「はあ……」

 一人、カレイジャスの甲板で大きな溜め息を漏らすリーシャ。邪魔が入らなければ、リィンの誘いに応じていただろう。本音で言えば、リィンの誘いは嬉しかった。しかし、あの時は勢いで返事をしそうになったが正直なところ迷っていた。
 いつまでも、このままではいられない。そのことはわかっていても、そう簡単に割り切れるものではない。思い起こしてみれば、父から受け継いだ暗殺稼業や、イリアに誘われて始めた劇団のアーティストも中途半端に投げ出したまま終わっていたような気がする。自分で決めて始めたことのはずなのに、どうしてこうなのかとリーシャは自分に呆れ、また一つ大きな溜め息を漏らす。
 事情を考えれば、仕方のない部分はあったのかもしれない。それでも続けることが出来なかったのは、自分の心の弱さが原因だとリーシャはとっくに気付いていた。表の世界に憧れを抱きながらも、優しくされることを恐れていたのだ。

「何してんの? リーシャ」
「きゃッ!」

 頭の上から声を掛けられ、小さな悲鳴を上げて思わずリーシャは飛び退く。ふと顔を上げると、そこにはシャーリィがいた。
 こんな場所で何をしているのかと思えば、紙袋を手に何かを口にしていた。「リーシャも食べる?」と言われて、思わず一つ受け取ってしまうリーシャ。

「ハンバーガーですか?」
「うん」

 それは紙に包まれたトマトバーガーだった。恐らくは街で買ってきたのだろう。
 シャーリィに勧められて口にすると、瑞々しいトマトの酸味とハンバーグの肉汁が口の中に溢れる。
 パンもほんのりと甘くて、いままでリーシャが口にしたどのハンバーガーよりも美味しかった。

「美味しいでしょ。ここのトマトバーガーはシャーリィのオススメなんだ」
「そう言えば、帝国で活動されていたんですよね」
「そうだよ。猟兵にとって帝国は住みやすい国だしね」

 いろいろな意味を含んだ言葉に、リーシャは反応に困った様子を見せる。帝国は表向きは侵略戦争をしていないということになっているが、ギリアス・オズボーンが提唱してきた領土拡張政策は民衆の不安を煽り、時には経済的に軍事的に圧力を掛けることで、強引に周辺の国々や街を呑み込んでいくと言ったものだった。その結果、この国では小規模な内乱や衝突は至るところで起きていた。猟兵にとって住みやすい国というのは、ようするに争いが絶えない国でもあるということだ。
 ただ内情はリーシャの故郷であるカルバート共和国も然程変わらないので驚くような話でもなかった。大国であれば、何かしらの闇を抱えているものだ。そう言う意味ではリベール王国のように猟兵の運用を禁止してもやっていける国というのは平和な証拠とも言えた。とはいえ、そうしたことから二年前のリベールの異変に繋がったのだろうが、どちらにせよ帝国で猟兵の活動を禁止することは厳しい。正規軍や領邦軍だけでは、広大な帝国の問題にすべて対応するのは難しいからだ。

「リーシャ。ひょっとしてリィンに団に入るように誘われた?」
「え……ど、どうしてそれを!?」
「なんとなく? まあ、リーシャの実力なら猟兵でも十分やっていけそうだしね。個人的にはリーシャと殺し合うのも好きだけど一緒に戦ってみたいとも思うから、団に入るなら歓迎するよ」

 歓迎するはともかく殺し合うのが好きと言われて、リーシャは微妙な表情になる。
 しかし本当に迷いのない、シャーリィらしい言葉だとも思った。

「あなたはいつもそんな感じですね。いまの生活に不安を抱くことはないのですか?」
「んー。余り考えたことはないかな。物心ついた頃には戦場にいたし、それはリィンも同じだと思うよ」

 初めて実戦を経験したのは九歳の時だ。それからずっと戦場で暮らしてきたシャーリィにとって猟兵でいることは極自然なことだった。そのことに不安や疑問を抱くようなことはない。そしてそれはリィンも同じだとシャーリィは感じていた。
 いや、リィンだけではない。猟兵と暗殺者という違いはあれど、リーシャも同じような環境で生きてきたはずだ。だから、今更どうしてそんな質問をするのかと不思議に思い、シャーリィはリーシャに尋ねた。

「リーシャも物心ついた頃には訓練を受けてて、裏の世界に身を投じたんだよね?」
「……そうです」
「でも、それって悩むようなことなの?」

 シャーリィはリーシャが何を迷っているのか分からない。リィンに誘われて団に入ることを迷っていると言うのなら分かるが、どうにもリーシャは別のことで悩んでいるようにしか見えなかった。

「強くなれてよかったじゃない」

 シャーリィの身も蓋もない答えに、リーシャは目を丸くする。

「生まれとか、環境とか、そういうものは自分じゃどうにもならないんだし、ならそのなかで愉しいこと、やりたいことを見つけるしかないでしょ。リーシャは難しく考えすぎなんだよ。別に猟兵してたって、こうして美味しいものは食べられる」

 シャーリィはトマトバーガーを頬張りながら、リーシャの迷いをあっさりと両断する。しかし、そんなシャーリィの言葉をリーシャは否定できなかった。自分でも、とっくに気付いていたことだからだ。
 父より受け継いだ伝説の凶手としての顔も、劇団に所属するアーティストとしての顔も、結局は同じ自分でしかない。勝手に線引きをして勝手に迷っていた。そう、とっくに答えはでていたのに――

(だから、私はあの時……)

 リィンの誘いに返事をしようした時のことを思いだし、リーシャは頬を紅くする。
 迷っていたのではない。自分に言い訳をして、迷っているフリをしていたのだと気付かされたからだ。

「リーシャ。顔が紅いよ?」
「え……そ、そんなことはありませんよ」

 明らかに挙動不審なリーシャを見て、何かに気付いた様子でシャーリィはポンッと手を叩く。

「ああ、そういうこと。そっちでもリーシャがライバルになるなんて思わなかったけど、悩んでいたのはそういうことだったんだね」
「一人で納得しないでくださいッ!」

 もう言い訳が出来ないほど顔を真っ赤にして、リーシャはシャーリィに抗議する。
 多感な時期に男手一つで育てられ、〈銀〉としての修行を疎かには出来なかったこともあって年相応の生活はしてこなかった。当然、相談を出来る友達なんていない。男も父親以外で知り合いといえば、ロイドや劇団の関係者くらいで特に意識をしたことなど一度もなかった。
 それが災いしたのだろう。自分の気持ちを理解した今でも、リーシャは困惑を隠せない。
 だから気持ちを誤魔化すようにシャーリィに詰め寄り、言い訳をする。しかし、

 ――俺の家族になって欲しい。

 あの時の言葉が、リーシャの頭を過ぎった。
 そのことで余計に混乱するリーシャ。目をぐるぐると回しながら支離滅裂なことを口走る。

「ち、違いますからッ!」
「え? リーシャ?」
「そんなつもりじゃなかったんです! う……」
「う?」
「うわあああああん!」

 泣きながら走り去るリーシャの背中を、シャーリィは珍しく呆然とした表情で見送るのだった。


  ◆


 その頃、リィンはと言うとカレイジャスの一角にある執務室でオリヴァルトと会っていた。ヴィータにも依頼した仕事の件で、オリヴァルトにも相談することがあったからだ。
 話が一段落したところでリィンは「見せたいものがある」と言い、オリヴァルトを連れて格納庫へ向かう。
 そして丁度良い機会だと考え、リィンと並んで歩きながら、ずっと気になっていたことをオリヴァルトは尋ねた。

「そういえば、アルフィンとの契約。どんな条件を提示したんだい?」

 先日の一件からアルフィンの様子がおかしいことにオリヴァルトは気付いていた。何かあったのかと聞いても目を逸らし、話をはぐらかすアルフィンを不思議に思っていたのだ。
 ここ最近アルフィンの身にあったことで思いつくことと言えば、リィン絡みの問題しか考えられなかった。だから契約の時に交わしたという幾つかの条件が、アルフィンの様子がおかしい原因ではないかとまで当たりを付けたのだ。
 リィンには前科がある。法外な金銭を要求されていたとしても不思議ではない。そう考えたのだが――

「まずは金だな。船を貰ったところで維持していくには金が掛かるし、団を結成する以上はこれまでのようには行かないからな。やっぱり先立つものは必要だ。だから取り敢えず支度金として、これだけ要求した」
「うん……まあ、妥当だね」

 歩きながらポチポチと電卓を弾き、それをオリヴァルトに見せるリィン。決して安いとは言わないが、まだリィンの保有する戦力を考えると妥当と思える金額を見せられ、オリヴァルトは首を傾げる。少なくとも払えない金額ではない。アルフィンが頭を悩ませる理由にはならなかった。
 他にもアルフィンと契約の時に交わしたという条件を幾つか教えてもらうが、一般的に猟兵団と契約を交わす時の内容と差はほとんどなく、特に問題はないように思えた。唯一、問題があるとすれば軍からは独立した戦力として数えられ、どの命令系統にも属さないという点だろうか?
 あくまでアルフィンからの依頼というカタチでしかリィンは動かない。そういう意味では軍にとって扱いの難しい戦力と言えるだろう。しかし、リィンを他国に引き抜かれることを考えれば、まだ譲歩できる条件と言えた。

「鹵獲した〈騎神〉を自由にする許可を貰った」
「……は?」

 リィンの口から最後に爆弾が飛び出したことで、オリヴァルトは目を丸くして呆ける。
 そして格納庫に到着し、その一角でオリヴァルトの足がピタリと止まった。

「リィンくん。これは……」
「ああ、〈緋の騎神〉だな」
「いやいやいやいや! これがどうしてここにあるんだい!? まさか――」

 そこにあったのはリィンたちと一緒に行方知れずとなっていた〈緋の騎神〉だった。
 そしてタイミング良く現れる赤毛の少女、シャーリィ。リィンの姿を見つけて駆け寄ると、

「リィン! ちょっとリーシャのことで聞きたいことがあるんだけ……ど?」

 リィンに何かを尋ねようとして、シャーリィは人形のように固まったオリヴァルトを見つける。

「どうかしたの?」
「アルフィンから聞いてなかったみたいでな。お前が〈緋の騎神(こいつ)〉の起動者になったこと」

 シャーリィとリィンの話に、ピクリと反応するオリヴァルト。

「はは、まさか……冗談だよね?」
「いや、マジだ」

 その場に両手両膝をつき、この世の終わりのような顔をしてオリヴァルトは項垂れた。
 二体の騎神を所有する猟兵団。これだけでも頭の痛い問題だと言うのに、そのうちの一体はアルノール皇家が管理する〈緋の騎神〉だ。先の件を抜きにしても、リィンたちを帝国へ繋ぎ止めておく理由として十分過ぎた。
 こんなことが明るみになれば、また貴族たちが騒ぎだしかねない。いや、もう手後れと言ってもいいだろう。だからアルフィンは根回しのために、あれほど忙しそうにしていたのだとオリヴァルトは理解した。

「それでだ。実は、もう一つ相談があるんだが――」
「……まだ、何かあるのかい?」

 これ以上、何があるのかと言った様子で身構えながらオリヴァルトはリィンに尋ねる。

「帝国解放戦線の件だ」

 目を瞠るオリヴァルト。リィンが何を言わんとしているのかは彼も理解していた。

「そのことは、もう少し待って欲しいんだが……」

 正直なところ帝国解放戦線の扱いにはオリヴァルトも困っていた。
 交渉の結果、リィンが彼等の身柄を預かることになっているのはオリヴァルトも理解している。しかしアルフィンやセドリックが約束した恩赦があるとはいえ、彼等のテロ行為によって軍は被害を受けている。そのなかには先の列車砲を狙ったガレリア要塞襲撃事件も含まれており、少なくない兵士が犠牲となっていた。
 それを理由に裁判が長引いているのだ。いや、長引かせている貴族たちがいると言った方が正しい。その理由は単純で、帝国解放戦線を支援していたのがカイエン公だったためだ。そうなると帝国解放戦線はテロリストではなくカイエン公の私兵。貴族連合の下部組織という扱いになり、ただのテロ事件と片付けるには無理が出て来る。
 貴族連合に参加した貴族たちは彼等との関係を否定しているが、それを信じる者はいない。言ってみれば彼等は罪人であると同時に、貴族連合に加担した者たちの悪事を証明する証人でもあった。
 騎神の件も勿論、素直に引き渡せない理由にある。しかし貴族たちがリィンに彼等の身柄を引き渡すことを渋っている一番の理由がそれだった。

「リィンくん。一つ尋ねたいと思っていたことがあるんだが……」
「……なんだ?」
「事情はどうあれ、彼等の犯した罪は消えない。それをキミは背負えるのかい?」

 こんな言い方は卑怯だとわかっている。出来ることなら約束は守りたい。しかしオリヴァルトは立場的にリィンだけの味方をするわけにはいかなかった。動機はともかくとして裁判が長引いている事情、貴族たちの言い分にも一理はあるからだ。
 亡くなったのは兵士がほとんどだと言っても、その兵士にだって家族はいる。そうした人々の恨みは当然、帝国解放戦線のメンバーに向かうことになる。彼等を受け入れるということは、彼等と同じように悪意に晒されるということだ。
 オリヴァルトが何を言いたいのかはリィンも理解していた。しかし、その上でリィンは意味のない心配だと切り捨てる。

「質問を返すみたいだが、俺が恨みを買っていないと思ってるのか?」
「それは……」
「俺だけじゃない。フィーやシャーリィ。それにリーシャだって、帝国解放戦線(アイツら)以上に恨みを買い、恐れられてるが――それがなんだって言うんだ?」

 戦場で多くの人間を殺めてきたリィンやフィー、それにシャーリィは当たり前のことだが多くの恨みを買っている。リーシャもそうだ。〈銀〉の名を継いでから二年のこととはいえ、暗殺した要人の数は少なくない。それに比べればテロリストとは言っても、クロウたちのやろうとしたことはレジスタンスに近い。民間人を対象にした無差別な暴力行為はテロと呼べるが、帝国解放戦線が標的としたのは軍や政府の施設がほとんどだからだ。
 主に彼等が行っていたのは体制に対する非難だ。特にギリアス・オズボーンへの復讐が理由となっていることを考えると、その行動に正当性がないとはさすがに言えなかった。責任は彼等だけでなく、帝国政府にもあると言えるからだ。
 それにカイエン公が支援していたことや、先の内戦でも貴族連合の下で作戦に参加していたことを考えれば、彼等をただのテロリストという括りで考えるのはそもそもの間違いだ。なのに裁判でそのことに触れず不当な扱いを受けているのは、ようするに自分たちに向かうはずの悪意や責任を彼等に押しつけたい連中がいるというだけの話に過ぎなかった。
 そう考えれば金で雇われ、戦争をしている自分たちと、彼等の間にどれだけの差があるのかとリィンは考える。いや、むしろ恨みを買っているどうのという話をすれば、彼等よりも自分たちの方がずっと非難されるべき立場にいるとリィンは思っていた。それを承知の上で猟兵をしているのだから――

「なあ、オリヴァルト。帝国の置かれている状況や、お前の立場も分からないではない。だが――余り舐めた真似をするなよ?」
「――ッ!?」

 冷たい殺気を向けられ、思わずオリヴァルトは息を呑む。それが警告であることは明らかだった。

「言っておくが契約は絶対だ。それが例え、口約束に過ぎなかったとしても、アルフィンとセドリックがアルノールの名において約束したんだ。その意味が分からないとは言わせない」
「それは……」
「甘えるな。知り合いだから、少しは大目に見てもらえるとでも本気で思ったのか? 猟兵(オレ)帝国(おまえら)を結びつけているのはあくまで契約だ。報酬を出し渋るようなら、こっちにも考えがある。猟兵らしいやり方で白黒つけてやってもいいんだぜ?」

 自分のなかにあった甘さを指摘され、オリヴァルトは顔を青ざめながら項垂れる。そう心のどこかでリィンなら話せば、帝国の事情を考慮して譲ってくれるのではないかと考えていたのだ。しかしそれは間違いだった。
 アルフィンが契約に拘っていた理由を、オリヴァルトははっきりと理解する。アルフィンは猟兵とはどういうものか、リィンに頼るということがどういう意味を持つかをちゃんと理解していた。
 だからこそ、リィンも契約相手にオリヴァルトではなくアルフィンを選んだのだ。

「何も交渉しないと言っているわけじゃない。筋を通せって話だ。帝国(おまえら)はどう落とし前を付けるつもりなんだ?」

 リィンの言っていることは、オリヴァルトも分からないではなかった。ここでもしリィンに「そもそもの原因は帝国にあるんだろう?」と言われれば、オリヴァルトも否定することが出来なかったからだ。
 実際、体制が変わった現在でも、帝国解放戦線が貴族の支援を受けていたことなど、政府にとって都合の悪い情報は民衆には伏せられたままだ。これではハーメルの真実を伏せた当時と何も変わらない。都合良く利用して切り捨てた。そう言われても仕方のないことだとオリヴァルトは痛感していた。

「……分かった。彼等のことはキミに任せる。だが――」
「クロウはダメだって言いたいんだろ? わかってるさ」

 リィンがどうして彼等を引き取りたいと言いだしたかを考え、オリヴァルトは悲痛な面持ちでそれを了承する。しかしクロウの身柄まで預けるということは、〈灰〉と〈緋〉に加えて〈蒼〉の騎神もリィンの手元に加わるということだ。それは帝国としても見過ごせる話ではなかった。
 だからと言って、クロウだけをこのままと言う訳にはいかない。なんらかの対処は必要だ。そんな風に悩むオリヴァルトに、リィンは一つの提案をする。

「とはいえ、どうせ扱いに困ってたんだろ? なら、学院に復学させてやったらどうだ?」
「……は?」

 リィンが何を言っているのか分からず、オリヴァルトは呆けた表情を見せる。
 意外と鈍い奴だなと失礼なことを考えながら、リィンは話を続けた。

「お前が理事をしている士官学院なら監視の目も行き届きやすいだろ? それにトワたちがいる限りは、クロウもバカなことは出来ないはずだ。いっそ卒業後は軍にでも入れて、騎神を運用すればいいだろ」

 どちらにせよ無罪放免と行かないのであれば、罪を償わせる方向で話を詰めればいい。幸いと言っていいか分からないが、リィンの元に二体の騎神があることで、それもクロウを引き入れる理由の後押しになるとオリヴァルトは考える。問題があるとすれば、それをクロウが承諾するかどうかだ。

「しかし、彼がそれを承諾するかどうか……」
「心配しなくても受けるさ」
「どうして、そう言い切れるんだい?」

 ギリアスをあれほど憎んでいたクロウが、帝国のために働くとはオリヴァルトにはとても思えなかった。
 だから最初からその可能性を除外して、リィンの提案に思い至ることもなかったのだ。
 なのにリィンがどうしてクロウが承諾すると言い切れるのか、オリヴァルトにはその理由が分からない。

「学院にはアイツの帰りを待ち続けている連中がいる。また逃げれば次はどうなるか、分からないバカじゃないだろ」

 人は様々なものに影響を受けながら生きていく存在だ。逆に生きているだけでも様々なものに影響を与えていく。それこそが縁であり、縁は深まれば絆となる。そして一度、結ばれた絆は決して途切れることはない。リベールでの異変の際、カシウス・ブライトが義理の息子に贈った言葉だ。
 クロウは目的のために日常を切り捨てたつもりなのだろうが、一度結んだ絆がそう簡単に断ち切れるはずもない。ジョルジュやアンゼリカ、それにトワやVII組の皆――他にもクロウ・アームブラストという一人の生徒が存在した証は、現在もあの街に残っている。先の内戦でそのことがよく分かったはずだ。逃げたところで、目を背けたところで、過去をなかったことになど出来やしないのだから――

「……そういうことか。まさか猟兵のキミから、そんな言葉を聞くことになるとはね」
「余計なお世話だ。まあ、最近いろいろとあってな……」

 同じような悩みを抱えているはクロウだけではない。それは自分自身に向けた言葉でもあった。



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