「坊――」
「ゼノ――」
感動の再会シーンと言った様子で、両手を広げながら互いに駆け寄る二人。
しかし間合いに入った瞬間、リィンの眼光が鋭く光り、腰に携えたブレードライフルを引き抜いた。
ギリギリのところで回避するゼノ。髪の毛が数本ハラリと宙を舞う。本当に間一髪だった。
「よく俺の前に顔がだせたな! 一回死んどけ! このエセ関西人!」
「感動の再会に何するんや! いまの俺やなかったら死んどったで!?」
リィンはゼノが、フィーによからぬことを教えた件を忘れてはいなかった。
その所為(それだけが原因とは言えないが)で、貧乳好きやら散々な扱いを受けることになったのだ。
一発叩き込まないと気が済まないと言った様子でリィンは剣を振り、ゼノを追い回す。
本気ではないのだろうが明らかに殺意の籠もった攻撃に驚き、アリサは冷や汗を流しながら隣にいるフィーに尋ねた。
「……仲間なのよね?」
「ん……いつものこと。ああ見えて、二人は仲が良いから大丈夫」
激しい攻撃を繰り返すリィンを見て、本当に会わせてよかったのかと後悔するアリサに、懐かしい光景を前にどこか嬉しそうに話すフィー。
そうしている間にも、ゼノも壁に立てかけてあった大きなブレードライフルを手に取り、応戦を始めた。
「でも、ここまで壊されると困るんだけど……」
「すまない……」
心底申し訳なさそうに、アリサに頭を下げるレオニダス。毎度のこととはいえ、ゼノの悪ふざけにリィンが反応し、レオニダスが頭を下げるのは恒例となっていた。フィーからすれば見慣れた光景だ。
ここは工科大学の近くにあるラインフォルト社の関連施設だ。本社ビルはまだ瓦礫もあって危険なため、立ち入りが制限されており、本社ビルの機能が回復するまではイリーナたちも、こちらに身を寄せることになっていた。
現在イリーナはシャロンと共に不在中の仕事や事後処理に追われて忙しそうにしており、リィンの知り合いということで彼等との仲介をアリサは任されたのだ。
本社ビルにも近く、工科大学に近いことで導力通信の設備や機材も充実していて、ここ以上にイリーナの仕事に適した場所は見つからなかった。ここまで破壊されると更に仕事が滞り、ラインフォルトグループ全体の機能が麻痺しかねない。アリサが心配するのも当然だった。
しかし、アリサはそう言いながらも、本気で怒っているわけではなかった。
(あいつ、こんな顔もするんだ)
傍から見ればやり過ぎな気もするが、それも彼等のコミュニケーションの取り方なのだろうと納得する。リィンが彼等を心の底から信用していることが伝わってきて、アリサは仕方ないかと言った顔で苦笑した。
これまでリィンには、心の底から信用して頼れる対等な相手がいなかった。その役割を果たせるのが、ゼノやレオニダスの二人なのだろう。
血は繋がっていなくとも、確かに彼等は家族なのだとアリサは少し羨ましく思う。
しかし、さすがにそろそろ止めないと怪しい雲行きになってきた。
二人の放つ闘気の影響を受け、カタカタと窓ガラスが揺れ、壁や地面に亀裂が走り始める。
「あの二人を止める。フィー、手伝え」
「ん……そろそろ止めた方が良さそうだね」
結局レオニダスとフィーが止めに入るまで、二人が戦いを止めることはなかった。
◆
ゼノとレオニダスの話を要約すれば、団長が亡くなった後、密かにイリーナに雇われるカタチで身を隠していたそうだ。他の仲間たちは国外にあるラインフォルト社の関連施設に身を寄せているという話で、国内を捜しても見つからなかったのは当然と言えた。
肝心の身を隠していた理由。それは団長がいなくなったことで報復を企む〈西風〉に恨みを持つ連中を警戒してのことだった。実際、この一年の間に三度の襲撃を受けているらしい。
とはいえ、そのような状況で手をこまねいて黙っている〈西風〉ではない。ゼノやレオニダスのように戦闘に長けたメンバーが中心となって敵の拠点を突き止め、二度と報復など考えられないように幾つか潰して回ったそうなのだが、問題はそれだけで終わらなかった。その連中を背後で操っている何者かがいることが分かったからだ。
そこまで話を聞いて、リィンは神妙な顔で頷き、ゼノに尋ねる。
「ゼノの考えは、どうなんだ? ただの報復だと思うか?」
「いや……連中は利用されただけや思う」
背後に居る連中の狙いは分からんがな、と付け加えるゼノ。
リィンは話を聞き、真剣な表情でゼノにもう一つ質問を投げた。
「団長の亡骸は、どこに弔った?」
「ああ、イリーナさんに良い場所を紹介してもろてな。帝国東部の辺境の郷、アルスターってところに……って、なんでそんな話を聞くんや?」
不思議そうに首を傾げながらゼノは聞き返す。
団長の墓に手を合わせたいというのなら分からない話ではないが、話の流れからして不自然だ。
どう答えたものかと逡巡するも、リィンはゼノの質問に正直に答えた。
「その襲ってきた連中の狙いは団長かもしれない」
目を剥いて驚く、ゼノとレオニダス。その可能性は考えていなかったからだ。
しかし、俄には信じられないような話だった。団長は確かに死んだ。そのことは団長の最期を看取ったリィンたちは勿論のこと、団長の亡骸を弔ったゼノとレオニダスが一番よく理解している。
もし連中の狙いが団長の亡骸にあるのだとすれば、それをどうするつもりなのかと言った問題があった。
「根拠は?」
「根拠と言えるほどのものじゃないがな。詳しい話は後でする。ちょっと訳ありでな」
アリサたちを見て、なるほどと頷くゼノ。身内以外には話せないような重要な秘密が絡んでいるということだ。そしてリィンが何かを隠していることは、ずっと昔からゼノたちも察していた。
原作では、何者かに奪われたとされている団長の身体。そして確かに胸を撃たれて死んだはずのギリアスがまだ生きていること。リィンには二つのことが繋がっているように思えて仕方なかった。
だとすれば一番怪しいのは――
(……黒の工房か)
アルティナが本来所属する場所。そして〈アガートラム〉や〈クラウ=ソラス〉と言った人形兵器を生み出した工房。〈結社〉の十三工房の一つという話だが、現在はギリアスとの関係が疑われる謎に包まれた組織だ。怪しいこと、この上ない。
アルティナやミリアムは、自身が傀儡と繋がっているようなことを言っていた。もし、その工房が研究していることがホムンクルスや魂に関係するようなことならば、アルティナやミリアムはその研究成果の一つと言えるのかもしれない。
そしてギリアスもまた、その研究の恩恵を受けているのだとすれば――
死者蘇生――ありえないと思いながらも、リィンはその可能性を否定できなかった。完全な蘇生とは言えないが、転生ならリィンもその身で経験しているからだ。
不幸中の幸いは、団長の亡骸がまだ敵の手に落ちていないことだろう。死者を利用されるというのは気分の良いものではない。原作と違い、カイエン公にではなくイリーナ会長に拾われたことが、状況を良い方向に導いたのだとリィンは考えた。国外に脱出したことも、よい目眩ましになったのだろう。
そこまで考え、リィンは一つのことに気付く。
「イリーナ会長と契約を結んだのって、もしかしてジャッカスのオヤジも絡んでる?」
「よう分かったな。しばらくは訊かれても黙っといてって頼んであったんやけど」
「それでか。あのオヤジ、俺が尋ねた時、知らないとか言ってたのは……」
実のところアルティナと以前ルーレへ訪れた時に、リィンはとある工房に立ち寄っていた。〈西風〉のメンバーの消息を知らないか、尋ねるためにだ。しかし、店主のジャッカスからは知らないと言われ、そちらの可能性を排除していた。
表向きは知られていないことだが、実のところ〈西風〉とラインフォルトはまったくの無関係とは言えない。リィンとフィーの武器を拵えたのは、イリーナとも面識がありアリサもよく知る人物――件のジャッカスという人物だった。
実はこの男、グエンやシュミット博士とも面識があり、技術者たちの間ではルーレの近代化に貢献した人物の一人として、ちょっと名の知れた人物だった。ゼムリアストーンを武器に加工できそうな人物となると他に心当たりがなく、真っ先にリィンが頼ったのが彼だ。
「リィンがジャッカスさんと知り合いだったなんて……」
話を一緒に聞いていたアリサは、溜め息交じりに「世間は狭いわね」と話す。
ジャッカスはアリサの父親の師匠とも呼べる人物で、アリサはそんな父から導力技術の基礎を学んだ。
言ってみれば、アリサにとって師匠の師匠とも言うべき恩人だった。それだけに驚きを隠せない様子が見て取れた。
「それで、イリーナ会長とはどんな契約を結んだんだ?」
「それは言えん。お前たちは既に団を抜けた身だ。部外者に仕事の内容を話すと思うか?」
「というわけや。悪いけど、その話は勘弁したって」
そう返されると、リィンとしてもこれ以上は尋ねることが出来なかった。
依頼主への義理や、猟兵としての流儀を〈西風〉が何よりも大切にしていることを知っているからだ。
実際、作戦に参加するメンバー以外には、仕事の詳しい内容を伏せていたくらいだ。どう尋ねたところで、仕事の内容については絶対に話してくれないことがわかっていた。
そんな二人の言葉の意味を察して、フィーは寂しげな表情でゼノとレオニダスに尋ねる。
「ゼノ、レオ……もう一緒には無理なの?」
「……フィー。それを言われると俺等も辛いんやけどな……」
昔のように同じ団で暮らせないのか、と言ったフィーの質問にゼノは答え難そうにする。
レオニダスもその巨体に似合わない顔で、腕を組んで唸っていた。
団長の遺言もある。フィーの気持ちも分かるが、素直に頷くことは出来なかった。
「団長や二人の気持ちも分かるが、フィーはもう猟兵として生きる道を心に決めてる。本当にフィーのことを考えているのなら、フィーの気持ちを考慮すべきじゃないか? 無理矢理に遠ざけたところで意味はないだろ?」
「……坊はそれでいいんか?」
「良いも悪いも、俺も今更、普通の生活に戻れそうにないしな。フィーがそうしたいって言うなら、無理に一般人と同じ生活をさせる必要もないんじゃないかと思ってる。というか、この場合は諦めたと言った方が正しいかもしれんが……」
少しはフィーの気持ちを考えろと、ゼノとレオニダスに詰問するリィン。実際、二人と同じことを考えていた時期がリィンにもあった。しかし、この内戦を通してフィーの決断や覚悟を目の当たりにしている内に、自分たちの考えをフィーに押しつけることが本当に正しいこととは思えなくなっていた。
一般人と同じように生活をすることが、フィーにとっての幸せだと言い切ることがリィンには出来ない。
フィーがどう生きようと、それを決めるのは団長たちではない。フィー自身だからだ。
そしてフィーは、その答えを既に出してしまっている。それをとやかく言うつもりはリィンにはなかった。
「二人を団に戻すことは出来ん。離れてても、俺等が二人のことを大切に想ってるんは変わらんつもりや。それでは答えになってへんか?」
それでもゼノは、〈西風〉にリィンとフィーを戻すことは出来ないと話す。
この頑固者と呆れながらも、リィンは納得していた。元々、団にはそれほど戻る気はなかったからだ。
団の皆のことが嫌いというわけではないが、〈西風〉はあくまで団長――ルトガーの作った団だ。
二人が団長の代わりを務めるにせよ、ルトガーが亡くなった時点で以前のようには行かないことくらいわかっていた。
「ん……いまはそういうことで納得しとく。なんとなく、そんな気はしてたから……」
そして、そのことはフィーも薄々気付いていた。
団長が決めたことだ。〈西風〉を作ったルトガーが決めたことである以上、ゼノとレオニダスが団長の遺言に従うのは当然だ。
それに、ルトガーがリィンとフィーを団から追い出したのは、何も一般人と同じ生活をさせるためだけが目的ではない。〈西風〉という家族の檻に閉じ籠もっているのではなく、広い世界に飛び出して様々な経験をして欲しかった。リィンとフィーの可能性を潰したくなかったからこそ、ルトガーは自分の死後に二人を追い出すような遺言を残した。
そんな団長の気持ちを理解しているからこそ、ゼノとレオニダスは二人を団に戻すことを了承するわけにはいかなかった。
「ゼノ、レオ……いままで、ありがとう。団長や、皆の気持ちはよく分かった。だから、私はリィンと家族≠作るね」
そんな団長たちの気持ちに応えようと、笑顔でフィーはそう話す。シャーリィの言葉で気付かされ、ずっと考えていたことだった。
リィンと一緒に団を作る。自分たちだけの居場所、家族を作りたい。団長が作った〈西風〉のような――いや、〈西風〉に負けない団を作る。それがフィーの出した答えだった。
しかし、そんなフィーの気持ちは正しく伝わることなく、激しい誤解を生んでいた。
「ちょい待て、坊……まさか、フィーに手を出したんやないやろな?」
「誤解だ! てか、俺は兄貴だぞ! そんなことするわけないだろ!」
何やら険悪なムードのゼノとリィンを見て、フィーはどうしてと困惑する。
自分の言った台詞を振り返り、何か説明が足りなかったのだろうと悩む。
そして一つの答えをだしたフィーは、先程の説明に言葉を付け加えた。
「あ、ごめん。シャーリィも一緒だった。三人で頑張って、皆に負けないような家族を作るから」
胸の前で拳を作り、気合いを入れてそう話すフィー。
何も間違ってはいないのだが、そこじゃないだろうとリィンは心のなかでツッコミを入れる。
当然そんな言葉でゼノたちの誤解が解けるはずもなく、
「どうやら坊には、いろいろと聞くことがありそうやな。……レオ」
「ああ……団長もこの展開は、さすがに予想の斜め上だったろう。信じていた息子に裏切られるとはな……」
ゼノだけでなくレオニダスも立ち上がり、修羅の如き殺気をリィンに向ける。
まずい、このままでは本当に殺されると思ったリィンは、咄嗟に誰かに助けを求める。そしてアリサと目があった。
仕方ないわね、と言った顔で溜め息を吐きながら、会話に割って入るアリサ。
「待ってください」
「アリサ、お前……」
まさか、アリサが止めに入ってくれるとは思わず、リィンは感動した様子で今までのことを密かに謝罪する。
今度からは、アリサを使って遊ぶのも程々にしようと反省すると、
「やるなら街の外でやってください。ここまで壊されたら迷惑なので」
俺の感謝の気持ちを返せ、とばかりにアリサを睨み付けるリィン。
しかし、そんなリィンの睨みに臆す様子もなく、自業自得でしょと言った顔で舌を出し、アリサはこれまでの仕返しとばかりにリィンをあっさりと二人に売り飛ばした。余程、ノルドで痴態を見られた件や、黒歴史を暴露された件を根に持っていたらしい。
「誤解だ! 俺は何も悪くない! てか、お前等も、ちょっとは子離れしろ!」
そうしてリィンはゼノとレオニダスに両脇を掴まれ、建物の外へと連行されていった。
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