「今までどこに行ってたの? 全然、呼び出しにも応じないし……」
この一ヶ月、調査が思うように捗っていないのは、零式と連絡がつかないことも原因の一つにあった。
集めた情報の確認をしようと零式に連絡をしても、全然応答がないまま今日に至ったのだ。
何をしていたのかと、桜花が不満げに零式に尋ねるのも当然と言えた。
「なんで、お父様以外の呼び出しに応じないといけないのですか?」
「お兄ちゃん、この船壊していい? 『龍皇』がいるしいらないよね?」
「ちょっ、やめてください! 私はデリケートなのですよ!」
そんな理由で応答しなかったというのなら、このポンコツ艦は壊すべきだと主張する桜花。
そこで、ふと桜花は気付く。なら、太老の連絡なら応じたのだろうかと。
そもそも太老は零式にまだ連絡をしてなかったのかと疑問が生じた。
「お兄ちゃん、今まで零式を一度も呼び出さなかったの?」
「すまん。そもそも記憶から存在を抹消してた」
「なるほど、これが放置プレイという奴ですね!」
どこまでも前向きな零式に呆れる桜花。もう、何を言っても無駄と諦めた。
太老が忘れたいと思うのも無理はない。それでも零式以上に情報収集能力に長けた船は他にない。
だから、今回の任務を彼女に太老は任せたのだが――
「本当にどこに行ってたんだ?」
「お父様に喜んで頂くために、アストラル界を散策してました!」
「アストラル界って、まさか幽世のこと?」
驚いた様子で太老と零式の話に口を挟んだのは恵那だった。
アストラル界、幽世または『生と不死の境界』と呼ばれるそこは物質界の常識が通用しない精神世界だ。現世と冥府を繋ぐ境界にあり、天地開闢からなる知識を記した『記憶の海』へと通じる場所とも言われていた。
太老の世界では、この『記憶の海』のことを『アストラル海』と呼び、触れることは禁忌とされていた。
迷信に近いものだが、実際にアストラル海に関する研究をしていた者の多くが不遇の死を遂げたことで、研究や開発に携わる多くの科学者の間でタブーとされてきたのだ。
「そんなところで何してたんだ?」
「例の情報について知る人物を探してたんですよ。これが逃げ足の速い奴で、ようやく捕まえたんですけどね!」
褒めて褒めてとばかりに目で訴えてくる零式に根負けして、太老は零式の頭を撫でてやった。
色々と問題は多いが、零式なりに頑張っていることは太老も認めていたからだ。
頭を撫でられて『ふにゃあ』と顔がとろける零式を見て、ふと太老の頭に疑問が過ぎる。
「ちょっと待て。こっちの世界じゃ、あんなところに人が住んでいるのか?」
「ああ、人じゃないですよ。高次元生命体――こっち風で言えば神霊みたいなんですけど、なんかむさ苦しいおっさんで」
「おっさん?」
「見ます? 後で拷問して吐かせようと思って捕らえていますけど」
次々に物騒な発言が零式の口から飛び出し、さすがの太老も冷や汗を流す。
「俺、人間には危害を加えないようにって言ったよな?」
「はい。だから人間じゃないですよ?」
アテナが零式と遭遇せず本当によかったと、心の底から思う太老だった。
異世界の伝道師外伝/異界の魔王 第24話『青い悪魔』
作者 193
青い髪の少女――別名『青い悪魔』
この名を聞けば、大半の魔術関係者は震え上がり口を紡ぐと言われている少女の姿をした悪魔だ。
四年前から突如として姿が目撃されるようになり、確認が取れているだけでも殺した神の数は片手では足りぬほど。その残虐な手口と容赦のなさから、恐らくは邪神の類ではないかと推察され、人間を殺しはしないものの逆らった者には容赦がなく、二度と立ち直れないほど精神的なショックを与え廃人と化す、恐るべき悪魔として知られていた。
東欧の魔王すら霞む残虐性からカンピオーネであるという憶測は消え、『最凶最悪の邪神』『史上最大の天災』として魔術師達に恐れられていた。
「あ、これ私のことですね。失礼しちゃいます! 人のことを悪魔だなんて!」
当然の如く、太老に正座をさせられる零式。こいつに任せたのは失敗だったと、今になって太老は後悔していた。
このことに気付いたのは、太老と零式の会話を横で聞いていた恵那とひかりが急に震え始めたからだ。
神霊を捕まえて拷問するという言葉から、零式の正体に察しを付けたのだろう。
神に祈っても無駄、出会ったら何も考えずに逃げろ。捕まったら諦めろ。何かを要求されたら黙って従え。
そう徹底されているくらい、魔術関係者に恐れられているそうだ。そんな賢人議会の公開しているレポートを見て、太老は被害に遭った人達に心の底から謝罪した。
「お兄ちゃん知らなかったの?」
「……その言い方だと、桜花ちゃんはもしかして知ってたのか?」
「うん、零式じゃないかなーって。それもあって呼び出してたんだけど、全然この子応答しないから……」
顔を合わせづらくて逃げているのかと思ったと話す桜花に、そんな殊勝な精神をしていればこうはならないと話す太老。やはり放し飼いはダメだと太老は痛感した。
これ以上、犠牲者が増える前に気付くことが出来てよかったと前向きに考える。そうでもしないと、やっていられなかった。
「ご主人様って、やっぱり凄いんだね……。カンピオーネじゃないって言ってたけど、王様より王様らしいんじゃ?」
「恵那姉様、私ゲームで見たことがあります。太老兄様はきっと魔王を超えた魔王――大魔王なんですよ!」
「ひかり、それを言うなら大魔王は零式で、お兄ちゃんは隠しダンジョンの裏ボスよ」
ひかりのフォローになっていない言葉が太老の胸にグサリと突き刺さり、桜花の言葉がトドメとなる。
誤解を解くどころか魔王や大魔王を通り超して裏ボス認定(鬼姫扱い)までされてしまった太老は、二度と零式を放し飼いにしないと固く心に誓うのだった。
◆
「驚きだったね。ご主人様にあんな秘密があったなんて」
「はい。それでも太老兄様が私達姉妹を助けてくれたことに変わりありませんから」
ひかりの真っ直ぐな気持ちを受け止め、「そうだね」と恵那は笑顔で応えた。
明日は学校もあるが気持ちの整理を付けたいこともあり、ひかりは家に連絡をして恵那と二人で太老の家に泊めてもらうことにした。
両親は勿論、祐理も心配した様子だったが、何かを察したようで何も言わなかった。
恵那と同じベッドに潜り、ひかりは心地よい温もりと柔らかさに包まれる。こうして誰かと一緒に寝るのは久し振りのことだった。
四年前のあの事件が起こる前は、姉の布団で一緒によく寝ていたことを思い出し、ひかりは思わず笑みが溢れる。
「恵那姉様はどうされるんですか?」
「どうするも何も、ご主人様に付いていくよ?」
「でも、恵那姉様は……」
恵那には清秋院の次期党首としての立場、それに媛巫女筆頭としての責務がある。
ひかりはそのことを心配していた。そんなひかりの心配を察してか、恵那はギュッとひかりを抱きしめる。
「いざとなれば、清秋院も一緒に取り込んでもらえばいいし、ご主人様がその気になったら国も動かせるんじゃないかな?」
それどころか、その気になれば大魔王らしく世界征服も可能だろうと恵那は思う。それをしないのは太老の性格だ。
ひかりが慕っている理由を、恵那は太老に会って理解した。本来ならバカ正直に自分の正体を打ち明け、説明する必要だってないのだ。絶対的優位な立場にあるのなら、王様らしくただ命令すればいい。そうしなかったのは、太老なりのケジメだ。
巻き込む以上は、ちゃんと事情を説明して本人に選ばせる。そんな太老だから、恵那は信じることにした。
実際のところ正史編纂委員会も一枚岩ではない。智慧者としての沙耶宮、武力と政治を司る清秋院。他にも九法塚や連城といった四家の思惑が絡み合い、現在も勢力争いは水面下で続いている。
この国には二人の王がいる以上、遅かれ早かれ遠くない未来にどちらの王に付くかを巡って対立が起こるだろう。
――その時、清秋院はどちらにつくか?
委員会のトップを務める沙耶宮家は草薙護堂を支持する考えのようだが、恵那の考えは違っていた。
恵那の祖母が孫を妾に差し出すことで太老と繋がりを持とうと考えたのも、沙耶宮家に対する牽制の意味が強い。草薙護堂との繋がりを深めることで沙耶宮がこれ以上、力を付けることを清秋院は恐れたのだ。
それに万里谷の家はこれからが大変だ。二人の王と接点を持つというだけで注目を集めるには十分だ。王の関係者に危害を加えるような真似はしないだろうが、裏では万里谷家を自分達の側に引き込もうと画策する輩も出て来るだろう。
ひかりのこともある。恐らくそのことで一番頭を悩ませているのは祐理だろうと恵那は察する。なら自分がひかりの傍にいることで、祐理の悩みを少しでも減らせればと恵那は考えていた。
(馨さんらしいね……。私も利用されたってことか)
そこまで考えて、沙耶宮馨が黙って太老のもとへ自分を行かせた理由を恵那はようやく察することが出来た。
清秋院家が正木太老につくことで、少なくとも沙耶宮家との間でバランスを取ることは出来る。正史編纂委員会の実権を握る二家が協力をすれば、万里谷家への干渉を抑えることが出来るはずだ。そうすることで暴走しないように、他家への牽制も含んでいるのだろう。
太老のことは嫌いじゃないし大切な友達を守れるなら、それで構わないと恵那は思っていた。
「寝ちゃったか。大丈夫だよ、祐理もひかりも皆――私が守るから」
話の途中でいつの間にか眠ってしまったひかりの額に、そっと恵那は口づけをした。
◆
早朝――こっそりとベッドから抜け出した恵那は、毎朝の日課である鍛錬に精を出していた。
この亜空間は実際にはマンションに固定されているわけではなく、零式のなかにある太老の専用工房へと繋がっている。レクリエーションや訓練用施設も含んでいるとはいえ、惑星が丸々一つ工房になっているというのだから贅沢な造りだ。森に囲まれた湖畔の周りを散策がてら走り込み、一息つくと恵那は肩に提げた布袋から鞘に入った一本の刀を抜いた。
天叢雲劍――それは嘗て二人の英雄、速須佐之男命と日本武尊が振ったとされる神刀。
恵那が『剣の媛巫女』と呼ばれる理由。彼女の相棒とも言える刀だった。
「やっぱり、ここって……」
剣の鍛錬をしながら、恵那はふと気付く。
俗世の汚れを祓うために、恵那は定期的に霊山に籠り修行をする日々を過ごしている。降臨術師である恵那は、そうしなければ神の御霊を身に宿すことが出来なくなるからだ。
それだけに、この世界に満ちる清浄な空気を恵那は肌で感じ取っていた。
「山に籠らなくても、ここで毎日を過ごせば普通に街で暮らせるんじゃ?」
そう結論が出るのに時間は掛からなかった。どんな聖域でも、ここほど清浄な空気に包まれた場所は他にないだろう。
後でここを使わせてもらえないか、太老と交渉しようと考える恵那だった。
◆
「よう、恵那」
恵那が鍛錬と禊ぎを終え、制服に着替えて皆で昨日食事をしたデッキに向かうと、そこには見慣れない老人が憮然とした姿で食卓に座っていた。
髭と髪は伸び放題で如何にもいかつい姿をしているが、軽く百八十センチは超える体躯に着物の上からでもわかる鋼のように引き締まった筋肉は、老人が只者ではないことを臭わせる。
「おじいちゃま!?」
話をしたことはあっても、こうして直接顔を合わせたことはない。それでも、恵那には目の前の人物が『おじいちゃま』だとすぐに気付くことが出来た。
こうして対峙しているだけでもわかる圧倒的な呪力。それに天叢雲劍が本来の持ち主と再会したことで恵那の背でカタカタと震え、いつになく強い反応を示していたからだ。
速須佐之男命――恵那が『おじいちゃま』と呼ぶ神霊にして、嘗て『まつろわぬ神』であったものだ。
「しっかし、この酒はうめぇな。よかったら、もっと分けてくれねーか?」
「零式が迷惑をかけたみたいだしな。後でお土産に包んでやるよ」
千年もの間アストラル界に隠居していたのだが、不運なことに零式に捕らえられ、ここに連れて来られたのだ。
本来、アストラル界に住む神霊は肉体を捨て、魂だけとなった存在だ。現世に余程のことが無い限りは干渉できない。しかし、この空間は違っていた。
恵那が清浄な空気に包まれていると言ったように、太老の工房は高次元エネルギーによって亜空間に固定された人工の世界だ。汚れのない純粋なエネルギーが大地や大気に満ち溢れている。触媒や依り代がなくても顕現できるだけの力が、この世界には充満していた。
「どうだ? よかったら一杯」
「アホか、子供に酒を勧めるな」
「妾を子供扱いするなと何度言えば……」
恵那は言葉を失い、唖然とした。
日本が誇る英雄神に、ギリシャ最大の女神が一緒に食卓を囲んでいれば驚くのは当然だ。
しかも、そんな二柱の神に気後れすることなく普通に接している太老に、恵那は驚きを通り超して恐れすら抱く。
「恵那姉様、お食事はどうなさいますか?」
「あ、うん……頂こうかな?」
まさか、神と一緒に食事をすることになると思っていなかった恵那は、いつもより控え目に空いている席に腰を下ろした。
幾ら天衣無縫な恵那でも、神様の前で自由気侭に振る舞えるほど厚顔無恥ではない。
「昨日、皆が寝静まった後で酒宴をやってたらしいよ。それでなんか意気投合しちゃったらしくて……あっ、恵那お姉ちゃんお醤油とポン酢どっちにする?」
「それじゃあ、お醤油で……」
今日の正木家の朝食は焼き魚にひじきの和え物と冷や奴。それにお漬け物と味噌汁がセットになった純和風のあっさりとしたものだった。
豆腐に醤油をかけ、恵那は昨日から何度目になるかわからないため息を吐く。
いつもは周囲を振り回し驚かせる立場の恵那が、ここに来てから逆に驚かされてばかりだった。
やはり太老は大物だと恵那は思う。ただの異世界人、ただの宇宙人だと本人は言っていたが、その時点で普通はおかしいと気付くものだ。
他のカンピオーネがどうか恵那は知らないが、太老が人間の枠や常識に収まらない人物だということは理解できた。
(アテナが従っているのは、ご主人様の力を見抜いているから……。そうか、おじいちゃまが気にしていたのって、こういうことだったんだ)
勝負を挑まなくてよかったと心の底から思う。相手にすらされていなかったのだ。格が違い過ぎると恵那は感じた。
まつろわぬ神が人間を気にかけないように、太老にとって神も人も大差ないのだとしたら――恵那はゴクリと息を呑んだ。
昨日は大魔王や裏ボスなど冗談を言っていたが、それは冗談でもなんでもなかったのだと恵那は気付いた。
そうすると、やはり太老の目的が気になる。
「昨日は色々とあって聞きそびれちゃったけど、ご主人様の目的って……」
「ああ、そういや話してなかったな」
改まった様子で姿勢を正し、真剣な表情を浮かべる太老。
場の空気が少し引き締まったのを感じ、恵那はやや緊張した表情を浮かべる。
「俺達の目的。それは――最後の王を捜し出すことだ」
……TO BE CONTINUDE
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