学院祭から一週間、原作でも語られていた内戦が勃発した。
クロスベルの独立宣言、そしてガレリア要塞の消滅に関しての帝国政府の正式な発表が、帝都のドライケルス広場にて行われた。
そこでエレボニア帝国・宰相、ギリアス・オズボーンの口から語られたのは、クロスベルの卑劣極まり無い行いに対する非難。そして、帝国はクロスベルの要求に屈せず、徹底抗戦をするという予定調和とも言える内容だった。
その演説中にギリアス・オズボーンが狙撃され、それを待っていたかのように領邦軍が帝都の制圧作戦を開始した。
ラインフォルト社の協力を得て〈騎神〉を元に造り上げた機械兵器――〈機甲兵〉を用い、帝国正規軍の主力戦車を圧倒する領邦軍。
表向きの理由は、逆賊から帝都を奪還し皇族を保護するためと言っているが、自分たちで仕掛けておいて白々しいにも程がある。
そして――
「パパに頼んで、帝国へきて正解だったみたいね」
予定通りに〈西風〉の姿を確認しようと、フィーと共にバルフレイム宮殿に向かっていたリィンは、その途中で領邦軍に追われていたアルフィンとエリゼを保護し、まったく予想しなかった面倒な人物に行く手を阻まれていた。
「〈血染めのシャーリィ〉……なんで、お前がここに……」
「フフッ、なんでだと思う?」
得意げな表情で意味深な言葉を口にする赤毛の少女。
シャーリィ・オルランド。〈血染めのシャーリィ〉の名で知られ、〈赤い星座〉の部隊長を任されている原作でも指折りの戦闘狂だ。
リィンも戦場で何度か武器を交えたことがある。
性格はアレだが、猟兵としての戦闘能力は折紙付き。余り相手にしたい人物ではない。
「帝都に店を構えて潜伏してるって話を聞いてたから、もしかして――と思ってたけど、情報通りだったみたいだね。お姫様を守ってるってことは、シャーリィたちの敵ってことでいいんだよね?」
「ちょっと待て。お前たちはクロスベルに行っていたはずじゃ……」
「あれ? リィンもシャーリィたちの動き掴んでたんだ。なんだ、やる気満々じゃん」
「いや、やる気なんて微塵もないんですけど……」
「そんなこと言って、リィンも本当は殺りたくて仕方ないんだよね? この前も一晩中、激しく殺りあったじゃない!」
「バカ! お前、なに言って!?」
事情を知らない他人が聞けば、誤解を生みそうな発言をサラリと口にするシャーリィ。
フィーはよくわかっていないのか首を傾げているが、現役女子学生でもあるアルフィンとエリゼの反応は違っていた。
「リィンさん……やはり貧乳がお好きだったのですね!」
「ふ、不潔です……っ!」
「誤解だ! てか、貧乳好きってなんだ! あとエリゼ、頼むから後ずさらないで!」
保護対象に蔑むような目で見られ、悲鳴を上げるリィン。
家族にすら隠していた性癖を、昔の女に暴露されたみたいな状況に陥っていた。
しかし、この状況をよく観察してみれば、確かに貧乳率が高い。
フィーは……語るまでもなく、アルフィンやエリゼの胸も、まだまだ発展途上と言える。
そしてシャーリィも――
「なになに? 胸の話?」
密かにおっぱい星人のシャーリィは、胸の話に食いつき目を輝かせる。
そんな緊張感の欠片もないやり取りをしながらも、一切隙を見せないあたり一流の猟兵と言えるだろう。
リィンは和やかな雰囲気を見せながらも、シャーリィに対して警戒を解いてはいなかった。
それはフィーも同じだ。いつでも腰に下げた双銃剣を引き抜けるように構えを崩していない。
しかし、相手はあの〈血染めのシャーリィ〉だ。アルフィンとエリゼを守りながら戦うにはリスクの大きい相手。出来ることなら戦闘は避けたい。
そう考えるリィンではあったが――
「引いてくれ――と言ったところで、無駄なんだろうな」
「うーん、それ無理。こっちも仕事できてるからね。それに、猟兵が戦場で出会ったら……やることは決まってるでしょ?」
「だよな……」
自身の身体ほどある――巨大なブレードライフルを構えるシャーリィ。
完全に獲物をロックオンしたシャーリィの視線に、戦闘は避けられないものとリィンは覚悟を決める。
アルフィンとエリゼを領邦軍に渡すわけにいかない以上、どちらにせよ時間は余り掛けられない。それにシャーリィがここにいるということは、他の〈赤い星座〉のメンバーも一緒と考えた方がいい。獲物を前に我慢を出来る性格でないことはわかっているので、シャーリィが単独でいることには驚かないが、仮にも部隊長を任せられている猟兵だ。仕事と口にしたからには、団員も連れてきているのだろう。
シャーリィだけでも厄介なのに、高ランクの猟兵を複数相手にするのは更に面倒だ。
そこまで考えたリィンは、険しい表情を浮かべるフィーの頭を優しく撫でた。
「リィン……?」
「心配するな。幸い〈赤の戦鬼〉はいないみたいだし、こいつ一人ならどうにかなる」
「言ってくれるじゃない……っ! 昔のシャーリィと同じだと思ったら痛い目を見るよ」
リィンの挑発とも取れる言葉に苛立ちを感じながらも、シャーリィはどこか嬉しそうな笑みを浮かべる。
本当に戦いが好きなのだろう。
強者と戦えること、全力をだせる相手と戦えることが嬉しくて仕方がないと言った顔だ。
そんなシャーリィの反応に呆れながらも、リィンはフィーに指示を出す。
「フィー、殿下とエリゼを連れて帝都を脱出しろ。プランBで行く」
「……了解。リィンも気を付けて」
猟兵としてのリィンの実力は、フィーが一番よく理解している。
リィンがそうしろと言うからには、それが一番、生存の確率が高いということだ。
フィーは迷いなくアルフィンとエリゼを連れて、帝都を離れる決断をする。
「いくよ」
フィーの指示を受け、リィンに背を向けてアルフィンとエリゼは走り去る。
一瞬、背後から視線を感じ取るも、リィンは振り向くことなく軽く手を振って返した。
「いいのか? 何もせずに行かせて」
「攻撃を通す気なんてないくせに。無駄弾を撃ちたくはないからね。それに……最高の獲物が目の前にいるのに、つまみ食いをしてお腹を膨らませたら勿体ないでしょ?」
「お前、見た目は可愛いのに……本当に残念な性格をしてるよな」
「か、可愛い?」
突然、予想もしなかったことを言われて、珍しく動揺した姿を見せるシャーリィ。
見た目はいいのだが、この性格だ。猫や犬というよりは、トラやライオンと言った猛獣の類だ。一般的な可愛さからは大きく懸け離れている。
とはいえ、シャーリィがただの戦闘狂でないことをリィンは知っていた。性格が歪んでいるだけで、根はそう悪い奴ではないということも――
それ故の発言だったのだが、シャーリィの動揺を誘うには効果的だったらしい。
そんなシャーリィの反応を見ながら、腰から一丁の片手銃剣を抜くリィン。
シャーリィの得物――通称『赤い頭』と呼ばれるチェーンソーのついた特殊な大型ライフルと比べれば些か迫力に欠ける武器だが、リィンが長年愛用している武器だけあって様にはなっていた。
それに、このブレードライフルだけがリィンの武器ではない。
「余り時間もないからな。いつものように遊んではやれないぞ」
「本気モードってこと? いいよ、本気できなよ。シャーリィが返り討ちにしてあげるからさっ!」
「ああ、だから――」
リィンの身体から発せられた膨大な闘気を感じ取って、シャーリィは身構える。
こうして二人が戦場で武器を交えるのは、一度や二度のことではない。シャーリィが戦場で初めて敗北を知った相手――それがリィンだ。
シャーリィにとってこの戦いは、ずっと待ち望んでいた戦いだった。
リィンに敗北を喫してから、この日のためだけに面倒だった鍛錬にも真剣に取り組み、身体を鍛え、戦闘技術を磨いてきた。
そして、いまでは団で父親に次ぐほどの実力者にまで成長した。あの時は開いていた実力も、現在では五分にまでなっているとシャーリィは考えている。
だから、負けられない。雪辱を果たすため、リィンを殺すつもりでシャーリィはこの戦いに臨んでいた。
しかし――
「戦場の叫び? いや、違う。なによ、それ……」
リィンの闘気が黒く変色していくのを見て、シャーリィは目を瞠る。
シャーリィの魔獣にも匹敵する感覚が、その異様な力を前に警笛を鳴らす。
黒い闘気に包みまれ、髪が白く染まっていくリィン。
「本気でいく。死ぬなよ、シャーリィ」
真紅に染まった双眸が、シャーリィを真っ直ぐに捉えていた。
◆
「フィーさん。リィンさんは……」
「リィンなら大丈夫。本気をだしたリィンを止めるのは、団長しか無理」
「〈西風〉の団長……〈猟兵王〉ルトガー・クラウゼルですか。お兄様から話を聞いてはいましたが、そこまで……」
ルトガーの名と強さは、猟兵のことに疎いアルフィンですら知るほどだ。
そのルトガーのことをよく知るフィーが、団長でなければ止められないと断言するリィンの力。
それがどれほどのものか、アルフィンには想像も付かない。しかし、あの〈赤い星座〉の部隊長〈血染めのシャーリィ〉を相手にしても、まだ余裕があるということは、フィーの言葉からも伝わってくる。
(もし、リィンさんがそれほどの力をお持ちなら……)
いざとなれば、リィンくんを頼れ――
そう言っていたオリヴァルトの言葉が、アルフィンの頭を過ぎる。
これから恐らく貴族派と革新派に分かれて、激しい内戦へと突入していくだろう。その戦火は帝国全土へと広がっていくに違いない。
そんななかで、皇族として何を為すべきか? いや、何が出来るのか?
アルフィンは自問する。そんなアルフィンを現実に引き戻したのは、エリゼの一言だった。
「あの……これから、どちらへ向かうのですか?」
エリゼの問いに逡巡しながらも、フィーはあらかじめ用意してあった答えを返す。
「まずはユミルへ向かう」
「ユミルへ……?」
「街道は恐らく領邦軍が警戒してる。だから、まずは山道を通って北を目指す」
リィンがプランBと言ったのは、〈西風〉のメンバーを確認できなかった時の対応だ。それは、東ではなく北へ向かえという合図でもあった。
そして、その目的地も決まっていた。エリゼの故郷、シュバルツァー男爵が治める北の辺境――ユミルだ。
どうして逃亡先がユミルなのか? そのことに疑問を持つエリゼ。
いや、エリゼがいるのだから、彼女の家族を頼るというのは分からない選択肢ではない。
エリゼの父、テオ・シュバルツァー男爵は貴族ではあるが、貴族派に参加していない謂わば中立派の人間だ。
それに、シュバルツァー家は皇帝家に縁のある家柄。今回のことを知れば、きっとアルフィンの力になってくれるだろう。
しかし、エリゼはそのことをフィーには勿論のことリィンにも話していない。エリゼが二人と面識があるのは、アルフィンを通してのことだ。
アルフィンが二人に話したという可能性もあるが、まるで貴族派の動きを予想していたかのような準備の良さと、何より――
リィンとシャーリィの会話が、エリゼの耳から離れなかった。
「……説明はあと。いまは先を急ぐよ」
疑問に思いながらもフィーの言葉に頷き、エリゼはアルフィンの手を取って、その後を追い掛ける。
夕焼けに染まる森の中へ、三人の少女たちは姿を消した。
◆
「シャーリィ隊長!」
背後から迫る部下の声を耳にしながら、仰向けに倒れる赤毛の少女。
シャーリィの傍らには、破壊されたテスタ・ロッサの残骸が散らばっていた。
「一体……ここで何が?」
全身を銃火器と赤いプロテクトアーマーで武装した集団――シャーリィ隊に身を置く〈赤い星座〉の猟兵たちは、激闘の跡を目にして息を呑んだ。
石造りの壁や柱が粉々に破壊され、床には爆弾でも炸裂したかのようなクレーターが無数に広がっていた。
ここで何があったのか? と、仰向けに倒れるシャーリィへ一斉に目を向ける猟兵たち。
しかし、そんな猟兵たちの視線などまったく気にした様子を見せず、シャーリィは戦いの余韻に浸っていた。
「あーあ……」
リィンとシャーリィの戦闘は、戦闘とも言えないほど一方的なものに終わった。
本来の実力だけなら良い勝負をしただろう。それほどに、リィンとシャーリィの実力は肉薄していた。
しかし〈鬼の力〉を解放したリィンを前にシャーリィは終始圧倒され、気付けばテスタ・ロッサを破壊され、地面に横たわっていた。
それはシャーリィが、これまでに体験したことのない圧倒的な敗北だった。
「負けちゃったか……」
負けたというのに、どこか嬉しそうな表情を浮かべるシャーリィ。悔しくないわけじゃない。しかし、結果には満足していた。
一年前の〈猟兵王〉と〈闘神〉の決闘。それを見た時、真っ先に頭に思い浮かんだのが、リィンの顔だった。
だから、あの日から一年――ずっとリィンとの決着をつけることだけを考え、シャーリィは力を付けてきた。
リィンはシャーリィが帝国にいることに驚いていたが、シャーリィからすれば当然の行動だった。
クロスベルでの仕事が片付いたというわけではない。しかし、シャーリィが求める獲物≠ヘ、いまあの地≠ノいない。
だから、この仕事≠引き受けた。リィンと、また戦える。そんな予感があったからだ。
「もう、傷の方はよろしいので?」
「ああ、うん……大体、動ける程度には回復したかな」
あれほどの傷を負っておきながら、自分の足で立ち上がるシャーリィ。
この頑丈さには、百戦錬磨の猟兵たちも苦笑で誤魔化すしかなかった。
「それより作戦≠フ方は上手くいった?」
「はい。対象≠ヘ確保済みです」
「じゃあ、撤収しようか。あの姫様は逃がしちゃったけど仕方ないよね」
◆
「よろしかったので? お嬢を行かせて」
「構わん。ほぼ、この地での仕事は終えている。後は依頼主への義理と、不出来な甥の後始末だけだ。それに、あいつもオルランド≠フ血を引く娘だ。そろそろ一人で仕事をさせて良い頃合いだろう」
シャーリィと同じ赤い髪に、右眼を覆う黒い眼帯。彼――〈赤い星座〉の副団長シグムント・オルランドは、〈闘神〉の名で知られたバルデル・オルランドの弟にあたり、〈闘神〉亡きあと〈赤い星座〉の実質的なトップを務めていた。
実力的には〈猟兵王〉や〈闘神〉に決して劣るものではなく、まさしく最強の猟兵の一人と言えるだろう。
「しかし、副官にガレス以下、団員二十名ですか」
ガレスというのはシャーリィのお目付役。〈赤い星座〉で一番の腕を持つ狙撃手で〈閃撃〉の異名を持つ男だ。嘗ては、〈闘神〉の右腕を務めていたこともある古株の団員だった。
それに加え、選りすぐりの団員が二十人。総勢百人を超える〈赤い星座〉の戦力からすれば五分の一に満たない数ではあるが、高ランクの猟兵が二十人というのは大体の仕事は楽々とこなせる程度の戦力ではある。娘を心配して親心で、それだけの戦力を投入する甘い人物ではないことは、彼――ザックスが一番よく理解していた。
シグムントが、それほどの戦力が必要だと思う何かが、帝国にあるということだ。
これまでにも複数の仕事を掛け持ちすることは幾らでもあった。とはいえ、不安は尽きない。
というのもザックスの頭には、一人の小憎らしい青年の顔が浮かんでいた。シャーリィが帝国へ行く理由ともなった男の顔が――
「余程、帝国のことが気になるみたいだな。ザックス」
「俺は、あの男とお嬢の仲を認めたわけではないので……」
「ククッ、そう言うな。しかし〈猟兵王〉の息子か。惜しいな……ランドルフも団に残っていれば、今頃は〈闘神〉の名を継ぎ、奴を超える戦士に育っていたかもしれん」
「いまからでも遅くはないと思いますがね」
「そうなるといいがな……」
シグムントが見上げる先、そこにはクロスベルの新たな象徴〈オルキスタワー〉がそびえ立っていた。
既に為すべきことを終え、この街での仕事も終わりへと近づいている。
あとは幕が下りるのを、静かに待つばかりだった。
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