本日は休日。学園も休み。空は見事な快晴。さすがにもう七月とあって蒸し暑く、燦々と輝く太陽の日差しが少し厳しい。
あと二、三週間もすれば、暑さはピークを迎えると思ってもいいだろう。
街中にも薄着の女性が目立つ。今日、俺はラウラもとい女子達の買い物に付き合うため、街に繰り出していた。
「随分と大所帯になったな……」
箒、鈴、セシリアといつものメンバーに、シャルロットと発起人のラウラ。そしてクラスの女子を含む総勢三十名余りの大所帯が、駅前の広場に集まっていた。
何事かと言った様子で、通行人もチラホラとこちらに視線を向けてくる。これから遠足や修学旅行に赴くと言われても、不思議では無い数の団体だ。
「ところで、今日は何を買いに行くんだ?」
「水着だ」
「水着?」
「来週、臨海学校というものがあるのだろう? 私は学園指定の水着しか持っていない。それに私は日本の流行には疎い。だから、嫁に選んでも貰おうと誘った」
なんとなくぎこちない片言の台詞で、そう説明するラウラ。まあ、理屈は通っているのだが、なんか不自然さが拭えないんだよな?
しかし臨海学校か。色々とあってすっかりと忘れていた。
俺も水着くらいは買っておくか。ラウラと一緒で学園指定の水着しか持ってないんだよな。
ちなみに男子は極一般的なトランクスタイプの水着だが、女子の学園指定水着はスクール水着だ。しかも絶滅危惧種に指定されている旧タイプの紺。勿論、胸には縫い付けられた大きな名札が。
ラウラや鈴はそれでも似合いそうだが、箒やセシリアとかが着ると色々とまずい状況になりそうな水着だった。
「何よ……? 人のことジロジロと見て。なんか、やらしいこと考えて無い?」
「き、気の所為だ。それよりも鈴。その服、新しい奴か? 髪飾りは前にプレゼントした奴だよな?」
「え、あ、うん。その、どうかな?」
「似合ってると思うぞ。うん、可愛い」
「か、可愛い……!?」
Tシャツにキャミソールをあわせた活発すぎず女の子らしさを前面に押し出した可愛らしい服で、赤い色が鈴によく似合っていた。
左右の髪を束ねている鈴の付いた髪飾りは、前に俺がプレゼントした奴だ。こうして使ってくれているのをみると、プレゼントした方としては嬉しく思う。
「一夏さん! わ、わたくしはどうですか!?」
「え? うん、セシリアもよく似合ってると思うぞ。あ、それも俺が前にあげた奴だよな」
「え、ええ! 一夏さんからいただいたブローチ≠ナすわ!」
何故か、花のカタチをあしらった胸元のブローチを見せ、俺からプレゼントして貰ったということを強調するセシリア。
「一夏、私の服はどうだ!?」
「箒も似合ってると思うぞ」
「……他には何かないのか?」
「えっと……そのペンダント俺が前にあげた奴だよな?」
「うむ。一夏が私のために選んでくれたペンダント≠セ」
これまた銀色に輝くペンダントを、周囲に見せつけるように強調する箒。
えっと、二人は何がしたいんだ? プレゼントした物を喜んでくれるのは嬉しいんだが。
「フフッ、一夏。僕には何も言ってくれないのかな?」
「え、ああ……うん。シャルロットも似合ってると思うぞ……特にそのブレスレットとか」
「だよね。一夏にプレゼントしてもらった物≠セから当然だよ」
そう答えないと命の危険に関わりそうな、凄いプレッシャーを俺はシャルロットから感じた。
でも、前の騒ぎで傷だらけになったっていうのに、まだしてくれてたんだな。
大切にしてくれているのが嬉しい反面、少し申し訳無い気持ちにもなる。
「……私も何か欲しいぞ」
「ラウラもか? ううん、余り高い物じゃなければ別に……」
確かにこんな風に見せびらかされたら、自分も欲しくなるのが心情だと思う。
四人にプレゼントしたのはお礼も兼ねていたんだが、一人だけ除け者というのも可愛そうだしな。
「ボーデヴィッヒさんだけずるい!」
「そうよ! 幼馴染みと専用機持ちだけなんて、えこひいきだわ!」
「私も織斑くんからのプレゼントが欲しい!」
「「「織斑くん!」」」
えっと……これは何気に墓穴を掘ったのでは?
不用意な発言はするもんじゃない。女子全員に詰め寄られて、俺は覚悟を決めた。
異世界の伝道師外伝/一夏無用 第28話『力の使い方』
作者 193
痛い出費だった。結局、女子全員にプレゼントを買わされた。ひとり幾らまでと予算の制限は付けさせてもらったが……。
まあ、貯金に余裕はあるし、このくらいであれば生活に影響が出ると言うほどでもないが、箒達の視線が一番痛かった。
ちなみにラウラは最初、指輪を俺に買わせようとしたのだが、周囲の視線が怖かったので、それだけは勘弁してもらった。あのままだと全員に指輪を買わせられかねないと危険を察知したからだ。
最終的にラウラが選んだのは、髪の色と同じ銀色の腕時計だった。
余り高いものではないが、今まで実用性・機能性重視の生活を送っていたラウラからしてみれば、宝石などをあしらったアクセサリーより、そちらの方が彼女らしい≠ニ言えるのかもしれない。
それに腕時計とは言っても、シンプルながら可愛らしいデザインのものだ。
軍で使っている物のような耐久性や実用性はないかもしれないが、十代の女子が持つとすれば違和感の無い一般的な物。年相応の感性を身につけるため、こちらの生活に馴染む意味でも悪い選択ではない。
プレゼントした俺が言うのもなんだが、
『一生の宝物にする』
そう言って嬉しそうに微笑むラウラは、年相応の女の子らしく可愛くみえて、少し新鮮だった。
生まれた頃からずっと軍にいたと言う話だったが、なんだかんだで、まだ十五の少女だ。
IS学園に編入してきた当時のラウラは、抜き身の刀のようで近づきにくい空気を発していたが、今は周囲に打ち解けようと努力している姿が微笑ましい。
どんな心境の変化があったのかはわからない。でも、シャルロットと同じで良い方向に向かっていることだけは確かだった。
「ああ、俺は別のところで待ってても……ってダメだよな」
IS学園の女子は頭がいいだけでなく、普段から身体を鍛えているだけあって無駄のない均整のとれた身体をしている上、見た目も綺麗な容姿の整った可愛らしい子が多い。
所謂、美少女のカテゴリーに入る女子が大勢集まっているなかで、男がひとり水着売り場にいれば目立つ。この上なく目立ってしょうがない。
本来なら勘弁して欲しいシチュエーションなのだが、周囲の雰囲気がそうはさせてくれなかった。
特にラウラには水着選びに付き合って欲しいと頼まれてここにいるだけに、買い物に付き合うと了承した手前、今更なかったことにして欲しいとは言い辛い。
ハアとため息を漏らし、俺は観念する。人間は諦めが肝心だ。特にこうした時の男の発言権は無いに等しい。そのことを深く実感していた。
◆
「もう、ダメだ……。なんで、こういう時の女子って、あんなに元気なんだ?」
デパートの一角に設けられた休憩所のベンチに腰を下ろし、精神的に消耗した身体を背もたれに預ける。
この買い物に来る前は、全員の水着選びに付き合わされるとは思ってもいなかったので、心構えが出来ていなかった分、その消耗度は半端じゃない。
まあ、確かに目の保養もとい全員可愛かったが、何が悲しくてこんな街中で羞恥プレイを体験しなくてはならないのか?
他のお客さんは勿論、店員さんも苦笑を漏らしていた。あれは一種の拷問だ。
「太老さんって凄かったんだな……」
美人揃いの大勢の秘書に囲まれて平気な太老さんが、なんとなく凄い人に思えてきた。
ここだけの話、あの人は凄くモテる。『正木』に通っていた時も、あの人の噂を聞かなかった日は一度としてなかった。
合法幼女と婚約しているって話もそうだけど、実際大勢の女性を囲っていると言う話もあるくらいだ。
俺からすると信じられないような話。だけど、世界有数の企業のトップにして束さんと双璧をなすと言われる天才だ。変な人だけど悪い人じゃないし、その点から考えても確かにモテて当然とも思える。
今の時代、女尊男卑などと言われているが、権力者のなかにはやはり男性が多いのが実情だ。
それに有能な男や何かしら特徴のある男は、いつの時代も注目される。特に女性の社会的立場が急速に向上している昨今、そうした能力や社会的立場の高い男はより稀少とされ、女性達の注目を集める結果へと繋がっていた。
権力者を除けば、ホストやアイドルなんかもそうだ。彼等はそうした女性に可愛がられることで人気を集めている。
俺がこんな風に注目されているのも、その辺りの事情が大きい。
なんだかんだで世界で唯一ISを操縦出来る男というのは、それだけ珍しい存在だと言うことだ。
「そこのあなた。そこにある水着を片付けておいて」
だが、こういう女も当然のことながら存在するのが現実。ISは女にしか動かせない。だから女は偉い。自分がISを動かして国を守っているわけでもないのに、そうした女尊男卑の風潮が、こうした勘違い女を増長させる原因にもなっていた。
「自分でやれよ。そうやって上から目線でなんでも人にやらせてばかりいると、自分じゃ何も出来ないバカになるぞ?」
俺はそんな女には屈しない。
女尊男卑の社会風潮だかなんだかしらないが、理不尽な要求に応じるつもりはない。
大体、面識のある相手ならともかく、初対面の相手に何様だ。女尊男卑以前の問題に人間性を疑いたくなる。
「ふうん、そういうことを言うの? 自分の立場がわかってないようね」
ハアとため息が漏れる。大方『暴力を振るわれた』とか言って、警備員でも呼ぶ気なんだろう。
しかし悲しいことだが残念ながら、女が『黒』と言えば『黒』になる時代だ。『痴漢』とでも騒げば問答無用で有罪が確定する。そのため冤罪の発生率はバカにならない数字になっているはずだ。多分。
従わなければ警備員を呼ぶ、そう目の前の女は俺を脅しているのだと理解した。
「お好きにどうぞ。ただ、その場合は責任が持てないけど」
「なっ……! これだから男は――いいわ、後で謝っても知らないから!」
そう言って警備員を呼ぼうとする女。俺はまた一つ、大きなため息を漏らす。
今まで俺が一度もこんな女と会わなかったかと言えば、答えはノーだ。何回かそうした経験は当然のことだがある。
なのに、俺は一度も捕まることなく、ここにこうして存在している。それは何故か?
「この少年ですか?」
「そうよ。早く連れていって頂戴!」
女性に言われて、渋々と言った様子で俺に近づいてくる中年の男性警備員。
やれやれ、本当はこんなことをするのは好きじゃないんだが……大人しく捕まるわけにもいかないしな。
どうせ、すぐに解放されるだろうが、そうすると事態に気付いた箒達がどんな行動に出るかわからない。
それに買い物の途中でふけたりしたら……後が怖い。
「少し話を……そ、それは!?」
俺が胸元から取り出した一枚の身分証を見て、警備員の顔つきが変わる。
さっきまで血色の良かった肌が、一気に青白く変わっていく様が見て取れた。
「すみません。こちらの女性は何か勘違い≠されてるみたいで」
「りょ、了解しました。外は暑いですからね……。ご婦人、涼しいところで少し話を伺っても?」
「ちょっと、どういうことよ!?」
警備員に連れられて、どこかに消える女。だから言ったのに……。しかし相変わらず、これは効果絶大だな。大抵は身分証を見せるだけで解決する。
俺が持っている身分証は、『正木』の関係者であることを証明するものだ。
日本で、特にこの辺りの街で『正木』のことを知らない人はまずいない。そして俺が見せた身分証は一部の重要人物にだけ発行されている政府の公認証明書付きだ。
これを見せれば、公共交通機関は無料。大抵のところはフリーパスで入れる上に、さっきのように警備員や警察に咎められるようなことはない。
立場を利用して権力を笠に着ているようで嫌なんだが、『面倒なことになるくらいならこれを見せろ』と言われていた。
相手が権力を振りかざしてきた時、それに対抗できるのは同じ権力だけだ。今回のように、言葉だけでは解決しない相手というのは必ずいる。そんな相手に暴力を振りかざすのは愚か者のすることだ。
世界で唯一ISを動かせる男であるということ。『正木』に所属していることを自覚して行動するように、と繰り返し何度も言われてきた。
シャルロットにも言ったことだが、あれは自分に向けた言葉でもある。俺自身、昔は他人を頼ることに抵抗があったからだ。
だが見栄を張る、意地を張るのも結構だが、頼るところは頼れ。利用できる物がそこにあるのなら躊躇せず使え、利用しろと教わった。
俺は十五歳だ。男のIS操縦者は確かに稀少価値が高いのかもしれないが、所詮はただの高校生。まだまだ子供だ。
意地を張れるほど強く無いことを自覚しているし、大人に頼るところは頼らざるを得ないの現実だ。
その証拠に、千冬姉をはじめ正木の助けがなかったら、俺はこんな風に普通の生活を送れてはいなかった。
こんなことで意地を張っても周りに迷惑を掛けるだけで、いいことなんて一つも無い。
「随分と手慣れているのだな」
「箒? ……見てたのか?」
「助けに入るつもりだったが、必要なかったようだ」
そろそろ皆のところに戻ろうかとベンチを立ち上がると、声のした先に箒が居た。
離れたところから様子を窺っていたらしい。正直、余り見られたく無い恥ずかしいところを見られてしまった。
「昔から何度かこういう目に遭ってるしな。いい加減、対処方法だって学ぶさ」
「そうか……」
何か言いたそうな顔で、そう小さく返事をする箒。
なんか、こんな感じの箒を前にも見た気がする。あれは……そう、小学二年の事だ。
剣術を学ぶために篠ノ之道場に通うようになって一年、その頃は余り箒と仲がよい方じゃなかった。
馬が合わないというか、俺が一方的に箒のことをライバル視していたような気がする。理由は単純明快、箒の方が早くから剣術を習っているとは言っても、子供ながらに男のプライドがあって女に負けるのが悔しかったからだ。
そんななか、あの出来事が起こった。
子供というのは、ちょっとしたことで騒ぎたがるもんだ。あの時は偶々、他のクラスメイトが掃除をさぼっているなか、真面目に教室の掃除をしていた俺と箒に的が絞られただけの話だった。
よくある冷やかし。俺と箒を指さして『夫婦』と騒ぐ男子達を見て、冷ややかな視線を送る子供らしからぬ子供だったと自分でも思う。だとしても、ひとつだけ許せないことが俺にはあった。
箒のことを『男女』と罵り、箒が大切にしているリボンをバカにしたことだ。大体、大勢で群れて囲んでというのが一番許せない。しかも女を相手になんて……尚更、男のすることじゃない。そんな奴は人間のクズだ。子供とはいえ、やっていいことと悪いことがある。
気付けば、バカにした数人の男子生徒をボコボコに殴っていた。
あとで千冬姉に凄く迷惑をかけたことを記憶しているが、反省はしても行為に後悔はしていない。やり方を少し間違えただけだ。
確か、あの頃からだっけ。箒のことを名前で呼ぶようになったのは――。
「こういう時、顔に出やすいのはお互い様だな。何か訊きたいことがあるんじゃないのか?」
「そういうお前は、こういう時だけ鋭いのだな……」
なんだか、トゲのある物言いだった。
「まあいい……。一夏、お前は他人を頼ることに抵抗がないのか?」
「全く無い訳じゃないけど、それも時と場合によるだろう?」
「時と場合?」
「自分一人の力でどうにかなることならいい。でも、そうじゃないことが世の中は大半だ。そうした時は、やっぱり出来る人に頼った方がいいこともあるだろうしな」
「なら……その頼る相手が、自分にとって一番頼りたくない相手だった場合はどうする?」
妙に具体的な例えだな。
俺だと合法幼女や太老さんとかが結構当て嵌まる気がするが――
「それも状況による。でも、自分じゃどうしようも無い場合は頼るな」
「そう……なのか?」
「だって、それで何も出来ない方が悔しいだろ? プライドを理由に後悔なんてしたくない。どうしても頼りたくないなら、利用してやるくらいの気持ちでいいんじゃないか?」
「利用してやる……」
「まあ、俺も他の人からの受け売りなんだけどな」
――守るって言葉は、守れる強さのある奴が言う台詞だよ。
どんな力でも、力は所詮、力にしか過ぎない。それが借り物の力であっても同じことだ。
自分も守られていることを自覚した上で、自分に出来ることをする。プライドも大切だが、そのプライドが邪魔をして選択を見誤るようでは誰一人救えない。大切な人は疎か、誰一人守れないことを俺は知った。
その言葉の意味に辿り付くまでに、俺は長い時間がかかってしまったが……。
「強いのだな。一夏は……」
「強くなんてないさ。俺は昔から守られてばかりだ。だから――」
――同じように誰かを守ってみたい。強くなりたいのかもな。
……TO BE CONTINUED
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m