「ぐっ……!」

 右肩に直撃し、弾き飛ばされた紅い装甲が宙を舞う。苦痛で表情を歪めながらも、箒は攻撃を避けるように福音から距離を取る。反射的に身体を捻らなければ、胸に直撃を受けているところだった。
 目で捉えきれないほどの驚異的なスピードと、シールドを紙切れのように貫通する破壊力。
 福音の攻撃は以前とは比べものにならないほどに力を増していた。

「速い! くっ、これでは――」

 光の翼から無数の光弾が射出される。それは以前の光の雨を凌ぐほどの数だった。
 先程のような威力はないが、圧倒的な数と速さを持った攻撃に為す術無く、箒は防戦を強いられる。
 海面ギリギリまで降下し、左右に移動を繰り返しながら雨のように降り注ぐ福音の一撃を回避する。一撃一撃の威力は大したことはない。だが、足を止められた時点で畳みかけられることは確実だった。

(まだだ。とにかく機会を窺って……)

 箒は近付く隙を窺い、福音の周りを付かず離れず、攻撃を回避しながら旋回して機を待つ。
 幾ら、強力な攻撃を持っていようと、常に撃ち続けられるわけではない。
 どこかに動作の間が出来るはず――その一瞬を箒は待っていた。

「――っ! 今だ!」

 光の雨が止んだ。その一瞬を待っていたかのように、箒は行動に移る。
 脚部、背部の展開装甲を全開にし、海面から空に向かって急上昇する箒。視線の先には、福音の姿がしっかりと捉えられていた。
 二本の刀、雨月と空裂を握る手にギュッと力が籠もる。

「うおおおっ!」

 左右連続で放たれる斬撃。紅の刃が福音を捉えたかに見えた。
 しかし後ろ向きに瞬時加速をすることで、福音は僅か数ミリでのギリギリの回避行動をみせる。これには攻撃を放った箒も驚かされた。
 攻撃が強力になっているだけではなく、反応速度まで上がっていた。

「だが、まだだ! この距離なら!」

 それでも箒は攻撃の手を止めようとはしない。距離を離されれば福音のペースに持ち込まれることは、先程の攻防からも明らかだ。箒に勝算があるとすれば、自身が最も得意とする接近戦で一気に勝負を畳みかける以外になかった。
 後ろ向きに瞬時加速を行い距離を取ろうとする福音を、背部の展開装甲を全開で稼働させ、箒は急加速で追いかける。しかし福音はそんな箒に、後ろ向きのまま光弾を放ち続けた。このスピードで後ろ向きに移動しているにもかかわらず、狙いを定めた正確な射撃。回避しながらでは、グングン距離を離されていくことは確実だった。

「この程度、私を舐めるなああっ!」

 箒は一か八かの賭に出る。
 展開装甲を全開で稼働させ、被弾を覚悟で出力を上げ、福音目掛けて真っ直ぐに加速する。
 衝撃が身体に伝わり、骨がきしむ音を感じながらも、箒は加速を緩めることはなかった。

「このまま押し切る!」

 急加速を行いながら振るわれる斬撃が光弾を切り裂き、刃となって福音に襲いかかる。
 箒の放った攻撃は、銀の装甲と頭から伸びた一対のエネルギー翼を僅かに捉え、その動きを鈍らせた。
 その一瞬を待っていたかのように、更に展開装甲の出力を上げ、箒は一気に加速する。

(行ける――っ!)

 だが、その考えは一瞬にして霧散する。
 光の翼が二枚重なりを見せ、巨大な砲身となって箒へと向けられた。
 背中から汗が噴き出し、ブワッと悪寒を感じた箒は危険を察知し、すぐに回避行動に移る。
 しかし――

「まさか――ぐあっ!」

 福音の翼がカッと光ったかと思うと、紅椿の装甲の一部が宙を舞っていた。
 バサッと広がる黒髪。荷電粒子砲の熱でリボンが焼き切れ、そのまま海面に墜とされる箒。
 その視線は自然と、荷電粒子砲の方へと向けられる。着弾点を目で追い、海上に浮かぶ小島を確認した箒の表情が固まった。

「鈴!? 皆――」

 ラウラを避難させた島。そこに鈴と気を失ったセシリア、シャルロット、四人の姿があった。
 箒は手を伸ばすが間に合わない。一筋の光が無情な一撃となって、四人へと襲いかかる。
 白く眩い光が、島を包み込んだ。





異世界の伝道師外伝/一夏無用 第50話『覚醒』
作者 193






 どれだけの時間そうしていたかわからない。ふたりだけの円舞(ワルツ)は、突然終わりを告げた。
 ピタリと動きを止め、俺から手を離して空を見上げる少女。
 空を見詰め、ピクリとも動かない少女の様子が気になり、俺は声をかけた。

「どうかしたのか?」

 声をかけても返事がない。俺は自然とその視線を追うように空を見上げた。
 何もない。そこには白い、真っ白な空が広がっていた。

「呼んでる……行かなきゃ」

 少女の声が聞こえ、隣に視線を戻すと少女の姿が消えていた。
 不思議に思い、少女の姿を探して周囲を確認するが、どこにも少女の姿はない。

「え?」

 少女の姿を探して足を踏み出した刹那、俺は間の抜けた声を上げた。
 突然なんの前触れもなく、湖や森が消え、一瞬にして真っ白な世界が目の前に広がったのだ。

「なんだ、こりゃ……」

 キツネに化かされたみたいな不思議な感覚に襲われた。

「まだ、リンクが安定してないみたいですね」
「は?」

 後ろからした声に、ハッと振り返る。
 海のように青い髪と瞳。フリルをあしらった所謂『ゴシックロリータ』とか言われる衣装。
 白い少女によく似た感じの幼い少女が、そこに立っていた。

「おっはー!」
「お、おっはー?」
「元気がないですね。ほら、一緒におっはーっ!」
「お、おっはーっ!」
「うん、全然似合ってないですね」
「自分でやらせといて言うな!」

 激しく疲れる少女だった。遊ばれてる気がするのは気の所為だろうか?
 さっきの白い少女よりも、なんとなく雰囲気が合法幼女に似ている気がした。

「えっと、それじゃあ、早速……あなたは力を欲しますか?」
「え?」

 何やらカンペのような物をぺらぺらとめくりながら、棒読みで台詞を口にする少女。
 言葉の意味がわからず、俺は呆然と立ち尽くす。

「力を欲しますか?」
「いや、意味がわからないんだけど……」
「力を欲しますか?」
「あのさ、俺の話を……」
「力を欲しますか!?」
「欲します!」

 ギロリと睨まれ、俺は蛇に睨まれた蛙のように身を硬直させ、素早く返事をした。
 少女から一瞬発せられたプレッシャーに気圧されたからだ。

「もう、ちゃっちゃと話を進めてくれないと。こっちだって暇じゃないんですからっ!」
「あ、はい。すみません」

 俺、なんで謝ってるんだろう? 俺が悪いのか?

「お父様の頼みだから、特別に協力してあげてるって言うのに……」
「お父様?」
「そう、お父様。全宇宙、全世界で最も偉大で素晴らしい御方!」

 えっへんと自分のことのように、その『お父様』のことを自慢する少女。
 全宇宙で一番偉大って、神様とか?
 いや、まさかな。こんな変な女の子が神の遣いなんて考えたくないし、だとするとここはあの世ってことに――

「まさか、俺って死んだのか!?」
「生きてますよ。それとお父様を、そこらの神を名乗る高次元生命体と一緒にしないでください。お父様はそんなのより遙かに凄いんですから! 偉いんですよ。頂神だって、お父様には干渉できないくらい!」

 どうやら、あの世ではないらしい。この少女の言葉を信じるならだが……。
 というか、神様より凄いお父様ってなんなんだ?
 激しく気になるが、訊かない方が身のためのような気がした。

「じゃあ、質問の続きですね。なんのために力を欲しますか?」
「…………」

 さっきと変わらず緊張感の欠片もない質問だった。
 とはいえ、下手に反論して怒らせるのはまずい気がする。
 ここは素直に答えておくべきか。まあ、答えられないような質問でもないしな。

「そうだな、仲間を守るためかな」
「仲間?」
「ああ、なんていうか、世の中って理不尽なことが多いだろ? 俺はそういった不条理な力や道理のない暴力ってのは嫌いだ。そんなことに大切な人が巻き込まれて困っていたら、やっぱり助けてやりたいって思う。でも、そのためには色々と力が必要だろ?」

 ここ最近似たような質問を繰り返し訊かれていた所為か、自分でも不思議なくらいスラスラと言葉が出て来た。
 それは前々から、ずっと心に思っていたことだ。そして、俺が力を求めた理由でもある。

「だから、俺は力が欲しい。戦うための力が――」

 自分が守られていたから、余計に感じたことなのかもしれない。
 でも、俺が皆を守りたいと思っているこの気持ちは嘘じゃなかった。

「じゃあ、あげましょう!」
「え?」
「まあ、選んだのはその子ですしね」
「選んだ……?」

 チリンと鈴の音が鳴り、後ろを振り返ると、そこには白い少女が立っていた。

「まだ真っ白なその子を、どう染め上げていくかは、あなた次第! メイド好きのあなたも満足。調教次第で、ご主人様に忠実な雌豚に!」
「……メイド? メスブタ?」
「ぎゃあああっ! 俺の趣味趣向を勝手に捏造しないでくれ!」

 何を言うんだ。この幼女!?
 白い少女に『メイド?』と首を傾げられ、顔が真っ赤になるくらい恥ずかしくなった。

「ある世界の文献にこんな言葉があるのを知ってますか?」

 ――光を纏いし者、世界を救い。闇を纏いし者、世界を滅ぼす。
 何かの言い伝えだろうか? 先程までと違い、真剣な話をする青い髪の少女。

「そして光と闇は表裏一体。光が闇となることもあれば、その逆も」
「光と闇……?」

 少女の話の意味は、ほとんどわからなかった。
 でも何故か、大切な話のような気がして、それは自然と頭に残る言葉だった。

「まあ、お父様のような例外もありますけど」

 例外の意味はわからなかったが、目の前の少女が『お父様』のことを心から慕っていることだけは伝わってきた。

「それと――」

 景色がぼやけ、少女の言葉と共に夢が終わりを告げる。
 さっきとは違う暖かな光に包まれ、俺は自然と意識が覚醒していくのを感じた。
 ふわっと風が吹き、最後に目に飛び込んできたのは――

(しま)パン?」

 青い少女のスカートが捲り上がり、そこには水色の縞々パンツがあった。
 そう、消える直前、青い髪の少女はこう言ったのだ。

 ――娘をよろしく、と。


   ◆


「いた! ラウラ」

 ラウラの姿を見つけ、駆け寄る鈴。すぐに状態を確認するが、他の二人と同じでやはり意識はなかった。
 ラウラ、セシリア、シャルロットの三人を一箇所に集め、撤退の準備を始める鈴。

「早くここを離れないと……」

 今も海上では、紅と銀の光が激しくぶつかり合っていた。
 暴走した第三世代ISと、第四世代の戦い。その凄まじい戦闘の光を前に、鈴は息を呑む。

「やっぱり、箒だけじゃ厳しいわね。早くここを離れて、応援を呼んで来ないと」

 鈴はラウラを背中に乗せ、セシリアとシャルロットの身体を脇に抱える。
 この状態ではスピードをだすことは出来ないが、贅沢を言っていられるほどの余裕は無い。
 今は一刻も早く、ここから離れることが先決だった。

「よし、三人には悪いけど、少しだけ飛ばすわよ」

 そう言ってPICを作動させ、浮き上がる鈴。
 だが、背中から光と巨大な熱量を感知して、その動きがピタリと止まる。

「何!?」

 後ろを振り返る鈴。彼女が目にしたのは、暁星のように輝く光の瞬きだった。
 荷電粒子砲――エネルギー量から考えても、小島を吹き飛ばしかねないほどの破壊力を持った攻撃が鈴達を狙っていた。

「くっ!」

 三人を抱えて逃げている時間は無い。一瞬で、そう判断した鈴の行動は素早かった。
 ラウラ達を後ろに投げ出し、光との間に立つように前に飛び出る。
 シールドを前方に集中させ、三人を守る壁となって光の前に立ち塞がった。

(今の甲龍じゃ食らえばただじゃすまない。でも――)

 ――仲間を見捨てて一人だけ逃げるなんて真似は出来ない。
 鈴は決死の覚悟を決めると、双天牙月を胸元で交差させ、防御の姿勢を取った。
 次の瞬間、高熱を帯びた眩い光が鈴に襲いかかった。

「ぐっ……ああああっ!」

 一瞬にして青竜刀が溶解し、腕の装甲が弾け飛ぶ。紙きれのようにシールドは貫通され、操縦者の命を守る最後の砦『絶対防御』が発動する。
 防御越しに肉を焦がすような熱に冒され、ミシミシと骨がきしみを上げる。それでも鈴はその場に踏み止まっていた。

(ごめん、一夏……あたし、もう……)

 頭に過ぎるのは大切な人の顔。
 一夏の名前を呼び、焼けるような熱さと激痛に耐え、鈴の意識は闇の中に沈んでいく。――その時だった。
 突然、鈴の身体を襲っていた熱と光が収まり、代わりに暖かな光が鈴の身体を照らしだした。

(何が……)

 痛みに耐えながら瞼を開け、鈴は視線を光の方角へと向ける。荷電粒子砲がエネルギーの盾のような物に遮られ、完全にその動きを停止していた。
 光の中心にいる人物。真っ白な装甲に身を包んだ人物の姿を見て、鈴は安堵の表情を浮かべる。

「遅いわよ……バカ」

 その言葉を最後に意識を手放し、ぐらりと地面に倒れ込む鈴。
 王子様(ヒーロー)の遅い到着。でも、きてくれた。それだけで鈴にとっては十分だった。

「俺の仲間は誰一人としてやらせねえ!」

 夕闇の空に瞬く白い光。白式第二形態・雪羅(せつら)
 二対四枚の大きな翼を広げ、白い装甲を纏った一夏の姿が、そこにあった。





 ……TO BE CONTINUED



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