「あ、またやっちまった……」

 先程まで武器≠セったものを見て、黒髪の少年は溜め息交じりに声を漏らす。
 リィン・クラウゼル十三歳。猟兵の世界で十三という年齢は決して子供とは言えない。実際、リィンの妹分であるフィーは十歳で猟兵デビューを果たし、僅か一年で小さな仕事を幾つか任せられるまで成長していた。
 その一方でリィンは猟兵デビューが十歳というのはフィーと変わりないが、仕事を始めて三年が経過するというのに半人前の殻を破れずにくすぶっていた。その理由は簡単で、アーツや戦技といった猟兵に必須とも言える戦闘技術を不得手としていたためだ。
 まったく使えないというわけではないが、アーツは複雑な工程を必要としない基本的なものしか発動が出来ず、戦技に至っては武器に闘気を乗せることが出来ず、簡単な技すら満足に使えずにいた。
 闘気の制御は戦技を会得する上で必須の技術だ。そのため、武器に闘気を乗せる練習をしていた結果がこれ≠セ。
 ボロボロになった武器。もう何十年も手入れされていないといった感じで、リィンの手の中にある武器は錆びて朽ち果てていた。
 どういうことか、リィンが闘気を通すと必ずと言って良いほど武器が壊れる。しかも普通の壊れ方ではなく、まるで武器の時間だけが何十年も経過したかのように劣化し、使えなくなるのだ。
 そのため、未だにリィンは戦技一つ使えない二流(おちこぼれ)として仲間たちに一人前と認められずにいた。

「また一人で自主練?」
「ぐっ……秘密の特訓と言ってくれ」

 リィンの手にある武器だったものを見て、フィーはまた失敗したのだと理解する。
 既にフィーは二つの戦技を習得しており、年齢から考えれば十分過ぎるほどの実力を持っていた。
 〈鬼の力〉込みで考えれば、まだリィンの方が強いが、それはフィーが未熟だから通用するのであって、戦い慣れた一流の猟兵が相手となると単純な力押しで勝つことは難しい。
 だからこうして自主練もとい秘密の特訓に励んでいるのだが、その成果は実る様子がなかった。

「大丈夫。私が強くなってリィンを守るから」

 フィーの思い遣りを嬉しく思う反面、リィンは義兄として我が身が情けなくなる。
 前世の記憶を持ち〈鬼の力〉が自由に使えると知った時は、良い歳をして「転生チートきたあああっ!」と叫んでしまった過去が懐かしい。実際〈鬼の力〉に助けられているのは確かなのだが、まさかアーツと戦技を満足に使えないというオチが待っているとは思わず、伸び悩んでいるのが現実だった。
 原因が〈鬼の力〉にあるのか、単純に才能がないだけなのか、それとも別の問題があるのか、リィンにはさっぱり理由が分からない。しかし一つだけ言えることは、この弱点を克服しない限りは団の仲間に一人前と認めてもらえないということだ。
 その所為で、大きな仕事が入る度に置いてけぼりを食うことも珍しくなく、今回もフィーと二人で皆の帰りを待っていた。
 団の隠れ家の一つがある帝国西部の辺境の山奥で鍛錬に励んでいたのも、それが主な理由だった。
 他の居残り組と一緒に街で帰りを待つという選択もあったが、少しでも強くなって早く団長たちと一緒に大きな仕事をしたいという夢が、リィンのなかにはあった。
 男の意地と言う奴だ。それに、このままではいつかフィーに追い抜かれてしまうという焦りもあった。義兄として、それは情けない。

「何か進展はあったの?」
「ううん……何か掴めそうではあるんだが……」

 さすがに何度も失敗を繰り返している内に、規則性のようなものは掴めてきていた。
 まず素材によって劣化までの時間が異なることがわかっている。市販の鉄製の武器なら五秒と保たないが、七耀石を含んだ合金製の属性武器を試した時は三十秒以上の時間、闘気を維持することが出来た。
 ようは純度の高い七耀石で作られた武器なら、長い時間リィンの闘気を受け止められる可能性があると言うことだ。そのことから一つだけ試してみたいと思っている素材があるにはあるのだが、余りに稀少な鉱石のため入手自体が困難という難点があり、リィンの試みは中断していた。
 そして、もう一つ。手に触れて意識を集中すれば、武器の仕組みや材質などがイメージとして頭に思い浮かぶことがわかっている。
 実のところ、この力は武器に限らず物質の構成を読み取ることに特化しているようで、導力地雷などの罠の解体や武器の整備に役立っていた。

「ところで、どうしたんだ?」
「そろそろ夕飯の時間」
「ああ、もうそんな時間か……」

 茜色に染まりつつある空を見上げて、リィンは頭を掻きながら理解の色を示す。
 団では基本的に半人前や非戦闘員を中心に、食事の当番など雑用が割り振られているが、こうして二人の時はフィーが食材を集め、リィンが料理を担当することが暗黙のルールになっていた。
 フィーも料理が出来ないわけではないのだが、味付けが大雑把で栄養さえ取れれば良いと言った感じのものが多く、前世の記憶があり舌の肥えたリィンには、とても耐えられる食事ではなかった。
 ただフィーの沽券に関わる問題なので補足しておくと、猟兵の食事など大抵どこの団も似たようなものだ。塩を振って煮るか焼くか、大雑把な味付けが多いのは戦場を生活の一部とする猟兵にはありがちなことだった。
 実際、リィンの料理の腕は団のなかでも一番と言って良い。猟兵じゃなく料理人を目指した方が儲かるんじゃないか、と団の皆に飽きられるほどにリィンの食事への拘りと料理の腕前は卓越していた。


  ◆


 パチパチと薪が跳ねる音が聞こえ、導力ランプの暖かなオレンジ色の光が室内を照らし出す。
 辺境の村からも少し離れた場所、木々が生い茂る山間に建てられた青い屋根が特徴の二階建てのログハウス。ここは〈西風〉が大陸各地に所有している隠れ家の一つだ。
 強力な魔獣が数多く徘徊している森として知られ、一般人は滅多に立ち入らないことから、団員の訓練場としても利用されていた。
 リィンはフィーと二人で、仲間の帰りをここで待っていた。

「ご馳走様でした」

 リィン特製の野鳥と山菜のシチューを食べ終えたフィーは、満足した様子で手を合わせる。
 こうした食事の所作は、リィンの真似をして覚えたものだ。

「凄い食ったな……」

 十皿分はあろうかというシチューの鍋は、すっかりと空になっていた。
 翌朝の分も考えて作ったシチューが綺麗になくなったことに、若干の驚きを隠せないリィン。
 余程、腹を空かせていたのだろうと、満足げな表情を浮かべるフィーを見て、リィンは思った。

「今日は山向こうまで行ってきたから」
「近くで見ないキノコとか混じってると思ったが、随分と遠出したんだな……」

 食材の調達も訓練の内だ。
 とはいえ、まさか山向こうまで行っていたとは思わず、リィンは何故そんなところまでと不思議そうに首を傾げる。

「ん……人がいる気配がして、気配を追ってたら山向こうまで行ってた」
「人の気配? こんな山奥にか?」

 こんな人里離れた山奥に人がいるというのは、それだけで怪しい。ましてや魔獣の徘徊する森だ。
 地元の人間すら滅多なことでは踏み込まない山の奥深いところまで侵入しているとなると、遊撃士か猟兵――かなりの手練れである可能性が高い。
 もしかしたら自分たちが狙いかもしれないと考えるリィン。〈西風の旅団〉は有名な猟兵団だが、それだけに敵も多い。
 以前も団長たちの留守中を狙って、アジトを襲撃されたことが何度かあった。
 ここの隠れ家の情報はまだ知られていないはずだが、用心に越したことはない。念のため、調査しておく必要があるとリィンは考える。

「何人だ?」
「たぶん二人。一人は足跡の形から見て、私たちと同じくらいの子供だと思う」

 自分たちを狙った敵――という可能性はそれで随分と減ったが、益々怪しくなったとリィンはフィーの話を聞いて思う。
 魔獣の徘徊する山奥に、大人だけならまだしも子供が一緒というのは明らかに不自然だ。

「明日、案内してくれ。念のため、確かめておこう」

 さすがに放置は出来ないと判断したリィンは、いつになく真剣な表情でそう言った。


  ◆


 翌朝、フィーの案内で足跡が見つかった場所から周囲の探索を開始したリィンは、一刻ほどで怪しげな遺跡を発見した。
 他にそれらしい手がかりはなく、人の出入りした形跡があることからも、ここに入って行ったと考えるのが自然だろう。

「遺跡か……」
「随分と古いね。暗黒時代のものかな?」

 かなり古ぼけてはいるが、造りのしっかりとした立派な遺跡だ。恐らくは数百年、いや千年昔の建物かもしれない。
 暗黒時代の遺物と思しき遺跡を前に、リィンは腕を組みながら首を傾げる。

「前に来たとき、こんなのあったか?」
「ん……よく覚えてないけど……でも、実際に目の前にあるよね?」
「だよな……」

 自分の庭とまでは言わないまでも、周辺の地理をリィンはある程度把握している。
 猟兵をやっていれば、自然と敵を作ることが多い。特に〈西風の旅団〉は西ゼムリア最強と噂されていることもあって、恨みや妬みを買いやすい。いつ襲われてもいいように周辺の地理を頭に入れておくのは、猟兵として基本中の基本だった。
 その記憶を辿ってみても、こんな目立つ遺跡が今まで目に入らなかったことにリィンは疑問を持つ。

(なんか原作で、こういう遺跡の話があったような……)

 風化しつつある前世の記憶を辿ることしばし、〈精霊窟〉という名前がリィンの頭を過ぎる。
 暗黒時代、魔女と行動を共にした地精と呼ばれる種族が、とある目的のために造ったとされる試練場。それが〈精霊窟〉と呼ばれる古の遺跡だった。
 本来この遺跡は人の目に触れないように結界のようなもので守られ、その姿を隠しているはずだ。しかしどう言う訳か、こうして目の前にあるということは結界が消滅しているということになる。
 原因は不明。いや、状況から考えれば、遺跡の中に入ったと思しき二人組が怪しいと考えるのが自然だろう。
 引き返すか、踏み込むか?
 リィンは僅かに逡巡するも、すぐに答えをだした。

「入ってみるか」
「罠の可能性もあるし、皆の帰りを待った方がいいんじゃ……」
「その間に逃げられる可能性もある。せめて何をしようとしているのか、目的だけでも確かめておきたい。それに……」

 ここが本当にあの〈精霊窟〉なら、ゼムリアストーンがある可能性が高い。
 遥か昔、地精の手によって〈精霊窟〉が造られた目的。遺跡の最奥では、ゼムリアストーンの結晶の生成が行われていた。
 普通の武器では無理でもゼムリアストーンで作られた武器なら、もしかしたら弱点を補うことが出来るかもしれない。その可能性が僅かにでもあるのなら――目の前のチャンスを逃したくなかった。
 いつもなら気付けていた違和感。フィーが感じている不安の正体を確かめることなく、リィンは遺跡へと足を踏み入れる。
 皆に認められたい、強くなりたい一心から、リィンは判断力を鈍らせていた。


  ◆


「使えぬ小娘だ。魔女の末裔という話だが、この程度の封印も解けぬとは……」

 焦燥した表情の少女に、灰色のローブを纏った三十代半ばの男は侮蔑の目を向ける。
 少女の方は十二、三歳と言ったところ。長い髪を三つ編みに束ね、白いブラウスに落ち着いた色合いのロングドレスを重ね着している。

「しかし、どうしたものか……」

 あごに手を当て、男は考えに耽る素振りを見せる。男と少女の目の前には、巨大な石造りの扉があった。
 中央には見たこともない紋様が描かれており、明らかに普通の扉とは違う異質な空気を纏っている。人間の力では、どれだけ押しても引いても開きそうにない巨大な扉を前に、男は足止めを食っていた。
 男の目的は、この扉の向こうにあった。
 暗黒時代の遺産。それがどういうものかまでは分からないが、この先に魔女と地精が封印した何かがあることまで男は掴んでいた。それを確かめ、手に入れるために、ここまで男はやってきたのだ。
 だというのに――最後の封印が解けない。遺跡の封印を解けるのは、魔女の血に連なる者だけだとわかり、魔女の血を引く子供を手に入れたところまではよかったが、肝心の子供が封印を解く術を知らないのでは意味がなかった。
 しかし、今更あとに引くことは出来ない。男のいた拠点――ロッジでは、異能の研究が行われていた。
 アーツや教会の聖痕とも違う、外なる理の力。特殊な力を持って生まれた能力者たちを集め、人工的に異能者を生み出すための研究に彼は携わっていた。
 しかし、魔女の隠れ里から子供をさらったことが原因で〈深淵〉の二つ名を持つ魔女に目を付けられ、〈結社〉の執行者と帝国政府の雇った猟兵団。更には教会の星杯騎士団にまで付け狙われることとなり、男が研究の拠点としていたロッジは壊滅。百人以上いた同志は、彼を残して全員が帰らぬ人となった。
 それでも、彼は研究を諦めていなかった。

「む……」

 研究を続けるためには、どうしてもこの先にある暗黒時代の遺産を手に入れる必要があった。
 そのため、どうにかして扉の封印を解けないかと、男が試行錯誤を繰り返していると、魔獣の断末魔のような悲鳴が遺跡に響き渡った。
 咄嗟に少女の腕を引き、物陰に身を隠す男。すると、猟兵が好んで使う銃剣で武装した若い二人組が現れた。

(……子供?)

 まさか、自分たちの他に遺跡への侵入者がいると思っていなかった男は動揺を見せる。
 しかも、それが年端もいかない子供だという現実を、すぐに受け入れることは出来なかった。
 男は以前、古い遺跡を調査している時に偶然手に入れた認識を遮断するアーティファクトを所持していたことで、魔獣をやり過ごし、ここまで無傷で来ることが出来た。
 ロッジから魔女の少女を連れて、無事に逃げ果すことが出来たのも、このアーティファクトの力によるものだ。そうでなければ、他の仲間たちと一緒に殺されていたことだろう。
 しかし目の前の少年少女は、そのようなアーティファクトを所持している様子はない。魔獣の徘徊する遺跡の内部を突破してきたということは、見た目以上の実力が備わっているということだ。
 遊撃士――にしては若すぎる。遊撃士の最年少は十六歳だ。それ未満の子供は一部の例外を除いて登録が出来ないことになっている。
 かと言って、星杯騎士とも雰囲気は違う。ならば猟兵か、と二人の正体に男は当たりを付ける。
 頭を過ぎったのは、ロッジを襲撃した猟兵たちの姿だった。
 丁度、黒髪の少年が羽織っているような黒いジャケットを身に付けていたことを男は思い出す。

(西風の旅団……まさか、あんな子供が?)

 追手の可能性を考える男だったが、幾らなんでも早すぎると頭を振った。
 しかし、ここまで来られたことを考えれば、かなりの実力者であることは疑いようがない。

「フィー? どうかしたのか?」
「ん……気の所為かな? 誰かに見られているような……」

 男は息を呑む。完全にバレたと言う訳ではないが、銀髪の少女――フィーの勘の鋭さに驚きを隠せない。
 アーティファクトが遮断するのは、存在の認識そのものだ。当然、気配など察知することは不可能だし、例え目の前に姿を見せたとしても気付かれることはない。なのに――

(何者だ……あの小娘ッ!)

 念のため、音を漏らさないようにハンカチで少女の口を塞ぎ、男はじっと息を殺す。
 最悪、見つかった場合は奥の手を切る必要がある。しかし、その手はまだ研究段階の未完成品のためリスクが高く、男としても出来れば使いたくなかった。
 どうせ、扉を開けることは出来ないのだ。しばらくしたら引き返すだろうと様子を窺っていた、その時。

「あれ? 開いた……」
「……リィン? どうやったの?」
「いや、なんか扉に触ったら、開け方が頭に浮かんだっていうか……」

 黒髪の少年がどうやっても開かなかった扉をあっさりと開けたことに、男は興奮と驚きを隠せない。
 研究者としての興味がそそられる一方で、先程までよりも遥かに男のなかで二人の警戒度は上昇していた。

(落ち着け……考えによっては好都合だ)

 理由は分からないが、目の前の少年が封印を解除できるのなら、先導は少年に任せ、その後をついていけばいいと男は考えをまとめる。
 邪な笑みを浮かべる男の隣では、魔女の隠れ里より連れて来られた少女が驚きに満ちた目でリィンの姿を捉えていた。



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