「却下よ。穏便に済ませるつもりだったけど、喧嘩を売るつもりなら買ってあげるわ」
「は、はい!? ま、待ってください! どうして急にそんな――」

 このままではまずいと考え、慌てて理由を尋ねる甘粕。
 九法塚家がだしてきた条件を口にした途端、急に桜花の態度が変わったのだ。
 西天宮への立ち入りを許可するのと引き換えにだされた条件。それは女神アテナの解放であった。
 それだけでは相手の思惑までは分からないが、桜花が怒るのは当然だと鷹化が甘粕に注意を促す。

「甘粕さん、素直に謝った方がいいよ。王の眷属≠ノ手を出そうと言うのだから、彼女が怒るのは当然だよ」

 そこまで考えが至らなかったと言う様子で、顔を青ざめる甘粕。
 アテナは正木太老の庇護下にある。
 そして魔術師たちの間では、太老は神と悪魔を従えていると言うことになっているのだ。
 謂わば王に対して、交換条件に臣下を差し出せと言っているに等しい。
 そのような条件を太老が認めるはずもなく、彼の妹を自称する桜花が怒るのは当然だと考えたのだ。

「なんか微妙に勘違いされているような……」
「太老には悪いけど、都合が良いから誤解させて置きましょう」

 その方が上手く行くと話すエリカに、桜花も微妙に複雑な表情を見せながらも納得する。
 太老の魔王としての評判が広まるくらいで、特にデメリットはないと考えたのだろう。
 ちなみに桜花が怒ったのは、アテナのことを友達だと思っているからだ。
 太老にとっても既にアテナは家族同然の存在となっている。
 なのにアテナの解放なんて交換条件をだされれば、桜花が怒るのも当然であった。

「す、すぐに先程の条件を撤回させてきます!」
「まあ、少し落ち着きなよ。幸い、まだ王の耳には入ってないんだし」

 チラリと目配せしてくる鷹化を見て、ああそういうこととエリカは意図を察する。
 このことが太老の耳に入るかどうかは、エリカと桜花次第だ。
 仮に太老の耳に入ったとしても、二人なら仲裁することも可能だろう。
 言ってみれば、これは九法塚家――いや、正史編纂委員会に対しての大きな貸し≠ニなる。

「いいわ。具体的な交渉を進めたいから案内をしてくれる?」
「エリカお姉ちゃん!?」

 味方と思っていたエリカが急に態度を変えたことで、声を大きくする桜花。
 しかし、

「大丈夫よ。悪いようにはしないから、ここは私に任せて頂戴」

 凄く良い笑みをを浮かべるエリカを見て、何か悪巧みをしているのだと桜花は察するのだった。





異世界の伝道師外伝/新約・異界の魔王 第46話『武神と武王』
作者 193






 在野の呪術師たちを統括し、彼等が関わった事件の対処や隠蔽を生業としてきた者たち。
 古くから日本の裏社会を取り仕切る呪術師の大家。それが、九法塚、沙耶宮、清秋院、連城の四家だ。
 政財界への影響力も強く、正史編纂委員会に関しても政府直属の組織とされているが実際の力関係は彼等の方が上であった。
 それは組織の創設者に沙耶宮家の人間が関わっていることからも明らかと言っていい。
 それだけにこの日本で彼等に逆らえる呪術師は少なく、それは媛巫女≠ニて例外ではなかった。

 ――媛巫女。
 生まれ持ち特異な能力を持った『媛』の冠位を与えられた高位の巫女。
 清秋院恵那の降臨術も厳しい修行の末に会得した術ではあるが、生まれ持ちの才能と言っていいだろう。
 それほどに降霊術の適性を持つ呪術師と言うのは少なく、世界に目を向けても恵那ほどの使い手は片手で足りるほどしかいない。
 白き巫女姫と呼ばれ『天』の位を極めた魔女でもあるアリスでさえ、神の力を身に宿すような真似は出来ないからだ。
 そうした媛巫女たちと同様、まだ冠位を与えられている訳ではないが特別な力を秘めた少女がいた。

(どうして、こんなことに……)

 万里谷ひかり。普段は東京都内のマンションで家族と暮らしており、普通の小学校に通いながら呪術を学んでいる十二歳の女の子だ。
 生まれ持ち『禍払い』と呼ばれる極めて珍しい能力を持っている所為で、ここ西天宮≠ヨと連れて来られた不運な少女であった。
 今朝のことだ。いつものように学校への登校途中、怪しげな風体の男たちに車に押し込まれたかと思うと、九法塚の屋敷へと運び込まれたのだ。
 そこで九法塚から再び協力を持ち掛けられ、半ば強制的に連れて来られたと言う訳だった。
 以前から九法塚の若様から誘いは受けていたのだが、まさかこのような強引な方法を取るとは思ってもいなかったのだろう。
 すべての人間がそうと言う訳ではないが、基本的に呪術師や魔術師というのは自己中心的で性格の歪んだ者が多い。そんななかで九法塚の若様は『四家の跡取りの中では一番まとも』と恵那が評価するほど真面目な性格をしていて、本来このようなことをする人物ではなかったのだ。
 そのことは誘いを受けていたひかり自身が一番よく分かっていた。
 それだけに、まるで人が変わってしまった≠ゥのようだと疑問を持ったのだろう。

「まだ悩んでおるのか? これもお役目と思って諦めるのじゃな」

 まさに他人事と言った感じの声が聞こえてきて、ひかりは顔を上げる。
 視線の先で寝転がっていたのは、一匹の猿だった。
 身の丈は八十センチほど。オレンジがかった金色の体毛に身を包んだ猿。
 しかし、普通の猿ではない。人の言葉を理解し、流暢に話してみせているのだから――
 それも当然だ。ひかりの目の前にいるこの猿こそ、桜花たちが日光までやってきた理由。
 羅濠教主の狙いと目される神君――この地に封じられたまつろわぬ神≠ナあった。

「それより、我の相手をせぬか。退屈でかなわん。御主はそのために呼ばれたのじゃからな」

 自分勝手にそう話す猿に、ひかりは溜め息を溢しながらも仕方がないかと言った表情で頷く。
 猿の言うように、こうして悩んでいたところで家に帰ることは出来ないのだ。なら、いまは割り切るしかないと考える。
 家族は心配しているだろうが、相手は四家の一角に名を連ねる『九法塚』だ。一方で、ひかりの家は名家と呼ぶには程遠い。
 一応、過去に溯ると元は貴族であったらしいがそれも吹けば飛ぶような貧乏貴族で、唯一自慢できるものがあるとすれば代々優秀な巫女を輩出してきた血統くらいであった。
 それだけに媛巫女として委員会からも頼りにされている姉は、重要な聖域の一つである虎ノ門の七雄神社の管理を任されているのだが、ひかり自身はまだまだ見習いで年相応の女の子でしかない。媛巫女と言うと由緒正しい家柄のお嬢様が多いだけに、少し浮いている存在だと自分でも思っているくらいだった。

 だから、九法塚からの誘いを『まだ見習いだから』と断っていたのだ。
 幾ら稀少な能力があるとはいえ、大事なお役目が自分なんかに務まるとは本気で思っていないし、姉や両親に迷惑を掛けるような真似はしたくないと考えていたのだろう。
 とはいえ――

「ほら、何をして遊ぶ? 鬼ごっこでも、なんでもよいぞ」

 この西天宮の祠には結界が張られていて、ひかりの持つ禍払い≠フ力でしか解除することが出来ない。
 それが、ひかりしかこの役目を担うことが出来ない理由なのだが、まさか本当のお役目が猿の遊び相手だとは思ってもいなかったのだろう。
 猿とは言っても、一応これでもアテナやウルスラグナと同じ神霊だ。
 結界のなかに封じられているからこそ大人しいが、人の世にでれば天災をもたらす存在であることに違いはなかった。
 普通であれば、相手が見た目は猿とはいえ、神だと分かれば脅えるか傅くところだろう。
 しかし、

「それじゃあ、トランプでもする?」
「ふむ。絵札を使った遊びか。よいぞ」

 まったく物怖じせず、ひかりはクラスメイトに接するように猿と話をする。
 この見た目だ。威厳に欠けているのも理由の一つにあるのだろうが、元来の性格も良い方向に働いているのだろう。

「ババ抜きか。良い響きじゃな。よし、それをやろう!」
「でも、二人でトランプかあ……。自分で提案しておいてなんだけど、選択を間違えたかも」

 神様とトランプをした。
 こんな話をしたら、きっとお姉ちゃんは驚くだろうなと苦笑漏らしつつ、ひかりはルールを説明する。
 しかし、既に女神と毎日のようにテレビゲームをしている少女がいることを、ひかりは知る由もないのであった。


  ◆


「九法塚の総領、幹彦にございます」

 そう言ってエリカたちを出迎えたのは、二十代半ばの年若い男だった。
 九法塚幹彦。九法塚家の跡取りで、次期当主と目されている男だ。
 恵那が『四家の跡取りの中では一番まとも』と言うだけあって清潔感が漂い、見た目から好青年と言った感じの若者であった。
 しかし――

「待って。エリカお姉ちゃん、そこで止まって」

 招かれた部屋に足を踏み入れたようとしたところで、桜花が皆を止めに入る。
 甘粕はどうしたのかと言った表情で不思議そうに首を傾げているが、桜花のことをよく知るエリカは違った。
 彼女が場を弁えず、こんな風に冗談をいう性格をしていないことは分かっているからだ。
 だとすれば、桜花が静止する理由があるのだと察する。

「……どうかされましたか?」

 訝しげな表情でそう尋ねてくる幹彦を無視して、桜花は鷹化に話を振る。

「気付いたみたいね」
「まあ……気付かなかったら、逆に困ったことになるというか……」
「アンタがそう言うってことは、これは当たり≠ゥな?」

 歯切れの悪い回答を返す鷹化の反応を見て、自分の勘が当たっていたことを確信する桜花。
 しばらくはエリカに任せて様子を見るつもりであったが、さすがに彼女では分が悪いと感じて間に割って入ったのだろう。

「誘いに乗ってきてあげたんだし、いい加減こそこそ隠れるのはやめて出て来たらどう?」

 ――臆病者のレッテルを貼られたくなかったらね。
 そう挑発するかのように、桜花は幹彦に対して不遜な笑みを浮かべるのだった。


  ◆


 糸が切れたかのようにうつ伏せに倒れる幹彦の姿を見て、エリカは何が起きたのかを察する。

「そういうこと。操られていたのね」

 同時に桜花が間に割って入らなければ、恐らく気付くことはなかっただろうと思う。
 それほど上手く、相手が同じ呪術師であったとしても気付くことが難しい高度な術が幹彦には用いられていたからだ。
 恐らくは正史編纂委員会に話を持っていく前から、彼は操られていたのだろうとエリカは考える。
 エリカたちがここへやってくることも、すべて計算の上と言うことだ。
 そして、そんな真似が出来るのは――

「臆病者ですか。武林の至尊にして覇王でもある羅濠に対して不遜な物言い。訂正してもらいましょうか?」

 いつから、そこにいたのか?
 先程まで幹彦が座っていた場所には、一匹の蜥蜴がいた。
 ただの蜥蜴ではないと分かる威厳に満ちた堂々とした佇まいに、思わずエリカと甘粕は息を呑む。

「まさか、あなたは――」

 その蜥蜴の正体に気付くエリカ。当然であろう。
 彼女の目の前にいる蜥蜴は自分のことを『羅濠』と名乗ったのだ。
 その名を名乗ることが許された者は、この世に一人しかいない。

「羅濠教主」

 緊張した声で、その名を口にするエリカ。
 確かに九法塚の跡取りを誰にも気付かれないように術で操ることが出来る人物など限られている。
 武を極め、術すらも極めたとされる羅濠教主こと羅翠蓮であれば、それも可能だろう。

「どうやら、後ろの者たちも気付いたようですね。なかなかの慧眼。ですが、正体を察したのであれば、頭を垂れるのが先ではありませんか?」

 その重圧を帯びた言葉に、思わず頭を垂れそうになるのをぐっと堪えるエリカ。
 一方で、余りに他者を見下した上からの物言いに、桜花は呆れた様子で溜め息を吐く。

「偉そうな蜥蜴ね。踏み潰しちゃった方がいい?」
「……一度ならず二度までも、嘆かわしい。どうやら、この国では子に礼節を学ばせないようですね」
「ちゃんと敬意を払うべき相手には払うよ? でも、あなたにはその必要を感じないだけ」
「――ッ!?」

 桜花の姿が掻き消えたかと思うと、一瞬にして蜥蜴との距離をゼロにする。
 その直後、人の姿へと変化する蜥蜴。
 術を解き、白い煙と共に現れたのは古い中国の衣装――漢服に身を包んだ黒髪の美女だった。
 桜花の放った右拳を寸前のところで、両手を胸の前に広げて受け止める女性――羅翠蓮。
 咄嗟に両手でガードしたのは、身の危険を感じ取ったからだろう。

「へえ、やるじゃない。油断しているようなら今ので決めるつもりだったんだけど、さすがは武術の王様を自称するだけのことはあるか」
「……あなたは何者ですか?」

 ビリビリと震える手に驚きつつも構えを崩さず、桜花に名を尋ねる羅翠蓮。
 自身の計画を妨げる予定にない敵に驚きつつも、その声はどこか喜びに震えているかのようであった。
 未知の強者との出会い。まさか、太老の他にも彼女のような存在がいるとは思ってもいなかったのだろう。
 そんなどこか期待に胸を膨らませ、名を尋ねてくる羅翠蓮に対して桜花は――

「平田桜花。お兄ちゃんの妹にして、武神の娘よ」

 自信に満ちた表情で、そう答えるのであった。





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