優秀な技術者が二人も手に入ったことに、リィンは満足していた。グエン・ラインフォルトと、アリサ・ラインフォルトの二人だ。
罠の作製から簡単な機械修理まで一通りのことをこなすリィンの目から見ても、アリサの腕はそこらの職人と遜色ないほどに優秀なものだった。
この年齢でここまでのことが出来るのは、リィンの知る限りではジョルジュくらいだ。
そのこともあって、クォーツを材料に用いた簡易の導力地雷や閃光弾などを、リィンはアリサと二人でせっせと作っていた。
「あなたって手先が器用よね。猟兵って、皆そうなの?」
「猟兵団と言っても全員が戦えるわけじゃない。女や子供なんかは、まずはこういうところから覚えていくからな。ああ見えて、シャーリィも出来ると思うぞ。あの性格だから、こういうチマチマした作業は長続きしないだろうけど……」
リィンも団にいた頃は、こうした作業から料理の手伝いまで様々な雑用をやっていた。
なんでも協力してやっていかなければ、生きていけない世界だからだ。
フィーはよく団を家族に例えるが、そのくらいの信頼関係がなければやっていけない仕事ということでもある。
「それに、俺は余り優秀な方じゃなかったからな。こういうところで役に立たないと団には居辛かったんだよ……」
「え? でも、凄く強いって聞いたわよ?」
「まあ、弱くはなかったが、昔はそれほどでもなかったからな」
四年前までは、リィンは優秀な猟兵とは、とても言えない実力しかなかった。その理由は戦技とアーツを不得手としていたことだ。
何年経っても満足に戦技一つ使えないような猟兵は、当然のことながら一人前に扱ってはもらえない。〈鬼の力〉を使えば、それなりに戦うことは出来たが、力押しや小手先の技術だけでは一流の猟兵には敵わない。そうした壁に衝突して思い悩んでいた時期がリィンにもあった。
リィンが機械関係から料理に至るまで幅広い技術と知識を手に入れたのは、戦技やアーツを満足に使えないハンデを他の面でどうにか補えないかと試行錯誤した結果でもある。
「とても、そんな風には見えないんだけど……」
「長く生きてると、いろいろとあるんだよ」
「……あなたって、私とそれほど歳は変わらないわよね?」
変わらないどころか、同い年だと言えばアリサは驚くだろう。
前世からの記憶を含めれば精神的に親子ほど歳は離れているわけだが、外見からは分からないことだ。
そしてリィンも、自分の秘密を不特定多数に打ち明けるつもりはなかった。だから黙って作業を続ける。
「それで、こんなに作ってどうするの?」
集落中から集めた材料を使って、相当数の罠を二人は作っていた。
持って行くにしても、かなりの量だ。リィンたちだけで持ち運び出来る量とは思えない。
「罠なんだから仕掛けるに決まってるだろ?」
何を言ってるんだ、と言った顔でアリサを見るリィン。
一方、グエンとの会話から、さっさと避難すると思っていたアリサは意外そうな顔を浮かべる。
「大所帯で移動すれば発見されやすくなるからな」
「迎えが来るまで集落に立て籠もるってこと?」
「いや、ここの詳しい場所は〈紅き翼〉には伝えてないからな。待ってるだけじゃ迎えはこないぞ?」
「……じゃあ、どうするのよ?」
考えが読めず、アリサは訝しげな目でリィンを睨み付けた。
そんなアリサの疑問に、リィンはニヤリと笑みを浮かべながら答える。
「下準備は出来ている。後は獲物が掛かるのを待つだけだ」
◆
貴族連合に雇われている猟兵団の幹部が集まって、情報交換を兼ねた作戦会議を行っていた。
会議には十を超える猟兵団が参加しており、そのなかでも特に人数が多く練度が高いことで有名な〈北の猟兵〉と〈ニーズヘッグ〉が進行役を務めていた。
「〈西風〉と〈赤い星座〉だと!?」
場に動揺が走る。西ゼムリア大陸において最強と噂される猟兵団。
その二つの名を知らない者は、この会議に出席している者で一人としていない。
いや、猟兵に限らず戦場に身を置く者であれば、誰もが知る名前だった。
「発見された猟兵は二十名。そのうち再起不能が十六名。すぐに任務に復帰できそうな者は一人としていない。これをやったのは〈妖精〉〈騎士〉〈血染め〉の三人だという話だ。手配中の〈兎〉も一緒にいたという話だが、先の三人に比べれば脅威度は下がるだろう」
張り詰めた空気が部屋を支配する。それが、どれほど深刻な内容か分からない猟兵たちではなかった。
〈西風〉と〈赤い星座〉どちらか一方だけでも厄介なのに、その二つが協力関係にあるなど彼等の実力の一端を知る者たちからすれば悪夢でしかない。手を組んでいるという意味では自分たちも同じではあるが、最強の猟兵団に勝てると断言できるものは誰一人いない。しかも名前が挙がったのは、その最強と噂される猟兵団のなかでも部隊長クラスの実力者ばかりだ。同じ猟兵とはいえ、そんな化け物たちと比べれば、圧倒的に自分たちの実力が劣っていることは誰もが理解していた。
「お、俺は降りるぞ!」
青ざめた顔で最初にそう口にしたのは、十名ほどの小さな猟兵団を束ねる男だ。
独立してまだ数年の駆け出しではあるが、若い猟兵団のなかでは頑張っている方で、依頼主からの評価も高い猟兵団だった。
しかしそれは言ってみれば、自分たちの力量をよく理解した上で、危険な仕事を避けてきたということでもある。
最強と噂される猟兵団を相手にするようなリスクを冒す勇気など持ち合わせてはいなかった。
一人の声に呼応して、次々に仕事を降りると言いだす者たちが現れる。
「鎮まれ!」
そんな彼等を制したのは、〈北の猟兵〉を束ねるリーダーだった。
「ここで仕事を降りれば信用を失うことになるばかりか、帝国で仕事が出来なくなるぞ? それでもいいと思う者は、ここを去れ」
敵に恐れをなして仕事を降りたとなれば、今後の仕事に支障をきたすことになるだろう。
そればかりか貴族連合も裏切り者を許しはないだろうし、帝国での活動は難しくなる。そのくらいのことは彼等もわかっていた。
しかし今回ばかりは相手が悪すぎる。最悪、団の壊滅や死を覚悟しなくてはならない相手だ。
男の言葉に従い、続々と部屋を退出する男たち。残ったのは〈北の猟兵〉と〈ニーズヘッグ〉を含めた四つの猟兵団だけだった。
「それで? 案はあるのか?」
「〈赤い星座〉の本隊はクロスベルにいるという情報が入っている。それに〈西風〉は一年前に団長を亡くして以降、活動の実績はなく団は解散したとの噂だ。〈妖精〉と〈騎士〉以外を見た者がいないことからも、噂の信憑性は高いと〈北の猟兵〉は考えている」
あの〈西風の旅団〉が解散したとの噂は、他の者たちも耳にしていた。
しかし幾ら相手が少数だとはいえ、最強の猟兵団に所属していた部隊長クラスが三人だ。
それに〈騎士〉に至っては〈猟兵王〉の後継者とも噂されている文字通り化け物クラスの実力者だ。
なんの作戦もなしにぶつかれば、大きな痛手を被ることは明らかだった。
「作戦はあるのか?」
「集落を狙う。幾ら奴等が強くとも戦場すべてを守り切れるはずもない。そこをつく」
「……人質を取るということか?」
「アルバレア公の依頼は、人質となりそうな民間人を捕らえることだ。奴等を殺すことではない」
確かに……と男たちは一斉に頷く。
どれだけ強かろうと一人で相手に出来る数や、守れる範囲など限られている。
半数以上は仕事を降りてしまったが、それでも仲間の数は百を超える。それだけいれば不可能な作戦ではないだろう。
しかし、それには一つ問題があった。誰かが、その化け物たちの相手をしなくてはならないということだ。
「部隊を分ける必要があるな……どうする気だ?」
「作戦を提案したのは、こちらだからな。連中の相手は〈北の猟兵〉がする。それに――」
そう話をしながら〈北の猟兵〉の男が空間の一点に目を向けると、闇の中から一つの影が現れる。
外套で姿を隠した黒ずくめの男――いや、顔すら仮面で覆い隠しているため性別の判断がつかない。
その怪しげな人物が現れた瞬間、部屋の温度が二、三度下がったかのような錯覚を猟兵たちは受ける。
「化け物には、化け物をぶつければいい」
邪悪な表情で、男はニヤリと笑う。彼等が化け物と呼ぶ人物こそ――
東方人街で『魔人』と恐れられる伝説の凶手――〈銀〉だった。
◆
ラクリマ湖の畔に、無数の丸いテントのような物が並んで見える。
それは木の梁や柱で骨格を築き、羊の毛などで作った布を重ね合わせた『ゲル』と呼ばれる移動式住居だった。
過ごしやすい土地や家畜の餌となる牧草を求め、移動しながら生活を営む高原の民にとって欠かせないものだ。
「集落の位置がバレてる!?」
戸惑いと焦り、驚きに満ちた声をエリオットは上げる。
族長の家には、これからのことを話し合うため、主要となる関係者が集められていた。
リィンやグエンたちの他にも、ガイウスの父親にして族長でもあるラカンと、ノルドの長老夫妻の姿が確認できる。
「上手く陽動したつもりなんだろうが、ラクリマ湖へ通じる道の幾つかに真新しい足跡を見つけた。集落から遠ざけるのを意識し過ぎて、素直に反対側に逃げただろう? 連中もバカじゃない。そこから大凡の位置を割り出されたんだろうな」
リィンは今朝早くから、シャーリィと一緒に周辺の調査を行っていた。アリサとガイウスから話を聞き、猟兵たちの行動に違和感を抱いたためだ。
素人の陽動に簡単に引っ掛かるような猟兵が、二十人近くからなる部隊を率いていたとは思えない。ノルドの民の捜索には、それなりに経験のある高ランクの猟兵が任務に当たっていたはずだ。なら、アリサたちを追跡する部隊と、調査を引き続き行う部隊の二つに分けていても不思議な話ではない。
勘の良い猟兵なら、対象が逃げた方角から拠点の位置を割り出すなど造作もないことだ。
「すまない……俺の責任だ。もっと注意を払っていれば……」
「ガイウスだけの所為じゃないわ。私があんなことを言いださなければ……」
猟兵たちを集落から引き離すため、陽動する案を最初にだしたのはアリサだった。
賛同したガイウスにも責任はあるが、自分がそんなことを言い出さなければとアリサは後悔する。しかし、そこまで敵に接近されていたことを考えると、集落が発見されるのは時間の問題だったはずだ。結局は見つかるのが早いか遅いかの差でしかなく、アリサやガイウスだけの責任とは言えなかった。
責任を感じて焦るアリサに、リィンは「まあ、落ち着け」と促す。
「落ち着けって、何を呑気に言ってるのよ! 早く皆を連れて逃げないと――」
「それは連中の思う壺だ。百人近い大所帯だ。移動中を狙われれば、俺とシャーリィだけじゃ守り切れない」
百人もの人間を守りながら逃げるというのは簡単な話ではない。幾らリィンとシャーリィが強くても、カバー出来る範囲には限りがある。
その程度のことが分からないほど、アリサもバカではなかった。それだけに悔しげな表情を浮かべ何も言い返せない。
「リィン殿。こうして皆を集めたということは、何か考えがあるのだろう?」
ガイウスの父親にして集落の実質的な指導者、族長のラカン・ウォーゼルはリィンに尋ねる。
こうして関係者を集めたということは、何か案があってのことだと察したからだ。
「まず第一に、ここに留まるのは危険です。だから皆さんには避難して頂きます」
「……え? でも、いま逃げるのは敵の思う壺だって」
「それは逃げる場合だ。俺が言ってるのは、あくまで避難≠セ」
アリサの疑問に、リィンはラクリマ湖周辺の地図を広げながら答える。
「湖畔を迂回して、皆さんには西へ逃げてもらいます」
「しかし、そちらには険しい山々があるだけだ。追い込まれれば逃げ場がない」
ラクリマ湖の西に広がるのは、アイゼンガルド連峰へと通じる険しい山道だ。大人数で移動するには不向きで、敵に追い詰められれば逃げ道がない。
ラカンの考えていた逃走ルートは高原を北へ抜け、共和国方面に逃げることだった。
領邦軍と言えど、共和国側に入ってしまえば簡単には追ってこられないと考えたからだ。
そんなラカンの疑問に、リィンは首を左右に振り、答える。
「北に逃げるのはやめた方が良い。貴族連合が共和国と通じている可能性があります」
「まさか、そんなことが……」
俄には信じがたい話に、ラカンは驚きの声を上げる。
「監視塔を領邦軍に制圧された日、北に駐留する共和国軍に動きがあったそうです。共和国軍の動きを牽制するために第三機甲師団は部隊を動かしたそうですが、その隙を突かれて貴族連合の空挺部隊に強襲され、監視塔を制圧されたとの話でした」
それが、ゼクス中将から聞いた監視塔を占拠されるにまで至った経緯だった。
ただの偶然とするには、一連の流れが余りに出来すぎている。共和国と貴族連合が裏で繋がっていると考えるのが自然だ。
しかし、そうなるとラカンの考えていたルートでの逃走は難しい。そこでリィンは先程の話に戻る。
「大丈夫です。〈紅き翼〉に迎えにきてもらいますから」
その話に驚いたのはラカンだけではない。リィンから事前に話を聞いていたアリサも同様だった。
リィンはアリサに〈紅き翼〉は、こちらの位置を知らないと言ったのだ。
なのに――以前、言っていたことと矛盾した話をするリィンに、アリサは疑問をぶつけた。
「でも、どうやって? 向こうは、こちらの位置を知らないのよね?」
「作戦が始まれば、あっちが勝手に見つけてくれるはずだ。景気よく派手にやるつもりだからな」
「あっ、もしかして……」
ここでようやく、アリサはリィンの考えを理解した。
大量に用意したクォーツを材料にしたトラップの数々。それはどちらかと言えば、威力よりも音や光と言った派手さを演出したものばかりだった。
最初は敵の撹乱に用いるのかと思っていたが、実際には別の狙いがあったことにアリサは気付く。
「でだ。お前たちには集落の人たちの誘導を任せたい」
アリサやエリオットたちの表情が引き締まる。その任務の重要性を理解してのことだった。
避難する民間人のなかには子供や老人もいる。簡単そうに思えて山には魔獣もいるし、そうした人たちを守りながら目的地まで送り届けるのは大変な仕事だ。
それに、敵に追いつかれた場合、エリオットたちに最後の守りを任せるという意味に他ならなかった。
「リィンたちは、どうするの?」
普段であればリィンの性格からして、こんな重要な仕事を自分たちに任せてくれるとエリオットは思っていなかった。
だとすれば他に手が回らないほど、もっと危険な仕事をリィンたちはやろうとしているのではないか、そう考えたのだ。
そんなエリオットの予感は当たっていた。
「避難が完了するまでの時間稼ぎだ。もっとも――」
「全員、殺っちゃうかもしれないけどね」
普通に考えれば、たった二人で敵を足止めしようなんて無茶が過ぎる。しかし、エリオットは何も言えなかった。
その言葉とは裏腹に、二人の表情がいつにも増して真剣に見えたからだ。一切の反論を許さない、そんな目をしていた。
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