「……なんだと!?」
目の前の光景が信じられず、動揺を隠しきれない様子で声を荒げるマクバーン。
ゼムリアストーン製の武器を両断するほどの一撃だ。普通であれば即死。最低でも致命傷に至る攻撃だった。
なのに――
手加減をしたつもりはない。確実に殺すつもりで放った一撃。
しかし、リィンは炎に包まれながらも、〈アングバール〉の剣身を素手で掴んでいた。
――ありえない。外の理によって作られた魔剣〈アングバール〉は、そこらの武器とは違う。
マクバーンの異能によって黒炎を纏い十全の力を発揮した魔剣は、あらゆるものを斬り裂き、焼き尽くす。
それを素手で受け止める? そんなことは剣帝にすら出来なかったことだ。
いや、かの鋼の聖女ですら、そんなことが出来るとは思わない。
なら、目の前のこれはなんだ?
「どうにも信じられないって顔をしてるな。だが、これが現実だ」
「……ッ!?」」
これまで感じたことのない寒気――おぞましい気配を感じ取り、リィンから距離を取ろうとするマクバーン。だが、凄まじい怪力で剣身を固定され、引いても押してもピクリとも動かない。
「くっ! いままで力を隠してやがったのか!?」
「まあ、そう言う訳でもないんだが、最初に言っただろう? お前じゃ俺に勝てないって」
そう口にしながら、リィンは魔剣を掴んだ手を放す。
身体をよろけさせながら、後退するマクバーン。その表情には困惑と焦りが窺える。
未だに目の前の現実が、信じられないと言った顔をしていた。
「確かに、お前は凄いよ。魔人と言われるだけのことはある。鋼の聖女に匹敵するだけの力があるというのは嘘じゃないんだろう」
半ばから溶かされるように折られた自身の剣を見ながらリィンは話を続ける。
ゼムリアストーン製の武器を、こうまで一方的に破壊できる相手は少ない。例え、それが外の理で作られた魔剣を用いていてもだ。
その点で言えば、マクバーンの力は本物だ。
人間の限界を超えている。いや、人間をやめていると言っても間違いではないだろう。
「だが、それだけだ。異能に頼り切った戦い方をしているから、地力はたいしたことがない。これまでは、それでどうにかなってきたんだろうが……」
マクバーンの力に感心はしていても、リィンは彼を強者と認めてはいなかった。
確かにマクバーンは強いのかもしれない。だが、異能に頼り切った強さは野生の獣と大差がない。
リィンが知る強者とは、才能に傲らず、努力と研鑽を怠らなかった者のことだ。
「俺には通用しない。いや、俺が相手だから通用しないと言った方が正しいかもな」
同じ異能使い。だからこそ、リィンはマクバーンのことがよく分かる。
人とは違う、強すぎる力を持つが故に、彼はこんなにも歪んで成長してしまったのだろう。
一つ間違えば、ルトガーに拾われてなければ、自分も彼のようになっていたかもしれない。
言ってみれば、マクバーンはありえたかもしれないリィンの未来の姿でもあった。
だからこそ、リィンにはよく分かる。
「もう一度言う。お前は俺に勝てない」
◆
「くそっ! なんでだ! なんで通用しない!?」
マクバーンの放つ炎はリィンを捉えている。なのにダメージを与えられず、焦りばかりが募っていく。
回避するのなら分からなくもないが、直撃を受け、炎に包まれながらも微動だにしないリィンの姿は、これまで異能に頼りきった戦い方をしてきたマクバーンにとって悪夢以外の何者でもなかった。
自身の異能が通用しない相手が、この世に存在するとは微塵も思っていなかったからだ。
「はあはあ……どんな手品を使いやがった」
「何も? ただ、お前と同質の力≠使っているだけだ」
そう言って、不敵に笑うリィン。正直、本当に何か特別なことをしているわけではなかった。
ただ、マクバーンの異能を、自身の異能で相殺しているだけの話だ。
マクバーンの属性は炎。そして、リィンが最も得意とする属性もまた炎だった。
同じ炎を得意とするのであれば、後は格の問題だ。力は、より強い力に呑まれる。
「俺と同等の炎がだせるとでも言うつもりか……」
「同等じゃない。こと異能に限って言えば、俺の方が上だ」
異能の使い手と言うのは、大抵は異質な何かが身体に混じっているものだ。
そして異能の強さ――能力の格とは、その何かが、どれだけ混じっているかに尽きる。
極一部しか混じっていない能力者とは異なり、マクバーンの肉体はすべてが異質な何かで構成されている。肉体そのものが異能を宿す器と言ってもいいほどだ。
だからこそ〈アングバール〉の力を十全に使うことが出来、これほどの炎を息をするかのように操ることが出来るのだ。それだけに、マクバーンはリィンの言葉を素直に信じることが出来なかった。
「俺には二つの異能が宿っている」
そんなマクバーンの疑問に答えるように、リィンは指を二本立て話を続ける。
「一つは鬼の力。これは、お前と同じく肉体に宿る異能」
肉体に宿る異能。それは原作で〈鬼の力〉と称されていたものだ。
これだけであれば、マクバーンの方が異能の力では勝っていただろう。
しかしリィンには、もう一つの異能――隠された力があった。
「もう一つは肉体にではなく魂そのものに宿る力」
リィンの肉体に宿る魂。それは、この世界の人間のものではない。
こことは違う別の世界で生まれ育った男の記憶が、リィンのなかにはある。
リィンはずっと自身の異常な力に関して考えてきた。〈鬼の力〉に関しては謎も多いが、まだ納得は出来る。だが、聖痕にも似たもう一つの力。これを異能と言っていいのかは分からないが、その力の源流はどこにあるのか?
――考えられる可能性は一つしかなかった。
いや、前世での常識が邪魔をして、いままで気付かない振りをしていただけだ。
前世の自分。リィンの肉体に宿るであろう人格。その魂と呼べるもの。
――転生者。
それは女神のいない世界。この世界の法則が通用しない〈外の理〉の世界で生まれた魂を宿す者。
魂とは、存在の力だ。ならば異世界の魂を持つ転生者とは、この世界の理から外れた存在であると考えることが出来る。
どれだけ頑張っても満足にアーツやクラフトを使えなかった理由。最初は異能に原因があると考えていたリィンだったが、それも世界の法則から外れた存在――転生者だからと気付けば、納得の行く話だった。
鬼の力を最初から使えたのも、それが〈外の理〉に分類される異能だからだ。
だからこそ異世界の魂を持つリィンは、この世界の誰よりも異能を上手く使える。
そう、目の前の男。マクバーンよりも、だ。
「魂だと……?」
「そう、魂に宿る力だ。教会はこれを聖痕の力だと勘違いしているみたいだがな」
確かに似たところはあるが、教会の言う〈聖痕〉とは異なる力だとリィンは結論をだしていた。
実際、リィンの身体には教会でいうところの聖痕が刻まれていない。それに聖痕も異能の一種ではあるが、その力はこの世界の法則――女神の作ったルールから逸脱しないものだと考えられる。
だが、リィンの力はこの世界の法則に当て嵌まらない異質なものだ。
「俺に異能は通用しない。特に炎≠フ異能はな。その上で尋ねる。まだ、やるか?」
マクバーンが異能に頼り切った戦い方をしている限り、どうやっても自分に勝てないことをリィンは本能的に悟っていた。
相性の問題だ。偶々マクバーンの力が炎に特化したものだったから優位に戦えているが、これが〈鋼の聖女〉や〈光の剣匠〉が相手なら上手くは行かなかっただろう。それに戦闘に限定して考えれば、マクバーンの方がリィンより炎の扱いに長けていた。
炎を無効化するだけなら可能だが、攻撃に転じないのはそれが理由だ。マクバーンの異能がリィンに通用しないように、リィンの炎ではマクバーンにダメージを与えることは出来ない。マクバーンに勝っている点があるとすれば、異能を除く戦闘力。武器の扱いや戦闘技術くらいのものだろう。
だがそれも決定打になりえないことをリィンは理解していた。
攻撃が通じないのは、どちらも同じだ。互いに体力が尽きるまで泥沼の戦いに身を置くしかない。そうなったらリィンも奥の手≠切る必要がある。だから、出来れば戦いをここで終わらせたかった。
マクバーンに与えなくてもいい余計な情報を口にしたのは、それが理由だ。
「確かに、このままだと勝負がつきそうにねえな……」
理由はどうあれ、自身の異能が通用しないことはマクバーンも理解したのだろう。
最初に感じていた強者の余裕は、彼の顔から消えていた。リィンが奥の手を隠しているように、マクバーンにも切り札はまだある。だが、それもリィンに通用するかというと確信が持てない。それに、そこまでの戦いになることをマクバーンは想定していなかった。
文字通り全力をだせば、それこそ帝都を更地に変えるほどの覚悟で挑む必要がある。盟主は執行者の自由を許してはいるが、さすがにそんな事態になれば〈結社〉も黙ってはいないだろう。
「チッ……」
この状況が自身にとって都合が悪いことを理解し、マクバーンは舌打ちをする。
マクバーンにとって、この戦いは言ってみれば遊び≠セった。
興味を惹く玩具を見つけ、どこまで自身の力について来られるのか、それを試して見たかっただけだ。
だが、本気になってしまえば、それは遊びではなくなってしまう。
(ここらが潮時か……)
リィンの実力は十分に量れた。いや、想像以上だったと言っていいだろう。
将来的には〈鋼の聖女〉に比肩するかもしれないほどの才能。
そして自身を打倒しうるかもしれない実力。
それを確かめられただけでも、マクバーンにとって収穫はあった。
「やめだ。癪だが、お前の提案に乗ってやる」
そう口にして、魔剣を亜空間に仕舞うマクバーン。
「この決着は、いずれ必ずつける。だから、それまで誰にも殺られるんじゃねーぞ」
その言葉を最後にマクバーンは転位し、リィンの前から姿を消した。
マクバーンの気配が消えたことを確認して、ほっと息を吐くリィン。脅威が立ち去ったことで、今頃になってドッと汗が噴き出してくる。
正直、マクバーンがその気になって全力をだしてくれば、負けないまでも勝てるかは分からなかったというのがリィンの本音だった。
自身に奥の手があるように、マクバーンもまた全力で戦っていないことを察していたからだ。
「どうにかなったか。しかし、厄介な奴に目を付けられちまったな……」
国や教会に目を付けられるより、面倒なことになったとリィンは嘆息する。
赤い星座に始まり、戦闘狂にばかり目を付けられる自らの運命を恨めしく思うリィンだった。
◆
「……なんの真似かね?」
シャーリィの一撃を目に見えない障壁で受け止めながら、ノバルティスは彼女にその行動の意味を尋ねる。
手を引くと言った直後の出来事だ。ノバルティスにとって彼女と戦う理由はない。なのにシャーリィは問答無用でノバルティスの命を奪いにきた。
結社の幹部という立場ではあるが、彼の本業はあくまで技術者であり、彼自身はたいした戦闘力を持ち合わせてはいない。事前に障壁を張っていなければ、ノバルティスは今の一撃で命を落としていた。
だからこその質問だったのだが、何を今更と言った顔でシャーリィは答える。
「ようするに、アンタが黒幕ってことでしょ?」
「まあ、そうとも言えるね」
「なら、ここで潰した方が早いよね」
目の前に敵がいる。なら、殺そう。
さすがに問答無用で命を奪いにいくのはどうかと思うが、その理由は筋が通っていた。
余りの暴論に唖然とするクロウとヴィータだったが、その一方で殺され掛けた当事者は、なるほどと理解の色を示す。
「確かに、論理的な意見だ」
この男もシャーリィとは違った意味で狂っていた。
実際、自身の知的好奇心を満たすためであれば、どれだけ人が死のうが何とも思わない男だ。
研究のためなら残虐な行為も平然とやってのける。そこに善悪など存在しない。
人が持つ倫理観や罪悪感と言ったものを、彼は持ち合わせていないのだから――
「だが、殺されるわけにはいかないのでね。失礼させてもらうよ」
そんな人の命を軽んじる悪魔のような男でも、自分の命は惜しいらしい。
いや、ここで死んでしまえば、観察や研究が出来なくなるとでも考えているのだろう。
「逃げられると思ってるの?」
「思っているよ」
その直後、シャーリィの身体が弾け飛ぶように宙を舞った。
展開した障壁で、自分の身を守るノバルティス。
それを合図に、緋い風の奔流。最奥に鎮座する騎神〈テスタ・ロッサ〉から放たれた禍々しい闘気が、暴風となって何もかもを呑み込んでいく。
だが――咄嗟に障壁を張ったエマが庇うように、クロウとヴィータの前に立っていた。
「エマ……あなた」
エマの真意を計りかね、複雑な表情を浮かべるヴィータ。
「……ごめんなさい」
そう悲痛な表情で呟くエマの顔には余裕がなかった。
他人を利用する以上、自分も利用される可能性を考えなかったわけではない。それでも気を付けていたつもりだった。それが――
ブルブランや彼の背後に隠れていたノバルティスのことを甘く見ていた。
その結果、アルフィンが核とされ〈緋の騎神〉が復活してしまった。
エマとしても予期せぬ展開。出来ることなら避けたかった最悪の事態だ。
「……姉さん?」
「妹の失敗をフォローするのは、姉の役目……でしょ?」
杖をかざし、エマの張った障壁を強化するヴィータ。
エマの心の内を完全に理解することは出来ないが、そもそもの原因は自分にもあるとヴィータは思っていた。
もっと上手くやれていれば、ノバルティスに介入の機会を与えることはなかったはずだ。
その点で言えば、エマ一人を責めることなど出来ない。
「がんばってくれたまえ。よいデータを提供してくれることを願っているよ」
「では、お嬢様方、またの機会に」
「ノバルティス、ブルブラン! 待ちなさい――」
ヴィータの制止も虚しく、ブルブランと共に転位して姿を消すノバルティス。
場を掻き乱すだけ掻き乱して、さっさと姿を消した二人にヴィータは負の感情を募らせる。
だが、恨み言を口にしたところで状況が改善されるわけではなかった。
(まずいわね。この紅い風……マナを吸収する力があるみたいね)
まずは、この風をどうにかしないと近づくことも難しいとヴィータは考える。
障壁を解いたが最後、ヴィータたちもシャーリィのように風の奔流に呑み込まれて終わりだ。
紅き終焉の魔王の名を持つ騎神に、対抗できる可能性があるとすれば――
「クロウ……やれる?」
「やれというならやるが……さすがに厳しそうだな」
騎神に対抗できるのは騎神だけ。幸いにも、ここには灰と蒼の二体の騎神がある。
もっとも、クロウが言うように騎神と言えど、勝てるという保証はどこにもない。
「なら、隙は私たちが作ります」
「……ん、援護は任せて」
「お前ら……」
いつからそこにいたのか、リーシャとフィーがクロウの脇を抜け、前にでる。
先の戦いで体力を消耗しているはずだ。だが、二人にもわかっているのだろう。
このまま緋の騎神を核に〈紅き終焉の魔王〉の完全な復活を許せば、帝都は壊滅する。
やるやらないではなく、災厄を防ぐためには目の前の脅威を排除するしかないということが――
「クロウ。あなたにとって良い情報かどうかは分からないけど、〈結社〉の目的はあくまで獅子戦役の再現。騎神と騎神を戦わせることにあるわ。だから――」
「あれを倒せば、目的は達成されるということか。なら……」
リィンと一騎打ちをせずに済む? と、クロウは考える。
目の前の魔王と、リィンの操る騎神との一騎打ち。どちらがマシかと言われれば――
リィンの空けた天井の大穴を見上げながら、クロウは覚悟を決める。
「……簡単に言ってくれるぜ。だが、あれとやるくらいなら、こっちの方が断然マシか」
自身の与り知らぬところで、魔王以上の非常識として評価されるリィン。
だが、それは嘘偽りのないクロウの本心だった。
あとがき
近況報告をかねて更新。なお、実はまだ退院許可が下りていません(汗)
無理に退院すると、正月を家で過ごせなくなると言われては、私としてもどうしようもないので……。
透析治療を受け、免疫力が低下しているところに感染症を引き起こし、合併症状がでたのが入院が長引いている主な理由です。
検査の数値が安定するまでは退院の許可はだせないとのことなので、取り敢えず近況報告をかねて更新をいれました。
なお、ストックの方はそこそこ貯まっているので、入院期間中もちょくちょくと投稿をいれていく予定です。
出来れば遅れるに遅れていることもあり、この作品くらいは年内の完結を目指したいですしね……。
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m