上空からヴィータたちの戦いを、アルティナ・オライオンは観察していた。
ヴィータとエマの強化魔術によって威力を増したフィーとリーシャのコンビクラフトが炸裂する。
それは〈月の巫女〉と〈風の妖精〉の共演。名を付けるなら〈鏡花風月〉と言ったところだろうか?
一瞬、リーシャの脳裏にクロスベルに残してきた大切な人の顔が浮かぶ。
(イリアさん……)
竜巻のような力が紅い風を呑み込んでいく。
あらゆるものを斬り裂き、呑み込む風の刃。
まるで断末魔のように響く騎神の声が、その破壊力を物語っていた。
「……なんて非常識」
もはや天災と言ってよい力を目の当たりにして、非常識極まり無いとアルティナは二人の力を評価する。
騎神を相手に生身で挑むというだけでもありえない話なのに、魔女のサポートがあったとはいえ、たった二人で騎神に拮抗するなど考えられないことだった。
「即興でしたが、上手く行きましたね。さすがです。フィーさん」
「ん……リーシャこそ」
追い打ちとばかりに左右に散り、フィーとリーシャは攻撃を仕掛ける。
二人の動きについて行けず、がむしゃらに腕を振う緋の騎神。じっと空の上から戦いを観察しているアルティナでさえ、目で追いきれないほどのスピードなのだ。幾ら伝説に謳われる騎神と言っても捕捉するのは難しいだろう。
「……俺って本当に必要なのか?」
その二人の戦い振りを前に、自分の必要性を疑問に思うクロウ。
だが、最初は押していたフィーとリーシャも、段々と防戦一方になりつつあった。
緋の騎神――〈紅き終焉の魔王〉は周囲から吸い上げたマナを力とすることで、無限とも言える力を発揮することが可能だが、フィーとリーシャの体力には限りがある。その差が目に見えるカタチで少しずつ現れ始めていた。
「チッ……やれるな。相棒」
二人の限界を察して、クロウは自身の相棒――〈蒼の騎神〉に確認を取る。
クロウの意思に答えるように唸り声を上げるオルディーネ。
次の瞬間、背中からマナを放出しながら、オルディーネは〈緋の騎神〉に標的を定め大地を蹴った。
「フィーさん! きますっ!」
「……ん」
道を譲るように左右に飛び退くリーシャとフィー。
その一瞬の間に距離を詰め、オルディーネは手に持つ巨大な双刃剣を振り下ろす。
だが、不意を突かれながらも、テスタ・ロッサは雄叫びを上げ、オルディーネの攻撃を受け止める。
オルディーネの双刃は、テスタ・ロッサの目前で何かに阻まれるように停止していた。
「あれはマナ障壁……」
ヴィータは一目で見えない壁の正体を見破る。
まるで焔のように蠢く紅い闘気。帝都中より集められた膨大なマナを、テスタ・ロッサは自らを守る鎧のように身に纏っていた。
「クロウ! まずは障壁をどうにかしないとダメージは通らないわ!」
あんなマナの使い方をすれば、すぐにエネルギーが枯渇するはずだ。
だが、いまのテスタ・ロッサには無限とも言えるマナがある。
「無茶を言ってくれるぜ。さて、どうしたものか……」
一番簡単なのはマナの供給源を立つことだ。しかしそれは出来ない。
マナの供給源となっているのは、帝都の住民だ。彼等を見殺しにするような真似が出来るはずも無い。それにルーレで顕現した魔人同様、テスタ・ロッサは地脈からもマナを吸い上げている。
帝都から人がいなくなったところで、テスタ・ロッサが止まるという保証はなかった。
だとすれば、方法は一つしかない。
「奴の防御力を上回る力で、障壁を破壊する!」
策と呼べるような方法ではないが、クロウが取れる手段はそれしかなかった。
「うおおおおおっ!」
オルディーネの力を解放するクロウ。
装甲の一部が展開され、そこから蒼く光るマナが噴き出す。
「本当は奴と戦うまで取っておきたかったんだがな」
確かに地力では何一つリィンに勝てる要素はない。だが、それは生身に限っての話だ。
騎神の起動者としてはクロウの方が経験が長い。だから、こう言ったことも出来る。
コアに蓄えられたマナを爆発させ、一時的にオルディーネの能力を何倍にも引き上げるクロウの奥の手。この力を使えば、リィンの〈灰の騎神〉にも食らいつける程度の自信がクロウにはあった。
「見せてやるぜ! 俺と相棒の意地をっ!」
雄叫びを上げ、操縦桿に触れる手に力を込めるクロウ。
蒼い闘気をまとったオルディーネの双刃が、テスタ・ロッサの障壁に食い込む。
紅と蒼――二色の闘気が入り混じり、二体の騎神を中心に台風のように吹き荒れる。
「凄い……これが騎神の力……」
地面に剣を突き刺し、身体を固定しながらリーシャはその光景に魅入っていた。
戦闘の余波だけで周囲に多大な影響を及ぼす、一種の天災とも呼べる二体の騎神の力に圧倒される。
「確かに凄い。でも……」
一方フィーは、リーシャの腰に捕まりながら冷静に戦いを分析していた。
猟兵と暗殺者という違いはあるものの、フィーの方が独り立ちして二年のリーシャより実戦慣れしていた。戦場で生き残る秘訣は、どんな時も冷静さを忘れず、客観的に状況を判断することだ。
それにこのレベル≠フ戦いを目にしたのは、初めてではない。
確かに凄いとは思うが、伝説に謳われるほどの強さとはフィーには思えなかった。
「たぶん、あれでも全力じゃない」
本物を知るフィーの目からすれば、騎神の力があの程度とはとても思えなかった。
クロウは持てる力のすべてをだしているのだろうが、恐らく騎神が持つ本来の力はあの程度ではない。
テスタ・ロッサもまたオルディーネ同様に全力をだせているようには見えなかった。
仮にも魔王を宿す騎神が、あの程度のはずがないからだ。
「……アルフィンは完全に取り込まれていない?」
手加減をする理由がない。だとすれば、全力をだせない理由があるということだ。
フィーはその原因が、コアに取り込まれたアルフィンにあると考えた。
それに完全に取り込まれていないのなら――
「まだ救う手立てがある」
「ん……予想が外れていなければ、だけど」
憶測に過ぎないが、フィーの話を聞いて確信めいた予感をリーシャは感じていた。
確かに凄まじい強さだが、フィーに言われて思い起こしてみれば、これに似たことが出来そうな人物がリーシャの頭に思い浮かぶ。
もっとも、その人物からして人間とは思えないほど人間離れした力を有してはいるのだが、魔女の伝承で〈禁忌〉とまで語り継がれる存在が人と比べられる程度の力しか備えていないというのもおかしな話だった。
話が誇張して伝わったという可能性もあるが、それはないだろう。
二百五十年前より帝国で語り継がれる獅子戦役の英雄。目の前の騎神を封じたとされる人物をリーシャは知っている。
鉄騎隊と呼ばれる一騎当千の勇士たちを率い、若き日のドライケルス大帝と共に内戦を終結へと導いた救国の聖女――またの名を槍の聖女、リアンヌ・サンドロット。いまは名を変えているようだが、彼女とリーシャは武器を交えたことがあった。
思い出すだけでも背筋が震えるほどの圧倒的な力。リィンでも恐らく彼女には勝てないだろうとリーシャは思う。その彼女が死闘の末に、ドライケルス大帝と共に封じたとされるのが目の前の騎神だ。
「なら、助けないと……」
しかし、どうやってという問題もあった。
幾ら想像していたのより弱いとは言っても、人の介入できる戦いではない。それこそ、人外に片足を突っ込んでいるような最強クラスの使い手でなければ、あの戦いに生身で割って入るのは難しいだろう。リーシャも腕に自信はあるが、それはあくまで達人と呼ばれる常識の範囲でだ。
「無理はしない方がいい。傷、治りきってないんでしょ?」
「……気付かれていましたか」
フィーの指摘通り、ノルド高原で負った傷がまだ完治していなかった。
そこ加えて先程の戦闘だ。治りかけていた傷口が開き、服にはじわりと血が滲んでいた。
無理をすれば、命に関わりかねない。実際、体力を大きく消耗している現在では、戦闘の余波に耐えるだけでも精一杯と言った有様だった。
「大丈夫。最悪、リィンがなんとかしてくれる」
クロウも頑張ってはいるが、彼一人ではアルフィンを救うことは疎か、テスタ・ロッサを倒すことは難しいだろう。だが、リィンなら絶望的な状況でもどうにかしてくれるという信頼と期待がフィーのなかにはあった。
「それに、常識の通用しない怪物なら、もう一人いるから――」
若干、表情に悔しさを滲ませながら、そう話すフィー。
次の瞬間、風を斬り裂く閃光が迸った。
「シャーリィ・オルランド!?」
騎神同士の戦いに割って入った赤髪の少女に瞠目し、リーシャはその名を叫ぶ。
いまの段階では、まだ彼女≠ノ実力で敵わないことをフィーは理解していた。
リィンを除けば、この場にいる人間のなかで最強の実力者と言っていい。
それだけに悔しくもあるが、同じくらいに信頼もしていた。団長(ルトガー・クラウゼル)と互角の戦いをした闘神バルデル・オルランドと同族の血を引くシャーリィが、あの程度でやられるはずがないと。
「おいおい、マジかよ!?」
二体の騎神の拮抗を破ったのは、シャーリィの一撃だった。
生身の人間が騎神の戦いに介入するどころか、一瞬とはいえ怯ませるなんて冗談としか思えない。
しかし、これは好機だとクロウは考えた。
シャーリィがテスタ・ロッサの相手をしている間に、クロウは武器にマナを込める。
「紛い物≠セからって本物≠ノ敵わない道理なんてないよね?」
目の前の騎神と同じ名を宿す武器。身の丈ほどある巨大なチェーンソーライフルを、まるで手足のように振り回しながらシャーリィは笑う。狂気に身を委ね、心の底から戦いを愉しんでいた。
シャーリィにとって闘争とは、生きる意味そのものと言っていい。
感情を抑えるのが苦手で一人で突っ走ることが多く、団を率いるには向いていないが、オルランドの血を最も色濃く受け継いでいるのはシャーリィだと、彼女の父シグムント・オルランドは評していた。
その一方で、炎のような闘争心はシャーリィの強さの原動力と言えるものだが、同時に強すぎる炎は己が身も焼くことをシグムントは知っていた。
団長というのは強ければ務まるというものではない。当然、荒くれ者どもを認めさせるには実力も必要だが、それ以上に指揮官としての資質が問われる。一人で戦って死ぬのならそれでもいいが、団員の命を預かる以上、避けては通れない問題だ。
最小限の犠牲で最大限の戦果を上げる。それは時に戦士としての矜持や感情を捨て、団の存続を優先するということだ。そしてそれは自分に欠けているものだとシグムントは理解していた。
彼が闘神亡き後、団長を継承するのではなく『副団長』を名乗っているのもそのためだ。
だからこそ、シャーリィではなく兄の忘れ形見であるランドルフに団を継がせることに固執し、シャーリィがリィンの元に行くことにも反対をしなかったのだ。
だが、こと殺し合いの一点においては、シャーリィほど優れた資質を持つ者はいない。
まさに闘いの申し子。かくあるべく生まれてきた少女だと言えるだろう。
だからこそ、この結果は当然と言えた。
「障壁を破壊した!?」
騎神にも出来なかったことを、生身でやってのけたシャーリィに驚きを隠せないヴィータ。
しかし、どれだけ堅牢な障壁でも何れ限界は訪れる。闇雲に攻撃しているように見えて、シャーリィはオルディーネの一撃によって綻びが生じた箇所を集中的に狙って攻撃を繰り返していた。
初めてシャーリィの攻撃が通る。
「アハハハ! まだ、まだ! もっと、もっとシャーリィを楽しませてよ!」
無数の傷が、テスタ・ロッサの身体に広がっていく。
シャーリィが武器を震う度に、チェーンソーの刃が甲高い音を響かせ、火花を散らせる。
苦痛の雄叫びを上げながらも、テスタ・ロッサは空から光の矢を降らせた。その一方で、シャーリィは降り注ぐ光の矢を戦場を縦横無尽に走り回ることで回避する。だが、その数が多すぎた。
避けきれず、自身に迫る矢を切り払うシャーリィ。しかし、シャーリィのチェーンソーライフルは身体全体を使って振う武器だ。一撃の威力が高い分、どうしても隙が大きくなる。案の定、捌ききれなかった矢がシャーリィの目前へと迫る――だが、その矢がシャーリィに直撃することはなかった。
直前で間に割って入ったフィーとリーシャが切り払ったからだ。
「……油断大敵」
シャーリィの強さを認める一方で、彼女がリィンに敵わない理由。
それは戦いに意識を集中しすぎて、熱くなりすぎるところにあるとフィーは考えていた。
「リーシャ……どうして?」
「……わかりません。自然と身体が動いていました」
そんななかリーシャに嫌われていると思っていたシャーリィは、彼女が自分を助けたことに驚きを隠せなかった。
戸惑いを隠せない様子のシャーリィに、リーシャは溜め息を吐きながら告げる。
「確かに〈赤い星座〉がクロスベルであんな事件を起こさなければ、私の正体がイリアさんに知られることはなかった。でも、クロスベルを去ることを決めたのは、私自身です」
この世界のイリア・プラティエは原作のような大怪我を負っていない。
歴史が大きく変わったのは、シャーリィがリーシャと知り合う前にリィンと出会っていたことだろう。その結果、狂気を身に宿しながらもシャーリィ・オルランドは最後の一線を越えることはなかった。
それでもリーシャがクロスベルを去ったのは、あの街でリーシャ・マオ≠ェ築き上げた日常が壊れてしまうのが怖かったからだ。
大切な人を傷つけたくないから去ったと言うのは嘘。正体が知られ、そのことで周りの見る目が変わってしまうのを恐れた。イリア・プラティエを信じ切ることが出来なかった自分の弱さが招いた結果だと、リーシャは気付いていた。
シャーリィに責任がないとは言えないが、彼女だけを責めるのは間違いだろう。
「リーシャはほんと甘いよね。……でも、強い」
恨まれることには慣れているが、家族以外の人間に優しくされたのはリィンに続いて彼女で二人目だ。
ほんと調子が狂うな、と戦いの邪魔をされて若干不満そうにしながらも、いまので頭が冷えた様子でフィーとリーシャに「ありがと」と礼を言い、シャーリィは呼吸を整える。シグムントがいまのシャーリィを見れば、驚きに目を見開くだろう。
以前のシャーリィなら礼を口にするどころか、戦いの邪魔をされて怒り狂っていた可能性が高い。しかし成長しているのは、フィーやリーシャだけではなかった。
「で、勝てそう?」
「……悔しいけど、ちょっと無理っぽい」
フィーの問いに、決定打に欠けることをシャーリィは素直に認める。
だが、それは自分だけで戦えば無理というだけで、負けを認めたわけではなかった。
チラリと、テスタロッサのコアとオルディーネを交互に一瞥するシャーリィ。
それだけでフィーとリーシャも、シャーリィの考えを理解して頷く。
「クロウ・アームブラスト!」
シャーリィに突然、フルネームで呼ばれ、呆気に取られるクロウ。
だが、スクリーンに映し出されたシャーリィの顔を見て、彼女たちが何をしようとしているのか察したクロウは瞳に闘志を宿す。
「まったく、ヴィータといい……無茶ばかり要求しやがる」
オルディーネに残されたマナの残量から言って、成功する見込みは薄い。
だが、そういう分の悪い賭けがクロウは嫌いではなかった。
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