「内戦を終わらせるために、お二方が立ち上がると?」
「その通りです。皇族としての義務と責任を僕たちは果たしたいと考えています。そのための臨時政府です。若輩者の僕やアルフィンの言葉では、民や兵たちの理解を得るのに不十分でしょうか?」
「いえ、そのようなことは……しかし、よろしいのですか?」
ログナー候が躊躇するのも無理はない。それはセドリックとアルフィンが皇族として直接、内戦に干渉するということだ。
確かに正統な皇位継承権を持つ二人なら、民や兵たちの忠誠を得るための御旗としては申し分ない。ログナー候も貴族連合に遠慮することなく、大義名分を掲げることが出来る。皇家に忠誠を誓う侯爵からすれば、願ってもない申し出でもあった。
しかし、それは同時に二人の身を危険に晒すということだ。カイエン公やアルバレア公は当然黙ってはいまい。死に物狂いで抵抗してくることが予想できる。
更にはユーゲント三世がカイエン公の手中にある以上、そのような触れをだせば、皇帝の身を危険に晒すことにも繋がる。最悪、国のために実の両親を見捨てるほどの覚悟が伴う決断と言えた。
しかし、アルフィンはセドリックの手を握り、覚悟と決意の伴った表情でログナー候の疑問に答える。
「もう、決めたことです。内戦の責任は、わたくしたち皇族にもあります。民のためにも、これ以上の暴虐は見過ごすことは出来ません。反乱の首謀者であるカイエン公とアルバレア公を捕らえ、まずはこの内戦を終わらせることを最優先とします。その後は革新派・貴族派に囚われない新たな政治体制を築くつもりです」
「……そのようなことが本当に可能だと?」
「可能かどうかではなく、やらなくてはなりません。それがこうなるまで放置していた、わたくしたち皇族の責任です。当然、お父様にも相応の責任は取って頂くつもりです。そうしなければ、皆の理解を得ることは難しいでしょうから……」
この計画を持ち出した時、真っ先にカイエン公に幽閉されている皇帝や皇妃の安否が心配されたが、アルフィンは両親よりも内戦を終わらせることや、国政を建て直し、同じ過ちを繰り返さないことを最優先とした。それが皇族の義務と責任であり、民のために自分が出来る唯一のことだと考えたからだ。
「しかし、陛下に責を問うというのは……」
「急速な改革は大きな反発を生みます。今回の内戦は、それが主な原因と言えるでしょう。オズボーン宰相が行ったこととはいえ、彼を宰相に任命したのはお父様です。その責任がないとは言えません。それに……」
どのみち、これほどの改革を為すには、皇家も痛みを伴う覚悟がいる。
ユーゲント三世にも帝国の未来のために、皇帝の義務と責任を果たしてもらう必要があるとアルフィンは考えていた。
「国の改革を為すのなら、他人に任せるのではなく皇家の手で規範を示すべきです。それが人の上に立ち、国を預かる――わたくしたち皇族の義務であると考えます。上に立つ者が自らを律することが出来ず、下の者が付いてくるでしょうか? わたくしは、そうは思いません」
アルフィンの放つ言葉に、ログナー候は思わず唸る。
皇族として覚悟の伴った言葉。既にアルフィンは決断しているのだと感じさせられる話だった。
そして、そんなアルフィンの話を補足するかのように、リィンは言葉を付け足す。
「侯爵閣下。この件はゼクス中将、クレイグ中将の同意も得ています。数日中に両殿下の名前で御触れが、帝国全土に向けて発信される手はずとなっています」
リィンの言葉にログナー候は目を瞠る。精強で知られる第三、第四機甲師団。正規軍のなかでも中核を担う二人を既に口説き落としているということは、後はログナー候の決断を待つところまで話が進んでいるということだ。
両殿下の御触れがだされれば、静観を決め込んでいた中立派の貴族たちも選択を迫られることになる。そして領邦軍や正規軍の中からも、アルフィンやセドリックを支持する者たちがきっと現れるだろう。
アルフィンとセドリックがこの内戦を終わらせ、この先も民が安心して暮らせるように帝国を本気で変えるつもりなのだとログナー候は理解した。
「そこまで覚悟を決めておいででしたか……」
感慨深い想いを口にするログナー候。二人のことは幼少の頃から知っている侯爵ではあったが、知らぬ間にこれほど大きく成長していようとは思ってもいなかった。この内戦が二人を成長させたと考えるべきか?
アルフィンとセドリック。そしてリィンを交互に見て、なるほどとログナー候は納得の表情を見せる。
「ならば、これ以上の言葉は不要というもの。ログナー侯爵家当主の名の下に、ノルティア領邦軍は両殿下の麾下に入らせて頂きます」
元よりログナー候の目的はギリアスを排除し、皇家の権威を取り戻すことにあった。
アルフィンとセドリックが民のために立ち上がるというのなら、それを補佐するのが臣下の務めだ。ログナー候の心は決まった。
獅子戦役から二百五十年。帝国に新たな風が吹こうとしていた。
◆
「わ、私の家が……」
半壊したラインフォルト社のビルを前に両膝をつき、途方に暮れるアリサ。
無事ルーレに戻ったと思ったら最初に目に飛び込んできたのは、半壊したラインフォルトの本社ビルの姿だった。上層は吹き飛び、もはやラインフォルト家の居住スペースがあった階など見る影もなくなっていた。アリサが呆然とするのも無理はない。
それに街の方にも、かなりの被害がでていた。近隣の建物の一部が倒壊し、窓ガラスなどは粉々に砕け散り、幸い死人はでなかったという話だが怪我人は大勢でている。死人がでなかった主な理由としては、早めに避難が出来ていたことと虚神化したアランの力によって体力を吸われ、気絶していたためにパニックにならなかったことが主な要因と言えるだろう。不幸中の幸いという奴だ。
そのお陰で虚神化したアランを目撃したものは少なく、表向き工場から漏れたガスによる意識の混濁が原因で、集団幻覚を見たのだろうということで問題は処理されていた。こうした事後処理の手配をしたのはクレアだ。僅かな時間の間に、さすがという他ないだろう。
ハイデルは騒乱と略取・誘拐の罪でノルティア領邦軍に逮捕され、余罪についても追及されることが決まっている。こうしてルーレの騒動はどうにか終息を告げ、後はノルドに向かった〈紅き翼〉の連絡を待つだけとなった。
「ノルティア領邦軍の先遣部隊が出発したそうです」
「そっか。なら、どうにか間に合いそうだな」
クレアから報告を聞き、一先ず安心と言った顔で、ほっと安堵の息を吐くリィン。
第三機甲師団にノルティア領邦軍が戦力として加われば、ゼンダー門の守りはより強固になる。幾ら共和国が部隊を整えようと、易々と攻略は出来ない。後はトワたちの作戦が上手く行けば、共和国も帝国への侵攻を諦めざるを得なくなるはず。
これだけ条件が揃っていれば、ゼクス中将なら上手く停戦に向けて交渉してくれるだろうとリィンは考えた。
問題は、その後のことだ。アルバレア公の件もそうだが、こうして準備が整った以上、内戦終結に向けて本腰を入れて計画を進める必要がある。そのためにも、まずは――
「しかし、帝都の奪還作戦ですか……時期尚早では?」
「懸念は分かるが、時間を与えれば敵に猶予を与えることになる。それに、鉄は熱いうちに打てって言葉もあるからな。勢いのあるうちに敵の頭を押さえてしまえば、烏合の衆など放って置いても自滅する。最優先は帝都の奪還、そしてカイエン公の捕縛だ」
アルフィンは内戦を早期に終結させることを、計画の最優先目的に掲げられている。民のためというのもあるが、内戦を長引かせればノルドの一件のように、外部から余計な介入が入る可能性が高まる。それはなんとしても避けなくてならない。
それに、ログナー候がアルフィンになびいたことで貴族連合にも動揺が走っているはずだ。ログナー候の件を見れば分かるように、貴族派と言っても一枚岩ではない。心の底からカイエン公の理想に共鳴し、付き従っている貴族など全体の極一部だろう。彼等はただ自分たちの権利を守ろうとしているだけだ。
条件次第では、そうした貴族たちを説得するのは難しくない。臨時政府発足の御触れがだされれば、ログナー候のように寝返る貴族や、様子見を決め込む貴族は少なくないはずだ。いまが最大の好機だとリィンは考えていた。
ただ作戦を実行に移す前に、懸念が一つあった。カイエン公に幽閉されている皇帝夫妻のことだ。
「大尉には、ログナー候と一緒に、皇帝陛下たちが幽閉されている場所の特定を頼みたい。一応、候補は見繕ってあるから確認を頼みたいんだが……出来そうか?」
「ログナー候ですか……。ですが、私は……」
クレアが何を心配しているのか察したリィンは話を付け加える。
「心配しなくとも事情は説明してある。皇帝の命に関わる問題だ。ログナー候も自分の感情を優先するほどバカじゃないさ」
「そういうことなら……二日ほど時間をください。必ずや期待に応えて見せます」
そこまでお膳立てされている以上、クレアに拒む理由はなかった。
ログナー候は貴族派のなかでも、特にギリアスのやり方を嫌っていた。正直、拒絶されても仕方のないことをしてきたという自覚は彼女にもある。その配下であった自分に思うところがあるのではないかと、クレアは心配していたのだ。
「でも、安心しました」
「何がだ?」
「陛下たちを見捨てるつもりではないと知って」
「……死なれると困るだけだ。生きて責任を果たしてもらわないといけないしな」
リィンはそう言うが、クレアにはアルフィンのためだということがわかっていた。
アルフィンは内戦の終結を最優先の目標に掲げているが、国や民のためと自分に言い聞かせながらも、心のどこかでは両親の安否を心配している様子が窺える。それはセドリックも同じだろう。
クレアにも分かるのだ。リィンがそのことに気付いていないはずがなかった。
「ですが、よろしいのですか? 私やミリアムちゃんのことを疑っていたのでは?」
「正直に言うと、〈子供たち〉がギリアスを本気で裏切れるとは思っていない。そういう意味では心の底から信用しているとは言えないだろうな」
「では、どうして……」
「〈子供たち〉の〈氷の乙女〉は信用ならない。だが、クレア・リーヴェルトは別だ。大尉が国や民のことを憂い、内戦を早く終わらせたいと願っている気持ちまで嘘だとは思わない。アンタはそういう器用な真似が出来る女≠カゃないからな」
氷の乙女という大層な名前で呼ばれている割りには、クレアは甘い。非情に徹しきれず、内戦を当然のことと納得できていないのが、その証拠だ。だからギリアスも彼女には計画の全容を伝えなかったのだろう。
そんな彼女が内戦を長引かせ、帝国の不利になるようなことをするとは思えない。
国や民のことを真剣に思っていると分かるからこそ、リィンはクレアに敢えて命じたのだ。
「なるほど。リィンさんは確かに不埒な方……女誑しです」
「おい……」
クレアは微笑みを浮かべながら、そう話す。思わず胸がドキッとするほど、いままで見たことがないくらい優しい笑みだった。
こんな顔も出来るのかと驚きながら、照れ臭そうにリィンは頬を掻く。
そんな甘酸っぱい空気にあてられ、げんなりとした表情を浮かべながら、アリサは二人の会話に割って入った。
「……良い雰囲気作ってるところ申し訳ないんだけど、ちょっといいかしら?」
「ん? もう立ち直ったのか? 意外と早かったな」
「……諸悪の根源に言われたくないわ。アンゼリカ先輩から聞いたわよ。私の家をこんなにして!」
「ああ、知ってたのか」
リィンだけが原因ではないのだが、トドメを刺したのはリィンで間違いなかった。
そもそもアリサの家がなくなったのは、リィンがクロウを相手にそこで暴れたからだ。
作戦を立てたのもリィン。そう言う意味では、リィンが元凶とも言えなくはない。
しかし、そんなアリサの行動を予想していたかのように、リィンはどこからともなく赤いリボンで封のされた箱を取り出し、それをアリサに手渡した。
「何よ、これ……」
「大切そうに仕舞ってあったからな。大事な物なんだろうと思って持ち出してたんだ」
「リィン……」
思いもしなかったサプライズに、アリサは目を潤ませる。
本当はリィンが悪いわけではないということくらいわかっていたのだ。それでも思い出の一杯詰まった家を壊され、行き場のない怒りをぶつけずにはいられなかった。
アリサは自分が恥ずかしくなる。理不尽な怒りをぶつけられたというのに反論することもなく、命懸けの戦闘の中で思い出の品を持ち出してくれたリィンへの感謝の気持ちで一杯になっていく。
どこかで見たことのある箱だと思いつつも、アリサは笑顔で封を解き、箱を開ける。
そして、固まった。
「……随分と派手な衣装ですね。もしかして、そちらのぬいぐるみはモナくんですか?」
「モナくんって、なんだそりゃ……」
「えっと数年前に流行った子供向けのラジオ番組のキャラクターです。物語の主人公でもある魔法少女をサポートする使命を帯びた――」
「きゃあああああっ! クレア大尉、お願いだからそれ以上はやめて!」
数年前に流行った魔法少女の衣装とマスコットのぬいぐるみが箱の中には入っていた。
勿論、アリサの私物だ。偶然、クロウとの対決の最中にそれを見つけたリィンは思い出の品が瓦礫に埋もれないようにと気遣い、こっそりと持ち出していたのだ。しかしアリサからすれば、余計な気遣いも良いところだった。
誰にも見せないと心に決めて封印してあった代物だ。彼女にとっては黒歴史そのものと言っていい。
「大尉って、意外とそういうのに詳しいんだな……」
「えっと、ミリアムちゃんの影響で……」
心底意外そうにリィンが呟くと、顔を背けながらクレアは頬を赤くして答える。
ミリアムを理由にしているが、実は彼女も嵌まった口だった。女性なのだから可愛いものに興味を持つのは仕方ないと言えるのかも知れないが、良い歳をしてと言われるのが嫌で黙っていたのだ。
それだけにアリサが不憫でならない。同情的な視線をクレアはアリサに向ける。
「なんか、またアリサが遊ばれてるね」
「兄上が相手では分が悪すぎるな。アリサも学習すれば、いいのだが……」
瓦礫の撤去の手伝いをしながら、離れた場所から様子を窺っていたエリオットとラウラは溜め息を吐く。
本人のためにも見なかった聞かなかったことにしようと、無言で作業に戻った。
周囲から生温かい視線を向けられ、いたたまれなくなったアリサは涙目を浮かべ、誤魔化すようにリィンに指先を向ける。
「とにかく黙って付いてきなさい! あなたに会わせたい人たちがいるのよ!」
「……会わせたい人?」
思い当たる節がなく首を傾げるリィンだった。
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