「リィン、あれって態とでしょ?」
一緒に戦うと言われても面倒だと思ったリィンが、エリオットたちをノルドの民と一緒に行かせたことにシャーリィは気付いていた。
何も言わなかったが、長老やラカンもそのことに気付いて黙っていたように見えた。
とはいえ、足手纏いになるという理由だけで彼等を遠ざけたわけではなかった。
「ここからはお遊びじゃなく本物の戦場≠セ。なら、猟兵たちの領分だろう?」
この先は命の奪い合いになる。文字通り、ここは『戦場』と化すだろう。
実力と経験が不足していることもそうだが、人を殺すという意味と覚悟をまだ知らない彼等では、この戦いに生き残れないと考えてのことだった。
躊躇をすれば、死ぬのは自分だ。生きるためには殺すしかない。その覚悟を、先日まで学生だったエリオットたちに持てというのは酷だろう。
いつかは彼等も決断を迫られる時が来るかも知れない。それでも可能であれば、知る必要のない覚悟だとリィンは思っていた。
「思いっきりやってもいいんだよね?」
「ああ、今回は俺も出し惜しみなしだ」
シャーリィの質問の意味を察し、リィンは当然とばかりに答える。
敵の数や動き次第では、エリオットたちの方にも敵が行く可能性はある。そのため、追い返すなんて甘い真似をするつもりはなかった。
可能な限り敵の数は減らす。例え何十、何百と殺すことになってもだ。エリオットたちを戦闘に参加させなかったのは、そうした理由もあった。
それに、どれだけいようと――全力でやれるのであれば、〈西風〉と〈赤い星座〉に敗退の二文字はない。
リィンもシャーリィも、ここで死ぬことなど微塵も考えていなかった。
「きたね」
シャーリィの言葉で、東の空を見上げるリィン。
茜色に染まる空に、幾つもの黒点が浮かぶ。それは貴族連合の軍用艇だった。
数にして十隻ほど。すべてに猟兵たちが乗り込んでいるとすれば、かなりの戦力だ。
「アハハ、一杯きたね!」
「あの数から察するに、百以上は確実か」
獲物がたくさん現れたことに無邪気に喜ぶシャーリィ。戦場の空気に気分が高揚しているのはリィンも同じだった。
数の差は圧倒的。本来であれば絶望的な状況であるにも拘らず、リィンたちは慌てるでも焦るでもなく自然体でいた。
「さてと……」
スッと息を吐き、リィンは〈鬼の力〉を解放する。
身体から闘気が噴きだし、夕焼けで赤く染まった草原を黒く染め直していく。
「オーバーロード・集束砲形態」
両手に持った二丁の片手銃剣を一つの巨大な集束砲へと変化させ、リィンは軍用艇に狙いを定める。膨大な闘気が銃口へと渦を巻きながら集束していく。そして、その引き金を躊躇いなく弾いた瞬間、一筋の光が解き放たれた。
敵艦を薙ぎ払いながら、漆黒の光は雲間へと吸い込まれていく。
煙を上げて落下していく二機の軍用艇。それが、戦闘開始の合図となった。
◆
木陰に身を潜めながら集落に近づく黒ずくめの集団があった。貴族連合に雇われた猟兵たちだ。
緊張した様子で息を荒げる猟兵たち。無理もない。見たこともない不可思議な攻撃で軍用艇を二隻失い、連れてきた百人を超える戦力のうち二十人以上の仲間が重軽傷を負うことになった。
(クッ……先程の攻撃はなんだったのだ)
〈北の猟兵〉を中心に組織された襲撃部隊のリーダーを務める男は、部下に不安を与えないため口にはださないものの、想定外の攻撃に驚きを隠せず心の内で悪態を吐く。
まとめて倒される危険を避けるために部隊を十人前後の小隊に分け、集落へと近づく猟兵たち。
狙い撃ちにされるのを避けて地上からの接近に切り替えたとはいえ、またどこからあの攻撃がくるか分からない。そんな恐怖心が彼等の足を鈍らせていた。
そんな時だ。眩い閃光が夕闇を照らし、爆発音と地鳴りがしたかと思えば、仲間の悲鳴が高原に響いた。
集落の様子を探りにいっていた斥候の部隊が、敵の襲撃を受けたのだとリーダーは判断する。
「敵襲だ! 全員、警戒を怠るな!」
リーダーの言葉に従い、武器を手に周囲を警戒しつつ駆け足で集落を目指す猟兵たち。
渓谷を抜け、集落のあるラクリマ湖へと足を踏み入れた時だった。
猟兵の一人が紐のようなものを足に引っ掛け、草むらから空中に飛び出してきた黒い塊を見てリーダーは叫ぶ。
「――閃光弾!?」
白い光が猟兵たちを呑み込んでいく。
しかし、この程度は猟兵たちも想定していたらしく、慌てずにバイザー越しに周囲を警戒することで敵の襲撃に備え、体勢をすぐに立て直す。しかしトラップは、それで終わりではなかった。
閃光弾に遅れて爆発が起きる。それは導力地雷の光だった。
「――クッ! 地雷が仕掛けられている! 足下に注意しろ!」
閃光弾に加えて導力地雷。仕掛けられている場所も、猟兵たちの動きを予測しているかのように的確だった。
明らかに猟兵との戦いに慣れた相手の仕業だ。このことから〈西風〉と〈赤い星座〉の仕業だと、すぐに猟兵たちは理解する。
しかし同時に、小手先ばかりのトラップで直接攻めてこないことからも、相手の戦力は予想通りに少数だとリーダーは確信した。
「怯むな! 敵は少数だ。この人数なら勝て――」
言い切る前に男は絶命する。一瞬のことだった。
首と胴を分かたれ、崩れ落ちるリーダー格の男。鮮血が草原を紅く染める。
猟兵たちがギョッとした目で見ると、血だまりの中央に返り血を浴びた少女がいた。
口元についた血をペロリと舐め取り、愉しげに笑う赤毛の少女。猟兵たちが呆けている一瞬の隙をついて少女は距離を詰め、手に持った巨大なブレードライフルを軽々と雑草を刈り取るように振り抜いた。
「うわああああっ!」
血と共に、猟兵の悲鳴が高原に響き渡る。
一閃、二閃、三閃――少女が武器を振う度に、血の海が広がっていく。
「――血染めのシャーリィ!」
「正解ー。反応が鈍いなあ。本当に猟兵?」
期待外れといった顔で、猟兵たちを蔑む赤毛の少女――シャーリィ。
圧倒的な人数差を前にしても、余裕の態度を崩さないシャーリィに猟兵たちは気圧される。
「クッ――攻撃を集中しろ! 相手は一人だ!」
それでも、どうにか気持ちを奮い立たせ、猟兵たちは反撃にでる。
個の力ではシャーリィが勝っているが、数では猟兵たちの方が圧倒的に上だ。猟兵たちは波状攻撃でシャーリィを仕留めに掛かる。
数十を超える銃口から放たれる無数の弾丸。しかし、シャーリィは怯むことなく前へとでた。
「何故あたらない!? 化け物か、こいつ!」
弾道を予測し、避けられない弾だけを武器で弾きながら、シャーリィは最短の距離で猟兵たちへと接近する。
一閃――また二人の仲間がやられたことで、猟兵たちの表情に恐怖と焦りが浮かび上がる。
(バカな――俺たちは〈北の猟兵〉だぞ! それがたった一人に……っ!)
北の猟兵は自他共に認める高ランクの猟兵団だ。その実力の高さは、これまで彼等がこなしてきた任務の実績からも疑うところはない。
一人一人の力は達人クラスの実力者に劣ってはいても、仲間たちと連携すれば互角以上の戦いが出来る。小隊規模で任務に当たれば、A級遊撃士が相手でも負けはない。それだけの自信が彼等にはあった。
なのに――この結果はなんだ。猟兵たちは自問する。
彼等が弱いわけではない。シャーリィが余りに常人離れし過ぎていた。
S級の手配魔獣。いや、それ以上の怪物を相手にしているかのような錯覚を受ける。
「まともに相手をするな! 距離を取りながら相手の動きを封じるんだ!」
正攻法で敵わないと見るや、消極的ではあるがシャーリィを倒すことは諦め、猟兵たちは作戦を足止めに切り替える。
その決断力の速さに見直した様子で、「へえ……」と感心した声を上げるシャーリィ。
「いいね。そうこなくっちゃ、面白くないよね」
先程よりも、ずっと愉しそうに口元を緩め、戦闘を再開しようとシャーリィが足を踏み出した、その時だった。
ふと、何かに気付いた様子で足を止め、空を見上げるシャーリィ。
予期せぬシャーリィの行動に、身構えていた猟兵たちは何かの罠かと警戒を顕にする。
「匂いがする。懐かしい匂い……」
懐かしむようにシャーリィは笑みを浮かべた。
◆
「派手にやってやがるな、シャーリィの奴。んじゃま、こっちも……」
見晴らしの良い高台に陣取り、戦技〈オーバーロード〉により集束砲に変化させた武器の銃口を、猟兵たちが持ち込んだ軍用艇や装甲車へと向けるリィン。目を眇め、闘気を極限にまで集束させ、その引き金を弾いた。
距離にして二十セルジュ以上。リィンの放った黒い光が到達した瞬間、敵陣地を中心に巨大な爆発が起きる。もくもくと煙を上げる敵部隊を見て、リィンは武器の形状変化を解除した。
シャーリィが敵の注意を引き付けつつ、リィンが狙撃で敵の増援部隊や後方に配置された装甲車などを排除する。それが作戦の大まかな概要だった。
ここまでは上手く行っている。閃光弾や導力地雷など集落を中心に仕掛けた罠によって、かなり派手に戦場を演出≠キることにも成功していた。リィンの読みが正しければ、そろそろ〈紅き翼〉が位置を特定して向かっている頃だろう。
「これで三つ目……しかし、妙だな。敵の数が思ったより少ない」
予想していたよりも僅かに敵の数が少ないことにリィンは気付く。
恐らくは山沿いに伏兵が潜んでいる可能性が高い。ノルドの民を逃がさないように部隊を分け、最初から東と南から追い込むつもりでいたのだろう。
北には共和国軍の基地がある。そのことからも、どちらにせよ西にしか逃げ道は残されていない。猟兵たちも、そのことに気付いているはずだ。
シャーリィと戦っている部隊は、恐らく陽動と足止めが目的。逃げ道を塞ぎ、獲物を追い込み、弱ったところでトドメを刺す。
狙いはあくまでノルドの民の確保ということだ。猟兵らしい合理的な作戦と言えた。
「敵もバカじゃないってことか」
しかし、リィンもそうした彼等の動きは予想していた。その上で西に逃げるように指示したのは、それが最も生存の確率が高いと判断したからだ。
猟兵たちは数を頼りに攻勢を仕掛けてきている。数で勝っているのなら、その利を生かすのは作戦のセオリーだ。しかし、そこに付け入る隙がある。
包囲網を敷くために猟兵たちは戦力を分散しているばかりか、狙撃を恐れて更に部隊を細かく分けている。確かにリィンやシャーリィが幾ら強くても、この広い戦場をすべてカバーするのは不可能だ。そう言う意味で彼等の取った作戦は有用だと言える。しかし同時に、各個撃破されやすい状況を自分たちで作ったということだ。
「厄介な兵器は潰した。後は……時間との勝負だな」
両手に片手銃剣を携え、戦場を見下ろしながらリィンは周囲の気配を探る。次の目標に狙いを定めた、その時だった。
気配を断った一撃が死角から迫る。リィンの頭に目掛けて真っ直ぐに振り下ろされる大剣。
決まったかに思えた、その時。リィンを守るように地面から鋼の刃が飛び出した。
「随分なご挨拶だな」
「…………」
地面に突き刺さった片手銃剣の刃を見て、襲撃者は仮面の下の眉をひそめる。
――オーバーロード・連結刃形態。中距離攻撃型の形態で、その一番の特性は自動迎撃機能にある。刃に闘気を行き渡らせることで、殺意や敵意に対して反応する結界を構築する。
攻撃力は低いが防御能力に優れたリィンが頼りとする形態の一つだった。
「だんまりか。さっきの技といい、猟兵じゃないな。領邦軍の兵士でもなさそうだし、雇われの暗殺者ってところか。待てよ? その格好どこかで……」
黒衣で全身を覆い、仮面を被っている所為か、男とも女とも判断が付かない。
禍々しい大剣を右手に持ち、濃密な死の気配をコートを羽織るかのように纏っているその人物に、リィンは心当たりがあった。
「銀――リーシャ・マオか!?」
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