作戦に向けて紅椿の展開装甲を調整する束さん。光の粒子と共に空中に展開された四本の浮遊アームから、必要な工具と機材を流れるような動作で呼び出す。指の隙間に挟まった幾つものドライバーとドリルを巧みに使い、凄まじいスピードで作業が進められていく光景を、俺と箒はじっと観察していた。
 紅椿に使用されているこの展開装甲という技術は、必要に応じて装甲を展開――稼働させることで、攻撃・防御・機動のあらゆる状況に即応することが可能な第四世代装備らしい。これが第四世代の目標とされている『即時万能対応機(リアルタイム・マルチロール・アクトレス)』に対する束さんの回答との話だった。

「やっぱり凄いな。束さんは」
「……そうだな」

 場の空気が微妙に重いので気を遣ってみたのだが、箒の反応はいつもの通りだった。
 この場から問答無用で逃げださないだけマシなのかもしれないが、どうにも自分から束さんと会話をするといった気までは起こらないようだ。束さんは束さんで作業に集中しているのか、どっぷりと自分の世界に浸っていた。
 鼻歌交じりに『はーるばるきたぜ、アゴだけ〜♪』と、なんのアゴが送られてきたのかわからない不思議な歌を口ずさんでいるのが何よりの証拠だ。相変わらず、この人の頭の中はよくわからない。
 仕方がない。ここは俺が何か話題を――。

「これって束さんの工房ですか?」
「そだよ。私の移動型ラボ『吾輩は猫である』――いっくん、これに驚かないって同じようなの見たことあるの?」

 ナイス俺。束さんの興味を引くことが出来たようだ。浮遊アームにあたりをつけて訊いたみたんだが、どうやら当たりだったらしい。
 これに気づけたのも、以前に太老さんが同じように作業をしているところを見たことがあったからだ。空中にポンポンと出現する工具に機材の山。それを手足のように扱う太老さんの技術は凄まじかった。
 機械の補助を必要とするくらい細かい作業をしているはずなのに、一切の機械的補助を使わず目にも留まらないほどの速さで組み上げられていく光景は、まるで映像の早回しを見ているかのような、とても正確な乱れのない動きだった。
 それを鼻歌交じりに慣れたプラモデルを組み立てるような軽快さで、あっという間に仕上げてしまう驚異的な技術には脱帽させられた。まさに職人芸と言っていい。
 人間離れしているというか、もう人間とは思えない動き。それでいて本人はなんでもなさそうにしているのだから、凄いなんてもんじゃなかった。
 束さんの動きも素人目には何をしているのかさっぱりわからないほど凄いが、太老さんのアレは正直桁外れだ。
 余りの速さに分身して見えるんだもんな。はっきり言って人間じゃない。

「ええ、太老さんのを。『亜空間キー』とか聞きましたけど」
「おおっ、あれを見たんだ。量子変換タイプと違って、亜空間接続タイプは容量を気にしなくていいからいいよね〜。一個くれないかなー。あれさえあれば、もっと色々な物を持ち運べるのに」
「え? でも、太老さんは普通に使ってましたよ?」

 てっきり束さんも持ってると思ったんだが、目の前のこれは違うらしい。

「それは、たっくんだから」

 太老さんだから、それは珍しく納得の行く話だった。
 どれだけ凄い物かはわからないが、太老さんの持っているのを束さんが羨ましがってることだけは、その態度と言葉からも伝わってきた。
 稀代の天才が羨ましがるほどの物。あれってそんなに凄い物だったのか。
 同じように工具や機材をしまっておけると言う点から考えても、ISの量子変換と何が違うのか、俺にはさっぱり違いがわからないんだが、束さんが言うには技術的に全然違う別物らしい。

「よくわからないって顔してるねー。まあ、束さんが懇切丁寧に分かり易く説明してあげると、こことは違う別世界と空間を繋ぎ合わせて、そこから必要な物を取り出してるって感じかな。ようは、常に家ごと持ち歩いてるようなもんだよー」
「ああ、なるほど。それならわかりやすいかも」
「うんうん、お姉さんは理解の早い優秀な子が好きだよ。ちなみにたっくんの場合は家というか、世界を丸ごと持ち歩いてるって話だけどね」
「……へ?」

 家ならわかるが、世界ってなんだ!?
 ピンと来ないスケールの話を聞いて、ようやく理解しかけていたのに頭が余計混乱してきた。
 やっぱりマッドの考えることはよくわからん。束さんは理解しているようだが、俺には話を聞けば聞くほど混乱していくような摩訶不思議な世界の話だった。

「終わったー」
「え、もう?」
「束さんにかかれば、このくらい晩飯前だよ!」

 夕食前から晩飯前に変わっていた。いや、気にしたら負けだ。
 ほら、箒。俺がこれだけ場を和ませる努力をしたんだ。お前も少しは努力しろ。
 せめて束さんに紅椿の件で、お礼の一言くらいは言っても罰は当たらないはずだ。
 俺は目で箒にそう訴えた。俺の言いたいことが理解出来たのか、

「あ、あり……」
「箒ちゃんのおっきなおっぱいの空気抵抗も計算に入れて調整したからね!」

 箒の唇が僅かに震えた――と思った次の瞬間、束さんの余計な一言がすべてを台無しにした。
 ゴン、また刀の鞘が束さんの頭を直撃する。床に倒れる束さん。怒って立ち去る箒。ああ、俺の努力が……。
 束さん、お願いですから空気を読んでください。心の底から、そう思った。





異世界の伝道師外伝/一夏無用 第44話『銀の鐘』
作者 193






 セシリア達、他の専用機持ちに見送られ、俺と箒は海を見渡せる崖の上にきていた。
 これから、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)――通称『福音』の撃墜作戦が開始される。作戦の内容は目標の撃墜。暴走状態にある福音を無力化することが俺達の仕事だ。
 移動は箒の紅椿に任せ、俺は攻撃に専念する。
 福音に追いついたところで、零落白夜の最大出力で福音を行動不能にするのが今回の作戦だ。

「来い、白式」
「行くぞ、紅椿」

 互いのISを展開する。光の粒子と共に瞬時に構成される機体。白と紅の装甲が俺達の身体をそれぞれ包み込んだ。
 どちらの機体も篠ノ之束が手掛けた第四世代機。現行機最高性能を持つ機体が並び立つ。今回の作戦では、教員が訓練機で空域及び海域の封鎖を行い、他の専用機持ちは旅館に待機が命じられた。
 他の専用機持ちは全員、作戦から外されて少し不満げな様子だったが、セシリアと鈴は朝から体調が優れない様子だったし、そのことからも俺は少しほっとしていた。
 それに今回の作戦は、一撃必殺(ワンアプローチ・ワンダウン)が要だ。
 紅椿以外に現状で超音速飛行が可能な機体は、強襲用高機動パッケージのあるブルー・ティアーズだけだが、セシリアは朝から調子が悪い。それにパッケージの量子変換(インストール)には時間がかかる。現状で即出撃が可能な機体は、箒の紅椿と攻撃の要である俺の白式以外には無かった。

「箒、緊張してるのか?」
「いや、大丈夫だ」

 少し箒の様子がおかしい。何か迷いのある感じだ。やはり、束さんのことだろうか?
 さっきも上手く話せなかったしな。そのことを気にしているのかもしれない。

「箒、束さんのことだけど――」
『織斑、篠ノ之、準備はいいか?』

 箒に声を掛けようとしたところで、ISのオープン・チャネルから千冬姉の声が聞こえてきた。作戦開始の合図だ。俺と箒は、千冬姉の言葉に『はい』と一言返事をする。
 気にはなるが今は目の前の問題、作戦が優先だ。箒と束さんのことは後回しにするしかないか。

『織斑、篠ノ之のことだが……』
「束さんと、さっき色々とあって……でも、大丈夫だと思います」
『……そうか。だが、万が一ということもある。いざというときはサポートしてやれ』

 回線をプライベート・チャネルに切り替え、俺にだけ千冬姉はそう言った。
 何か言われるんじゃないかとは思っていたが、やっぱり気付いていたか。

『頼むぞ』

 その言葉に、俺は黙って頷いた。


   ◆


 脚部及び背部装甲からエネルギーを噴出し、凄い速さで加速する紅椿。
 俺はその紅椿の背中に乗っかかるようなカタチで、ハイパーセンサー越しに見える音速の世界を箒と共に体感していた。

(これが展開装甲――雪片弐型と同じ、その完成型か)

 一部の展開装甲を稼働させただけで、これだけのエネルギーが放出できるんだ。最大稼働時には一体どれだけのエネルギーをだせるのか想像もつかない。でも、それだけの膨大なエネルギーを、どこから持ってきているのか気になった。
 全身を雪片弐型と同じにしたら、白式以上に燃費の悪い機体になると思うんだが……。

「見えたぞ、一夏」

 箒の言葉で視線を直線上に集中させる。
 天使のような二対四枚の翼を広げ、高速で飛翔する銀色の機体。
 箒は対象を視界に捉えると、それを追うように速度を上げた。――銀の福音だ。

「目標に接触するのは十秒後だ」
「ああっ、任せろ!」

 ギュッと雪片弐型を握る手に力が籠もる。スラスターが音を立て、展開装甲から溢れるエネルギーが一気に増大する。音速を超え、超音速の世界へぐんぐんと速度を上げていく紅椿。福音との距離が徐々に縮まっていく。
 残り五、四、三、二、一――間合いに捕らえた瞬間、俺は瞬時加速(イグニッション・ブースト)を使い、福音へと距離を詰める。

「うおおおおっ!」

 零落白夜が発動。シールドを切り裂く光の刃が展開され、こちらの接近に気付いた福音の頭上へと俺は刀を振り下ろした。
 ――当たった。そう思った次の瞬間、福音は最高速度のまま身体を反転、後退姿勢のまま攻撃態勢に移行した。

「敵機確認。迎撃モードへ移行。『銀の鐘(シルバー・ベル)』稼働開始」

 オープン・チャネルを通して耳に響く機械音声。すぐに、それが福音の声だと理解した。
 かすかに攻撃がかすりシールドの一部を破壊するが、本体にまで刃が届いていない。姿勢はそのままに高速で後退をしながら、銀色の翼を大きく広げる福音。スラスター翼が展開され、開かれた無数の砲口が白式へと向けられた。

「ちっ! 箒、離れろ!」
「なっ!?」

 咄嗟に回避行動を取り、俺は福音から距離を取る。弾雨のように撃ち放たれる福音の攻撃。
 羽のカタチをしたエネルギー弾が、地表に着弾すると同時に大きな爆発音を上げて破裂する。
 以前に見たラファール・レーヌの全装備同時展開(フルオープン)に比べれば、まだ対応の出来る弾数ではあるが、破壊力と速射性能はかなりのものだった。
 オールレンジが可能な広域殲滅兵器。更にはあの体勢で攻撃を回避してみせた機動力と反応速度は、ただ性能が優れているといった次元の話ではない。事前に見せてもらったスペックデータと比べても、誤差とも呼べない大きな数値の差があった。

(暴走してリミッターが外れていると言ったところか……)

 本来あるべきリミッターが働いていない。データと比較して異常に高い数値も、ISの暴走が原因と考えれば納得が行く。
 ISのリミッターは操縦者の保護のためだけにあるわけじゃない。兵器としての特性、強すぎる力を抑えるために存在している物だ。すべての機体には量子変換量による装備の制限や、コアから供給されるエネルギーに出力制限が掛けられていた。
 主な理由は、搭載出来る装備や稼働時間に制限を設けることで、軍事利用をされ難くするためだ。リミッターのないISの凄さは白騎士事件からも明らかだ。一機で一国の軍事力を上回る力を持つのだから、各国が警戒するのは当然のこと。それにISは現在スポーツとされていることもあり、このリミッターがすべての機体に施されていた。
 だが福音が暴走してリミッターが外れていると仮定すると、福音のエネルギー切れは期待出来そうにない。こちらはリミッターあり、あちらは一切の制限がなし。どちらのエネルギーが先に切れるかなどわかりきっている話だからだ。

「箒、大丈夫か?」
「ああ、しかし……失敗してしまった」
「いや、まだだ。足を止めることには成功したんだ。勝負はこれからだ」

 幾ら福音のスピードが速いとはいっても、常に超音速で飛行出来る訳ではない。最高速度に到達するまでの時間と距離を考えても、これだけ距離を詰められた状態なら逃走を図るのは困難だ。
 それにリミッターが働いていないとはいっても、エネルギー切れの心配がないというだけのことで、機体が破壊されれば動けなくなることに変わりは無い。ようは撃墜すればいいだけの話だ。それなら方法はまだある。
 あの頭から生えた二対四枚のマルチスラスター『銀の鐘(シルバー・ベル)』の破壊。あれさえ破壊してしまえば、捕らえることは造作も無い。少なくとも、まだ諦めるのは早い。勝算はあった。

「紅椿のエネルギー残量は?」
「三分の一と言ったところだ。そちらは?」
「八割以上残ってる。これなら、まだ十分戦える」

 零落白夜の最大出力と瞬時加速で消費してしまったが、それでも戦闘継続に問題ないくらいの余力が残っている。以前に比べ、エネルギー変換効率が向上していることも、エネルギーの消費が抑えられている要因として大きかった。
 逆に箒の方は、あの超音速飛行で著しくエネルギーを消費したようだ。展開装甲は確かに万能性の高い装備だが、やはり俺の零落白夜と同じでエネルギーの消耗が激しいようだ。多用すれば、すぐにエネルギー切れを引き起こす。

(でも、なんか変だな)

 なんとなく腑に落ちないものがあった。白式の雪片弐型と違い、紅椿は全体を展開装甲にしたために、更に燃費の悪い機体へと仕上がっている。だが、そんな致命的な欠陥を、あの束さんが見逃すだろうか?
 ひょっとしたら紅椿には、まだ俺や箒の知らない秘密があるのかもしれないと俺は考えた。
 何れにせよ、それを考えるのは後だ。今は与えられた条件の範囲で、作戦を遂行するしかない。

「箒は援護を頼む。展開装甲も多用しない方がいい。その残りエネルギーじゃ、攻撃を食らえば一撃で撃墜されるだろうしな」
「わかった……。だが、勝算はあるのか?」
「近接戦闘に持ち込めば負けない。それに、あいつの手の内は一度見せてもらったからな」

 最高速度では敵わないかもしれないが、機動力なら白式も負けてはいない。
 あの速射性能は確かに脅威だが、回避出来ないほど厳しいものではなかった。なら、そこに勝算はある。

「いくぞ、箒! タイミングは任せた」
「了解した!」

 俺が飛び出すのを合図に、戦闘が再開された。
 こちらの様子を窺っていた福音も、俺の動きに反応して再び動き出す。銀の福音の主力兵装にして唯一の武器。翼に隠された全三六の砲門が開き、そこから一斉に羽のカタチをした光弾が射出される。だが、それはさっき見させてもらった。
 確かに速射性能は高く、威力も申し分無い。だが、命中精度は余り高く無い。普通なら、それでもかわしきれないほどの弾雨なのだろうが、白式の機動力と俺の反応速度なら回避出来ない数じゃない。

「当たらなければ、どうということはない!」

 光弾の雨を高速ロールで避け、福音までの距離を詰める。やはり以前にラファール・レーヌの時に見た全装備同時展開に比べれば、圧倒的に弾の数が少ない。破壊力や速射性能などなかなかのものではあるが、避けられないほど厳しいものではなかった。
 それに白式の機動力も、以前に比べて随分と上がっている。俺の動きに違和感なく、白式が反応してくれるといった感じだ。これには実際に動かしてみて驚かされた。スペックデータでは伝わって来なかった機体との一体感があった。

「はあああっ!」

 上空から飛来するエネルギー刃。空裂、雨月の二本の刀から放たれた紅椿の斬撃が、光弾を放ちながら高速で後退していた福音へと迫り――足を止めた。

「一夏、今だ!」
「まかせろっ!」

 その僅かな隙が、俺にとっては間合いを詰める大きなチャンスとなる。
 瞬時加速(イグニッション・ブースト)を使い、一気に距離を詰める。目標は左右に広がる四枚の翼――『銀の鐘』。
 零落白夜の光が、福音へと迫る――かに思われたその時、想像を超えた光景が俺の目の前に広がった。

「――全装備同時展開(フルオープン)

 先程と同じく、オープン・チャネルに響く機械音声。その抑揚のない声よりも、俺は福音の口にした言葉の方に驚愕した。
 全装備同時展開――それは、ラファール・レーヌが切り札とした書庫機能(アーカイバ・システム)の真の機能。
 光の粒子が福音の背後に現れたかと思うと翼の数が突然増え、そのうちの一つからシュヴァルツェア・レーゲンのワイヤーブレードに似た武器が複数飛び出し、多方向から俺に襲いかかった。

「ぐはっ!」

 予想外の攻撃に反応しきれず、脚部とスラスター翼に直撃を受ける。

(嘘……だろ?)

 海面へと弾き飛ばされ、落下しながら俺は福音の姿を目で捉えた。
 翼の数は二対四枚から三対六枚へと増え、六枚に増えた翼から小さな羽のような物が複数射出され、それが福音の姿を覆い隠すように展開される。その数は軽く見積もって――百を超えていた。





 ……TO BE CONTINUED



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