺達に話を信用させるため。シャルロットに父親からの最後のメッセージを伝えるのが、彼女達の目的だったと言うことに俺は気付いた。
最後に話してくれた親父さんのあの言葉――あれを伝えるためだけに、こんな芝居を打ってくれたのだと。
「ああ、そうそう。蘭ちゃん達にここのことを教えてあるから、もうすぐやってくると思うけど……頑張ってね。それと……見えてるわよ、一夏くん」
「え……うわっ!」
慌てて俺は湯に浸かり、下半身を隠す。さっきまで身に付けていたはずのタオルが、どこかに消えていた。
それはそうと、蘭達がここに来るって!?
一番最後に爆弾を残して去って行く楯無さん。少しでも感動した俺の気持ちを返して欲しい。
「そ、そうだ! は、早く風呂をでないと!」
「一夏、前! 前を隠して!」
「あ、ああっ! でも、そんなこと言ってる場合じゃ――」
「きゃっ!」
動揺して慌てていたことが災いし、絡まるように床に倒れ込むシャルロットと俺。
吐息が触れるほど近い距離に、シャルロットの顔があった。
しかも湯着がはだけ、そこから覗く半裸に近い状態のシャルロットの白い肌が、ほんのりと熱を帯びて赤みを増していた。
どれだけの時間、ふたりでこうして固まっていたのだろうか?
一分、二分、それとも五分くらい?
わからない。ただ心臓の音が、目の前の相手に伝わるのではないかと思うくらい、ドキドキと早鐘を打っていた。
だが、それは同時に危険を知らせる警鐘でもあった。
「蘭が生徒会長と知り合いだったなんてしらなかったわ」
「でも、そのお陰でこうして大浴場が使えるんですから、鈴さんも少しは感謝してください」
「やはり、広いお風呂はいいですわね。まあ、わたくしの実家ほどではありませんが――って、なんであなたまでここにいますの!?」
「知らん。私は連れて来られたから、ここにいるだけだ」
「織斑先生の調書で一緒になったからな。ひとりだけ除け者にするのは可哀想だと思って、私が連れてきた。それに供に戦った仲だ」
まだ少し時間はあると思っていたのに、こんな時に限って神様は悪戯をする。
ガラッと引き戸が開く音と共に、鈴、蘭、セシリア、ラウラ、箒の順に浴場に姿を見せる女子一行。
そして――目が合った。
さっきの楯無さんとは違い、湯着を身に纏っていない全裸の女子が……俺の目の前にいた。
ちなみに俺はシャルロットに裸で覆い被さっている状態。シャルロットも身に付けていた湯着がはだけ、白い肌が顕わになっているような状況だ。
あれだな。こういうのが世に言う『お約束』って奴に違いない。
うん、もうあれだ。人間諦めが肝心だということが、よくわかるシチュエーションだな。
だが、俺とて命が惜しい。ここは一つ起死回生を狙って、駄目元で言っておきたい。
「今は男子の時間だぞ」
当然そんな言い訳が、この状況で通用するはずもなかった。
……TO BE CONTINUED
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