「な、なんだ。貴様は――」
「待て、こいつはまさか!」

 仲間の制止を聞かず、少女に銃口を向ける男。
 しかし男が狙いを定める前に一瞬で間合いを詰めた少女の一撃は、アサルトライフルごと男の腕を切断した。

「――ぐああっ!」

 片手を失い、絶叫を上げる男。そんな苦痛に表情を歪める男と、仲間をやられたことで怒りと恐怖で顔を赤く染める猟兵たちを見回し、赤毛の少女は愉しげに笑みを浮かべる。
 巨大なブレードライフルを小枝のように軽々と振うパワー。常人では反応しきれないほどの驚異的なスピード。そして、焔の如き赤き髪。
 猟兵たちの頭を過ぎったのは、戦場において同業者にも恐れられる一人の猟兵の名前だった。

「その強さ、その赤い髪――貴様〈血染めの(ブラッディ)シャーリィ〉か!」
「うん。まあ、その通りなんだけど、別に自己紹介いらないよね。全員ここで死ぬんだから」

 肩に真紅のブレードライフルを背負いながら、あけすけとシャーリィは男の質問に答える。
 それは以前に使っていた既製品ではなく、ジョルジュが試作品として作ったゼムリアストーン製の武器だった。
 シャーリィの好みに合わせて、リィンが使っている一般的なサイズのものと比較して随分と大きく作ってある。ラウラが使っているような大剣にライフルをくっつけたような不格好さはあるが、武器そのものが放つ威圧感は猟兵たちが持つ武器と比べても圧倒的だった。
 修理に出している愛用の武器が戻ってくるまでの繋ぎではあるが、これはこれでシャーリィは気に入っていた。

「クッ――こいつは危険だ! 魔獣を前にだして退避しろ!」
「ああ、それ無理だと思うよ?」

 そんな猟兵たちの行動を期待外れと言った様子で、肩をすくめるシャーリィ。
 警戒するのはいいが、目の前の敵に意識を向けすぎだ。

「目標を捕捉しました」

 シャーリィの言葉どおり何かが男たちの頭上で輝いたかと思うと、二アージュほどある巨大な漆黒の剣のようなものが地面に突き刺さり、土砂と共に魔獣たちを吹き飛ばした。
 ――ブリューナク。
 アルティナの技のなかでも最大級の威力を誇る攻撃で、巨大な剣と化した〈クラウ=ソラス〉が敵と共に大地を穿つ戦技(クラフト)だ。
 続いて、空から小さな影が舞い降りる。

「――シルフィードダンス!」

 敵の間合いに降り立つと目を眇め、手にした双銃剣をフィーは抜き放った。
 目にも留まらぬ速さで繰り出される無数の銃撃。魔獣と猟兵だけを狙って、フィーは二丁の銃を斉射する。
 咄嗟の攻撃に対応しきれず、悲鳴を上げながら魔獣たちは倒れていく。
 僅か数秒の間に頼みの綱である魔獣をすべて戦闘不能に追い込まれ、猟兵たちも二人を残して立っている者はいなくなっていた。

「……少し、やり過ぎました」
「ん……でも、リィンが思いっきりやれって言ったわけだし」

 地面に出来た小さなクレーターを見て、さすがにやり過ぎたと気付いたらしくアルティナは反省の言葉を漏らす。
 とはいえ、リィンがやれと言ったことだ。責任逃れのように思えるが、フィーの言っていることは間違っていなかった。
 一方、驚きと恐怖で表情を青く染め、距離を取るように後ずさる猟兵たち。

「まさか〈西風の妖精〉……もう一人は手配書が回っていた……」
「手配書……? やはりルーファス卿が捕らえられたというのは事実のようですね」

 ルーファスが囚われたことで自分の身も危うい立場にあることは、アルティナも自覚していた。
 そのため大きな驚きはないが、置かれている立場を再確認したことで複雑な表情を浮かべる。

「クッ、何故〈西風〉と〈赤い星座〉が……」
「一緒にいるかって? まあ、不思議だよな。俺だって、シャーリィと行動を共にしているのが、未だに不思議に思う時があるんだから……」

 今日何度目か分からない驚きと共に、声のした方角に振り返る男たち。
 そこには、赤のラインが入った黒いジャケットを羽織り、銀色に輝く二丁の片手銃剣(ブレードライフル)を腰に帯びた黒髪の青年の姿があった。
 青年の言葉に、「酷いよ、リィン」と不満げな声を漏らすシャーリィ。
 その名前と、目の前の人物の特徴から男の頭に浮かんだのは、騎士の名を持つ一人の猟兵の名前だった。

「リィン……リィン・クラウゼル!? 〈妖精の騎士(エルフィン・ナイト)〉か! クソッ――どうなっている!?」

 もはや悪夢とか思えない状況に男は悪態を吐く。
 二つ名持ちの達人。同業者にも恐れられるほど、常人離れした実力を有する三名。〈血染め〉〈妖精〉そして〈騎士〉――
 しかも、その三人に次ぐ実力者がもう一人。協力関係にあるとしか思えない会話をしているのだから、猟兵たちが混乱するのも無理はなかった。

「まあ、大人しく投降するなら命だけ≠ヘ助けてやる――って」
「ぐああっ! 手が……俺の手がっ!」
「最後まで他人(ヒト)の話は聞けよ」

 投降を促すも銃に手を掛けた男の腕を一太刀で――リィンは容赦なく斬り落とす。
 いつ武器を抜いたのか、接近されたことすら、男たちには理解することが出来なかった。
 痛みで崩れ落ちる男を放置して、リィンは残った男の喉元に剣先を突きつける。

「もう一度だけ警告する。大人しく投降しろ。今度、指一本でも動かしてみろ」

 リィンが話を終える前に、戦意を喪失した男は膝をつき崩れ落ちた。


  ◆


「まさか、これほどとは……」
「えっとユーシス。あれでもリィンたちは全然本気じゃないからね」
「な、なに……?」

 予想だにしなかったエリオットの言葉に驚愕するユーシス。
 しかし、そんなユーシスに追い打ちをかけるかのようにラウラが話を補足する。

「真実だ。兄う……リィン殿に至っては、父上と互角の勝負をするほどの実力者だ」
「〈光の剣匠〉と……なるほど、道理で強いわけだ。これが最強クラスの猟兵の実力か……」

 かなりの実力者だと思ってはいたが、リィンたちの力はユーシスの予想を大きく超えていた。
 しかし同時に、ラウラやエリオットの強さにも納得が行く。あれだけの実力者が近くにいるのだ。強くならないはずがない。
 あの四人の内の誰かに、戦い方を指導してもらっているのだろうとユーシスは勘違いした。
 いや、勘違いではないのだが、一度でもリィンやシャーリィの特訓を受けたことのある二人なら、あれを訓練とは言わないだろう。
 幾ら死なない程度に手加減をされているとはいえ、訓練を受けた側からすれば生死を懸けた実戦に等しかった。
 その影響でエリオットのアーツの腕は、補助や治療系だけ特に著しい成長を見せているほどだった。

「ねえ、リィン。こいつ等、どうするの?」
「さて、どうしたもんかな。おい、お前たち。どこの猟兵団だ?」
「に、ニーズヘッグだ。我々が帰らなければ、仲間たちが――」
「ああ、そういうのいいから」
「ぐあああっ!」

 反抗的な猟兵の傷口を靴底で抉るシャーリィ。真新しい傷口から真っ赤な血が噴き出す。
 その凄惨な光景に思わず目を背けるエリオット。ラウラとユーシスも黙って見てはいるものの眉を顰めていた。こうした光景を見慣れていないのだろう。
 しかし、そんな三人とは逆に、手慣れた様子で男たちを拷問するリィンとシャーリィ。
 利用価値があると思ったから生かして捕らえたに過ぎず、そうでないなら殺すことに一切の躊躇はなかった。

「巡回の部隊にしては数が多い。お前等ここで何をしてた?」
「そんなことを話すわけが――」
「別にお前が話さなくても、他に口を聞ける奴はたくさんいる。話さなければ一人ずつ死んでもらうだけだ。じわじわと嬲り殺されるのと生きたまま魔獣の餌になるの、どっちがいい?」

 まるで虫を殺すかのような気軽さと冷淡な声で、リィンは恐怖で表情を歪める男たちに警告を促す。
 どっちも嫌だとプライドをかなぐり捨てて、猟兵たちは涙と鼻水で顔を塗らしながら首を左右に振る。
 ――殺される。命を奪うことに目の前の男は一切の躊躇をしない。
 長く戦場を生き抜いてきた彼等だからこそ、そのことが嫌と言うほどに感じ取れてしまった。

「それじゃあ、早速一人目――」
「ま、待て! 待ってくれ! 話すっ、話すから命だけは――」
「なら、さっさと言え、俺の気が変わらないうちにな」

 一人目の犠牲者になろうとしていた男が、恐怖の余り重い口を開いた。
 しばらくは猟兵としての活動は自粛せざるを得ないだろうが、ここで殺されるよりはマシと考えての選択だった。
 シャーリィのように戦いを心の底から楽しみ、その結果、命を落とすことになろうと満足して死ねると言った戦闘狂はそういるものではない。
 いま彼等はこう考えているはずだ。
 楽な仕事のはずが〈西風〉や〈赤い星座〉が出て来るなんて聞いてない。これでは報酬に合わない、と。
 そうした思考に陥った猟兵は簡単に雇い主を裏切る。勿論そんな真似をすれば信用を失い、今後の活動にも大きな制限を伴うことになるが、死ねばそこでお終いだ。
 戦場では誰もが等しく簡単に命が奪われる。そのことをよく知る彼等は、誰よりも命の危機に敏感だった。

「ノルドの民を人質にか……何度も同じ手を、懲りないおっさんだな」

 猟兵の口からでた話の内容に、半ば呆れた様子で頭を振るリィン。
 近々大規模な狩りを行うために、手がかりがないかと集落跡の調査を行っていたことが猟兵たちの話から分かった。
 狩りの対象はノルドの民だ。そしてその指示を出したのは、アルバレア公だという話だった。
 リィンが呆れるのも無理はない。大方ノルドの民を人質に、第三機甲師団に降伏を呼びかけるつもりだったのだろう。
 何度同じことを繰り返せば気が済むのか。芸がないにも程がある。
 そんな真似をすれば、これまで帝国が長い時間をかけて築いてきた高原に住む人々との関係にもヒビを入れることになる。
 先のことを考えれば貴族派にとってもマイナスにしかならないのだが、そんなことを考えられないほどに追い詰められているということなのだろう。
 そう考えると一早く領邦軍の動きを察知して、集落を捨て避難したノルドの民の行動は賢かったと言うことだ。
 もっとも大規模な狩りが開始されれば、新しい集落が発見されるのも時間の問題だろうが――

「すまない……」
「別にお前が謝ることじゃないだろ。それより、これからのことを考えろ」

 実の父親が、また非道に走ろうとしているのだ。ユーシスが責任を感じるのも分からないではない。
 しかし彼がリィンに謝ったからと言って、解決するような問題でもなかった。
 ノブレスオブリージュという言葉があるが、特権を享受する者には相応の義務と責任が伴うものだ。
 この場合、学生だからというのは言い訳にならない。貴族であるのなら、その義務は果たすべきだとリィンは考えていた。
 いまユーシスが為すべきことは、謝罪や後悔を口にすることではない。これ以上、父親に誤った道を進ませないことだ。
 それと、もう一つ。リィンはエリオットに言いたいことがあった。

「エリオット。俺が以前に言ったことを覚えてるか?」
「あ……」

 いま思い出したかのように、決まりの悪い表情をするエリオット。以前エリオットはリィンに勝手な行動をしないと約束をしていた。
 兵士から話を聞いて集落のことが心配だったとはいえ、カレイジャスに残ると決めた以上、守るべき約束だったとエリオットは反省する。
 しかし、何を言ったところで約束を破ったことには変わりがない。それだけにエリオットに出来ることは、頭を下げることしかなかった。
 エリオットに続くように、リィンに向かって頭を下げるラウラとユーシス。下手な言い訳をしないあたりは好感が持てた。
 反省の態度が見えるだけマシかと、リィンは溜め息を吐きながら、

「今回はトワやエリゼに免じて大目に見てやる。ただし次はない。今度同じことをやらかしたら、二度と助けはないと思え」

 二度目はないと釘を刺した。
 元々は一度目すら助けるつもりはなかったことを考えれば、かなりの譲歩だった。
 今回はトワとエリゼの顔を立てたということもあるが、ラウラやユーシスの性格を考慮に入れず暴走を許した結果、エリオット一人に責任を取らせるのは、さすがにどうかと思っただけの話だ。

「で? こいつ等どうするの? 殺っちゃう?」
「は、話が違う! 知っていることは、すべて話したはずだ!」

 シャーリィの本気とも冗談とも取れる発言を真に受け、慌てる猟兵たち。
 リィンは必死に命乞いをする猟兵たちを見て、裏があるとしか思えない優しげな笑みを浮かべると、

「埋めるか」

 そんな言葉を口にした。


  ◆


 共和国との国境、ノルド北部にある共和国軍の駐屯基地。
 その基地の一室から人の声が聞こえてくる。薄暗い部屋の一角。四角いモニター付きの通信機に向かう人影があった。
 顔を仮面で隠し、全身をすっぽりと覆い隠す外套を身に纏い、モニターに向き合う黒ずくめの人物。その容姿からは性別の判断が付かない。
 一方、通信のモニターには白いスーツに身を包んだ東洋人と思しき黒髪の女性が映し出されていた。

『よかったの? 依頼をした私が言うのもなんだけど未練≠ヘないのかしら?』
「……我は(イン)=\―ただ依頼を受け、遂行するだけ。これまでも、これからも、それは変わらない」
『そう……余計な気遣いだったみたいね。さっきの話は忘れて頂戴』

 溜め息交じりに黒髪の女は、先程の言葉を訂正する。

『仕事の話だけど、もしもの時はわかっているわね? 共和国(われわれ)に繋がる証拠は一切残してはならない。それは物≠竍人≠燗ッじよ』

 念を押すように、黒髪の女は依頼の内容を確認する。黒ずくめの人物――〈銀〉の返事は決まっていた。

「誰にものを言っている? 我は〈銀〉――心配は不要だ」

 そう言葉を残し、伝説の名を持つ凶手は闇の中へと姿を消した。



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