「捜し出して、どうする気だ?」

 ピシリと場の空気が凍り付く。太老の言葉に真っ先に反応したのはスサノオだった。
 スサノオの身体から発せられた濃厚な呪力と威圧感に、恵那とひかりを息苦しさを感じ動けなくなる。
 太老の返答次第では戦いになる。そんな一触即発の状態に割って入ったのは、

「お父様を挑発するなんて死にたいのですか? 殺しますよ?」

 青い髪の少女――零式だった。
 零式に頭を踏んづけられ、顔面から床にキスをして動かなくなったスサノオを見て、恵那とひかりは硬直する。
 噂には聞いていたが、神を神とも思わぬ『青い悪魔』の所業に二人は、ただ戦慄するしかなかった。

「また、お前は……行き成り現れて、何をやらかしてるんだっ!」
「あううぅ……ぐりぐり! ぐりぐりだけはやめてください! ギブッ! ギブです!」

 太老は、そんな零式のこめかみを拳で挟み込む。所謂グリグリ――またの名を『ウメボシ』というアレだ。
 太老のウメボシ攻撃を食らい、声にならない悲鳴を上げる零式。魔術師達が戦慄するような光景だ。これではどちらが悪魔かわかったものではなかった。
 桜花は慣れた様子で、太老と零式のやり取りをスルーし黙々と御飯を食す。
 ひかりは『太老兄様凄いです』と感心し、恵那は『ご主人様だけは絶対に怒らせないようにしよう』と固く心に誓い反芻していた。

「おっさん、大丈夫か?」
「あ、ああ……すまねえ。完全に不意を突かれた。とんでもない奴だな。俺に気配の一つも感じさせねえとは……」

 太老に手を貸してもらい、起き上がるスサノオ。まだフラフラとする頭を手で押さえる。
 天の岩戸やヤマタノオロチの伝承などからも分かる通り、盗み欺くことに関しては神のなかでも一日の長がある彼が、零式の攻撃にはまったく反応できなかった。
 あんな風に不意を突かれるのは、スサノオも初めての経験だ。

「あの程度で驚くとは愚かですね。お父様の方が凄いですよ? 私は基本的にお父様をベースに作られたので」

 ギョッとした顔で、太老を見るスサノオ。
 只者ではないと思っていたが、まさかそれほどとは――と目を見開く。

「フフン、お父様の凄さが少しは理解できましたか?」

 自分のことのように太老の凄さを自慢する零式。彼女にとって太老こそ、真に神と呼べる存在なのだ。
 故に高次元生命体とはいえ、世界の(ことわり)に縛られた存在で太老に意見するなど、零式からすれば身の程知らず、分を弁えない愚か者にしか思えなかった。
 太老が止めなければ、さっさと拷問にかけて情報を聞き出すつもりでいたのだ。
 太老の慈悲に縋っている分際で恩を忘れ太老に牙を剥くなら、今度こそ殺すとばかりに零式はスサノオを威圧する。

「なんで、お前はいつもそうやって問題を大きくするんだ?」
「お父様ほどではないと思いますけど?」

 どっちもどっちだった。ぽろりと桜花の箸からご飯粒がこぼれ落ちる。
 桜花からすれば、どちらも大差はない。いや、太老の方がある意味で酷いと思うが口には出さなかった。

「まったく誰に似たのか……」

 小さい子供を諭すように、零式を叱る太老。
 どうしてこんな性格になったのかと考え、鷲羽の顔が頭を過ぎって太老は嘆息した。





異世界の伝道師外伝/異界の魔王 第25話『最後の王』
作者 193






「別に捜し出してどうこうするつもりはないよ。そもそも用があるのは『最後の王』そのものじゃなくて船の方だしな」
「船だと……それってまさか」
「その様子だと心当たりがあるみたいだな。そう、あんたらが『アルゴー号』とか呼んでる船のことだ」

 アルゴー号は『黄金の羊の毛皮』を求め旅に出たイアソンと共に、女神ヘラの導きによって集まった英雄達が乗船したとされる船のことだ。
 まさか『最後の王』について、そこまで調べていると思っていなかったスサノオは驚きの表情を浮かべる。

「だが、そんなものを探し出してどうする? あれは人間に扱えるもんじゃないぞ」
「アンタ等も勘違いしているようだから言っておくが、あの船は『アルゴー号』なんかじゃないぞ」
「……なんだと?」

 今まで信じていたものをあっさりと覆す太老の発言に、スサノオは怪訝な表情を浮かべる。では、あれがアルゴー号でないと言うのなら何だと言うのか? 『最後の王』の正体にも関わる重要なことだけに聞き逃せない話だった。
 スサノオは千年も昔から『最後の王』の眠りを見守り続けてきた。彼が日本の呪術界に君臨し裏から色々と人間達に指図してきたのも、すべては太老のように『最後の王』を捜す者達から『最後の王』を遠ざけ隠すためだ。そうしてスサノオが警戒するほどに、『最後の王』とは厄介な存在だった。
 かの王が『最強の鋼』と称されるのも当然だ。鋼の英雄と魔王は古の時代から争ってきた仇敵の間柄。そのなかでも最強と称される鋼は、カンピオーネにとって天敵とも言える相手だ。どのようなカンピオーネであろうと、いや例えそれが神や精霊であったとしてもアレ≠ノは絶対に敵わない。スサノオはそう確信していた。
 最後の王が甦れば、確実に魔王殲滅に動き出す。そうすれば世界は再び、災禍に見舞われることになる。だからこそ、今から千年前『最後の王』がすべての魔王を殺戮し東方の島国で眠りについた時、スサノオは志を同じくする協力者達と力を合わせ『最後の王』の寝所に幾重もの細工と封印を施したのだ。この地を再び、魔王殲滅の戦場としないために――。その封印の舞台となったのが日本だった。
 その今日(こんにち)まで隠し続けてきたものが信じていたものと違うなどと言われれば、スサノオとしても『はい、そうですか』と納得できる話ではなかった。

「あれは『皇家の船』――俺達の世界で最強とされる船だ」


   ◆


 太老達の目的を知らされ、話を聞いてた一同は黙って息を呑んだ。

「まさか、そんなバカな話が……」

 これまで信じてきたものすべてが否定されたような感覚に襲われ、スサノオは酷い目眩に襲われた。
 太老が嘘を言っていないことはわかる。しかし、だからと言ってすべてを鵜呑みには出来ない。
 これは彼だけでなく、この国――いや、この世界の根幹を揺るがす問題だ。

「既に大体絞り込みは終わってるから時間の問題なんだけど、おっさんが素直に教えてくれれば手間が省けるんだがな」
「俺だけの一存では決められねえ……。悪いが話の続きは今度にしてくれ」

 太老も無理に聞き出すつもりはなかったのか、納得した様子で頷く。元々スサノオが零式から逃げ回っていたことからも、簡単に話してくれるとは考えていなかった。
 古老――スサノオのように幽世に隠居し、日本の呪術界の裏に君臨している神や、それに連なる者達のことを人間達はそう呼んでいる。正史編纂委員会にとって、特に日本からすれば絶対に他国には知られたくない秘密となっていた。
 それはそうだ。人間社会に必要とあれば口を出す神がいるなど、人間にとっては邪魔な存在でしかない。それが――まつろわぬ神であった存在なら尚更だ。
 古老に関しては恵那だけでなくひかりも知っていたが、太老の話に関しては初耳だった。それだけにショックも大きかった。
 そもそも日本にそんなやばい存在(モノ)が眠っているなど、これまでに一度も耳にしたことがなかったからだ。

「ご主人様、なんか凄い話を聞いちゃったような気がするんだけど……」

 そーっと手を挙げ、恐る恐る口に出す恵那。ひかりも恵那に同意するようにコクコクと首を縦に振って頷く。
 目的を教えて欲しいと言ったのは自分達だが、本当に聞いて良かった話なのかと怖くなる。
 ここで聞いた話を外に漏らせば、人間社会は大混乱に陥るだろう。いや、そもそも信じてもらえるか怪しいが、それでも大変なことになると容易に想像が出来た。

「ちなみに、この世界に漂着した『皇家の樹』は第二世代のものだ。単純な力なら零式より上、太陽系くらいは簡単に消滅させられる力を持ってる」

 太老の補足を聞いて、顔を青ざめる恵那とひかり。地球が滅びるとか、そう言ったスケールの話ではなかった。
 しかし、これでも控え目に言ってのことだと二人は知らない。リミッターを外せば『皇家の船』一隻で、銀河を滅ぼすことも可能なのだ。
 まつろわぬ神が霞むほどの脅威だ。もはや天災などと言った次元の話ではない。だから恐怖と困惑を呑み込みながら恵那は質問を続けた。自分から質問をしたというのもあるが、やはり知っておくべきだと考えたからだ。

「でも、なんでそんなものが……」
「第二世代の樹ってのは、そのまま第一世代から生まれるんだが……ちょっとした手違いがあってね」
「うっ……」

 太老に半眼で睨まれ、桜花がバツの悪そうな表情を浮かべる。実は天樹のなかに太老のメイン工房があるのだが、そこで彼女は過去にある騒ぎを起こしていた。
 太老を追って異世界に渡ろうとした際、太老の工房にある道具を幾つか持って出ようとしたのだが、そこで踏んではならないスイッチを踏んでしまい亜空間の扉を開き、太老の発明品を次元の挾間に落としてしまったのだ。
 しかも行方知れずとなっているのは、哲学士の作りだした一品物(オートクチュール)ばかりだ。それ一つで世界のバランスを崩しかねないオーバーテクノロジーの産物だけに調査と回収は最優先とされた。そして、ここ最近になって太老の発明品だけでなく『皇家の樹の種』までもが、亜空間を漂っていることがわかり大騒ぎとなったのだ。

「『皇家の樹』の種や苗木の管理は基本的に天樹がやってるんだけど、種を入れた育成ユニットを樹の端末体が工房に持ち込んでいたみたいでね。それが亜空間に取り込まれたと知れて、そりゃ大変な騒ぎになったよ」

 過去に太老が天樹に足を踏み入れることになった事件。そこで出会った最古の皇家の樹。その子供が亜空間に取り込まれたのだ。
 何故そんな真似を『皇家の樹』がしたのかはわからない。しかし、それが樹の意思だと『皇家の樹』の生みの親とも呼べる始祖・津名魅が言っていたことから、太老はそんなこともあるのかと納得していた。
 正確な時間はわからないが、恐らく何万・何十万年という大昔に、この世界に『種』が漂着したものと太老は推測していた。

「亜空間内の時間ってのは曖昧でね。稀に亜空間に取り込まれた物体が時間を飛び越えることはあるんだが、まさかこんなに時間がズレているとは思ってなくて焦ったよ。反応から逆算してこの世界に流れ着いたことまでは突き止めたんだが、そこから調査は難航してね」

 まつろわぬ神も『皇家の樹』も高次元生命体だ。それだけに力の性質はよく似ている。星全体を高次元エネルギーが覆っていたため『皇家の樹』の場所の特定が遅れ、更にはこの世界独特の神や魔王を生み出す星のシステムが調査を困難にしていた。
 四年間の地道な調査の結果『最後の王』と『船』の存在に辿り着き、そこから算出したデータをもとに日本を特定するに至ったと言う訳だ。

「ごめん、ご主人様。スケールが大きすぎて話についていけない……」
「恵那お姉様、私もです……」

 理解の範疇を超えた話の内容に、お手上げと言った様子で手を挙げる少女二人。

「もっと驚かすことになるかもしれないが、それが切っ掛けなんじゃないかと思うんだよな」
「お兄ちゃん、まさかそれって……」
「最初はこの世界に漂着したのは『皇家の樹』だけかと思っていたんだが、そうじゃないみたいだ。そもそも神や魔王ってなんだと思う? 星を覆っている高次元エネルギーといい、こんな世界が普通に存在すること自体おかしいんだ」

 太老の話は、ただの憶測に過ぎない。しかし、かなり核心に迫っていると太老は自信を持っていた。
 哲学士としての勘。そして、そう確信するだけの心当たりが太老にはあったからだ。

「アルゴー号。それが、この世界の仕組みを作り出している鍵。そして『最後の王』――そいつは恐らく『まつろわぬ神』じゃない」


   ◆


 ひかりはそのまま学校を休むことになり、恵那も考えを整理したいからと言って、その場は一先ず解散となった。

「あの二人驚いてたね。お兄ちゃん、もしかして『最後の王』の正体にも見当が付いているんじゃないの?」
「あー、まあ……余り言いたくはないんだけどな」
「どういうこと?」
「この推測が当たっていると仮定すれば言えることは一つ。そいつは鷲羽や鬼姫の次くらいに俺が相手をしたくない奴ってことだけだ。いや、黒歴史と言ってもいいな……」

 ゴクリと桜花は息を呑む。太老があの二人の名前を出して、その次くらいに厄介と例えるような相手だ。
 太老がそこまで言う相手なら、もしかすると自分でも危うい相手かもしれないという考えが桜花の頭を過ぎった。
 それでなくても第二世代の『皇家の樹』が関わっている厄介な事件なのだ。危険度は一気に跳ね上がる。

「お兄ちゃん、正直に答えて欲しいんだけど結構やばい?」
「手段を選ばなければ、なんとかなるレベルってところか」
「それって、かなりやばいんじゃ……」

 太老が手段を選ばなければという時点で、相当にヤバイことが桜花には伝わった。
 予想より遥かに厄介な問題に、桜花はどうしたものかと腕を組んで唸る。
 そんな深刻そうな話をする二人を横に『よっ』と腰を上げるスサノオ。

「俺もそろそろお暇させてもらうぜ。さっきの話なんだがな」
「ああ、そっちにも立場があるだろうしな。無理に聞き出すつもりはないよ」
「……いいのか? そんなので」
「正直、俺達の邪魔さえしなければそれでいい。俺の推測通りなら、この世界の(ことわり)に囚われてる神や魔王は『最後の王』には絶対に勝てない。大人しく隠居して、この件には今後一切関わらないことをオススメするよ」
「それは妾にも言っておるのか?」
「俺的にアテナには一番関わって欲しくないかな。もう家族だと思ってるし、危ない目には遭わせたくない」

 巻き込んだ以上はきちんと説明したが、この件には極力関わらないで欲しいと太老は考えていた。それは恵那やひかりも同様だ。
 それに(もと)を正せば、自分達の招いた種だ。その尻拭いをこの世界の人達にさせるつもりは、最初から太老にはなかった。
 だが、そんな太老の言葉にアテナはどこか怒っているといった感じで不服そうな表情を浮かべる。

「あなたは度し難いほど甘く、お人好しだな。そして間抜けだ。既に妾達は当事者なのだぞ?」
「それを言われると辛いんだけど……」
「ならば、自覚しろ。あなたの都合など妾は知らぬ。自分のやりたいようにやるだけだ」
「もしかして……怒ってるのか?」

 ふと気になって尋ねた太老だが、その問いにアテナが答えることはなかった。





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