オータムは焦っていた。目の前の予想もしなかった脅威、強敵、化け物に――。

「なんだ……なんなんだよ、てめぇは!?」
「私は水穂の専属操縦者。そして、一夏さんを守るために存在する盾」

 変幻自在の光。剣にも盾にもなる花びらのカタチをした光に、オータムは翻弄されていた。
 攻撃を仕掛けても一瞬にして六角形の盾を形成した光に防がれ、その光が広がったかと思えば、今度はエネルギーの塊となってオータムに襲いかかる。一撃一撃は重い攻撃ではない。だが、攻守に優れた厄介な装備だった。
 水穂専用武装『光華(こうか)』――散っていた花びらが一箇所に集まり、一本の刀を形成する。

「五反田蘭――その名を胸に刻み、消えなさい。亡国機業(ファントム・タスク)

 右手に持ち袈裟斬りに振るわれた刀が、アラクネの装甲脚を一本切り落とす。
 くるくると宙を舞い、地面に突き刺さる鋭いアラクネの爪。それを見たオータムの表情が怒りに歪んだ。

「畜生! 舐めるな、ガキがああっ!」

 パカッと開いた爪の先から無数の弾丸が放たれた。
 一本切り落とされたとはいえ、まだ七本の脚がある。そこから放たれた七門の砲撃が、蘭に集中砲火を浴びせる。だが、そのすべての弾が、蘭の周囲を舞う花びらによって遮られていた。

「その程度の攻撃じゃ、この光華の壁は破れませんよ?」

 目で追いきれないほどの数の膨大な弾の嵐を、光り輝く花びらは壁となって防ぐ。
 シュヴァルツェア・レーゲンの慣性停止結界のように、捕らえたすべての弾丸の勢いを殺し、無効化していた。

「くそっ、その花! 普通の花びらじゃねーな!」
「この花びらはすべて『光華』の一部。そして『水穂』によって制御され、私の意思によって動く最強の盾」

 光華はただの花びらではない。膨大な数のナノマシンによって制御された力場体だ。
 その一枚一枚が『水穂』の一部であり、『光華』という大きな花を形成する集合体の一部。
 故に、どんなカタチにも変化し、蘭の意思で自在に動く。操縦者を守る変幻自在の装備だった。

「何が最強だ! 笑わせんな、ガキがああっ!」

 オータムが痺れを切らし、蘭へと突撃する。
 三本を射撃モードのまま、残りを格闘モードに切り替えたオータムの猛攻がはじまった。
 弾丸と同時に鋭い爪が花びらへと叩きつけられ、徐々に蘭の身体を押していく。

「ガキが、いつまでも余裕ぶってるんじゃねーよ!」
「余裕? 違いますね。これは余裕ではなく確信です。あなたも花の匂いに誘い寄せられた虫の一匹に過ぎないんですから」
「なんだと!?」
「まだ、どちらが罠に嵌った獲物か、理解していないんですか? バカですね」
「上等だぁ! クソガキがああっ!」

 蘭の言葉に逆上したオータムの攻撃が大振りになり、その隙を突いて蘭の放った斬撃がアラクネの脚部を更に四本切り飛ばした。
 一瞬にして八本ある脚の半数以上を失ったオータムの表情が驚愕に染まる。残された三本の脚部も射撃モードにしてあるために、この近距離では即対応することは難しい。そんなオータムに蘭の無情な一言が突き刺さった。

「これで終わりです」

 円を描く流れるような動作で刀を返し、蘭はトドメとばかりにオータムの頭上に刀を振り下ろす。これで決まったと思われた渾身の一撃――だが、オータムの身体に刃が到達することはなく、ピタリと宙で静止していた。
 それを見て、オータムの口元が歪む。

「これは……」
「はは、どうだ! てこずらせやがって、ガキが!」

 蜘蛛の糸に絡め取られるかのように、蘭の動きが拘束されていた。
 薄らと透明に光る糸。そのオータムの手から放出された糸が水穂の装甲に絡まる。
 もがけばもがくほどキリキリと締め付ける糸に、蘭は完全に自由を奪われていた。

「無駄だ、その糸は絶対に切れねえ!」

 ずっと闇雲に攻撃をしていたわけではなかった。
 攻撃に隠すように糸の結界を築き、獲物が罠に掛かるのをオータムは待っていた。
 彼女は感情的に見えて、その実は計算高い。蜘蛛をカタチ取った外見どおり、強靱な糸で獲物を絡め取り捕食する――それがアラクネの戦い方。今の蘭は蜘蛛の糸に絡め取られた獲物と同じだった。

「てめぇの方が虫だったみたいだな! ああっ!?」

 先程、蘭に『虫』扱いされたことが余程気に障っていたらしく、声を荒らげるオータム。
 ニヤリと笑う彼女の手には、四本脚の不思議なカタチをした機械が握られていた。

「だが、これで終わりだ。お別れの挨拶は済んだか? ギャハハッ」

 四十センチほどの大きさの機械が、蘭の胸に取り付けられる。離れないようにと、しっかりと四本の脚で水穂の装甲に張り付く機械。次の瞬間、ウイーンと小さな駆動音を上げ、その機械が発光をはじめた。
 その光を目にしたオータムは、勝利を確信して愉悦に濡れた笑みを浮かべる。桜色の装甲が、真っ白な光に包まれていった。





異世界の伝道師外伝/一夏無用 第46話『光の華』
作者 193






「なんでだ! なんで『剥離剤(リムーバー)』が起動しねえ!」

 驚愕の表情を浮かべるオータム。思い描いた状況とは違った結果に、彼女は酷く困惑していた。
 剥離剤――それはISを強制解除出来る秘密兵器。この機械が作動した時点で蘭は激痛に襲われ、ISと切り離されるはずだった。
 なのに光は音と共に消え、脚でしっかり固定されていたリムーバーは力なく地面に落ちた。

「なるほど、『リムーバー』っていうんですか、これ。でも、水穂をクラッキングしようだなんて無駄な行為でしたね」

 蘭はそんなオータムを見て、余裕の笑みを浮かべる。

「一つ言い忘れてました。この花びらの真価は攻撃や防御にあるわけではないんですよ?」
「なっ――」

 蘭を拘束していたはずの蜘蛛の糸が突然オータムの制御を離れ、パラパラと地面に零れ落ちる。
 ありえないその光景に、オータムは目を見開いて大きく動揺する。

「装備の使用権を書き換える強制装備解除能力(クラッキング・アクセス)。――そう、こんな風にね」

 糸が生き物のように動き、蘭の手のひらの中で毛糸のように丸くなり、光の粒となって消えた。強制的に装備が解除されたのだとオータムは理解する。
 本来なら量子変換された装備は所有者か、その所有者が許可した者にしか使えない。その装備の使用権限を一時的に奪い、自分のものとする。それが――『光華』の能力。花びら一枚一枚が水穂の端末としての機能を持っていた。
 守るための盾。その真価は装備のシステムにすら干渉し、使用権限すら書き換えることを可能とする強力な電子戦能力にあった。

「ぐっ……ちくしょう、この私が……こんなガキなんかに」

 認めたくないが認めざるを得ない。花びらに触れられないとすれば、装甲脚や鋼糸など接触兵器が主体のアラクネに勝ち目は無い。射撃武器を放ったとしても、あの変幻自在の光の盾の前には、アラクネの装備では突破することが出来ないとオータムは悟った。

「くそ……ここまでか」

 蘭の防御を崩せないと判断したオータムはすぐに結界を解き、逃げの体勢へと入る。勝てないとわかっている戦いをいつまでも続けるほど、オータムは無策な女ではない。時間が掛かれば増援がやってきて、自分が不利になることまで彼女は理解していた。
 ISの奪取はついでに過ぎない。威力偵察が出来ただけでも成果は十分にあったとオータムは考えた。

「周囲はちゃんと確認してから逃げた方がいいですよ?」
「なっ!?」

 だが、オータムが逃げようとした瞬間、空から一人の少女が降ってきた。

「なんだ、てめぇ!」

 ISを装着していない。なのに、少女から感じられるプレッシャーは水穂を纏った蘭以上だった。
 その異常なプレッシャーに気圧されながらも、オータムは装甲脚を少女へと向ける。しかしその一撃は少女に届くことなく、少女が手を振るうと同時に放たれた衝撃波が、オータムを地表へと叩きつけた。

「潰れなさい」

 少女――平田桜花がそう口にした瞬間、アラクネの装甲が少女の小さな手に押し潰された。
 ありえない光景。ありえない現象。しかしそれが現実に、オータムの目の前で起こっていた。

「――がはっ!」

 絶対防御で相殺しきれないほどの衝撃を身体に受け、血を吐きだすオータム。
 理解の追いつかない現象を前に、オータムはこれまでに感じたことのない恐怖を覚える。
 簡単な仕事のはずだった。偵察と調査が目的ではあったが、『正木』の技術で作られたIS、それを手に入れる絶好の機会でもあった。
 それが何故か、一瞬にして狩る側から狩られる側に変わっていた。

(なんだってんだ! こいつらは)

 理解の及ばない力を前に、オータムのなかに疑念と怒りが渦巻く。

「くそガキがああっ!」

 オータムが怒号を上げた瞬間、本体からアラクネの装甲が剥がれ落ち、白い光を放った。
 自爆――死を恐れない迷いの一切無いオータムの行動に、さすがの桜花も驚きを隠せない。

「桜花さん!?」

 蘭の叫び声が響き、辺り一帯が白い光に包まれていく。そして、爆音が轟いた。


   ◆


「無茶してくれるわね……けほっ」

 瓦礫から這い出ると、パンパンと埃塗れの身体を払う桜花。
 崖は崩れ落ち、大爆発の影響で周囲の地形は大きく変わってしまっていた。

「ああ、逃げられちゃったか。追跡は?」
『転移を使ったようです。逃走経路を割り出してはいますが、多重転移を繰り返しているため、アジトまでの特定は難しいかと』
「厄介ね……。やっぱり持ってたか」

 通信で秘書と連絡を取り、ため息を漏らす桜花。
 爆発で吹き飛んだアラクネの残骸と抜き取られたコアを見て、逃げられたことは桜花にもすぐにわかった。
 問題はその方法、あの状況で迷わず自爆を使うことが出来たのは、異世界の技術で作られた切り札を持っていたからだ。
 それも恐らくは転移系のアイテム。逃げに回られると、これほど厄介な代物はない。

「まあ、撃退できただけマシかな? 劣化品(デッドコピー)の回収は?」
『回収済みです。力場体(アニメロイド)を使い従業員になりすまし、潜入していた模様です』
「亡国機業。結構な組織力を持っているようね。裏に大国が絡んでいることは確実か」
『今回の件で、そちらにも目星はつきました。調査を進めておきます』
「お願い」

 今回は相手の力を見誤っていたと桜花は反省した。亡国機業――まさか、それほどの力を持った組織とは考えてもいなかったからだ。
 劣化品とはいえ、この世界ではオーバーテクノロジーの塊と言っていいオリジナルから技術転用を行い、更には転移系のアイテムまで所持し、パーソナルデータから本人そっくりの力場体を作り出すことまで可能となると、ただの組織とは言えない。

(協力者がいる可能性が高いか……。それも私達の世界の)

 組織に協力している科学者が、篠ノ之束クラスの天才という線も考えられるが、そんな天才が今まで名前も知られずにいたなどと考え難い。束が天才であることは桜花も認めている。あれほどの変人がそう何人もいるとは思えなかった。
 だとすると、異世界の技術に詳しい協力者がいるということだ。

「大丈夫ですか? 桜花さん」
「大丈夫よ。私を殺すつもりなら、この星ごと破壊するつもりでやらないとね」

 冗談とも本気とも取れる桜花の言葉に、苦笑いを浮かべる蘭。爆発の影響で土埃を被ってはいるものの、確かに桜花は怪我一つ負っていなかった。
 そもそも生身の攻撃でアラクネの絶対防御を貫いて操縦者にダメージを与えるなど、冗談としか思えない力だ。
 こんな話を誰かにしたとしても、『何をバカな』と一蹴されるのがオチの話。でも、その冗談のような力を桜花は持っていた。

「まあ、入れ替わった従業員の無事が確認出来ただけでも、よしとしましょう」
「はい。やはり、亡国機業の狙いは……」
「調査と偵察、それに福音のデータ収集。ISの奪取はついででしょうね」

 蘭のISの奪取が最初から目的だったのなら、オータムの行動には疑問が残る。大方、欲を掻いた結果の行動だろうと桜花は考えていた。
 だから蘭に単独行動をさせたのだが、単純な手に引っ掛かった割には予想外に勘の良い女だった。
 不利とわかるとすぐに逃走を図った判断力の高さ。そして幾ら逃走手段があったとはいえ、自身も爆発に巻き込まれることを覚悟した上での決断力。オータムの予想外の能力の高さに、桜花は正直驚かされた。

(今の一夏じゃ厳しいか)

 三年の間に一夏に教えたのは、あくまで基礎的なことばかりだ。
 身体作りは終わっている。生身での戦闘技術やISの基礎も教え込んだ。
 後は機体の性能をもっと引き出せるように経験を積ませるだけだが、一夏は覚えは早い方だが頭の出来は余り良い方ではない。理論で学ぶよりは、実戦で鍛えて強くなるタイプだ。その点でいえば、機体の特性を理解し性能を引き出せている分、蘭の方がISの適性は高かった。

(その辺りも考えていく必要があるわね)

 自分の知らないところで、強化訓練計画が練られていることを一夏は知らなかった。





 ……TO BE CONTINUED



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