紅の斬撃が飛ぶ。箒は一対二本の刀を見事に使いこなしていた。
篠ノ之剣術流二刀型・盾刃の構え。攻防どちらにも転じやすく、刀を受ける力で肩の軸を動かし、反撃に転じる守りの方。攻撃を受け流し、カウンターから放たれる鋭い突きが福音に襲いかかる。
「はあああっ!」
鈴に片翼を切り落とされた福音は動きを鈍らせ、紅椿の猛攻の前に押されていた。
マルチスラスター『銀の鐘』――制御に左右一対の翼を使用していたこともあり、残り一枚になった状態では満足に処理能力を発揮出来ない。先程まで百を超す光の羽が展開されていた周囲には、現在三十を下回る数の羽しか残っていなかった。
処理能力が大幅に低下したことにより、装備の並列運用と同時展開が難しい状態にまで追い込まれたためだ。
「逃がさん!」
接近戦での勝負は不利と悟った福音が距離を取ろうとすると、背部の展開装甲から黄金の粒子を巻き上げ、箒は急加速で一気に距離を詰めた。
局所的に展開装甲を開閉することでアクロバティックな高速機動を行い、福音を追い詰めていく。縦横無尽に空を駆け、様々な方向から不規則に放たれる斬撃の嵐に、先程までと一転して福音は防戦一方になる。
明らかに無茶と思える高速機動と全力攻撃。普通であれば、すぐにエネルギー切れを起こしそうなものだが、紅椿にはその無茶を可能とする奥の手があった。
「勝てるっ!」
紅椿は白式と同じく一次移行から、単一仕様能力を使用出来る特殊な機体だ。
その代わり、武装は空裂と雨月の二本のみ。当然、後付け装備による仕様変更なども出来ないが、第四世代というだけあって、それらを補って余りある機能が備わっていた。
それが『展開装甲』――第四世代装備だ。
これにはBT兵器と同じく攻撃にも防御にも、そして機動にも転用可能な多目的動力が使用されており、代償としてエネルギー消費が激しく白式同様に燃費が悪いといった大きな欠点も抱えていた。その欠点を補っているのが、紅椿の単一仕様能力だ。
展開装甲から漏れ出る黄金の粒子、それが『絢爛舞踏』発動の目印。エネルギーを増大・倍加させる性質を持つ、この能力が発動中にはエネルギー切れの心配がない。
一言でいえば、エネルギーの超回復機能。どれだけ少ないエネルギーであろうと僅かでも残っていれば満タンにすることが可能なため、実質的に無限に近いエネルギーを得ることが可能だった。
白式の雪片弐型と同じ展開装甲で全身が出来ているという紅椿の燃費の悪さを補うために、紅椿が箒に示した答えがこれだ。上手く使えば、エネルギーを多く消費する展開装甲をエネルギー切れの心配なく、最大限活用することが可能となる。
逆を言えば、この能力がなければすぐにエネルギー切れを起こす欠陥機とも言えた。
「うおおおっ!」
だが、絢爛舞踏が発動中の紅椿に死角はない。
空裂から放たれた斬撃が、福音の残った一枚の翼を切り落とした。
それと同時に道連れとばかりに、福音の展開した光の羽が箒へと襲いかかる。
しかし――
「無駄だ!」
全身の展開装甲を稼働させ、完全防御姿勢に入った紅椿の装甲には届かない。
或いは完全な状態だったなら届いたかもしれない。しかし絢爛舞踏を発動させ全力稼働している紅椿に比べ、福音は羽をもがれて不完全な状態。福音の攻撃が紅椿の防御を崩すことはなかった。
「私の勝ちだ」
福音には、もはや反撃するだけの力は疎か、武器も残されていなかった。
すべての翼を奪われることでバランスを大きく崩し、海に墜ちていく福音。
今度こそ――そう、箒も勝利を確信したその時だ。福音の目が赤く光り、青い雷を放出した。
「な、なんだ!?」
福音の放った雷、膨大な熱量を持ったエネルギーの塊に押し潰されるカタチで、海の水が球状に蒸発する。
それを見た箒は、海に浮かぶシャルロット達の姿を確認し、すぐに三人を助けに向かった。
「まずい! まさか、第二形態移行!?」
箒はすぐに反転すると脚部の展開装甲を開き、セシリアを背中に抱え、鈴、それにシャルロットの腕を掴むと全速力で空域から離脱する。
「くっ! 間に合え――」
球状に広がっていく光。青い雷を纏ったそれは海を押し潰し、小島を呑み込みながら広がっていく。
刹那、光を中心に暴風が吹き荒れた。
異世界の伝道師外伝/一夏無用 第49話『セカンド・シフト』
作者 193
風に流されながらも、なんとか青い光から逃げ延びた箒は三人を近くの小島に下ろした。
ここも安全とは言えないが三人を抱え、更にラウラを回収して逃げるのは難しい。
「冗談のような化け物だな……」
箒の額に冷や汗が滲む。暴走した福音の力がここまでとは、箒も予想していなかった。いや、誰も予想出来ていなかったはずだ。
夕闇に青い光が、太陽のように眩い輝きを放つ。
――ドクン。脈打つように鼓動する光の繭。それは福音を包み込む卵の殻だった。
「箒……?」
「鈴、よかった。まだ動けるか?」
苦痛に表情を歪めながらも、鈴は一人だけ意識を取り戻す。鈴の怪我は他の三人に比べればマシな状態にあった。
セシリアが受け止めたことで衝撃が殺されたというのもあるが、シャルロットに守られながら戦っていたこともあって甲龍のシールドエネルギーにまだ余裕があったことも、鈴が無事だった理由として大きかった。
一方、怪我を負った状態で無茶をし、鈴を庇いダメージを負ったセシリアはシールドエネルギーを使い切り、ラウラと同じくISの保護を深く受けた状態に陥り、シャルロットも鈴を庇って無茶をしすぎた所為で、意識がすぐには回復しないレベルまでの深いダメージを負っていた。
「ぐっ……なんとか、でもエネルギーが……」
だが意識を取り戻したとは言っても、甲龍は四門あるうちの二門の龍咆を破損し、機体にも大きなダメージを負っていた。
それにエネルギーも辛うじて残っていると言った程度で、戦闘どころか満足に動くことすら難しいレベルだ。ダメージレベルは軽くCに達しているはず。本来であれば量子化し、機体を休ませなければいけないほどの深手を負っていた。
「鈴、まだ起き上がっては……」
「大丈夫よ……。こんな状況で寝ていられないでしょ?」
箒から手を離し、フラフラと立ち上がる鈴。そんな鈴を見て、箒は無言で鈴の胸に触れた。
次の瞬間、鈴の身体から殺気が溢れ、冷たい沈黙が訪れる。
「箒……あたしに喧嘩売ってるの?」
「は……? いや、違うぞ! よく見ろ!」
鈴の殺気に気付き、慌てて否定する箒。鈴の胸が薄いことは誰もが承知している事実だが、今はそんなどうでもいい≠アとを議論している時ではない。箒が鈴の胸に触れたのは、別の理由からだった。
「これは……エネルギーが回復していく!?」
紅椿から漏れた黄金の光が甲龍を包み込んだかと思うと、甲龍のエネルギーが回復していくのを鈴は感じた。
鈴は目を見開いて驚く。エネルギーを回復させる能力など聞いたこともなかったからだ。
「ちょっ、箒! 何よ、これ!?」
「今は説明している時間が惜しい。後にしてくれ」
コアに関しては謎が多く、どの国や企業もコアに関する研究は停滞しているのが現状だ。機体の修復は難しくないが、これがコアに関わる問題となれば簡単にいく話ではない。汎用性の高いリヴァイヴのように、特定のISにはコアを介してエネルギーを交換する機能が搭載されているものもあるが、それでもなんの準備もなしにとはいかない。
そのため、ISのシールドエネルギーは装備などで使用する通常エネルギーと違い、機体ごとに調整された大掛かりな専用の補給機材を使用するか、基本的には自然回復を待つしかないというのが常識だった。
(エネルギーの回復……。しかも、こんな短時間で完全に?)
甲龍のシールドエネルギーが完全に回復しているのをみて、鈴はまたも驚愕させられた。
エネルギーを交換すれば、変換効率の問題から満タンから交換を行ったとしても完全に回復させることは難しい。精々ゼロから半分まで供給されれば良い方と言ったところだろう。だが、甲龍のシールドエネルギーは短時間で満タンになっていた。
これはもはやエネルギーの交換ではなく回復。そもそもIS同士のエネルギーの交換は、機体を接触させただけでこんなにもすんなりと行えるものではない。通常、エネルギーの供給には準備が必要で、コア同士のシンクロなど非常に条件が厳しく困難が伴う作業だ。それを紅椿はなんの準備もリスクもなく可能としていた。
(無茶苦茶な能力ね……。甲龍にこれだけのエネルギーを供給しても尚、紅椿のエネルギーが減っている様子はない。この能力を発動している間は、無限にエネルギーを使用することが出来るってことか……ああ、もう! こんなの反則じゃない!)
心のなかでヒステリックに叫ぶ鈴。それも無理はない。味方にすれば心強い能力だが、敵に回せばこれほど厄介な能力はなかった。ずっと発動していれば、エネルギー切れによる負けがないということだ。
白式がエネルギーを消滅させる力を持つのに対し、紅椿はエネルギーを増幅する能力を持つ。
片方は勝負を一瞬で決められる一撃必殺の能力を持ち、もう片方はどれだけ攻撃しても倒すことが出来ない無限に近いエネルギーを持っているということだ。
それこそ、紅椿の回復を上回る強力な攻撃を浴びせ続けない限りは、絢爛舞踏が発動した紅椿には勝てないことになる。
(本気で甲龍の強化プランを本国に検討してもらわないとダメね……)
自分が今の箒と戦ったらどうなるかを考えた鈴は、絶対に今のままでは勝てないと考えた。
勿論、機体性能だけで勝敗は決まるものではない。剣術はともかく操縦技術なら箒よりもずっと上手い自信が鈴にはあった。
それを考慮しても、紅椿の性能は異常だった。
「これで動けるはずだ」
「ああ、うん……ありがとう」
「どうした?」
「こっちのことよ。これが片付いたら考えないといけないことが一杯あってね……」
効率と実戦配備を第一に作られた甲龍は、第三世代機のなかでも余り性能の高い機体とは言えない。量産化を視野に入れた場合、一番開発が進んでいるのは中国の甲龍だろうが、言ってみればそれだけの機体だ。
シャルロットのリヴァイヴのように多彩な武器を搭載しているわけでなければ、白式や紅椿のように強力な単一仕様能力があるわけでもない。それに衝撃砲は、ある意味で完成された兵器だ。BT兵器のように潜在値の高い兵器ではなく、その特徴は誰にでも扱える安定した性能にある。
兵器の在り方としては間違っていないが、斜角に制限が無く砲身が見えないという特徴があるだけで、BT兵器のように攻守に優れた汎用性を持っているわけでもなければ、AICのように戦況を左右する絶対的な特殊能力があるわけでもない。一言でいえば、余り強力な兵器とは言えなかった。
シャルロットのリヴァイヴの装備を見た時、甲龍の致命的な欠点に鈴は気付いた。
リヴァイヴの搭載している装備は、どれも第三世代相当と言っていい。衝撃砲がそれらの装備に勝っているかと訊かれれば、鈴は首を横に振る。同じように安定性と量産を視野に入れて作られた装備でありながら、その多様性と戦況を左右するほどの特化性能は甲龍にないものだ。
今回は相手が悪すぎただけで装備の性能は圧倒的だった。シャルロットが器用だということを差し引いても、使い方さえマスターすれば誰でもあれだけの性能を引き出せるのは、それだけで魅力的だ。
はっきりと言ってしまえば、基本装備を外した第三世代機相当のスペックを持った機体にあれらの装備を量子変換するだけで、甲龍以上に高い性能と安定性を持った第三世代機が完成してしまうということに他ならなかった。
BT兵器やAICのような特出した性能がない以上、空間圧作用兵器に衝撃砲以外の可能性を見いだせない限り、中国の第三世代機開発に未来はない。そう、鈴が真剣に考えさせられるほど、この戦いで突きつけられた現実は重かった。
突然の第四世代機の登場。そして『正木』の開発した量産型装備の存在。これから世界は大きく荒れる。ISの可能性を提示された各国の開発競争が更に激化していくことは、容易に想像がつくことだった。
凰鈴音は中国の代表候補生だ。一夏のためにISの操縦者を志したとはいっても、それとこれは話が別。候補生のなかで数少ない専用機持ちに選ばれ、国の威信を背負っている以上、そこには義務と責任が生じる。そして、鈴にも意地とプライドがあった。
次々に目の前に突きつけられる無情な現実。だからと言って、それで悲観的になれるほど柔な精神はしていない。こうしたところにすぐに考えが行き着くことも、鈴が優秀な代表候補生であることを裏付けていた。
絶望的な性能差を見せられた今も、鈴が思うことは一つ。それでも負けたくない。勝ちたいという強い気持ちだった。
「セシリアとシャルロットを頼む」
「あんたは、どうする気よ?」
「私は、あれをどうにかする」
箒の瞳には、半径一キロを超す大きさまで広がったドーム状の青い光が映っていた。
「あれが福音……? 提供された情報なんて全然役に立たないわね」
もう、うんざりといった顔を浮かべ、呆れた様子でそう話す鈴。幾ら軍用ISだと言っても、余りに異常な光景に呆れた声しか出なかった。
これがリミッターの外れたISの力。暴走したISの性能。
だとしたら、自分達はどんな化け物に乗っているのかという疑念すらわく光景が、彼女達の目の前に広がっていた。
「あたしも戦うわ。幾ら第四世代機でも、アンタだけじゃ……」
「無理だ。エネルギーが回復したと言っても、その状態でどうやって戦う?」
「それは……」
箒に指摘されるまでもなく、甲龍の状態は操縦者である鈴が一番よくわかっていた。
エネルギーは確かに回復した。しかし福音の攻撃で装甲は破損し、龍咆も二門失い、無茶な戦闘の反動で機体の状態はかなり悪かった。
これ以上の戦闘継続は難しい。ましてやセシリア達を気遣いながら戦うなど、絶対に不可能な状況だ。
「ここから少し離れた小島にラウラもいる。回収して、すぐにここから離れて欲しい」
「箒……アンタまさか」
「……大丈夫だ、死ぬつもりはない。全員が逃げる時間くらいは稼げる」
「それでも……!?」
「今それが可能なのは、私と紅椿だけだ」
箒にも目の前の相手が、どれだけ危険な存在かはわかっていた。
それだけに『絶対に勝てる』とは言えない。それでも今、福音と戦えるのは紅椿しかなかった。
例え、鈴が加わったところで、今の鈴では足手まといになる可能性が高い。そして、それは鈴もわかっていた。
何も出来ない悔しさから唇を噛む鈴。箒だけに任せてはおけない、無理をしても戦いに参加したいという思いはあった。
それでも今自分が何をするべきかを考え、全員が助かる一番可能性の高い方法を選択すると一つしか無い。箒を囮にして、今は皆を連れて一刻も早くここから離れる。それが鈴に出来る唯一のことだった。
「わかった。でも、絶対に生きて帰ってきなさいよ。帰って来なかったら一夏はあたしが貰うから」
そうすれば箒も周りを気にせず全力で戦える。旅館に戻れば助けを呼んで戻って来ることも出来る。
鈴は箒の決意を受け止め、覚悟を決めた。
「当然だ。一夏を譲るつもりはない」
「上等。こんなところでライバル≠ノ死なれても寝覚めが悪いしね」
この時はじめて、鈴は心から箒の決意と覚悟を認めた。
今まで鈴は、一夏のこともあって余り箒のことが好きになれなかった。
そんな鈴が、箒のことを『ライバル』と呼んだ。それこそ彼女が箒を信頼した証だった。
「行くぞ、紅椿!」
黄金の粒子を撒き散らし、夕闇の空に一筋の光となって飛び立つ。
その先では、青い光が急速に収束していく。まるで卵の殻を破るかのように、その異様な姿を現す銀の福音。
マルチスラスターを切断された頭部から生えた光の翼。その光を箒が確認した瞬間、羽を撒き散らし、その翼は大きく広がりを見せる。
身長の何十倍という大きさにまで広がり、レーザーのように伸びる光。
「なっ――ぐっ!?」
福音の翼がカッと光を放ったかと思うと同時に砕け散り、弾け飛ぶ紅の装甲。
巨大な一対のエネルギー翼が、紅椿へと襲いかかった。
……TO BE CONTINUED
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