リィンたちが煌魔城への潜入を試みている頃、セドリックたちの作戦も開始されようとしていた。

「カレイジャスで市民の避難をですか?」

 トワの疑問に首肯して答えるセドリック。
 レジスタンスの適切な誘導によって、無事だった市民の多くは近くの学校や公共施設に避難をしていた。
 しかし、学校や施設の周囲は幻獣や魔煌兵だけでなくグノーシスによって意識を奪われた人々に囲まれており、地上からの救出は困難な状況にあった。
 そこでセドリックの考えた案というのが、カレイジャスや軍の飛空挺を使った空からの救出だ。
 地上から誘導可能な人々には鉄道を使ってもらい、それが困難な地区に避難している人々には空からの避難を促す。
 同時に幻獣や魔煌兵の対処は正規軍が、グノーシスで操られた人々の対処は領邦軍が受け持つ手はずになっていた。
 無闇に市民の命を奪うような真似は出来ない。そこで現在は貴族派と革新派の対立で軍拡が進んではいるものの、元々は領地の治安維持を目的とした活動を主としていた領邦軍に白羽の矢が立ったということだ。

 領邦軍が設立された主な理由は、正規軍だけでは広い帝国の治安を維持できないがためだ。中央の決定を待ってから領地の問題に対処していたのでは、どうしても二手、三手と対応が遅れてしまう。
 そこで貴族たちが金を出し合い、治安維持を目的とした私設軍を持ち、迅速に事件や事故に対処できるように設立されたのが、各州の領邦軍と言う訳だ。
 言ってみれば、州の警察のような役割を彼等が担っていた。以前は、それでも手の回らない仕事を遊撃士が請け負うなどして秩序のバランスが保たれていた。
 だが、宰相に就任したギリアス・オズボーンは『鉄道網拡充政策』や『領土拡張政策』を武器に、鉄道憲兵隊を組織して領邦軍の治安≠フ分野にまで手を出し始めた。それが革新派と貴族派の対立を加速させる結果となり、現在のこの状況を生み出しているというのだから愚かな話だ。
 勿論、貴族たちに力を持たせすぎたが故に主戦派の勝手を許し、百日戦役のような悲劇を生みだしたという側面は少なからずある。そういう意味では、ギリアスのやろうとしたことは間違いとは言えないだろう。
 しかし、彼は事を急ぎすぎた。こうした改革は本来は一朝一夕に成功するものではない。急速な変化は人々の不安を招き、強すぎる力は反発を生む。力に対し、力で押さえ込もうとするギリアスのやり方は結果的に内乱を招いた。その責任は当然、彼にある。
 話が脱線したが、領邦軍の本来の役割を考えれば、この共同作戦は理に適っていた。
 そしてカレイジャス――トワたちに与えられた役目も、士官学生の領分を逸脱しないものだ。
 セドリックなりに考えての役割分担なのだと推察できる。

(受けるべきだよね。このまま、あの子たちが大人しく引くとは思えないし……)

 リィンと約束したということもあるが、トワは最初からアリサたちに無理をさせるつもりはなかった。
 既にVII組の彼等には、学生の身に余るほどの負担を強いてしまっている。彼等の生い立ちや置かれている立場を考えれば、それも仕方のないことと言えるのかも知れないが、やはり彼等の本分は学生だ。
 学生の立場で、こうして内戦に深く関わっていること自体、幾ら士官学院の生徒と言えど自重すべきことだとトワは考えていた。
 もっとも以前の彼女なら、アリサたちの考えに傾倒していたかもしれない。そんな風に考えるようになったのは、リィンの影響によるところが大きかった。
 その大きな契機となったのは、やはりノルドの一件だろう。
 内戦に関わると決めた以上、覚悟をしていなかったわけではない。しかし、甘く見ていた。
 どれだけ綺麗事を並べても、やっていることは戦争だ。そのことを本当に理解していたのかと問われれば、見通しが甘かったのだとトワは思う。
 敵を殺す覚悟だけじゃない。他人の命を預かるということの責任の重さをトワは見誤っていた。
 リィンがアリサたちを作戦に同行させなかったのも、そのことを考えれば納得が行く。
 アリサたちの身を案じただけではない。足手纏いがいることで味方を危険に晒す可能性までも、リィンは計算に入れていたということだ。だからこそ、あの場でゼクス中将は何も言わなかった。
 人の上に立つ者は誰よりも冷静に、感情よりも理性を優先して行動しなくてはならない。

「一つ、伺いたいことがあります」

 だから、トワはセドリックに尋ねる。
 カレイジャスの副艦長である前に、彼女はトールズ士官学院の生徒会長だ。
 生徒たちを危険に晒す可能性がある以上、トワはどうして確かめておきたいことがあった。

「レジスタンスの背後にいるのは誰ですか?」

 トワの質問に驚き、目を瞠るセドリック。まさか、ここでその質問をしてくるとは思ってもいなかったのだろう。
 マキアスは確かに優秀な生徒ではあるが、彼一人でそれほどの組織を統率できるかといえば答えは否だ。彼の背後にレジスタンスを纏め上げた人物がいるとトワは予想した。
 そのことにリィンが気付いていないとはトワには思えない。そのことから、敢えてあの場で質問しなかったことに意味があると思い至ったのだ。
 それに普通に考えてレジスタンスを名乗る人物が、軍に共同作戦を持ち掛けたところで一蹴されるのがオチだ。その人物は恐らく、ウォレス准将や軍の将校に顔の利く人物だと予想が付く。
 しかし、あの場でリィンが敢えてそのことに言及しなかったのは、恐らくセドリックの立場を考えてのことだ。だとすれば、セドリック――いや、皇族派にとって余り好ましくない人物なのだろう。
 恐らくは革新派のなかでも中核を担う人物。トワは自分の考えを確かめるかのようにセドリックに答えを尋ねた。

「レジスタンスの代表。それは帝都庁長官にして帝都知事、カール・レーグニッツ氏ではありませんか?」

 トワの的を射た質問に僅かに逡巡するも、無言で首を縦に振るセドリック。
 だとすれば、この任務を〈紅き翼〉に斡旋してきたセドリックの狙いにも予想は付く。
 避難させたい保護対象のなかに、カール・レーグニッツが含まれているということだ。
 戦後のことを考え、政治的な側面からも正規軍・領邦軍のどちらにも彼の身柄を預けるわけにはいかない。カレイジャスで保護して欲しいとは、そう言う意味なのだろうとトワは受け取った。
 マキアスの家族に関わることだ。このことをアリサたちが知れば、余計なことに首を突っ込みかねないとトワは考える。

(リィンくん……私には荷が重すぎるかも……)

 しかし引き受けないわけにはいかない内容だけに、トワは深い溜め息を漏らすのだった。


  ◆


「どうかした?」
「いや、トワの心の叫びが聞こえた気がしてな」
「……?」

 急に立ち止まり、意味深なことを口にするリィンに、首を傾げるフィー。
 リィンたちは現在、見上げんばかりの吹き抜けと螺旋階段が続く煌魔城の最下層にいた。

「しかし、想像以上だな。この気配、旧校舎の地下に似てるな」
「ええ、高位属性が働いているわね」

 赤い光に照らされた異質な城。どことなく精霊窟や旧校舎の地下に似た雰囲気を感じる。
 ヴィータの言うように、時・空・幻の高位三属性の気配が色濃く出ていた。この様子では、精霊窟や旧校舎の地下で見たような高位存在も顕現していると考えた方がいいだろう。
 敵にはならないが、まともに相手をすれば数の不利は否めない。厄介であることは間違いなかった。
 それに、この広さだ。ちんたらと進んでいたら、最上階に着くまでに何時間かかるか分かったものではない。

「やっぱり、あの方法しかないか……」

 この場合、定番として一階層ずつ登って行き、階層を守る番人と戦うというのがセオリーなのだろうが、リィンは敵の思惑に態々乗ってやるつもりなどなかった。
 頭上を見上げながら、リィンは邪な笑みを浮かべる。他に道がないなら作ってしまえばいい。
 恐らく敵は、この上にいる。なら――最上階までの最短の道程はそこにあった。

「クロウ、騎神を呼べ」
「は? お前、何を……って、まさか」

 リィンが何を考えているのか、察したのだろう。
 マジかよ……と呟きながら、渋々と言った様子でクロウは愛機の名を呼ぶ。

「来やがれ! 〈蒼の騎神〉オルディーネ!」
「来い! 〈灰の騎神〉ヴァリマール!」

 クロウに続いて、契約したばかりの騎神の名を呼ぶリィン。
 世界が歪み、リィンとクロウ――二人の起動者を中心に眩い光が点る。
 地脈より溢れ出すマナの嵐。すると空間を飛び越え、『蒼』と『灰』の騎神が六人の前に姿を現した。
 全身が光に包まれ、胸部の核に吸い込まれるように、それぞれの騎神に乗り込むリィンとクロウ。

「フィーとシャーリィはこっちへ。クロウは、ヴィータとリーシャを頼む」

 機体を屈ませ、手を差し出すリィン。クロウも同様の動きを取る。
 二人が何をするつもりなのか察した四人は、言われるままに騎神の腕にしがみついた。

「しっかり捕まってろよ。飛べ、ヴァリマール!」

 全員が捕まったことを確認したリィンは、ヴァリマールに指示を出す。
 大地を蹴り、空へと飛び上がるヴァリマール。クロウのオルディーネも、その後に続いた。


  ◆


 皆を乗せ、上層へと通じる吹き抜けを上昇していく二体の騎神。
 瞬く間に地上が遠ざかっていく。

「よくこんな方法を思いつくな……」
「使えるものは使う主義なんでね。天井を塞いでおかなかった連中の落ち度だ」

 言っていることはもっともだが、クロウには敵が哀れに思えてならなかった。
 折角、舞台を整えても、こんな風に台無しにされては堪ったモノではないだろう。

『上空カラ接近スル霊子体ガ複数。気付カレタヨウダ』
「意外と対応が早いな」

 ヴァリマールからの忠告を受け、空中で静止して上空に意識を集中するリィン。
 確かに複数の気配が近づいてくるのを感じる。気配の大きさから推測できるのは、騎神に匹敵する巨大な生物。恐らくは竜種に匹敵する高位の幻獣と推測した。
 この先のことを考えると、余りマナを消耗したくないが――

(空中戦は不利か。それに……)

 騎神に捕まる皆を見て、リィンは嘆息する。
 奥の手として、まだ隠しておきたかったが、そうも言っていられないかと覚悟を決めた。

「クロウ。二人のことを頼む」
「おいっ! 武器もないのに前へでて、どうするつもりだ!?」

 フィーとシャーリィをオルディーネに預け、前へでるリィンをクロウは引き留めようとする。
 クロウのオルディーネと違い、リィンのヴァリマールには武器が装備されていない。騎神用の武器を用意しているような時間が残念ながらなかったためだ。
 幾らリィンが強かろうと、騎神での戦いはまた別だ。武器もなしにどうするつもりなのかと、クロウが心配するのも無理からぬ話だった。
 だが、そんな心配は不要とばかりに、リィンは不敵な笑みを浮かべる。

「武器がないなら作ればいい。幸い、ゼムリアストーンならここ≠ノたくさんあるだろ?」

 左側の肘から先にかけて、ヴァリマールの腕の形状が変化していく。

「あれって……オーバーロード?」

 黙って状況を見守っていたフィーが若干驚いた様子で呟く。
 リィンのオーバーロードは物質の構造を解析することで、形状や性質を自在に組み替える力だ。
 武器の劣化が激しいため、ゼムリアストーンを用いた得物でなければ満足に使えないデメリットはあるが、逆に言えばゼムリアストーンが手元にありさえすれば、リィンの知識にある大体の武器は再現が可能ということだ。
 騎神の大部分は、ゼムリアストーンを加工して作られている。
 言ってみれば、ゼムリアストーンの塊である騎神は、リィンにとって全身が武器そのものだった。

「非常識すぎるだろ……」

 ヴァリマールには武器がない分、オルディーネの方が有利だと思っていたクロウだったが、これで差はなくなったどころか、状況に応じてどんな武器でも作り出せるリィンの方が有利になった。
 力の源であるマナの消費が激しく燃費が悪いという点を除けば、欠点らしい欠点は見当たらない。誰でも使えない、量産できないという時点で兵器としては欠陥品だが、それを補って余りあるポテンシャルが騎神には秘められていた。
 リィンからすれば、自分の能力とこれほど相性の良い兵器は他にないという感想だった。
 しかも『千の武器を持つ魔人』の異名を持つ〈緋の騎神〉のお株を奪ったカタチだ。
 非常識すぎると、クロウが愚痴を溢すのも無理からぬ話だった。

「――集束砲形態(カノン・モード)

 ヴァリマールの左腕が、まるで一本のライフルのようなカタチへと変貌する。
 背中の翼が粒子を放ち、機体に取り込まれた闘気がマナへと変換され、集束されていく。
 次の瞬間――ヴァリマールの左腕から灰色の光が放たれた。

「――まずい! 皆、飛ばされないように身体を固定して!」

 余波から身を守るために、咄嗟に皆の前に障壁を展開するヴィータ。
 大きな翼を持ったキマイラのような幻獣が光に呑まれ、一瞬にして消滅する。
 そればかりか、城の上層をアイスクリームのようにくり貫き、一筋の光が空へと吸い込まれていく。
 これにはクロウだけでなくヴィータも言葉を失い、唖然とする。

「……ヴィータ。どうしても、アレと戦わないとダメか?」
「ええっと……」

 天井に開いた大穴を見て、返答に困るヴィータ。
 あんな一撃を食らえば、オルディーネとて跡形もなく消滅しかねない。
 結社の計画やヴィータの思惑以前に、クロウの心は折れそうになっていた。



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