箒達の狙いは『全装備同時展開(フル・オープン)』を使用される前に福音を撃墜。もしくは戦闘行動に支障を来すレベルまでダメージを与えることにあった。
 三対六枚の翼すべてを展開され、あの豪雨のような広範囲殲滅攻撃を放たれれば、幾ら数の上で勝っていても装備と性能差で押し切られる可能性が高い。だが、翼の数を減らすことが出来れば、少なくとも攻撃の手数を減らすことが出来る。そう考えた末の作戦だった。
 その点からすれば、最初の奇襲で撃墜こそ出来なかったものの、箒達の狙いは見事に成功したと言えた。しかし――

「くっ!」
「――鈴!」

 雨のように降り注ぐ光弾と鈴の間に割って入り、金色に輝く無骨な盾を展開するシャルロット。福音の攻撃を反射し、福音へと送り返す。これには鈴だけでなく、実際にスペックデータを確認して装備の特性を知っていたはずのシャルロットも驚きを隠せなかった。
 攻撃を反射する装備など見たこともなければ、聞いたこともなかったからだ。

「そんなものまで……びっくり箱ね。その機体」
「僕も驚いてるよ……」

 ――ヤタノカガミ。ブレードや実弾などの物理攻撃には弱いという欠点を持ってはいるが、レーザーなどのエネルギー系統の攻撃をほぼ完全に反射することが可能な――今までにない技術と発想で作られた規格外のシールド装備だった。
 攻撃を反射した際に、反射した攻撃のエネルギー量に比例して通常エネルギーを消費するものの、シールドエネルギーを温存することが可能な上、攻撃を無効化どころか反射することが出来るという点からも奇襲やカウンターなど使い方によっては、かなり強力な装備となる。
 シャルロットのリヴァイヴには、こんな規格外の変わった装備が幾つも搭載されていた。

「さすがは『正木』ってところね……」
「よく考えてみたら、第三世代兵器のほとんどは三年前に『正木』の技術提供を受けて、各国が独自に開発を進めたものだからね。その『正木』が作った量産型を視野に入れた試作装備って話だから」
「第三世代装備相当ってことか……」

 本来必要なパッケージを後付け装備の多様化によって補っているこの機体は、搭載されている装備だけなら第三世代にも劣らない性能を秘めている。第四世代の紅椿がこうしてある以上、第三世代に相当する量産型装備が完成していても不思議では無いと鈴は考えた。
 それも、篠ノ之束に匹敵する天才と呼ばれる人物が作った物だ。どんな話よりも説得力がある。

(ああ、もう! うちの国の技術者は何やってるのよ。でも『正木』と比べるのは酷か……)

 鈴がため息を漏らすのも無理はない。各国が必死になって進めている特殊兵器の開発。空間作用兵器やBT兵器など、イメージ・インターフェイスを利用した装備ほどの特殊性能はなくても、技術とアイデア次第で第三世代装備に負けない物を作り出せるということを実現してみせた装備がこれだった。
 言ってみれば、ラファール・リヴァイヴ・カスタムVには『準第三世代装備』と言っていい特殊装備が一つではなく幾つも積まれている。使いこなせれば状況によって装備を使い分けられるため、一つに特化した第三世代機よりも汎用性の高い機体構成と言えた。
 ただ量産型と言う割にはどの装備も癖が強く、一部に特化しすぎているために扱いが難しい。これだけ様々な装備を搭載しながら、武器の特性を理解して上手く使い分けられているのは、シャルロットの器用さがあってこそだった。

「まあ、そのことは後でゆっくりと聞かせてもらうとして……」
「厄介だね。後ろの翼……あれが本命だったみたいだ」

 作戦は見事に成功したが、鈴やシャルロット達の読みは残念ながら外れた。
 マルチスラスターの数を減らせば、それで福音の攻撃力を削げると考えていたが、実際は最初の翼はあくまで初期装備に過ぎず、本命は後から出現した一対のマルチスラスターの方にあったのだと先程の攻撃で彼女達は理解した。
 福音の周囲に展開された総数百を超すエネルギー状の羽。後から出現した翼が『全装備同時展開』を可能とし、『銀の鐘(シルバー・ベル)』の制御を行っていたのだ。
 ラファール・レーヌもIS単体では処理能力が追いつかず、暴走というカタチで一時的に装備の同時展開と並列運用を可能としたが、この福音は後付け装備のマルチスラスターに情報処理の補助をさせることで、書庫機能(アーカイバ・システム)の完全運用を可能としていた。

(でも、どうやって? だとすると、あのマルチスラスターにはIS並の処理能力を持つ独立したコンピューターが搭載されてるってことになるけど……)

 現実には、そんなことは不可能だとシャルロットは考えた。
 ラファール・レーヌの失敗から装備の方に処理を補助させることを考えついたのだろうが、ISに匹敵する処理能力を持った小型コンピューターは存在しない。それほどの技術力は、どの国も所持していないからだ。
 それが可能ならコアの解析も進んでいるはずだ。どの国もコアの研究は停滞気味。量産化の目処は疎か、解析にすら至っていないのが現状。コアを二つ使用することをシャルロットは考えたが、それも成功例のない技術。第四世代と同じく机上の空論とされているものだ。
 それに貴重なコアを、そんな成功するかどうかもわからない実験に二つも使用することは、普通なら考えられない。もうひとつはっきりと言えることは、福音からはコアの反応が一つしか感じられないことも、あの翼がISとは別の物であることを裏付けていた。

「考えている余裕はなさそうね!」
「そうだね。とにかく、アレをなんとかしないと」

 空を真っ白な光が覆い隠し、福音の攻撃が再開する。
 百の砲口から放たれる光の弾は、一秒間に千近い光の雨となって海面に降り注いだ。





異世界の伝道師外伝/一夏無用 第48話『絢爛舞踏』
作者 193






 鈴とシャルロットが、福音と決死の攻防を繰り広げている戦域から一キロほど離れた小島に、隙を突いてどうにか戦域から離脱した箒とラウラ、それにセシリアの姿があった。

「う……ぐっ」
「大丈夫か、セシリア!」
「な、なんとか……ラウラさんは?」
「意識はないが、無事だ。命に別状は無い」
「それは、何よりですわ……」

 箒の言葉に安堵の表情を浮かべ、他人を気遣う余裕をみせるセシリアだったが、意識があるだけマシというだけで、とても戦えるような状態ではなかった。
 ラウラの方はもっと酷い。肉は焼け装甲は剥がれ落ち、量子化していないのは生命者の命を守るために保護機能が働いているためだ。ISの保護の影響を強く受けたこの状態では、一夏と同じようにISの機能が回復するまで目が覚めることはない。

「何故、私なんかを庇って……」

 箒を庇い、全身に光弾の雨を受けてラウラはこうなった。
 何故ラウラがあの時、飛び出して庇うような真似をしたのか、それが箒にはわからない。
 あれでは一夏と同じだ。ラウラの行動は、箒に昼の戦いを思い出させた。

「より勝率の高い方にかけただけでしょう。ラウラさんらしいですわね」
「勝率の高い方?」
「あの福音の動きについて行けるのは、高機動パッケージに換装した私の機体と箒さんの紅椿だけ。でも、私はこの状態……。最初の奇襲で墜とせなかった時点で、残念ながら私にはそのチャンスがなくなった……」

 悔しそうに唇を噛むセシリア。
 第三世代機とはいえ、ブルー・ティアーズはBT兵器のデータ収集のために用意された試験機、実戦向きの機体ではない。その点で言えば、シュヴァルツェア・レーゲンの方が実戦用実証機である分、より実戦向きな完成した機体と言えた。
 総合的なバランスでいえば、ブルー・ティアーズは第二世代のリヴァイヴにも劣る機体だ。あの奇襲攻撃がセシリアに出来る精一杯の攻撃だった。
 それが通用しなかった時点で、セシリアに出来ることは少ない。精々出来ることといえば、囮となって敵の注意を引きつける程度のことだ。

「でも、あなたの紅椿なら或いは……より可能性の高い方にラウラさんは望みを託しただけですわ」
「しかし、私にはそんな力は……」
「展開装甲、篠ノ之博士が作り上げた第四世代機。あなたは、この場に居る誰よりも優れた装備を持っている。あの暴走した軍用ISに対抗できるかもしれない力を持っているのは、あなただけということです……箒さん」

 そう言ってフラフラと立ち上がるセシリア。決意の籠もった眼を戦場へと向ける。
 セシリアの視線の先には、戦闘の光が見えていた。

「結局は、箒さん次第ですわ。その武器を有効に使うか、無駄にするかは……」
「セシリア! 何を……!?」
「鈴さんとシャルロットさんにだけ任せていられませんもの……戦いますわ。まだ、援護射撃くらいなら出来ます……」

 ライフルを構え、戦線に復帰するために飛び立つセシリア。
 もう、機体の状態は限界近くに達している。とても戦えるような状態ではない。目に見えないだけで、少なからず本人も怪我を負っているはずだった。なのにセシリアは勝負を諦めてはいなかった。
 ラウラが命懸けで守った希望を信じて彼女は戦場に赴く。代表候補生としてのプライド。女としての意地がそこにはあった。

「私は……何をしているんだ」

 唇を噛む箒。覚悟を決めて戦場に立ったはずなのに、また守られてばかりで逃げるのか?
 いや、違う――仲間の期待に応えたい。足手まといではないと示したい、共に戦いたい。
 そう、箒は強く願った。

「これは……?」

 その時だ。紅椿の装甲が眩い黄金の光を放ちはじめた。
 ハイパーセンサーの情報で、機体のエネルギーが回復……いや増幅されていくのを箒は感じた。
 ――絢爛舞踏(けんらんぶとう)。視覚情報に表示される名前は、紅椿の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)
 箒が望み、手にした力。箒の願いに応え、紅椿が示した答えが――それだった。

「まだ戦えるのだな。私達は……」

 二本の刀を握る手にギュッと力を籠め、箒は顔を上げる。そこには迷いが吹っ切れたかのように、強い意志が宿っていた。
 ただ信じてくれる仲間のために刀を振る。それが今、箒に出来る唯一のこと。
 紅を覆う黄金の輝き。黄昏の空に咲く太陽のように、それは強く暖かい光を放つ。

「ならば、いくぞ! 紅椿!」

 大空に飛び立つ真紅の機体。夕焼けに染まる空を、黄金の光が駆けた。


   ◆


 ヤタノカガミなどの装備を駆使して、どうにか福音の猛攻を防いでいたシャルロットだったが、それも限界に達していた。
 幾ら装備が優れているとはいっても、リヴァイヴは第二世代機だ。そして福音は第三世代の軍用IS。より実戦向きな機体として開発され高い性能を誇る福音とでは、比べるまでもなくスペックの差は歴然としていた。
 そこに加えてリミッターの外れた福音とリミッターありのリヴァイヴでは、機体スペックだけでなくエネルギー量にも大きな差があった。

「くっ! 鈴、逃げて!」
「シャルロット!」

 鈴を庇って被弾するシャルロット。オレンジ色の装甲が宙を舞い、海面に墜とされる。
 それを見た鈴の目に激しい怒りの炎が宿る。攻撃の手を止め、見下ろすかのように上空に待機する福音を、鈴はその鋭い目で睨み付けた。

(勝てないかもしれない。でも……)

 崩山を最大出力で準備し、両手には二本の青竜刀『双天牙月』を構え、真っ直ぐ福音に向かって突撃する鈴。
 だが、福音の攻撃はそんな鈴の突撃を阻むように、光の雨となって襲いかかる。

「私は凰鈴音(ファン・リンイン)甲龍(シェンロン)の専属操縦者! 中国の代表候補生よ!」

 その光の雨に向かって放たれる衝撃砲。衝撃の波に乗って広がっていく炎が、空から降り注ぐ光の雨を呑み込んでいく。
 だが、その炎を突き抜けた幾つかの光弾が鈴を襲った。

「ぐっ……!」

 甲龍の肩に浮かぶ龍咆が四門から二門へと弾け飛ぶ。
 赤みがかった黒の装甲が、黄昏の空に舞い空の色に溶けて消えていく。

「舐めるなあああっ!」

 それでも鈴の勢いは衰えなかった。
 ただ一点、福音を目指して、鈴は最後の加速をする。
 そんな鈴を迎撃しようと、第二射の準備をする福音。だが、刹那――ドン!

「どこを見ているんですの? 敵は一人ではありませんわよ!?」

 福音の銀の装甲を真横から青い光が襲った。セシリアの放ったライフルの一撃だ。
 一瞬、意識を逸らす福音、攻撃のタイミングが遅れる。その隙を見逃すほど鈴は甘く無かった。
 後のことなど一切考えない最大出力の加速。型も何もない、力任せに振るわれる二本の青竜刀。無理な急加速と機動の影響で機体がミシミシときしみをあげるが、それでも鈴は攻撃の手を止めることはなかった。

「はっ、は……どう……よ――ぐっ!」
「鈴さん!? きゃあっ!」

 鈴の斬撃を受け、福音の翼が一枚切り落とされる。
 だが、体勢を崩しながらも福音は鈴の横腹を蹴飛ばし、セシリアの方へと弾き飛ばした。
 鈴と一緒に海に墜ちていくセシリア。グラッと身体を傾けながらも、トドメとばかりに砲口を墜ちていく二人に向ける福音。

「させるか!」

 その福音の身体を、別の方角から箒の放ったエネルギー刃が襲った。
 直撃を受け、弾き飛ばされる福音。体勢を大きく崩し、発射直前だった光弾が何もない空に吸い込まれていく。

「よかった……無事か」

 ISに守られるように海面に浮かぶ鈴とセシリア。それにシャルロットの姿を見て、ほっと息を吐く箒。
 すぐにその目は福音へと向けられた。

「私はもう迷わない。ここに守るための剣がある、力がある。そして守りたい人達がいる」

 覚悟と決意の宿った強い瞳。
 仲間から託された希望、大切な人達を守るために彼女は剣を取った。

「そして――それを一夏が、皆が教えてくれた」

 それは一夏が目指した強さであり、箒が並び立ちたいと憧れた強さでもある。

「私の戦う理由は、ここにある」

 空裂の切っ先を福音へと向ける箒。
 夕焼けで真っ赤に染まる海の上、紅と銀の光が交差した。





 ……TO BE CONTINUED



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