「久しいな、神殺し。昨夜はよく眠れたか?」
「まだ一晩しか経ってないだろ!?」
昼に情報収集が先と話をまとめたところだというのに、こればかりはエリカの予想の斜め上をいっていた。
まさか、昨日の今日でアテナが自分達の前に姿を現すとは考えてもいなかったからだ。
見たところ、既に傷は癒えているように見える。時刻は夕方の四時を少し回ったところ、休日ということで買い物客で賑わう繁華街。ここで戦いになれば、どれほどの被害が周囲にでるかわかったものではない。
アテナを警戒しながらも『まずは場所を移さないと』と考える護堂だったが、
「無聊だ。今はまだ、妾にあなたと戦う意思はない」
気になる言い方ではあったが、戦う気がないと言うのであれば護堂にとっても悪い話ではなかった。
出来れば二度と戦いたくない相手だ。そう思いながら護堂は拳をおろす。
「じゃあ、なんでここに?」
「ここは買い物をするところであろう? 買い物をする以外に理由はないと思うが?」
「……買い物?」
護堂はそう言われて周囲を見渡す。
ここはゲームセンターやボーリング場などの娯楽施設、飲食店などの商業施設が建ち並ぶ、この辺りで一番大きな繁華街だ。
確かに買い物には打って付けの場所だろう。だが、
――神様が買い物?
――一体、何を買うんだ?
――それ以前にお金を持っているのか?
護堂の頭に次々と疑問が浮かぶ。
だが、アテナは見た目だけなら神様とわからないほど、現代に馴染んだ格好をしている。初めてイタリアで出会った時からそうだった。
あの時は青いニット帽に薄手のセーター、ミニスカートと黒いニーソックスを身に付けていたかと護堂はアテナの姿を思い出す。
今の服装も前と然程変わりないが、アテナによく似合っている。
「その服も、ここで買ったのか?」
「これは借り物だ。あの娘、妾と体格がよく似ていたのでな」
あの娘と言うのが誰のことかわからないが、神様にも色々とあるのだろうと護堂は納得した。
なんにせよ、ちゃんと人間社会のルールを守ってくれるのなら護堂としても文句はない。
神様のなかにも常識人がいるんだな、と昨日殺し合ったことも忘れ、アテナへの認識を護堂は改める。
「エリカ、神様も買い物をするんだな」
「あなたの能天気な頭が、今は頼もしく思うわ……」
昨夜、死闘を繰り広げたまつろわぬ神が、今日は街で買い物をしていました。
魔術師であれば、何か裏があるのではないかと疑って当然の光景だ。
しかし護堂が天然なのか、カンピオーネとは皆こうなのか、順応性が高すぎる。
これが神殺しになる資質なら、自分は絶対になれそうにないとエリカは心の底から思った。
「エリカさん、それよりも今は……」
「そうね……」
祐理の言葉で、どうにか冷静さを取り戻すエリカ。
こんなことで取り乱してはダメだと自分に言い聞かさせる。
(冷静に考えるのよ、エリカ。問題はそう、これからどうするか)
相手に戦う意思がないとはいえ、問題はアテナをどうするかだ。
ただの買い物という話を信じて、このまま放置するには余りに危険な存在だ。
とはいえ、ここで戦いを始める訳にもいかず、肝心の護堂がその気になっていなければ意味がない。
この場でアテナに対抗できるのは、カンピオーネである護堂しかいないからだ。
(待って。何か、忘れているような……)
カンピオーネ? そこで、ようやくエリカは思い出す。
何故、アテナがこんなところに一人でいるのか?
昨晩、彼女は連れ去られたはずなのだ。その時に連れ去ったのは誰だ?
(まさか、この近くに王が!?)
その考えに行き着き、エリカが護堂に注意を促そうとした時だった。
「あれ? そう言えば、昨日一緒だった人はどうしたんだ?」
護堂が今思い出したかのようにアテナに男のことを尋ねる。
少し考えた素振りで「ふむ、それなら」と返事をするアテナ。その時だった。
若い男が「おーい」と手を振りながら近付いてきた。
「余り先に行くなよ。捜しただろ?」
「見知った顔を見つけた故、挨拶をしておっただけだ」
次の瞬間、『あ!』と男と護堂の声が重なる。
「昨日のロリコン!」
「俺はロリコンじゃない!」
エリカはこの時、カンピオーネのカンピオーネたる所以を理解した。
異世界の伝道師外伝/異界の魔王 第8話『王の会談』
作者 193
関係各所への報告や事件周辺地域の封鎖に被害の実態調査など、草薙護堂とアテナの引き起こした大惨事の隠蔽工作を夜通し行っていた甘粕冬馬は、ようやく事件の後始末に一区切りをつけ、仮眠を取ろうと家路へついた――その時だった。
胸元の携帯電話が鳴り、液晶画面に表示された上司の名前に嫌な予感がしつつも、甘粕は畏まった様子で電話に出る。
「はい、甘粕です」
『疲れているところ悪いね。ちょっと由々しき問題が発生してね』
「……と言いますと?」
本当に悪いと思っているのかわからない軽い口調で、沙耶宮馨は話題を振った。
――昨日の今日で、これ以上どんな問題があるというのか?
馨の冗談であって欲しいと甘粕は心の底から願う。
しかしそんな甘粕の願いも虚しく、状況は最悪の方向へと進んでいた。
『アテナが草薙護堂に接触した』
予想を遥かに超えた話の内容に、甘粕は理解が追いつかず唖然とする。
「それはまあ……なんというか……」
なんとか声を絞り出すが、それ以上、甘粕は言葉がでなかった。
まつろわぬ神とカンピオーネの戦いに決着がつかないことは多々ある。神様とは倒しても倒しても何度も甦るような連中だ。勝負がつかないのも無理はない。そうした因縁の末、リベンジマッチだってすることはあるだろう。
問題は昨日の今日だと言うことだ。再戦をするにしたって早すぎる。
ボクシングだって引き分けの場合、もう少し間を空けるはずだ。
『取り敢えず、様子を見てきてもらえるかな? すぐに戦いにならないとは思うけど、相手は何分あの魔王様と神様だから。それに――』
「それに?」
まだ、何かあるのかと口にしたい言葉を、甘粕はグッと我慢する。
『実は七人目も一緒のようでね』
馨が何を言いたいのか、それだけで甘粕は事情を察した。
昨夜、騒動を引き起こした魔王が顔を合わせ、騒動の原因となった神様が一緒とか、そこはどんな危険地帯だ。
まだ、アマゾンの密林や魔の海峡へ出張に行く方が遥かにマシに思える。
今すぐにでも逃げ出したい気持ちを隠そうともせず、甘粕はダメ元で上司に尋ねた。
「あの……このまま帰ってもいいですかね?」
『よろしく頼むよ』
その一言で退路は完全に断たれた。
◆
今朝、太老から『買い物に付き合って欲しい』と誘われた桜花は、昨日できなかったデートの続きが出来ると喜び、目一杯のおめかしをして意気揚々と約束の場所へと向かった。
しかし、そこで待っていたのは――昨夜、太老が拾ってきた女神。
肝心の太老はと言うと、見知らぬ青年と道の真ん中で口論を繰り広げていた。
「こんなことだろうと思ったけどね……」
その後すぐに桜花達は衆目を避けるように、近くのファミレスへと移動した。
グループ向けの窓際に面したゆったりとした席。通路側の席に桜花、窓際にアテナ、そして二人に挟まれるように太老が座り、向かい合うように先程の青年――草薙護堂とエリカ・ブランデッリ、そして万里谷祐理が座っていた。
人形のように可愛らしい幼女が二人に、日本とイタリアを代表する美少女が二人。そして垢抜けてなくスポーツ青年といった感じの体格のガッチリした高校男子に、体格はしっかりしてるがどこか田舎くさい平凡な顔付きの保護者というには若すぎる見た目二十歳前半の男。なんとも奇妙な組み合わせのグループに周囲の視線も自然と集まる。
結局、人目を避けて店に入っても状況は余り変わってはいなかった。
そんな周囲の視線など歯牙にも掛けないと言った様子で男二人の会話は弾む。
「いやあ、悪かった。変な誤解をしちゃって」
「誤解が解けて本当に良かったです。これ以上、変な噂が立ったら俺……」
「ようするに――ただ守備範囲が広いってだけだったんだな」
「全然、誤解が解けてない!? 寧ろ、酷くなってる!?」
ロリコン疑惑は解けたものの更なる誤解を招き、どうしてこうなったと護堂は頭を抱える。
とはいえ、『色好みの魔王』などと揶揄される護堂だ。実際にエリカは護堂の『愛人』を名乗り、それは周知の事実となっているため否定は意味を持たない。更には祐理との関係まで噂され、悪評は広まる一方だ。
しかも、エリカとの関係を説明すればするほど泥沼に嵌まるといった悪循環。一緒の部屋で寝たのも事実だし、彼女のあられもない姿を見たのも事実だ。そして神と戦うためとはいえ、何度もキスをしている。
これで友達だと言ったところで信用してもらえるはずもない。傍から聞けば、惚気話にしか聞こえないことだろう。
実際、太老だけでなく桜花も護堂の話を半分呆れた様子で聞いていた。それに、
(お兄ちゃん、やっぱり色々とやってたんじゃない……)
アテナが家にいた理由、太老が何をやらかしたかを知り、桜花は嘆息する。
草薙護堂がカンピオーネだと言うことは、桜花も話の流れから察することが出来た。
自分が無実だと証明するために聞いてもいないようなことを、護堂が色々と話してくれたからだ。
「我が君の話はお済みのようなので、私からも幾つか質問をしてもよろしいでしょうか?」
「えっと、エリカさんだっけ?」
「はい、エリカ・ブランデッリ。赤銅黒十字の大騎士、当代の『紅き悪魔』を名乗らせて頂いております」
太老は聞き慣れない言葉に頭を捻る。確か、事前に閲覧した資料に、そんな名前があったかと記憶を辿った。
調査に必要と思われる情報は、この世界に来る前に頭に大体叩き込んできた。
そのなかに『赤銅黒十字』の名前があったことを思い出す。世界的にも有名な魔術結社だったはずだ。
「赤銅黒十字って確か、ミラノに拠点を構える魔術結社だっけ?」
「よくご存じで。イタリアには、お越しになったことが?」
「イタリアはないかな」
イタリアは――という太老の言葉に、僅かに反応を見せるエリカ。
注意を払っていなければ気付かないほど些細な表情の動きだが、桜花は見逃さなかった。
太老の言葉から、何かの確認を取りたかったのだろうと推測する。
見た目は社交的なお嬢様と言った感じだが、かなり強かな女のようだと桜花はエリカを評価した。
「では足をお運びになられた時は、私どもに是非ご連絡ください。盛大な歓待をさせて頂きますわ」
丁寧な言葉遣いだが、裏を返せば『来るときは一言よこせ』と言っているに等しい。騒動の火種となる人物の動きについて把握しておきたいと考えるのは自然なことだ。その点に関しては、桜花もエリカと同意見だった。
ただ、それは太老という人間を知っていれば――という前提がつく。
出会ったばかりの彼女が、太老の特殊な体質≠ノついてまで知っているはずがないからだ。
なら、別の何かを警戒しているということだ。桜花はそこからエリカの考えを推察する。
「それで訊きたいことって?」
「では、遠慮なく。四年前のことを覚えておいでですか?」
「……四年前?」
やはり――と桜花は彼女が何を知りたいのか、それだけですべてを察した。
太老がカンピオーネではないかと疑っているのだ。彼女、いや彼等は――。
恐らくある程度推測は既に立てていて、後は確証が欲しいのだろう。
(まさか、こういう展開になってるなんてね)
しかし、それも無理のない話かと桜花は考える。太老は四年前に一度、調査の下見にこの世界を訪れた際、紆余曲折の末『東欧の魔王』と恐れられるヴォバン侯爵を倒している。更には昨夜の一件だ。
仮にもカンピオーネの一人と称される護堂に勝利したことで警戒されているのだ。
それに、ここにはアテナもいる。警戒されない方がおかしいだろう。
「お忘れですか? あの時、あなた様に救って頂いた万里谷祐理です」
「助けて……ああっ! もしかしてロリコン侯爵の!」
やっと思い出したのか、ポンッと手を叩き納得する太老。
しかしここにヴォバンがいたのなら、護堂と同じく必死にロリコン疑惑を否定したところだろう。
護堂は護堂で「ああ、俺以外にもいたのか」と妙に納得していた。
「ロリ……し、失礼」
なんとか笑いを堪え、体裁を整えるエリカ。太老の反応からカンピオーネが良くも悪くもぶっ飛んだ存在であることをエリカは再確認する。
欧州では泣く子も黙る最凶の魔王と恐れられる侯爵を、ロリコン扱いする恐い物知らずは普通いない。
それだけで太老が『普通』でないことは誰の目にも明らかだった。
だから、どうしてもこの確認は取っておきたかった。エリカは意を決して言葉を口にする。
「最後に一つ、失礼を承知でお尋ねします。御身は魔王ではありませんか?」
……TO BE CONTINUDE
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