「冗談だろ!?」

 無数に展開された武器。そう、その光景には見覚えがあった。ラファール・レーヌの行った同時展開だ。
 あの羽全部が砲口だとすれば、この辺り一帯が吹き飛ぶほどの光弾の雨が、海上に降り注ぐことになる。

「箒! すぐにここから離れろ!」
「一夏!?」

 その時だ。白式のレーダーが何かを捉え、視覚情報として俺に送ってきた。
 ――船だ。封鎖されているはずの海域に、一隻の船の姿が映し出されていた。
 しかも福音の予想攻撃範囲にしっかりと入っている。次から次へと――

「船だ! 箒はそっちを頼む!」
「一夏、何をっ!」

 白式の捉えた船の情報を紅椿へと転送し、俺は雪片弐型を手に福音の前に出る。
 次の瞬間、福音の砲口が輝きを放ち、白く光る無数の雨が海面へと降り注いだ。

「うおおおおっ!」

 予測効果範囲を割り出し、箒と船の周辺に光弾が落ちないように零落白夜で可能な限りの攻撃を打ち消す。福音の攻撃がエネルギーの塊だからこそ出来る芸当だが、数が数だけに自殺行為といっていい無謀な行為だった。
 雪片で拾いきれなかった弾が白式の装甲にあたり、衝撃を身体へと伝えてくる。しかし一歩も退くわけにはいかない。俺の後ろには民間人の乗った船が、それにシールドエネルギーの残り少ない箒がいるからだ。
 俺は武器を振るう。ただ目の前の光に向けて、ひたすらに刀を振り続けた。

「ははっ、どうだ……」

 光の雨が止み、視覚ディスプレイを確認すると、箒と船の無事な姿を確認出来た。
 全体の三分の一に相当する弾の消滅を確認。船を守りきることに成功したが、白式のシールドエネルギーは予想通り底を尽きていた。
 幾らエネルギー変換効率が上がったとはいっても、零落白夜が諸刃の剣であることに変わりは無い。あれだけの真似をすれば、エネルギーが底を尽きるのは当然だ。
 箒に大口を叩いておいて、この様なんだから情けない。こりゃ、幼女の再訓練は確実かな……。

「一夏、逃げろっ!」
「――なっ!?」

 箒の声がプライベート・チャネル越しに響いた次の瞬間――瞬時加速を使った福音が一瞬にして距離を詰め、俺の眼前へと迫った。
 さっき周囲に展開していた羽は一度きりの使い捨てだったのか、既に福音の周りにはない。だが、三対のマルチスラスター『銀の鐘』は以前として健在だった。
 瞬きをみせる銀の砲口。――ドン!
 放たれた光の羽が白い装甲を貫き、爆音を上げて白式の身体を吹き飛ばす。生命の危機を訴える警報を耳元で鳴らし続ける白式。最後のトドメとばかりに福音が光を放ち、無情なる一撃が追い打ちとなって降り注ぐ。
 だが、その攻撃に反応出来るだけの力は、今の俺には残されていなかった。

「う、あ……」

 全身を貫くような衝撃。絶対防御を越え伝わってくる肉が焼けるような熱さ。
 攻撃が直撃したことを確認したが、それ以上はセンサーをやられたようで認識すら出来ない。
 意識がもうろうとし、崩れ落ちる身体。そのまま真っ逆さまに海へと落下していく。

「間に合え――」

 海面に衝突する直前、何かに拾われ身体が浮き上がった。――紅椿だ。
 紅椿は残ったエネルギーのすべてをスラスター翼に回し、逃げるように戦闘空域を離れていく。
 視界に映る福音の姿が、徐々に遠ざかっていくのがわかった。

「一夏っ、一夏ぁっ!」

 声に導かれるように視線を空へと向ける。
 太陽の光を遮る人影。意識を手放す直前、俺が最後に目にしたのは、目を真っ赤に腫らし泣き叫ぶ箒の顔だった。





異世界の伝道師外伝/一夏無用 第45話『覚悟と決意』
作者 193






 旅館の一室に設けられた救護室。ベッドに横たわる一夏の姿があった。
 傷は『正木』の医療技術(テクノロジー)で治療済みだが、問題はISの絶対防御が働いたことで保護機能が致命領域に達し、コアと深く繋がっていた操縦者の意識が戻らないことにあった。
 一種の操縦者保護機能。致命領域に達した操縦者は、ISの補助をより深く受けた状態になり、ISの機能及びエネルギーが回復するまでは目覚めなくなってしまう。この状態で一夏は、あれから三時間目覚めずにいた。

(私の所為だ……私が……)

 あれだけの思いをして一夏の助けた船は密漁船だった。
 そんな者達のために、どうして一夏がこんな目に遭わなくてはならないのか。箒のなかに疑念と悪意が渦巻く。しかしそれは一夏が一番望まないことだ。こんなことを箒が口にすれば、絶対に一夏は悲しい顔をする。それは箒自身が一番よくわかっていた。

(私が、もっと強ければ……私が弱いから一夏はあんなことを……)

 故に、その負の感情は自身へと向かう。
 束とのことで作戦に意識を集中することが出来なかった。いや、それは言い訳だ。
 一夏だけなら、こんなことにはならなかった。もっと上手く立ち回れたはずだ。その足を引っ張ったのは自分だ。一夏がこんなことになったのは、自身が弱かったからだと箒は自分を責めた。

(一夏のこと、姉さんのこと、そして自分のことすら……)

 ――自分の気持ちに気付いていながら、他の女子のようにアプローチすることが出来ず。
 ――複雑な感情を抱きつつも、心のどこかで姉を頼っている自分が嫌で。
 ――鍛錬を欠かさず磨いてきた力も、肝心なところで全く役に立たない。

「何一つ、満足に答えをだせないままだ……」

 ぽつりと呟いた言葉は、深く重い闇に覆われていた。

「そうやって、また逃げるんですか?」

 箒はハッと声のした方を振り返る。部屋の入り口、そこには――蘭がいた。
 厳しくも強い、侮蔑と怒りの籠もった眼を、蘭は箒へと向ける。
 ツカツカと箒に詰め寄ったかと思うと、ガッとその胸ぐらを掴み、箒の身体を引き寄せた。

「ここで何をしてるんですか!?」
「…………」
「だんまりですか? そうしていれば、誰かがまた助けてくれるとでも?」
「何が……他人のお前に何がわかる!」
「わかりませんよ。あなたが何を考えているかなんて、私にはわかりません。でも――」

 箒の腕を掴み、強引に部屋から連れ出す蘭。

「待て、どこに連れて行くつもりだ!」
「黙ってついてきてください」

 その有無を言わせない蘭の迫力に箒は何も言い返すことが出来ず、黙ってその指示に従った。
 重い空気が場を支配する。この場から逃げ出したい気持ちで一杯の箒だったが、蘭がそれをさせてはくれなかった。

「これを見ても、あなたはまだそんなことが言えるんですか?」
「これは……」

 連れて来られたのは旅館の一室。明るく飾り付けのされた部屋が箒の目に飛び込んでくる。
 部屋の正面、白い横長の垂れ幕に書かれた文字を見て、箒の目が見開いた。
 そこに書かれていたのは『誕生日おめでとう』の文字。横に『篠ノ之箒』と名前が書いてある。

「一夏さんに相談をされて、旅館の方々に協力してもらって準備しました」
「一夏が……?」
「誕生日プレゼントをどうやって渡したらいいか、何か悩んでるみたいだから箒を元気付けてやりたい。そう言って真剣に、一夏さんはあなたのこと≠心配してたんですよ?」

 作戦の前、一夏が場を和ませ、束と自分の間を取り持とうとしてくれたことを箒は思い出す。いや、それだけではない。一夏はいつも箒のことを気に掛けていた。
 大切な友達、幼馴染み、仲間、色々と理由はあるだろう。でも、ただの他人にそこまでのことは普通しない。
 福音との戦いもそうだ。紅椿のエネルギーが残り少なかったから、箒が弱いから一夏は助けようとしたのではない。
 大切な仲間だから、一夏は箒を守ろうとした。
 この誕生日会。そこに一夏の箒への想いが……そのすべてが詰まっていた。

「代われるなら、あなたと代わりたい。許してもらえるなら、私が行って一夏さんの敵を討ちたい。でも、それは私の仕事じゃない」

 蘭の言葉が、箒の胸を貫く。蘭は本気だった。一夏を守るためなら福音を破壊することすら、やってのける気迫がそこにはあった。
 でも、それは自分に与えられた仕事ではない。役割でないことを彼女は自覚していた。
 その上で箒にもう一度、同じ質問を投げかける。

「それでも、あなたはまだ逃げ続けるんですか? ――箒さん」


   ◆


 客室からエントランスホールに続く廊下の途中、そこで箒との話を終え、部屋から出てきた蘭と桜花は顔を合わせる。

「損な役目を押しつけちゃったみたいね」
「いえ、これは一夏さんのために、私がしたくてしたことですから」
「そう? 本当はすぐにでも飛び出して行きたそうな顔をしてるのに?」
「……私は、私の役目を果たします。一夏さんが自分の意思で戦うことを決めたように、私は自分の意思でここにいます。ただ為すべきことをするだけです」

 決意の宿った瞳。そう言って立ち去る蘭を見て、桜花は微笑んだ。
 これは桜花にとっても思わぬ誤算。一夏のための試練のはずが、結果的に蘭をより強くした。
 覚悟を決めた女は強い。それは桜花自身がよくわかっていることだ。

「強いな、彼女は……お前がそうさせたのか?」
「違うわ。恋する乙女は――常に最強なのよ」

 いつの間にか、廊下の陰に背中を預けるように立っていた千冬に、桜花は満足げにそう答えた。


   ◆


 旅館の外、浜辺へと続く大きく開けた広場の一角に、専用機を持つ五人の少女が集まっていた。

「なんだか知らないけど、いい顔になったじゃない」
「私は愛されているからな。一夏に」
「なっ!?」

 以前の箒なら、こんなことを決して言わなかった。
 本当に立ち直ったのかを確認するつもりで口にした一言で、鈴は思わぬ反撃を食らった。
 前と雰囲気の違う箒に戸惑いながらも、取り敢えず安心したのか、ふうと鈴は息を吐く。まだ落ち込んでいるようなら同じ一夏の幼馴染みのよしみで、一発殴ってでも前を向かせてやろうと鈴は考えていたからだ。
 過激な考え方だが、自分のことで箒が落ち込んでいるとしれば、一番気にするのが一夏だということをわかっていての行動でもあった。

「まあ、さっきの話は後でゆっくりと聞かせてもらうとして、ラウラ――」
「ここから三十キロ離れた沖合上空に目標を確認した。ステルスモードに入っていたが、どうも光学迷彩は持っていないようだ。衛星による目視で確認したぞ」

 そのラウラの答えに満足した様子で、ニヤリと鈴は口元を歪める。

「さすが、ドイツ軍特殊部隊。やるわね」
「ふん、お前の方はどうなんだ? 準備は出来ているのか?」
「当然。甲龍の攻撃特化パッケージはインストール済みよ。シャルロットとセシリアの方こそどうなのよ?」
「たった今、完了しましたわ」
「準備オッケーだよ。いつでもいける」

 作戦は失敗に終わり、彼女達には待機命令が下りていた。
 故にここにいるのは彼女達の意思であり、明確な命令違反だ。でも、少女達にはその命令に逆らっても成し遂げなくてはならない乙女の意地があった。
 好きな人が、愛する人が傷つけられた。そして今も目覚めない眠りについている。頭では命令違反は悪いこととわかっていても、感情は全く別の生き物だった。
 作戦の遂行が不可能と判断されれば、すぐにIS学園から増援がくるか、軍のIS部隊が派遣されてくるはずだ。
 でも、それはベストではあるが、彼女達にとってベターではなかった。

「あんたもやるのよね? ここまできたら引き返せないわよ?」
「当然だ、戦って勝つ。今度こそ、私は逃げない。絶対に負けない!」
「じゃあ、決まりね」

 鈴の言葉に、箒は自分の意思をはっきりと伝えた。
 逃げるのではなく、助けを待つのではなく、立ち向かう。ここで逃げれば一生戦えなくなる。
 箒はその想いを胸に、この戦いに身を投じる覚悟を決めた。

「作戦会議よ。今度こそ、確実に墜とすわ」

 鈴の言葉に賛同し、頷く少女達。心は一つ、少女達の目的は一致していた。


   ◆


 日が傾きを見せ始めた空に、陽光に反射して輝きを放つ五つの光の姿があった。
 崖の上から、その光――飛び立つ五機の専用機を見送る赤髪の少女、五反田蘭。
 彼女達が向かった先はわかっている。蘭に出来ないことを、彼女達は成し遂げに行った。

「頑張ってください。皆さん」

 追いかけることは簡単だったが、蘭は決してそうはしなかった。
 五人に為すべきことがあるように、蘭には蘭の為すべきことがある。それは一夏の敵を討つことではない。
 スッと目を細め、後ろの木陰に向かって冷たい視線を向ける蘭。

「そろそろ、出て来たらどうですか? ここには私以外、誰もいませんよ?」

 その蘭の言葉に誘われるように、木の陰から一人の女性が姿を現す。
 ふわりと風に揺れる長い髪。歳の頃は二十代半ばと言った感じの大人の女性。一見すると旅館で働く従業員に見えるが、身に纏っている雰囲気はただの一般人ではなく、値踏みするかのように、その鋭い視線を蘭に向けていた。

「いつから気付いてた?」
「旅館を出る前から、ずっと。ひとりになれば、こうして出て来てくれると思ってました」
「チッ、思ってたより、ずっと食えないガキだな」

 蘭の回答に苛立ちを隠そうともせず、心底鬱陶しそうに唾を吐き捨てる女。
 次の瞬間、光の粒子が女性の身を包んだかと思うとISが展開され、その異様な姿を蘭の前に晒した。
 まるで蜘蛛のような外観。黄色と黒という禍々しい配色で、背中から伸びた八つの装甲脚の先端は爪のように尖り、鋭く鈍い光を放っていた。

「アメリカの第二世代型IS『アラクネ』。なるほど、それがあなたの機体ですか」
「詳しいじゃねーか。でも、いつまで余裕ぶっていられるかな?」

 パチンと女性が指を鳴らした瞬間、辺り一帯が暗闇に包まれる。
 蘭と女の周囲に強固な結界が現れ、崖周辺の空間が世界から切り取られた。

「これで助けは呼べないぜ?」
「空間作用結界……異世界の技術。やはりあなた達でしたか、亡国機業(ファントム・タスク)
「ああ、『亡国機業』が一人、オータム様だ! そのなんでもわかってますって顔、一々むかつくんだよ! てめえの機体、土産に頂いていくぜ! ガキッ!」

 女――オータムが声を荒らげ、蘭へと一足で距離を詰める。アラクネの背中から伸びた爪が蘭へと迫り、その身体を貫く――かのように見えた。
 が、オータムの攻撃は宙を切り、空振りに終わっていた。

「なっ!?」

 これにはオータムも驚く。ISを展開した気配すら感じられなかったからだ。

「私は私の為すべきことをするだけ」

 後ろからした声に、ハッと振り返るオータム。先程までオータムが立っていた場所に、蘭は静かに佇んでいた。
 その足下には、桜色の光が――花びらが舞っていた。

「――水穂(みなほ)

 蘭がその名を口にした瞬間、右手の腕輪が目映い輝きを放った。
 正木の次世代型IS『水穂』。歴戦の英雄にして鬼の名を持つ人物の傍に仕え、その類い希な才能と力で異世界に名を轟かせた女傑。
 その人物の名を貰い生まれたこの機体は、ただひとりの青年の『盾』となり守るために少女の手に渡った。

「この力は、大切な人を守るためのもの。あなたになんか渡しません」

 闇に、花びらが舞う。淡い光は盾となり、少女の身体を包み込んだ。





 ……TO BE CONTINUED



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