白い外套を羽織った中性的な顔立ちの少年――ウルスラグナは、島の中心にそびえ立つ城≠微妙に反応に困る表情で見上げていた。
城と言ってもヨーロッパを中心に見られる中世式のものではなく、天守閣のある日本式のお城≠セ。
ただ屋根の上にはシャチホコではなく、猫のようなウサギのような謎生物の装飾が鎮座していた。
「数多の挑戦者を絶望へと落としてきた虎の穴。今回は、そのスペシャルバージョンをご用意しました!」
どこからか太鼓の音が聞こえてきたかと思うと、少女(零式)のものと思しき声が島の空に響く。
そして、
「その名も、風雲・タロウ城! しかも、難易度は前人未踏の極! そして――」
空が暗くなったかと思うと、スポットライトがウルスラグナに当たる。
さすがのウルスラグナも、この脈略のない展開にはついていけず困惑を隠せない様子を見せる。
「それに挑むチャレンジャーは――勝利を司る軍神ウルスラグナ!」
「ああ……少し質問はよいか?」
「ええ、折角盛り上がってきたのに……段取りを無視しないで欲しいんだけど」
律儀に右手を上げて尋ねてくるウルスラグナに、零式は転送の光と共に姿を現すと面倒臭そうに答える。
とはいえ、零式は今回、太老からゲームマスター≠命じられていた。
ルールを違反したのならまだしも、プレイヤーから聞かれたことには答える義務がある。
「今一つ状況が理解できないのだが、神殺しは何処に?」
「お父様なら天守閣――目の前の城の頂上で待ってるわ」
「ようするに……神殺しと戦うには、この城を攻略する必要があると?」
「そういうことね」
零式の説明に、なるほどと納得した様子を見せるウルスラグナ。
恐らくは、この島を覆う結界や目の前の城も、太老の力の一端なのだろうと考える。
決闘の日時と場所を指定したのも、この準備を調えるためだと考えれば説明が付くからだ。
しかし、それを卑怯だと言うつもりはなかった。
「で? ゲームに参加するの? 引き返すなら今のうちだけど、どうする?」
「そんなもの答えは決まっている」
どのような勝負であったとしても、勝利の軍神の名において戦わずに逃げるなどと言った選択肢があるはずもない。
自身の勝利を決して疑わないウルスラグナの自信に満ちた顔を見て、呆れた様子を見せる零式。
仮にもアテナと同じ神≠ニ呼ばれる存在だ。ウルスラグナを甘く見ているつもりはない。
常勝不敗の軍神と言うからには、根拠のない自信ではないのだろう。
しかし――
(まあ、すぐにお父様の偉大さを理解するでしょうね)
仮に運すらも味方につける能力を持っているのだとしても、相手は太老だ。
挑まれた勝負からは、どんな内容であったとしても逃げない。
それが常勝不敗の軍神たる彼のポリシーなのだろうが――
それでは絶対に太老には勝てない、と零式は確信するのだった。
異世界の伝道師外伝/新約・異界の魔王 第30話『タロウの城』
作者 193
「……悪い夢でも見ているみたいだわ」
モニターに流れる映像を眺めながら、エリカは溜め息交じりにそう漏らす。
映像には、どこかで見たようなアトラクションに挑戦するウルスラグナの姿が映し出されていた。
まつろわぬ神との戦いと言うことで、いろいろと覚悟を決めていたのが、バカらしくなるような光景だ。
そもそも、どうしてウルスラグナはこんな茶番に付き合っているのかと疑問を抱くところだが――
「あの城の中では、超能力の類は一切使えないからね。それは権能≠煦齒潤Bアテナで実証済みだから」
「実験に付き合わされた方は堪った物では無かったがな……」
桜花の説明に、揃って大きな溜め息を漏らすアテナとエリカ。
神の権能が封じられるという理不尽な状況に、実験に付き合わされたアテナが頭を抱えたことは言うまでもない。
その理不尽さをエリカも三日前に経験させられただけに、アテナの気持ちが嫌と言うほど理解できてしまう。
Sランクのエスパーの超能力さえも軽々と封じることが出来る力場が、タロウ城の中には展開されていた。
頼れるのは、己が知恵と肉体のみ。当然、神の権能さえも封じるのだから、魔術師の魔術も使えない。
そのため、エリカも死にそうな目に遭わされたのだ。
「でも、権能を封じられているのに結構がんばるね」
太老の用意したトラップを堅実にクリアしていくウルスラグナに、桜花は感心した様子で唸る。
便利な能力ばかりに頼っていると、他が疎かになる者が多い。
生体強化を受けているとは言え、人間のエリカは仕方がないとしても、アテナでさえ七つあるステージの内三つ目までしかクリアすることが出来なかったのだ。
しかし、ウルスラグナは既に四つのステージを攻略し、更に駒を進めていた。
この様子だと、本当に太老の待つ天守閣にまで辿り着くかも知れない。桜花が驚くのも当然だった。
力押しで太老のトラップを突破したサルバトーレ・ドニのような例外もいるが、あれは例外中の例外と言っていい。
「……言っておくが、妾がウルスラグナより劣っていると言う訳ではないからな?」
そんな桜花の考えを察してか、反論するアテナ。
「そう言えば、いまは完全な状態じゃないんだっけ?」
「うむ……蛇さえ取り戻せば、妾とてあのくらい……」
若干負け惜しみぽく聞こえるが、格で言えばアテナは決してウルスラグナに劣っていない。
しかし、いまのアテナは半身たる蛇を失い、不完全な状態だ。
まつろうこともないが、神としての能力は著しく制限されている。
そのため、運動が苦手と言う訳ではないが、権能を封じられれば多少身体能力が優れているだけの年相応の少女でしかない。
頭を使うものならともかく、こういった身体を使うアトラクションは余り得意とは言えなかった。
「そもそも神様基準の難易度っていうのがね……本当に攻略できる人なんているの?」
「私の知っている限りだと、結構いるね。あ、勿論、神様とかじゃなくて普通≠フ人間だよ」
いやいや、と桜花の言葉に反論するかのように、思わず左右に手を振るエリカ。
神様ですら苦戦するような代物を攻略できる人間が、ただの人間であるはずがない。
最低でもカンピオーネクラスの実力がなければ――
「……って、結構?」
とんでもなく聞き逃せない情報を耳にした気がして、聞き返すエリカ。
「うん。ひのふのみの……両手じゃちょっと数え切れないくらい?」
「……ごめんなさい。いまのは聞かなかったことにさせて」
零式に倒されたヴォバン侯爵を入れても、現在カンピオーネと目される人物の数は七人だ。
それが両手で数え切れないということは、少なくとも十人以上。カンピオーネと同格かそれ以上の化け物がいると聞いて、エリカが目眩を覚えるのも無理はなかった。
そのため、この際聞かなかったことにしようと考えたのだ。無謀にも神に挑んで死にかけたことがあるだけに思うところもあるのだろう。
それに、誰かに言ったところで信じて貰えるような話ではない。エリカは桜花がこんな分かり易い嘘を言わないと知っているが、普通は一笑されるような話だ。
「あ、あのアトラクション見たことがあります! 昔、日本のバラエティ番組でやってた奴ですよね?」
「そのような番組があるのですか? さすがはサムライの国ですね……」
「グィネヴィア様。それを言うのなら、この場合はニンジャですわ」
そんななか仲良く鑑賞するアリアンナとグィネヴィア。
それに偏った知識を披露するアリスを見て、エリカは眉間にしわを寄せながら、また一つ大きな溜め息を溢すのだった。
◆
「驚いた。まさか、本当にここまで辿り着くなんてな」
天守閣まで辿り着いたウルスラグナに驚き、心の底から感心した様子で賞賛を送る太老。
高次元生命体とは言っても、能力を制限された状態で突破できる可能性は三割に満たないと考えていたのだ。
しかし、
「かなり、苦労をさせられたがな……」
満身創痍とまでは行かずとも、かなりの消耗をウルスラグナは強いられていた。
甘く見ていたのは、太老だけではない。ウルスラグナも自分のなかに慢心があったことを認める。
まさか、神の力の象徴たる権能を封じられるとは思ってもいなかったからだ。
封じられたのは権能だけだったので、まだ辛うじてどうにかなったが、正直なところギリギリだった。
ウルスラグナの最大の強味は、十の化身が持つ多様性と適応力にあるからだ。
それが封じられてしまえば、手足をもがれたも同じだ。ここまで辿り着けたのは、運によるところが大きかった。
「最初は権能が封じられたことから、王のチカラを簒奪したのかと思ったが……」
ウルスラグナが仕えたとされる光明と契約の神ミスラ。
かの神王であれば、ウルスラグナの力を一時的に封じることも不可能ではない。
だから、もしかしたらとウルスラグナは太老の持つ権能に当たりを付けていたのだ。
しかし、
「こうして直接まみえたからこそ、よく分かる。不思議な神殺しだ。御主は本当に神殺しなのか?」
「さてな。不本意ながらそう呼ばれてはいるけど、自分から名乗った訳じゃないしな」
まつろわぬ神は宿敵たる神殺しと会えば、すぐにその相手が神殺しであると分かる。
まつろわぬ神と神殺しは引かれ合うもの。出会えば、戦いを避けられない宿命にあるからだ。
しかし、こうして太老と対峙しても闘争本能を掻き立てられる様子はない。
むしろ、ただの人間にしか見えないのだから、これほど不気味なものはなかった。
「とはいえ、我も常勝不敗の軍神を名乗る以上、二度も敗北を喫する訳にはいかぬのでな。神殺しであろうとなかろうと関係ない。雌雄を決しようではないか!」
「俺としては、ここまで辿り着いた時点で、そっちの勝ちでも構わないんだが……」
それで納得して引き下がってくれるほど、ウルスラグナが甘い存在ではないことは太老も理解していた。
本音を言えば、太老としてはアテナを含め、この世界の神様と積極的に戦いたいと思っていないのだ。
むしろ戦わずに済むのであれば、それが一番だとも考えている。
だからゲームを持ち掛け、適当に落としどころを見つけて、お引き取り願うつもりだったのだが――
「仕方がないか。だけど、その前に――」
まだ最後のゲームが残っている、と太老はニヤリと笑うのだった。
◆
「はあ?」
モニターを見上げながら、呆気に取られた顔で固まるエリカ。
無理もないだろう。太老が最後のゲームと称してウルスラグナに持ち掛けた勝負。
それは――
「ジャンケンって何よ!?」
「え? エリカお姉ちゃん、知らないの?」
「知ってるわよ! だから、なんで最後の勝負がジャンケンなのかってことよ!?」
常識を打ち破る展開に、いろいろと我慢をしていたものが限界に達したのだろう。
ヒステリックに叫びながら、桜花に詰め寄るエリカ。
幾らなんでも最後の最後でそれはないだろうと、叫びたくなるのも無理はない。
「エリカ様。ただのジャンケンじゃなくて、目隠しジャンケンですよ」
「どっちだって一緒よ!?」
太老やウルスラグナの身体能力なら、後だしで勝つことも難しくない。
お互いにそれをやったら勝負がつかないので目隠しジャンケンなのだろうが、エリカからすれば同じことだった。
「あ、そっか。エリカお姉ちゃん、知らなかったんだっけ?」
「……どういうこと?」
桜花の反応に何かあるのかと、怪訝な表情を見せるエリカ。
そんな彼女に桜花は――
「この手の少しでも運≠フ絡むゲームで、お兄ちゃんと互角に渡り合えるのって一人しかいないからね」
◆
「……あっさりと決着がつきましたね」
「……そうだな」
まつろわぬ神やカンピオーネの恐ろしさを知らない魔術師はいない。
どんな死闘が始まるのかと、不安に苛まれながら事の成り行きを見守っていれば、この結果≠セ。
結果だけを言えば、太老の勝ちだが――
「あの方は何を考えているんだ!?」
消耗したウルスラグナが相手なら、もっと確実に勝つ方法があったはずだ。
これではなんのために決闘の日時を指定し、罠を仕掛けたのか分からない。
最初は太老の取った行動に驚きつつも、ウルスラグナを消耗させるための作戦だと気付き、二人で感心していたのだ。
なのに――
「どうして、ジャンケンなんだ……」
「太老様には、勝算があったのでは?」
頭を抱えるリリアナに、カレンはふと思いついたことを口にする。
ここまで計算尽くでウルスラグナを追い詰めた太老が、勝算もなく運任せの勝負にでるとは思えなかったからだ。
ウルスラグナは常勝不敗の軍神。太老がジャンケンを提案した時、勝負を受けたのはウルスラグナも自信があったからだろう。
その証拠にウルスラグナも、自分が負けたことに驚きを隠せない表情を浮かべていた。
「だが、仮にそうだとしても、敢えて自分が不利になるような条件をだすなど……」
「そこは神に挑むような方ですから……」
ただジャンケンを提案するだけなら、まだいい。
しかし、勝った方が負けた方の言うことをなんでも一つ聞くというのは、正気の沙汰とは思えなかった。
言霊には力が宿る。口約束であったとしても、神と交わした約束であれば破ることは出来ない。
最悪の場合、契約によって命を奪われ、死んでいたかもしれないのだ。
「ですが、これで逆にウルスラグナは契約≠ノ縛られることになります」
恐らくはそれが太老の狙いだったのだろうと、カレンは話す。
ウルスラグナを契約を縛ることで使役するのが狙いだったと考えれば、一連の不可解な行動にも説明が付くと考えたからだ。
「青い悪魔にアテナ。そして、今度はウルスラグナか……」
「とてつもない戦力ですね……。私たちは本当に運が良かったとしか思えません」
国どころか世界を滅ぼせそうな戦力だ。
本来であれば組織ごと葬られていた可能性が高いことを考えると、自分たちは運が良かったと話すカレンの考えは間違いとは言えなかった。
魔術師の常識で考えれば、カンピオーネと敵対すると言うことは文字通り死≠意味するからだ。
「リリアナ様。くれぐれも言っておきますが――」
「……分かっている。自分の立場は理解しているつもりだ」
こんなものを見せられては、今更逃げる気も逆らう気もおきない。
それに太老には自分たちの命だけでなく、青銅黒十字を救ってもらった恩がある。
太老に剣を捧げ、命を賭して尽くすことでしか受けた恩は返せない。
それが自分に出来る唯一の罪滅ぼしだと、リリアナは考えていた。
しかし、
「エリカ様とも仲良くしてくださいね。立場はあちらが上なのですから、何を言われても怒ったりしてはいけませんよ」
邪な笑顔で上から見下ろすエリカの顔が頭を過ぎり、リリアナは悪魔に魂を売った自分の境遇を再確認するのだった。
……TO BE CONTINUDE
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