――人気のカフェで海を眺めながら、午後の紅茶を楽しむ見目麗しい少女たちの姿があった。
エリカに恵那。そして、リリアナの三人だ。今日はリリアナもメイド服ではなく私服姿で二人に同行していた。
というのも、今日は仕事ではなく観光≠ェ目的で、お台場まできているからだ。
ちなみに、桜花とグィネヴィア。それにアリスの三人はアリアンナを伴って、浅草巡りをしていた。
アテナとウルスラグナは本人たちの希望もあって船で留守番。カレンも二柱の世話で、船に残っている。
「媛巫女を辞めるって、本気なの?」
まったりとした時間が流れる中、丁度良い機会だからと、ずっと気になっていたことを恵那に尋ねるエリカ。
日本の呪術界についてそれほど詳しい訳ではないが、恵那が組織の中でも重要な立場に置かれていることは想像が付く。
降臨術の使い手は、それこそ魔女の資質を持つ者よりも遥かに稀少な能力だからだ。
ましてや、その身に神を宿せるほどの資質を持つ降臨術師ともなると、世界でも両手で数えられる程しかいないだろう。
エリカですら恵那ほどの使い手を他に知らない。そんな彼女を正史編纂委員会が簡単に手放すとは思えなかったのだ。
実際、甘粕が恵那についてきた理由も薄々ではあるが、エリカは察していた。
だが、
「本気だよ。だって、そうしないと王様の近く≠ノいるのは難しそうだしね。エリカさんだって気付いてるんでしょ?」
勘が良いとは思っていたが、だから甘粕にあんなことを言ったのかとエリカは納得する。
これから太老が何をしようとしているのか?
薄々とではあるが、恵那も察していたのだろう。
「……どういうことだ?」
そんななか本気で分かっていない様子で首を傾げるリリアナに、態とらしく肩をすくめながらエリカは溜め息を吐く。
エリカの態度にムッとしながらも、グッと堪えるリリアナ。いつもと違って何も言い返さないのは、宴会の件が尾を引いているからだった。
恵那の抜け駆けに気付くことが出来ず、事の顛末をすべてが終わってから聞かされたのだ。
太老の騎士(メイド)を自称する彼女にとっては、痛恨の極みだったのだろう。
「おかしいと思わなかったの? 桜花さんの態度」
「え? いや……確かに言われて見れば、少し変だったような気も……」
日本へ着くなり太老が姿を眩ませてしまい、すぐに追い掛けるべきだとリリアナは進言したのだが、桜花が「私たちは私たちで観光を楽しみましょ」と言って話を落着させてしまったのだ。いま思えば、エリカの言うように少し桜花の態度がおかしかったように思う。
いつもの彼女なら、すぐにでも太老を追い掛けて行きそうなものだからだ。
「太老が消えた理由を知っているということよ。恐らく、太老の邪魔をさせないように私たちを遠ざけようとした」
「そんな! 邪魔をするつもりなど!?」
「足手纏いっていうのは否定できないでしょ?」
まったく反論できないエリカの指摘に、ただ唸るしかないリリアナ。
神との戦いに自分程度が加勢したところで、役に立たないことは理解しているからだ。
むしろ、足を引っ張る可能性の方が高い。だからと言って――
「……あなたは、それで良いと思っているのか?」
「よくないと思っているわよ。悔しくない訳がないじゃない」
心の底から悔しそうにリリアナの問いに答えるエリカ。
そんなライバルの姿を見て、リリアナは自身の失言に気付く。
そう、悔しくないはずがないのだ。
太老に頼りとされないことを、このなかで最も悔しく感じているのはエリカだった。
「でも、それは私たちが弱いからよ。桜花さんほど……とは言わないまでも、せめて足を引っ張らない程度にはならないと」
太老に頼りにされることは一生ないだろうと、エリカは嘆息しながら答える。
自分も他人事ではないと感じて、エリカの話に考えさせられるリリアナ。
だが、そこであることに気付き、
「話は理解したが、それとさっきの話の何が繋がるんだ?」
そう尋ねるリリアナ。
エリカと恵那が話していた件と、いまの話のどこに接点があるのか分からなかったからだ。
「太老がどうして、日本へ来ることを決めたと思っているの?」
「それは最後の王≠フ情報を得るためでは……?」
「そうね。それもあるわ。でも、これまでの太老の行動から、私はこうも考えているわ」
ヴォバン侯爵を降し、ドニを退けた今、残すところヨーロッパで活躍する魔王は〈黒王子〉のみだ。
事実上、欧州の三分の二は太老の支配下に入ったと言っていい。
その太老が次に目指すもの。それは――
「支配圏の拡大。この日本を手始めに、今度はアジアを支配するつもりよ」
如何にも魔王らしい目的に、リリアナは戦慄するのであった。
異世界の伝道師外伝/新約・異界の魔王 第37話『覇業への一歩』
作者 193
「……考えすぎではないのか?」
「そうかな? これまで集めた資料を王様に見せてもらったけど、『最後の王』って世界中に足跡を残してるんだよね?」
いつの間に、と恵那の言葉に驚きながらも、太老が許可したのならと納得を見せるエリカ。
一方でリリアナは、まさかそういうことなのかと太老の狙いに気付いた様子を見せる。
「情報を効率良く集めるため? 魔術師たちが秘匿している情報を引き出すためか?」
リリアナの質問に、エリカは無言で頷く。
カンピオーネに関する情報を広く公開をしている賢人議会が特殊なだけで、魔術師とは基本的に秘密主義だ。魔術の深奥に辿り着くためであれば他者を蹴落とし、非人道的な行為に手を染める魔術師も少なからずいる。それこそが魔術師の本質であり、日本の呪術師たちも例外ではないだろう。
古老と称した神霊を組織の相談役に据え、千年もの間、他国に知られないように存在を秘匿してきたのだ。他にも隠していることは、たくさんあるはずだ。
そんななかで『最後の王』に関する情報を集めたところで、どれだけ正確な情報を得られるか分からない。
魔王に嘘を吐くような度胸はなくとも、敢えて話さないと言った程度のことはするだろう。
「恵那が言うのもなんだけど、王様やエリカさんの危惧は当然かなって。日本にはカンピオーネのことをよく知らない人が多くて、王様のことを甘く見ている人たちが一定数いるんだよね。特に王様って義理堅くて情に厚い一面があるでしょ? だから勘違いしちゃってる人たちもいるみたいなんだ」
恵那の話を聞いて「そんなバカな……」と呆れるリリアナ。
欧州の魔術師であれば、カンピオーネの恐ろしさを知らない者などいない。太老が『最後の王』の情報を集めていると聞いて魔術師たちが積極的に協力しようとするのも、カンピオーネに対する恐怖が背景にあるからだ。魔王の恐ろしさを幼い頃から叩き込まれてきたリリアナからすれば、信じられないような話だった。
エリカも甘粕から同じような話を聞いた時には信じられなかったのだ。リリアナの反応は当然であった。
「だが、確かにそうした状況なら納得の行く話か……」
太老は王の中でも特に慈悲深いと言われているが、敵対する者に対しては容赦の無い苛烈さを持ち合わせている。
どれだけ優しそうに見えても、魔王であることには変わりないのだ。
なのに自分たちに都合の良い話ばかりを信じて太老を甘く見るなど、リリアナからすれば救いようのない愚かさだった。
ああ……だからか、と甘粕が恵那に同行をした理由をリリアナは察する。
日本の中にも正しくカンピオーネの危険性を理解している者が、少なからずいると言うことだ。
「でも、支配をすると言っても簡単な話ではないわ。いまは〈赤銅黒十字〉や〈七姉妹〉が上手く取り纏めているけど」
「……日本の呪術師たちが言うことを聞くはずもない。欧州の下につくことをよしとするはずもないか」
エリカの言いたいことを理解して、リリアナはようやく合点が行ったと言う表情で頷く。
いまは〈赤銅黒十字〉が〈七姉妹〉と協力して、太老に恭順を示す欧州の魔術師たちを纏めているが――
同じことを、この日本でやれるかと言えば難しいだろう。どちらが主導権を握るかで揉めることは必至だ。
実際、欧州でさえイタリアの魔術結社が主導権を握っていることに、少なからず不満を抱いている国は少なくないのだ。
それを態度や口にださないのは、太老を恐れてのことだ。話を聞く限りでは、日本にそれを期待するのは難しいだろう。
となると、これらの問題を解決する方法は一つしかない。
「新たな魔術結社を創設する、か」
リリアナの導き出した答えに、正解とばかりに頷くエリカ。
既存の魔術結社では、当然ながら各方面から不平不満がでる。
だから太老の意志を汲み、太老の願いを実行するための新たな魔術結社を創設する必要があった。
「もしかして、ご主人様が一人で出掛けられたのは……」
「ええ、桜花さんもそれが分かっているから追い掛ける必要はないと言ったのだと思うわ」
こっそりと太老が何も言わずに出掛けたのは、そのための準備を整えるためだとリリアナは察する。
何処へ向かったのかまでは分からないが、恐らく太老には何か考えがあるのだろう。
だから桜花は何も言わなかったのだと考えれば、すべてに辻褄が合うからだ。
「なら、我々がすべきことは……」
「ええ、あなたの考えている通りよ」
太老の考えを理解し、やる気を見せるリリアナ。
彼女なりに、どうにかして太老の役に立ちたいと考えていたのだろう。
最近リリアナの様子がおかしいことを察して、エリカも少し気に掛けていたのだ。
だから――
「エリカさん、乗せるのが上手いね」
「嘘は言ってないわよ?」
こう言っておけば、リリアナを上手く乗せられると考えての行動であった。
恵那も途中でエリカの考えを察して、その案に乗ったのだ。
とはいえ、別に嘘を教えた訳ではない。太老が望む望まないに関係なく、新たな魔術結社が必要というのは本当のことなのだ。
そのことに恵那も気付いたからこそ、新たな魔術結社に移籍をするために媛巫女を辞めると言いだしたのだろう。
「でも、本当のところ王様は何を考えてるんだろうね?」
そこはエリカにも分からなかった。何も考えていないかのように見えて、太老には太老なりの考えがあると言うことが最近エリカにも分かって来たが、その考えを読むのが難しい。太老にとっての常識は、エリカたちにとっての非常識。斜め上の考えであることが多いからだ。
太老の性格を考えると、ヴォパン侯爵のように恐怖で支配するなどと言ったことは考えていないだろう。しかし、君臨せど統治せずと言ったサルバトーレ・ドニとも違う。太老は自分に出来ないことは素直に認め、他人を頼ることが出来る人間だ。
すべてにおいて優れた君主などいない。王に最も必要な能力。それは他人を頼り、上手く使うことだとエリカは考えていた。
その点で言えば、太老は上手くエリカやパオロを頼り、その人脈を活用して『最後の王』の情報を効率的に集めている。
まあ、エリカの場合それだけでは納得が行かず、太老の足を引っ張らない程度には強くなりたいとも考えているのだが――
「正確なことは分からないわ。でも、太老のことだから……」
きっと私たちの期待を良い意味で裏切ってくれるはずよ、とエリカは確信に満ちた顔で恵那の疑問に答えるのであった。
◆
「悪いな。ご馳走してもらったばかりか、いろいろと相談に乗ってもらって」
「いえ、お役に立てたのなら幸いです……」
なんとか乗りきったという顔で、深々と溜め息を吐く鷹化の姿があった。
あれから日本で会社を興す場合の注意点などを太老に聞かれ、自分の経験を語って聞かせたのだ。
ついでに使えそうな物件なども紹介し終えたところで、
「会社を興されるのですか?」
「ああ、こっちでも商会を作ろうと思ってな」
こっちでもという部分で首を傾げるが、魔術結社を新たに興すつもりなのだろうと鷹化は察する。
魔王が自身の魔術結社を持つことは珍しい話ではない。
実際、鷹化が師父と仰ぐ羅翠蓮も『五嶽聖教』という魔術結社の教主をしていた。
「でも、さすがに世話になりっぱなしってのはな……。何かお返しが出来ればいいんだけど」
「い、いえ! どうぞ、お気遣いなく!」
ほっとしたのも束の間、何やら雲行きが怪しくなってきたのを感じて、鷹化は遠慮しようとする。
しかし、恩には恩で報いるのが太老の流儀だ。どうしたものかと考えた末――
「そうだ。これ、やるよ」
「……これは?」
二本の瓶を鷹化に差し出す。
どこからともなくでてきた謎の瓶に、訝しげな視線を向ける鷹化。
「自家製のジュースと酒だ。鷹化は未成年だからジュースな。お師匠さん≠ニ飲んでくれ」
自家製と聞いて微妙に嫌な予感を覚えるも、ここで突き返すような真似をしたら太老の機嫌を損ねると考え、鷹化はぐっと堪える。
しかし受け取ってしまった以上、飲まない訳にはいかないだろうとも考えていた。
あとで飲んでいないことが知れれば、それはそれで命がないと思っているからだ。
いや、飲むのが自分だけであれば別にいいのだが、師匠の分まで渡されたというのが一番厄介だと鷹化は感じていた。
武術だけでなく仙術を極めた羅翠蓮に嘘は通じない。受け取った以上、これを師匠に渡さないという選択肢はないも同じだ。
だが、この酒が口に合わなかった場合、今度は師匠に変なものを飲ませたと殺される可能性が高い。
(師父のことを教えるんじゃなかった……)
太老にどうして名前を知っているんだと尋ねられ、誤魔化しきれないと悟って師匠の指示で探っていたと正直に答えたのだ。
そのことを今更、後悔しても遅い。完全に自分が撒いた種だと諦め、鷹化は自身の命運を天に委ねるのであった。
◆
「年上に気遣いの出来る良い奴だったな」
若いのにたいしたものだと感心しながら、腹ごなしの運動に電気街の散策に戻る太老。
連絡先も交換したし、将来有望な若者と知り合えたことを喜ぶ一方で、
「でも、自分の弟子に俺のことを調べるように言ったお師匠さんか。……ストーカーじゃないよな?」
羅翠蓮に対しては、微妙に失礼な勘違いを残すのであった。
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