廊下に並べられた機材を前に、目を瞠る鷹化。
 先程、太老のもとを尋ねた時には、こんなものはなかったのだ。
 いつの間にこんなものを持ち込んだのかと、鷹化が驚くのも無理はなかった。

「エリカ姐さん、これは……」
「ああ、ちょっと廊下を使わせてもらってるわよ。リリィをさらった犯人の捜索に使うらしいわ」
「……捜索ですか?」

 調査ではなく捜索という時点で、既に太老は犯人の目星をつけているのだと鷹化は察する。
 だとすれば、ここにある機材も太老が何かしらの権能で作ったものなのだろうと考える。
 神の船といい、太老は物作り≠ノ特化した権能を持っているのだろうと推察したところで――

「それはそうと、珍しい組み合わせね?」

 鷹化の思考を遮るように、エリカは質問を返す。
 正史編纂委員会のエージェントが、どうして一緒にいるのかと気になったからだ。
 もしかしたら、最初から二人は裏で繋がっていたのかと鷹化と甘粕の関係を疑うエリカ。
 リリアナを誘拐した犯人が正史編纂委員会が『古老』と呼ぶ神霊であると仮定すると、このタイミングで姿を見せた甘粕をエリカが疑うのは当然だった。
 エリカに訝しむような視線を向けられ、誤解ですとばかりに甘粕は胸の前で両手を左右に振る。

「何を疑っておられるのかは予想が付きますが、誓って今回の件は我々≠フ仕業ではありません。リリアナさんが誘拐されたことも彼から聞いて知ったのですから、それだけは信じてください」
「でも、無関係ではないのでしょう?」
「うっ……」

 古老の仕業だと既にバレているのだと確信し、甘粕は苦い表情で頬を引き攣る。
 だが、それは太老の側に恵那がいる時点で予想できたことだった。だからこそ、急いで太老に報せにきたのだ。
 まさか、既に事が起こった後だとは思いもしなかったのだが、何を言ったところで言い訳にしかならないことは甘粕も理解していた。
 確かにリリアナの誘拐に正史編纂委員会は関与していない。
 しかし、正史編纂委員会が古老と繋がっていることは言い逃れの出来ない事実だからだ。

「ここへ陸鷹化が連れてきたってことは、太老に話があるんでしょ?」
「……ええ、取り次いで頂けますか?」
「それは、あなたたち次第ね」

 言葉の裏に隠されたエリカの思惑を察し、甘粕は「お手柔からにお願いします」と観念した様子で肩を落とすのだった。





異世界の伝道師外伝/新約・異界の魔王 第43話『二つに一つ』
作者 193






「日光に封じられた神様ね……」

 甘粕から聞かされた話を頭の中で整理し、また面倒な展開になってきたなと溜め息を溢す太老。
 どうして、ここで日光東照宮に封じられた神様の話が出て来るかと言うと、羅翠蓮が朝から姿を消している件にその神様が深く関わっているからとのことだった。
 と言うのも、いまから数日前のこと。
 東京にある正史編纂委員会のビルを、羅翠蓮が訪ねてきたところから始まったと甘粕は説明する。

「あの時は突然のことだったので驚きました。丁度、羅濠教主のことを話していた最中のことだったので……正直、生きた心地がしませんでした」

 それはそうだろうと甘粕の話を聞き、しきりに頷く鷹化。
 羅翠蓮の恐ろしさを、彼ほどよく知る者は他にいないからだ。
 むしろ、隠れて噂をしていたことがバレていたら甘粕の命はなかっただろうとさえ思う。
 五嶽聖教に身を置く者でも、羅翠蓮との謁見を何事もなく平穏に終えられた者は少ないからだ。
 それだけに、どうやって切り抜けたのかと甘粕や馨の手腕に興味を覚えているくらいだった。

「で、脅されて手を貸したと言う訳ね?」
「誤解です。あの時は、まだ太老さん絡みの事件だとは、こちらも把握していなかったので……」

 エリカに睨まれながらも、誤解だと甘粕は必死に弁明する。
 第一、カンピオーネに協力を要請されて、断れる魔術師などいない。
 甘粕が今日まで連絡を絶ち、羅翠蓮のことを黙っていたのも状況を考えれば仕方のないことと言えた。
 だが、それでエリカが納得するかと言えば、話は別だ。

「ようするに羅濠教主の狙いは日光に封じられた神様ってことよね?」
「ええ、まあ……」
「で、そのことを教主に教えたのが――」

 古老だと、正史編纂委員会は疑っていると言うことだ。
 明確な証拠はないが、少なくとも状況証拠は揃っている。
 古老の狙いはあくまで太老だ。だが、そこに羅翠蓮まで加わると行動に移る前に計画が破綻しかねない。
 だから太老と引き離すために、彼女の興味を引く情報を漏らしたのではないかと馨と甘粕は考えていた。
 そうすることで、カンピオーネを同時に二人も相手にするリスクを避けたと言うことだ。

「ということは、お兄ちゃんに届いた招待状も罠≠セったってこと?」

 余り気付いて欲しくなかったことを桜花に指摘され、バツの悪そうな表情を見せる鷹化。
 一つだけ彼を擁護するのであれば、鷹化もこのことは師匠から聞かされていなかったのだ。
 恐らく太老を宴に招いたのは、まつろわぬ神と一対一で決着を付けるため――
 横槍を避けるためだろうと予想できる。
 いつから、そんな計画を練っていたのかは分からない。
 しかし、羅翠蓮は個人の武を誇るだけでなく兵法家としても超一流の才覚を有する女傑だ。
 もしかしたら日本へきた本来の目的は別にあったのかもしれないと、鷹化は考えていた。

「羅濠教主が古老と結託している可能性は?」
「……さすがにそれはないと思う。お互いに相手を利用している可能性はあるけどね」

 少なくともそれだけはない、と鷹化はエリカの考えを否定する。
 神との取り引きに応じる可能性はないとは言わないが、羅翠蓮の性格を考えると密接な協力関係にあるとは考え難い。
 よくて目的を達するまで、互いに邪魔をしないように不干渉を約束するくらいだろう。
 もしかしたら自身の目的を遂げるついでに太老の力を量るつもりで、敢えて古老の思惑に乗った可能性の方が高いと鷹化は見ていた。
 というのも、すべての客室を改めて調査して分かったことだが、巧妙に呪術の痕跡が隠されていたのだ。
 鷹化も知らないとなると、恐らくは羅翠蓮が用意した仕込みだろう。
 その仕掛けが利用され、幽世と現世を繋ぐ術の起点となったことまで分かっていた。

「それで、どうされるのですか?」

 じっと黙って話を聞いていたアリスが、これからどうするつもりなのかと太老に尋ねる。
 羅翠蓮を追って日光へ向かうのか?
 それともリリアナの救出を優先するのか?
 取るべき選択肢は、二つに一つしかない。
 だが、悩むまでもなく太老の答えは決まっていた。

「どうするも何も、リリアナの救出に向かうに決まってるだろ?」

 あっさりと、少しも迷うことなく答えをだした太老に、甘粕や鷹化は呆気に取られる。
 一方で、最初から答えが分かっていた様子で、苦笑を漏らすアリス。
 それは桜花やエリカ――それに恵那も同様だった。
 この中で太老との付き合いが一番短い恵那でさえ、太老ならリリアナを優先すると分かっていたからだ。
 仮に誘拐されたのがリリアナでなく、他の誰かでも太老の答えは変わらなかっただろう。

「そもそも鷹化のお師匠さんが何処で何をしようと、最初から関知する気はないからな」

 まつろわぬ神と一対一で戦うことが目的だと言うのなら、それを邪魔する気は最初から太老にはなかった。
 恐らくカンピオーネとしての経験から、羅翠蓮は太老が戦いに介入してくる可能性が高いと読んだのであろうが、前提からして彼女は間違っていた。
 太老は魔王と呼ばれてはいるが、この世界で広く知られるカンピオーネとは在り方≠ェ根本的に異なっているからだ。
 神を殺せる力を持ちながら、敢えて神を殺さない魔王。それが、正木太老だと言うことを彼女は失念していた。
 神殺しの魔王が、神を殺さずに良好な関係を築いているというのだから、これほどおかしな話はない。羅翠蓮が判断を見誤ったのも当然と言えるだろう。
 とはいえ、

「まあ、あとでちょっと話≠する必要はあるだろうけどな」

 罠に嵌められたり利用されるのには慣れているが、他の人間を巻き込むとなると話は別だ。
 リリアナを誘拐した犯人には勿論、羅翠蓮にも一言文句を言ってやらないと気が収まらない。
 いつになく真剣な表情で、太老は静かに怒りを滾らせるのだった。


  ◆


「あれ、相当に怒ってたわよ?」

 あんなに怒っている太老は見たことがない、とエリカは話す。
 状況の深刻さを理解してか、表情に暗い陰を落とす甘粕。
 そして、

「それは……カンピオーネ同士の決闘へと発展すると?」
「このままだと、まず戦いは避けられないでしょうね」

 確認するように尋ねると返ってきたエリカの答えに、やはりと言った表情で甘粕は溜め息を吐く。
 それは正史編纂委員会が予想していたシナリオの中でも、最悪の結果と言って良かったからだ。
 出来ることなら、太老と羅翠蓮の衝突だけは避けたかったのだろう。
 実のところ羅翠蓮の話に正史編纂委員会が乗ったのは、彼女の目を太老にではなくまつろわぬ神へと向けさせたい思惑もあったのだ。
 カンピオーネ同士の決闘へと発展するよりは、マシだと判断した結果でもあった。
 だが、その思惑が完全に裏目へ出てしまったことを甘粕は痛感する。

「まあ、日本がどうなろうと、イタリアの魔術師の私には関係のない話だけど」
「……それは、ちょっと無責任では?」
「どうして? 太老を日本を招いたのは、あなたたちでしょ?」

 エリカが太老を日本へ連れてきたのなら話は別だが、太老を招いたのは日本の呪術師たちだ。
 正確には古老の思惑を悟っていながら、正史編纂委員会が恵那をイタリアへ寄越したことに原因がある。
 それだけに自業自得とエリカに言われれば、甘粕も何も言い返せなかった。
 だから反対だったのにと言ったところで、組織の命に従って動いた甘粕にも責任はあるからだ。
 心の何処かでカンピオーネという存在を、まだ甘く見ていたところが彼にもあったのだろう。
 そうした日本の呪術師たちの認識の甘さが、今回の事態を招いたと言うことだ。

「……魔王の方々を自分たちの国へ自分たちで招き入れるとか、正気の沙汰じゃないね」

 これには鷹化も呆れる。
 カンピーネというものがどういう存在かを知っていれば、そんな自殺志願者のような真似は到底できないからだ。
 まつろわぬ神を天災に例えるなら、カンピオーネにも同じことが言える。彼等を自国へ招き入れると言うことは、台風や地震と言った人の力では抗えない災害を呼び込むのと同じだ。
 確かにカンピオーネを擁する国には大きなメリットがある。世界に名だたる魔術結社のほとんどがカンピオーネを盟主と崇める国の組織であることを考えると、その国の魔術結社が持つ発言力や影響力の高さが窺えるだろう。だが、それは欧州の魔術師たちが神を殺すという偉業の凄さを、カンピオーネという存在の恐ろしさを何よりも理解しているが故だ。
 カンピオーネは勝者だ。彼等は勝者であるが故に、決して誰の下にもつかない。
 世界で唯一、人の身で神と対等に戦える孤高の存在であるが故に、彼等は『王』と呼ばれるのだ。
 言ってみればカンピオーネとは、人類にとって制御の利かない爆弾そのものと言っていい。
 彼等を自国へ招くということは、いつ爆発するかも分からない火薬庫を抱え込むようなものだと覚悟しなくてはならない。
 その覚悟が日本の呪術師たちには足りていなかった。いや、そういう認識すら持ってはいなかったのだろう。

「……耳の痛い話です」

 さすがに返す言葉がないと言った様子で、深々と溜め息を溢す甘粕。
 この国には長く神殺しが誕生していないことも、日本人がカンピオーネという存在を正しく認識できなかった理由の一つにあるのだろう。
 その上、日本は島国であるが故に閉鎖的なところがあり、大陸の魔術師と交流を持つことが少ない。特に高位の術者になるほどその傾向が強く、恵那のような媛巫女は本来であれば海外へ渡ることは疎か、国内の移動すらも厳しい制限が設けられていた。
 故に彼等がカンピオーネに対して無知なのも仕方がないと言える。
 人は知識として識っていることでも、自分の身に振り掛からなければ本当の意味で理解しないものだからだ。

「こっちは自業自得としても、あなたはどうするつもりなの?」

 甘粕のことは一先ず放って置いて、これからどうするつもりなのかとエリカは鷹化に尋ねる。
 太老のあの様子では、羅翠蓮と一戦交えることは避けられそうにない。
 そして、鷹化は羅翠蓮の直弟子だ。謂わば、敵側の人間。
 返答によっては、彼とも拳を交える必要があると考えての質問だった。
 しかし、

「まあ、こっちも一先ず静観かな? 師父からは特に何も命じられてないしね」

 ただでさえ微妙な立場なのに、太老と敵対するのは避けたいというのが鷹化の本音だった。
 となれば、現状維持で静観するのが最善の道だと鷹化は考える。
 幸い師父から命じられたのは、太老たちをもてなすことだけだ。
 なら、言われたことを黙々とこなせばいい。
 自分から虎の尾を踏みにいく必要もないのだ。

「……見事に保身に走ったわね」
「……まだ死にたくはないからね」

 鷹化の半分でもカンピオーネに対する危機意識が日本の呪術師たちにあれば、こんな事態にはならなかったかもしれない。
 そう考えると日本へきたのは失敗だったかもと考え、エリカの口からは自然と溜め息が溢れるのだった。


  ◆


 リリアナが姿を消した客室で、再び何かの作業を始めた太老に桜花は声を掛ける。

「ねえ、お兄ちゃん。あの子のこと、あれで本当によかったの?」
「鷹化のことか? さすがにアイツを責めるのは可哀想だろ……」

 何も報されていなかったことは、鷹化の反応を見れば分かる。
 それで師匠の不始末の責任を弟子に負わせるのは、さすがに酷だろうと太老は考えていた。
 いろいろと話を聞いて、なんとなく羅翠蓮の人物像が見えてきたからだ。

師匠(マッド)の理不尽に振り回される苦労は、身に染みて分かってるからな」
「ああ、そういう風に解釈したんだ……」

 それなら太老が鷹化をあっさりと解放した理由も分かると桜花は納得する。
 まあ、鷹化を見ている限りでは、放って置いても害はないだろうとは桜花も考えていた。
 実力は確かに高いのだろうが、絶対的な強者に対して妙に卑屈というか――舎弟根性が染みついている感じが見受けられたからだ。
 そう言う意味では太老の言っていることも、勘違いと言う訳でもないのかもしれないと桜花は考える。
 普段からそういう扱いを受けていなければ、あのようにはならないだろうと察せられるからだ。

「ねえ、王様。リリアナさんを助けに行くのはいいけど、幽世にはどうやって行くつもり?」

 リリアナの救出を優先する方針は理解したが、どうやって助けに行くつもりなのかと恵那は尋ねる。
 別名『アストラル界』や『幽界』とも呼ばれているが、基本的に幽世は生身の人間が気軽に行ける世界ではない。
 謂わば、三途の川の一歩手前。この世とあの世の境界にあるとされる世界だ。
 一応、幽世へと転移する呪術も存在するが、それには特殊な霊薬が必要となる。
 そして、世界移動が可能なほどの霊薬ともなれば、高位の魔術師でも簡単に手に入るような代物ではない。
 あてはあるのかと、恵那が尋ねるのは当然だった。

「恵那の家なら、たぶん霊薬の材料も手に入ると思うけど……」

 恵那の生家『清秋院家』は四家に数えられる呪術師の名家だ。
 恐らく本家の倉を探せば、霊薬の調合に使う材料くらいは手に入れることが可能だろう。
 問題は誰が霊薬を調合するかだが、残念ながら恵那にはその知識と腕はなかった。
 となれば、他に出来そうな人物はと考え、アリスに視線を向ける恵那。

「霊薬の調合ですか。出来なくはないと思いますが……」

 薬などの調合は、欧州の魔女にとって必須スキルと言っていい。
 当然アリスも霊薬のレシピは記憶していた。
 これまで必要となる機会がなかったので実際に調合したことはないのだが、恐らくは問題なく作れるだろう。
 しかし、太老にそんなものが必要だろうかと、アリスは考える。
 過去に零式から貰った霊薬の効果が頭を過ってのことだ。
 そんな二人の視線を感じ取ったのか? 太老は作業の手を止め、二人の疑問に答える。

「そのことなら、あてはあるから任せてくれ。これが上手くいけば、リリアナの位置も特定できると思うしな」
「それも、王様の権能?」
「んっと……まあ、そんなもんかな」

 実際には哲学士の知識。科学の領分なのだが――
 説明するのが面倒臭くなったのか、恵那の問いに太老は曖昧に頷くのであった。





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