「リィンっ!」
「任せろ!」
リィンにコアを破壊された巨大なゴーレムは、断末魔のような雄叫びを上げながらマナへと還っていく。
ここは遺跡の最奥。最後の守護者と思しきゴーレムを倒したリィンとフィーは互いの拳を合わせ、勝利の余韻に浸る。しかし、いま一つ表情は晴れなかった。
「いないね……」
「ああ……どういうことだ?」
状況からも、何者かが遺跡に侵入したことは間違いない。しかし、それらしき人影に会うことなく最奥まで来てしまった。
部屋の中央で神秘的な輝きを放つゼムリアストーンの結晶を見上げながら、二人は首を傾げる。
「途中で魔獣にやられて食べられちゃったとか?」
「ありえない話じゃないが……」
なんとも間抜けなオチだ。さすがに、それはないだろうとリィンは否定する。
しかし、かなり手強い魔獣が徘徊していたことは確かだ。手に負えず、どこかに身を隠している可能性はある。
だとすると、早めに捜した方がいいかもしれない。最悪、フィーの言うように魔獣の餌食となる可能性だってある。
「取り敢えず、手分けして捜すか」
「ん……罠もなさそうだし、この様子なら一人でも大丈夫そ……リィン!」
咄嗟にリィンを庇い、突き飛ばすフィー。
横凪の一撃を食らい、地面をバウンドするかのように吹き飛ばされ、フィーは肺から息を漏らす。
続けて放たれた攻撃を咄嗟に後ろに飛び退くことで回避するリィン。
「フィー!」
フィーの名を叫ぶリィン。しかし、返事がない。
意識を失っているのか、地面に横たわり動かないフィーを見て、リィンは焦りと怒りから表情を歪める。
「やれやれ、いまの一撃で出来れば終わらせたかったのだが……上手くはいかないものだ」
突然、何もない空間から姿を見せた男に驚きながらも、フィーをやった犯人を察して、リィンは怒りに染まった目で男を睨み付ける。
髪が白く変わり、瞳が真紅に染まる。黒い闘気を全身から放ちながらリィンは叫んだ。
「お前がフィーを!」
素早く腰に下げた片手銃剣を抜き、横凪に振り抜くリィン。
手加減抜きの殺すつもり放った一撃。黒い風がカマイタチとなって石柱を粉々に破壊する。
しかし、男はリィンの攻撃を容易く、紙一重で回避して見せた。
「その姿、その力……なるほど!」
「くっ! こいつ、俺の動きについて――」
背後を取られたことに驚きつつも、リィンは身体を回転しながら武器を振う。
またも回避されるが、今度はしっかりと動きを目で追い、銃弾を放った。
しかし避けるどころか、男は銃弾を素手で掴み取った。その人間離れした動きに驚き、リィンは目を瞠る。
「クククッ……少年も″ャじっているようだね。その力、生まれ持ちのものかね?」
「その腕……まさか、お前……」
黒い鱗で覆われた男の腕を見て、リィンは戸惑いの声を上げながら後ずさる。
普通の人間じゃない――そのことに気付いた瞬間、リィンの腹部を言葉に出来ない衝撃が襲った。
「――ガッ」
百アージュ以上吹き飛び、壁に叩き付けられるリィン。口元から血が滲み出る。
――見えなかった。いままで身体能力に関しては自信を持っていたリィンだが、目の前の男の動きは〈鬼の力〉を発揮したリィンをも上回っていた。
男の身体が禍々しい闘気のようなものに包まれ、異様な姿へと変貌していく。
まるで神話や御伽話に登場する悪魔のように、角と翼の生えた異常な怪物へと変貌した男を見て、リィンは思わず声を上げた。
「まさか、魔人化……D∴G教団の関係者か!?」
「ほう、驚いた。まさか、その名を知っている者がいるとは!」
まさか、教団の名だけでなく魔人のことを知る者がいると思っていなかった男は、どこか感心した様子で驚きの声を上げる。
――D∴G教団。〈虚ろなる神〉を崇め、女神を否定する集団。女神とは教会の生み出した偶像に過ぎず、実在しないというのが彼等の主張だ。しかし固執は妄執へと、過ぎた信仰は狂気へと変わる。
通称〈教団〉の名で知られるその組織は、世界中から子供たちを拉致して非合法な研究と残忍な実験を繰り返したために、大勢の人々の悲しみと怒りを買い、各国の警察と軍隊、遊撃士によって構成された共同作戦部隊によって壊滅させられ、二年前を最後に姿を消した――はずだった。しかし、残党はまだ残っていた。その残党というのが、男のいたロッジだ。
「真なる叡智……まさか、完成していたのか?」
「そこまで知っているとは驚きだ。だが残念ながら、あの薬はまだ完成に至っていない。この研究の素晴らしさを理解できない愚かな人間たちの邪魔にあってね」
男は別に心から神などというものを信じて、教団に所属していたわけではなかった。ただ、都合が良かったからだ。研究には犠牲がつきもの。しかし、道徳や倫理だと理解してもらえないのが世の常だ。男の研究には、資金力があり研究に理解のあるスポンサーが必要だった。だから手を結んだのだ。教団と――
教団内には彼の研究に共感し、賛同する者たちが大勢いた。その一人がヨアヒム・ギュンター。後にクロスベルを震撼させる大事件を引き起こす、教団幹部の生き残りだ。
まだ、この時点では未完成だが、魔人化を促す薬〈グノーシス〉を研究していた背景には、男のある夢があった。
男の望み。それは異能の研究――外の理を解き明かすこと。それは即ち、世界の真理を探ることでもあった。
差し詰め、男のことは探求者とでも呼ぶべきか?
「この力は薬に改良を加え、私が独自に研究し作り上げた成果――異能の力だよ。キミのその力≠ニよく似たね!」
魔人と化した男〈シーカー〉は大仰に両手を広げ、研究の成果を誇るかのようにリィンの質問に答える。
「本来なら使うつもりはなかったのだが、思いのほかキミたちがやるようなのでね。力を使わせてもらった。出来れば最初の一撃で勝負を決めたかったのだが……」
そう言って、頭を振るシーカー。
一撃で倒せなかったことを悔しがっていると言うよりは、研究材料に出来るだけ傷をつけたくない、といった研究者としての一面が覗き見えた。
実際、自分以外の人間を実験動物くらいにしか思っていないのだろう。そんなシーカーの態度に、リィンは不快げに眉をひそめる。
「どうだね? その力は興味深い。私の実験動物になる気はないかね?」
「ふざけるな……」
「悪い提案ではないと思うのだがね? そうなると手足くらいは頂くことになるが……」
ブレードライフルを杖によろよろと立ち上がり、リィンはシーカーを睨み付ける。
フィーを傷つけた奴に屈服するつもりはない。そんな意志の籠もった目をシーカーへ向ける。
ククッ、とそんなリィン見て、シーカーは嘲笑した。
「では、こういうのはどうかな?」
「待て、何を――」
スッと肩の高さまで右腕を上げ、意識を失って動かないフィーに目掛けて、シーカーは圧縮された闘気の塊を放った。
シーカーの手の平から放たれた一撃は瓦礫諸共フィーを呑み込み、黒い炎を立ち上らせ、燃え広がる。
怒りと絶望に心を支配され、黒い炎に包まれ燃え盛る光景を呆然と眺めるリィン。
その反応が見たかった、とばかりにシーカーは遺跡に響くかのような高笑いを上げる。その時だった。
「……む?」
眉根を上げるシーカー。失意に沈んでいるはずのリィンの身体からは、白い闘気が溢れ出していた。
背中に紋様が浮かび上がり、髪は白から灰色へと染まり、瞳は血のように赤みを増していく。
全身を包み込んでいた黒い闘気と混じり、灰色の炎が一本の柱となって噴き出した。
「なっ――」
目を瞠るシーカー。一瞬で間合いを詰めたリィンが、シーカーの懐に飛び込んできた。
いつ接近されたのかも分からず、驚きの声を上げるシーカー。その驚きに染まった顔に、高速の蹴りが直撃する。
「バカな――!」
凄まじい勢いで、壁に叩き付けられるシーカー。しかし、すぐに瓦礫から飛び出し、二枚の翼で空中へと退避する。
だが、リィンの追撃は止まらない。背中から噴き出す闘気。まるで鳥のようにリィンは灰色の翼を広げ、空へと舞い上がった。
◆
フィーは夢を見ていた。
幼い頃の夢。団長に拾われ、〈西風〉の家族となった――遠い日の記憶を。
元々リィンとは、いまほど仲が良かったわけではなかった。リィンと今のように話すようになったのは、いつからだろうとフィーは思う。
そう、あれは団に入って一度目の誕生日を迎えた日。団の皆と結託して、誕生日をリィンが祝ってくれたことがあった。
「お義兄ちゃん……」
成長して最近ではすっかりと口にしなくなった呼び名を、フィーは朦朧とした意識の中で呟く。
指先に何かが触れた。ヒビが入り壊れた、手の平サイズの小さな人形。――身代わりマペット。
それはリィンがフィーの誕生日に、最初にプレゼントした御守りだった。
(そっか……)
この人形が守ってくれたのだと、フィーは理解する。
地面に横たわるフィーの傍には、三つ編みの少女が膝をつき、座っていた。シーカーに囚われていた少女だ。
「……陽光よ彼を癒せ!」
少女が詠唱を口にすると、暖かな光がフィーの身体を包み込む。
火傷や擦り傷が、時間を巻き戻すかのように回復していく。それは魔女の治癒術だった。
「ん……」
少女の治療の甲斐もあって意識を完全に取り戻し、フィーは右手で額を押さえながら上半身を起こす。
感覚を確かめるように指を動かし、フィーは安堵の表情を浮かべる少女に視線を向けた。
「……傷が治ってる。あなたが?」
「はい。調子はどうですか?」
「ん……大丈夫そう。感謝」
少女に頭を下げながら礼を言うフィー。しかし、少女は首を左右に振って、悲しげな表情で応える。
シーカーを〈精霊窟〉へと案内したのは少女だ。正確には大凡の場所を掴んでいたシーカーが、遺跡を封じていた結界に少女の力で干渉し、解除させたのだ。
その結果リィンとフィーの二人を巻き込み、怪我を負わせてしまったことに、少女は罪悪感を抱いていた。
「あれは……」
フィーは顔を上げ、空を見上げる。二つの光が激突する度に、大気を震わせるかのような轟音と衝撃が伝わって来る。
フィーの目の前では、リィンとシーカーの壮絶な戦いが繰り広げられていた。
「……行かないと」
「そんな――無茶です! 傷が塞がったと言っても、その身体では――」
よろよろと立ち上がるフィーを見て、少女は慌てて止めようとする。
しかし、フィーは少女の手を払い除け、覚悟と決意に満ちた表情で答える。
「リィンは家族≠セから……」
まるで獣のように力を振うリィンを見て、フィーは悲しげな表情を浮かべる。
リィンがフィーのことを大切にしているように、フィーもまたリィンのことを放っては置けなかった。
家族が苦しんでいるのを、黙って見ていることなんて出来ない。そんな思いから、フィーは武器を構える。
「私もお手伝いします。いえ、させてください」
覚悟を決めた様子で、少女はそう言葉を口にした。
こんなにも幼い少女が、大切な人のために戦おうとしている。なのに、私は――
恐怖はある。それでも見て見ぬ振りなど出来ない。フィーの覚悟が、少女に勇気を与えていた。
「え……?」
思いもしなかった少女の申し出に、フィーは呆気に取られた様子で驚きの声を上げる。
「私はエマ。エマ・ミルスティン。〈魔女の眷属〉に連なる者です」
それが魔女を名乗る少女と、フィーの最初の出会いだった。
◆
「素晴らしい。まさか、これほどとは!」
自身を圧倒する力。暴力としか言いようがない強大な力を前に、シーカーは愉しげに笑う。
殺されるという危機感よりも、興味や好奇心の方が勝っていた。
数多くの異能を研究してきた彼だが、二つの異なる力を宿した存在を目にしたのは、これが初めてのことだ。
「この力が解析できれば、研究は完成に近づく!」
既に暗黒時代の遺産など、どうでもいい。
シーカーにとってリィンの持つ力の方が、遥かに興味をそそられる対象へと変わっていた。
「――くっ! なんというスピード。だが、これならどうだ!」
不利を悟り、アーティファクトを起動するシーカー。空間に溶け込むようにシーカーの身体が消えていく。
しかし、完全に姿を消したシーカーの動きを、リィンは捉えていた。
死角を取ろうとしたシーカーの腹部に、リィンの放った鋭い蹴りが突き刺さる。
大地を穿つかのような衝撃と共に地面に叩き付けられ、肺から息を吐くシーカー。
「見えているのか!? この私が――」
驚愕に顔を染めるシーカー。認識を阻害するアーティファクトだ。気配を読めたからと言って、存在を認識することは決して出来ないはずの代物。もし見えているのだとすれば、それは――この世界の摂理から外れた〈外の理〉に通じる目を持っているということだ。
シーカーは目を剥く。ゼムリアストーンの結晶に手を触れたリィンが、巨大な槍へと瞬時に結晶を変化させたのだ。
青白く輝く巨大な槍を前に、シーカーは驚きの声を上げる。
「物質変換!? まさか、錬金術――」
錬金術と一言にいっても、なんでも出来るというわけではない。
錬金術とは科学のようなものだ。導力魔法などと違い、物資の形状を変化させるだけでも、様々な工程が必要となる。
そうした錬金術の秘奥を、息をするかのように容易く実行して見せたリィンの力にシーカーは驚き、歓喜の声を上げた。
「はは……素晴らしい。まさに、これこそ大いなる力の顕現――〈王者の法〉の輝き!」
見果てぬ境地。シーカーが求めてやまない真理の一端がそこにあった。
――オーバーロード・必滅の大槍。これまで感じたことのない桁違いの闘気が槍へと集まっていく。
避けられない。眩い光が視界を覆い、リィンの姿が消えた瞬間、シーカーは己が死を理解した。
灰色の光に呑まれながら、シーカーは消えゆく意識のなかで力の正体を知る。
「そうか、この力は……」
生涯、探求者であり続けた男は、最後まで笑みを崩すことはなく――この世を去って行った。
◆
大技を放ち、動きを鈍らせたリィンに、この時を待っていたとばかりにエマは拘束の魔術を放った。
「いまです! 余り持ちません。早く……っ!」
S級魔獣を圧倒するほどの力の抵抗を受け、エマは苦しげな表情を浮かべる。
チャンスは一度きり。普通に戦ったところで、いまのリィンに勝つことは不可能だ。
一撃で、リィンの意識を奪い取る必要がある。そのためには、あの技しかない。フィーは覚悟を決め、飛び出した。
「――シャドウブリゲイド!」
完成には程遠い技。しかしフィーが持つ戦技のなかでは、最強の威力を誇る攻撃だった。
まだ動く相手にはあてられないが、エマが動きを封じてくれている今なら――
無数の分身と共に、高速の斬撃をリィンに向けて放つフィー。
(お願い! リィン、目を覚まして――)
――手応えはあった。
着地に失敗して地面を転がるフィー。エマの治癒術で傷は塞がったと言っても、体力の方は既に限界にきていた。
「はあはあ……」
肩で息をしながら床を這い、フィーは土埃の向こう側を見詰める。
(お願い、女神様。リィンを……)
力の使いすぎで意識が飛びそうになるのを堪えて、フィーは生まれて初めて女神に祈った。
一秒が一分にも感じられる時間の中で、フィーは煙が晴れるのを待つ。――煙の中で、人影がユラリと揺れた。
フィーの瞳に、微かな希望が宿る。
「やったの? これで……」
「いえ、まだです! 逃げて――」
「え?」
悲痛な声を上げるエマ。その時――
竜巻のように荒れ狂う闘気が土煙を吹き飛ばし、灰色の光が辺り一帯を包み込んだ。
「リィン……」
フィーの渾身の一撃でも、リィンは傷一つ負っていなかった。絶望的なまでの力の差をフィーは理解する。
エマの言うように、逃げないと危ないことはわかっていた。しかし、身体が思うように動かない。
「逃げ……ろ……フィー」
震えるような声を絞り出すリィン。僅かではあるが、フィーの一撃は届いていた。
とはいえ、力の暴走を抑えるだけで精一杯といった様子で、リィンは汗を滲ませる。
このままではフィーを傷つけてしまう。そんな思いから必死に力を抑え込もうとするリィン。そこに耳慣れた声が響いた。
「歯を食いしばれ。バカ息子――」
頬に衝撃を受け、吹き飛ぶリィン。一瞬なにが起こったか分からずフィーは呆ける。
飄々とした感じの無精髭を生やした男。腰にブレードライフルを携え、大きく開かれたジャケットの胸もとからは、鋼のように鍛え込まれた筋肉が覗き見える。
何度も瞬きをして、確かめるように男の名を呼ぶフィー。
「……団長?」
フィーの呼びかけに、ニヤリと笑顔で応える男。
彼こそ『風切り鳥』の紋章を背負う最強の猟兵。〈西風〉の団長――ルトガー・クラウゼルだった。
「たくっ、面倒なことになってやがんな……。ゼノ、レオ! フィーとそこのお嬢ちゃんを連れて、先に遺跡を脱出しろ!」
面倒臭そうに頭を掻きながら、団員に指示を飛ばすルトガー。
西風のジャケットをまとった長身の男と、これまた二アージュを越えようかという大男が後に続いて現れる。
ルトガーの指示に従いゼノと呼ばれた長身の男は、フィーを軽々と脇に抱えた。
「よっこいしょっと。フィー、ちょっと重うなったか?」
「待って、ゼノ! まだリィンが――」
「そっちは団長に任せとけば大丈夫や。おい、レオ」
「心得た」
「え、あの……きゃっ!」
エマを肩に抱え上げる大男――レオニダス。そのままルトガーの言葉に従い、二人を抱えてきた道を引き返す。
ゼノに抱えられながら、遠ざかっていくリィンの姿を捉え、フィーは心配げな表情を浮かべる。
しかし、ゼノが言うように自分に出来ることは何もないことは、フィーにもわかっていた。
団長を信じるしかない。リィンが無事に帰ってくることをフィーは祈る。
「愛されてやがんな……てか、ちょっとは俺の心配もしろってんだ」
フィーの心配がリィンにしか向いていないことを察し、大事に育ててきた娘を取られたみたいで、ルトガー複雑な心境を口にする。
「まあ、仕方ねえか」
若干諦めの入った声で、ゼノたちが去ったことを確認して、ルトガーは腰の武器を抜く。
それはリィンがいつも使っているものと同じ、オーソドックスな極普通のブレードライフルだった。
違う点があるとすれば、その光沢と材質だ。特注品と思しきブレードライフルの刃は、青白い輝きを放っている。
見る者が見ればゼムリアストーン製の武器と一目で分かる業物を、感触を確かめるように振い、呆れた口調でリィンに言った。
「力に呑まれるなって、いつも言ってんだろうが」
「うっせえ……好きで暴走したんじゃねえよ。……なんで、一緒に逃げなかった」
「連れて帰らねえと叱れねえだろうが、バカ息子」
緊張感の欠片もない言葉を交す二人。しかしそれは、互いを信頼している証でもあった。
破壊衝動に意識が呑まれていくのを感じ、リィンは最後の警告とばかりにルトガーに言い放つ。
「自分でも……制御が……ほとんど利かないんだ。死んでも化けてでるなよ……」
「抜かせ。自分のケツも自分で拭けねえような子供に心配されるほど耄碌してねえよ」
嘗て無いほど巨大な闘気が激突し、台風のような風が吹き荒れる。
その日、帝国西部の山間から巨大な光の柱が立ち上る姿が目撃された。
◆
「それが、仲間の忠告を聞かず突っ走った挙げ句――あと一歩で取り返しの付かない過ちを犯しかけたバカな男の昔話だ」
「光の柱……聞いたことがあります。四年ほど前に帝国西部の山間で光の柱が目撃され、調査に向かった遊撃士の方の話では、山が一つ無くなっていたと……。二十六年前、ノーザンブリアで起こった〈塩の杭〉事件の例もありますから、なんらかの超常現象が起きたものと推察され、その後、教会と政府合同の調査団が派遣されたと伺っていましたが……」
「ああ、それ俺だ。いや、半分は団長のやったことでもあるんだが……」
「正直どこから突っ込んでいいのかわかりませんが、それで……勝負の結果は?」
ルトガーとの戦いの結果が気になったアルフィンはリィンに尋ねた。
余り、そのことは言いたくなかったのか、不機嫌そうな表情でぼそりと呟くリィン。
「団長の勝ちだ。てか、最後の一発がゲンコツってのはないだろ……」
集束砲を耐えきったルトガーが最後に放ったのは、本人曰く『愛の鉄拳』と言う名のただのパンチだった。
しかも、それで気絶している間にアジトに運ばれていたのだから、リィンとしてはなんとも納得の行かない結末だった。
あの時ほど、ルトガーの非常識さを実感したことはない。本当に人間かと怪しんだほどだ。
あれから四年経った今でも、リィンはルトガーにだけは勝てる気がしない。リィンにとってルトガーは、まさしく最強≠フ男だった。
余程、衝撃的な話だったのか、驚きと困惑から複雑な表情を浮かべ反応に困るセドリックに、リィンは言葉を掛ける。
「俺は一度、過ちを犯しかけた。強くなれば皆に認めてもらえる。そう思い込むことで、弱い自分を納得させようとしてたんだ」
しかし、それは間違いだったと気付かされた。
ただ力だけを求めても、本当の意味で強くなることは出来ない。何一つ大切な存在を守れやしない。
まずは自分の弱さを知ること。認めることが大切なのだと、リィンは四年前の事件から学んだ。
「セドリック。弱さを知ることは悪いことじゃない。でも、弱さを理由に逃げるような真似はするな」
それはセドリックだけでなく自分自身を戒める言葉でもあった。
慢心と焦り。その結果、フィーを危険に晒したことをリィンは後悔していた。
だから決心したのだ。団長のように強く、家族を守れる男になると――
リィンの想い、強さの根幹にあるものを知り、隣で話を聞いていたアルフィンは吐息する。
兄妹というだけでは説明の付かない、リィンとフィーの間にある絆の強さの秘密を知ってしまったからだ。
一方、セドリックは俯き、何も言えずに黙っていた。
「ゆっくり考えろ。答えは明日までにだせばいい。ただし――後悔をするような選択だけはするな」
セドリックがダメでも、アルフィンがいる。セドリックほどの説得力はないかもしれないが、元々はアルフィンの考えた計画だ。彼女も、その覚悟は出来ていた。
しかしそれは同時に、本来セドリックが負うはずの責任や義務といった重荷を、アルフィンが一人で背負うということだ。
そのことが分からないほど、セドリックは愚かではないはずだ。
皇族として何を為すべきか? その決断と覚悟をセドリックは迫られていた。
「ところでリィンさん。先程の話、エリゼにもちゃんとしてくださいね?」
「は? なんでだ? 俺の昔話とか聞いても……」
「し・て・く・だ・さ・い・ね」
「は、はい……」
アルフィンの迫力に気圧され、リィンは理由を尋ねることが出来なかった。
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