アルフィンだけでなくアリサとも知り合えたのは、エリィにとって幸運な出来事だった。
帝国に渡ったエリィは知人の協力を得て、先の内戦について調査を行っていた。その過程でロイドが気にしていた騎神のことを知り、起動者の情報を探っていたのだ。しかし騎神については目撃情報はあるものの軍の情報規制が厳しく、起動者に関しては思うように情報が集まらず調査は難航していた。そんな時だった。〈暁の旅団〉と名乗る猟兵団のニュースが飛び込んできたのは――
しかも、何も告げずにクロスベルからいなくなって心配をしていたリーシャが、帝国で猟兵になっていると知った時にはエリィは驚きから言葉を失った。そこでどうにかリィンに会えないかと手を尽くしていた、その時。エリィに手を差し伸べたのが、ヴァンダイク学院長だったと言う訳だ。
実のところ学院長とは、帝国へ留学していた頃からエリィは面識があった。ただ現在では一線を退いているとはいえ、学院長が『名誉元帥』の称号を持つ帝国軍人であることに変わりはない。それだけに軍が秘匿している情報を明かすことは出来ないとして、その権限を持った人物を紹介してもらったと言う訳だ。
アルフィン・ライゼ・アルノール。〈暁の旅団〉と契約を結んだという帝国の皇女を――
結論から言えば、すぐに会わせることは出来ないとの返答だった。
リィンと相談をしてどうするか返事をさせて欲しいとアルフィンに言われ、エリィはそれを了承した。
「確約は得られなかったけど……大きな前進よね」
学院を後にしたエリィは、宿を目指して薄暗い道を一人歩いていた。
確約は得られなかったとはいえ、アルフィンやアリサと知り合えたことはエリィにとって大きな意味があった。そしてもう一人、アルフィンと一緒にいたフードを被った少女の姿がエリィの頭を過ぎる。一切、会話に入って来なかったため、言葉をほとんど交わすこともなく別れてしまったが、どことなく知り合いの少女に似た雰囲気を持つ彼女のことがエリィは気になっていた。
確か名前はアルティナと言ったはずだ。別れ際にエリィが名前を尋ねると、彼女はそう答えてくれた。
「彼女、何者だったのかしら? 学院の生徒ではなさそうだし……」
学院の生徒と言った風ではなかった。なら、アルフィンのメイドかと考えるが、それも少し違うように思える。さすがに護衛という発想には思い至らず、アリサかアルフィンの個人的な友人とエリィは考えることにした。
また機会があれば彼女とも話してみたいと思いながら夜道を歩いていた、その時だった。路地裏から怪しい人影が姿を見せる。
数は六。身体には黒い装甲鎧を纏い、兜で目元を覆い隠し、手にはブレードライフルを所持していた。一見すると、どこかの猟兵のように見える。
(まさか、クロスベルからの追手?)
隙を窺うエリィに銃口を向け、猟兵と思しき男たちはじりじりと距離を詰める。
万事休すかと思われた、その時。若い青年の声が響いた。
「目を瞑れッ!」
声に驚き周囲を警戒する猟兵たちの足下に転がる小さな鉄の塊。それは閃光弾だった。
辺り一帯が真っ白な光に包まれる。それを好機と捉え、声に従って目を瞑っていたエリィは建物の陰に向かって走った。
だが、鳴り響く銃声。地面に転がることで銃弾を回避しながらエリィは建物の陰に滑り込む。
そして太股に隠し持っていた導力銃を抜き、エリィは猟兵たちに向かって発砲した。
「やるじゃねえか」
エリィの素人離れした動きに感心しながら声の主は、猟兵たちに向かって駆け出す。
一瞬の隙を突いて距離を詰めると右足を軸に、手に持った双刃剣を身体を回転させるように振り抜いた。
竜巻のような衝撃波が襲いかかり、一瞬にして猟兵たちを吹き飛ばす。その一瞬の攻防に驚き、呆気に取られるエリィ。
「凄い……」
月明かりに照らし出され、若者の姿がはっきりとエリィの目に映る。
助けに入った人影の正体は、身の丈ほどある大きなダブルセイバーを手にしたバンダナの青年だった。
見覚えのある制服を身に纏っていることから、恐らくは士官学院の生徒だとエリィは判断する。
「お前等、何者だ? その装備、猟兵か?」
バンダナの青年――クロウは目の前の猟兵たちを睨み付けながら尋ねる。
しかし、猟兵たちは無言で武器を構えるだけで何も答えない。張り詰めた空気が場を支配する。
「クロウくん!」
その沈黙を破ったのは、懐中電灯と思しき眩い光とクロウの名を呼ぶ少女の声だった。
寝静まっていた住民が目を覚ましたのだろう。辺りが騒がしくなったことで、ようやく猟兵たちは動きを見せる。
一人が人間離れした跳躍力で屋根の上に跳び上がると、他の男たちも闇夜に溶け込むように退散していった。
遠ざかっていく気配を確認してクロウも警戒を解き、自分の名を呼ぶ声の方へと振り返る。
すると学院の方から手を振りながら走り寄ってくる一人の少女の姿があった。トワだ。
「大丈夫だった? もう急に駆けだして行くから心配したんだからッ!」
「ああ……悪いな。妙な気配を感じたもんだから、つい……」
トワが機転を利かせて、さっきの連中を追い払ってくれたのだと察したクロウは感謝しながら建物の陰に身を隠すエリィに視線を向ける。
そして観念した様子でエリィは銃を下ろし、路地裏から姿を見せた。
「助かりました。エリィです。えっと、あなたたちは士官学院の学生さんですよね?」
「ああ、二年のクロウ・アームブラストだ」
「同じくトールズ士官学院二年、トワ・ハーシェルです。と言っても、今日で学院生活も終わりなんだけど……あっ、クロウくんは留年したんだっけ?」
「留年じゃねえ! 俺の場合は仕方なくだ!」
「でも、トマス教官が単位が足りてないって……」
目の前の気の抜けたやり取りに、エリィは少し緊張を解く。
こうして見ていると普通の学生にしか見えない。先程まで猟兵たちを圧倒していた青年と同一人物には見えなかった。
「フフッ、二人とも仲が良いのね」
エリィの笑い声に、少しムッとした表情を見せるクロウ。とはいえ、トワと一緒だと調子が狂うのはクロウも認めるところだった。
とっくに後戻りなんて出来ないと思っていた。なのにこうしていると、こんな日常も悪くないと思えてしまう。
死んでいった仲間たちに申し訳なく思う一方で、クロウはトワを悲しませずに済んだことをリィンに感謝していた。
そんなことを考えながら、クロウは先程から気になっていたことをエリィに尋ねる。
「それで、なんで襲われてたんだ? 心当たりはあるのか?」
「それは……」
どう答えたものかとエリィは迷う。事情を話せば彼等も巻き込んでしまう。何より自身の素性を知られることをエリィは躊躇っていた。
誰もが事情を話せば理解してくれるわけではない。クロスベルと帝国を結ぶ鉄道は封鎖され、先のクロスベルの声明以降、一触即発の状態が現在も続いている。そんな情勢下で素性を知られれば、エリィの立場から言って帝国では非難の対象ともなりかねない。二人にマクダエルの姓を名乗らなかったのは、それが理由だ。
クロウの質問に答えにくそうにするエリィを見て、トワはクロウの頭を叩く。
「クロウくん、そんな風に睨まないの!」
「痛っ! 何しやがるトワ!?」
「ごめんなさい。見た目はこんなで目つきは悪いけど、根は良い子だから許してあげてください」
そんなトワとクロウのやり取りに呆気に取られ、エリィは苦笑した。
◆
その頃、ルーレに帰還したリィンは仕事の報告をするため、カレイジャスのブリッジでアルフィンと連絡を取っていた。
しかし報告を終えたところでアルフィンからも相談があると言われ、リィンは話の内容に驚いた様子で聞き返した。
「いま、なんて言った?」
『ですから、リィンさんに会いたいと仰っている方がいると……』
「いや、だからそいつの名前だ」
『エリィ・マクダエルさんですが、ご存じなのですか?』
ご存じも何もクレアから相談を受けたばかりだ。知らないはずがない。
(まさか、ここでその名前が出て来るとはな……)
まさかアルフィンの口からその名を聞くと思っていなかったリィンは動揺を見せる。こうなってくると関わらないという選択肢はほぼないように思えた。
タイミング的に考えても、クレアは今日アルフィンがエリィと会うことを知っていたと思っていいだろう。断れないとわかっていて相談してきたということだ。
手の平の上で転がされているような気がして余り気分はよくないが、良い機会かとリィンは考えることにした。ランディとは話したが、他のメンバーとも一度会っておきたいと思っていたのだ。
特にエリィ・マクダエルは、リィンが密かに進めている計画に欠かせない存在と言っていい。可能であれば、仲間に引き込んでおきたかった。
『どうされますか?』
「時間と場所のセッティングは任せる。手配してくれ」
『はあ……』
「どうした? 溜め息なんて吐いて。もしかして、まだ死んだ貴族どものことを気にしてるのか?」
報告の時は何も言われなかったが、アルフィンが死んだ貴族のことを気にしていることはリィンも察していた。
『気にしていないと言えば嘘になりますが、あれはわたくしが命じたことです。その責任は、わたくしにあります』
依頼したのはアルフィンだ。元より彼女はリィンならどうするかを承知の上で、あのような依頼をだしていた。殺されることがわかっていて黙認をしたということだ。
なら、その責任は自分にあるとアルフィンは考える。しかし、そのことは既に覚悟を決めていたことだ。
猟兵と契約を結ぶということがどういうことかを理解した上で、アルフィンはリィンにだけ泥を被せるつもりはなかった。
『リィンさん。何か隠していますよね?』
「……そんなことはないぞ?」
『例えば、前に話してくださった未来の知識のこととか』
リィンは何も答えない。クレアを庇うつもりはないが、エリィのことを知っていたのは事実なので否定はしなかった。
『エリィさんをご存じだったのは、そういうことですか』
「あのな。別に隠してたわけじゃなくて……」
『ええ、わかっています。リィンさんが秘密主義なのは、いまに始まったことではありませんから』
「全然わかってないよな。それ……」
アルフィンの棘のある物言いに、リィンは結構怒ってるなと判断する。
とはいえ、その原因は自分にあると自覚しているだけに反論できなかった。
『時期がくれば、話して頂けるんですよね?』
「ああ、折を見て話すつもりだ。その前に少し確かめておきたいことがあってな」
『わかりました。その言葉を信じます』
これも嘘ではなかった。だが、まだその時期ではないとリィンは考えていた。
猟兵団の結成は以前から考えていたことだが、これでようやくスタートラインに立てたに過ぎない。現在の帝国やクロスベルを取り巻く問題は、自分一人の力では解決できないとリィンは考え、その先を見据えて行動を開始していた。
いまはその準備期間と言ったところだ。だから元より折を見て話すつもりではいた。
『リィンさん。わたくしにすべてを打ち明けて欲しいとは言いません。でも、どうかエリゼを――あの子を悲しませないであげてください』
――のだが、アルフィンの言葉に決心が鈍りそうになる。
アルフィンとの通信が切れると、リィンはドッと疲れた様子で背もたれに身体を預けた。
既に前科があるだけに最後のアルフィンの言葉は堪えた。
どうにもエリゼの名前をだされると弱いらしい、とリィンは自分のことながら考える。
「リィンの負けだね」
「……聞いてたのか?」
「ん……正確には聞こえてきた?」
こっそりとブリッジに潜入しておいて、それはないだろうとリィンは思う。
とはいえ、フィーを責めることは出来なかった。先程のは自分が悪いと自覚しているからだ。
「これ、ゼノからの手紙。ルーレで何をしてるのかと思ったら、アリサのお母さんに頼んで連絡を取ってたんだね」
一通の手紙を渡され、リィンはそういうことかとフィーがここにいる理由を納得する。記者会見の準備を進めるのと並行して、イリーナにゼノ宛の手紙を届けてくれるように頼んでおいたのだ。
帝都での決戦を最後にゼノとレオニダスは姿を消した。彼等は猟兵だ。役目を終えれば、次の戦場へと向かう。寂しくないと言えば嘘になるが、あの日〈西風の旅団〉を抜けた時点で覚悟はしていた。次に会うときは敵か味方か分からないが、もし戦場で敵として再会すれば、その時は猟兵の流儀で相手をするだけの話だ。
しかし以前にイリーナと仕事の契約を結んでいるという話を聞いていたことから、何らかの連絡手段をイリーナが持っているものとリィンは思い、彼女と取り引きしたのだ。そして、それは当たりだった。
「何が書いてあるの?」
「フィーと家族を作ったって書いて送ったら、呪いの手紙を送ってきやがった」
近況報告にと、フィーと家族(猟兵団)を作ったことをリィンは書いて送ったのだが、その所為か怒りに震えるような筆跡で手紙には恨み辛みが綴られていた。
要約すると『次に戦場で会ったら覚えてろ』ということらしい。それを見て、今度は本気の殺し合いになりそうだなと思いながらリィンは手紙を捲る。
そして、こちらはレオニダスの筆跡だろう。そこにはリィンが知りたかった本題について書かれていた。
「リィン。これって……」
「ああ、四年前の事件について書かれてある」
手紙をだしてまでゼノやレオニダスに聞こうとしたのは四年前の事件についてだった。
四年前、〈西風の旅団〉は帝国政府からの依頼である任務についていた。そこに教団が関係していることはリィンも察していたが、詳しい話は何一つ知らなかった。いや、正確には尋ねようとしなかったというのが正しい。暴走してフィーを殺しそうになった出来事が切っ掛けとなり、リィンは同じ過ちを繰り返さないために力の制御に邁進するようになった。そうすることで事件のことを心の何処かで遠ざけていたのだ。
「お陰で敵の狙いが読めてきた」
しかし、その過ちに並行世界のエリゼのお陰で気付くことが出来た。だからもう一度、原点から自分を見つめ直すことをリィンは決意したのだ。
そうしてゼノに宛てた手紙が返ってきたことで、リィンはようやく欠けていたピースが埋まったことを実感する。四年前の事件で、教団のロッジにいた関係者は全員が殺されていた。ならば、あの日あの場所にいた探求者とは何者だったのか? その答えは手紙と一緒に同封されていた写真にあった。それはロッジの資料を押収した際に見つかった一枚の写真。液体が満たされたシリンダーの中に浮かぶ人影。その顔をリィンが見忘れるはずがなかった。
「同情する気はないが……アイツも犠牲者だったんだな」
最初からシーカーなんて人間は存在しなかった。彼は元より普通の人間ではなかったのだから――
彼が本当に知りたかったのは真理≠ネどではなく自分のことだった。真理を得ようと必死に足掻いていたのは、存在の証が欲しかったからだ。
そう彼は、キーアと同じクロイス家の妄執が生んだ錬金術の産物、人造人間だった。
恐らくはキーアを誕生させる過程で生まれた失敗作。それがシーカーの正体だったのだろう。
「フィー。俺に未来の記憶があることは前に話したよな」
唐突なリィンの問いに少し驚きながらも、フィーは素直に頷く。
「そして、ここからが本題だが、エマもそのことを知っている」
「……話したの?」
「いや、俺は話してない。なんで知っているかは、本人に聞くのが早いだろう。なあ、エマ」
フィーは驚いた様子で、リィンが声を掛けた方角に視線を向ける。すると、何もない空間から白いローブをまとったエマが姿を現した。
右手には以前に使っていた姿と気配を隠すアーティファクトの腕輪が嵌められていた。
勘の鋭いフィーが気付かなかったくらいだ。今回は自信があったのだろう。
リィンに気付かれるとは思っていなかった様子で、エマはほんの少し不満げな表情を浮かべていた。
「……これで気付かれるのは二度目ですね」
「さすがに慣れたからな。アリサから隠れるのにも、それ使ってただろ」
そこまでバレているとは思っていなかったのか、心底驚いた様子を見せるエマ。
というのも、並行世界でコツを掴んだこともあってか、以前にも増して異能に対する感覚がリィンは鋭くなっていた。
「で? 姿を見せたってことは、そろそろ話してくれる気になったってことでいいんだよな?」
そんなリィンの問いに、エマは無言で頷いて返す。
本来であれば、もっと早くに伝えておくべきことだった。しかし覚悟が決まらなかったのは、自分の弱さが原因だとエマは気付いていた。
アリサの件にせよ、逃げてばかりでは解決のしない問題だ。嫌われることを恐れていては、一歩も前に進めない。
そう考え、エマは大きく深呼吸をすると、覚悟を決めた様子で話を始めた。
「私には未来の知識があります。それはリィンさん。四年前にあなたの記憶を覗き見たからです」
俄には信じがたい話だ。しかし前世の知識から、グノーシスの効用をよく知っているリィンには逆に納得の行く話だった。
実際、グノーシスの研究者にしてクロスベルで一年ほど前に起きた集団催眠事件の容疑者とされるヨアヒム・ギュンターは、他人の記憶を盗み見るばかりか、過去や未来すら見通せる力を有していたと言う話だ。
教団に捕まり、被験者の一人となっていたエマに、そうした力の一部が発現していたとしても不思議な話ではない。
「やはり、お気づきだったのですね」
「薄々とな。俺とエマの接点は四年前のあの日しかない。なら、可能性の一つとして考えていた」
「……責めないのですか?」
「どうしてだ? まあ、他人に記憶を見られて良い気分はしないが、望んでやったわけじゃないんだろ?」
あっさりとしたリィンの反応に、エマはキョトンとした表情を見せる。
もっと責められると思っていたのだ。最悪、気持ち悪がられるか、嫌われても仕方がないと考えていた。
なのに――
「もしかして、そんなことで悩んでたのか?」
「そんなこと? これでも、私は真剣に――」
「俺からすれば、そんなことだ。お前等、姉妹は難しく考えすぎなんだよ」
エマが何を悩んでいたかを察して、リィンはやれやれと言った様子で溜め息を漏らす。
確かに記憶を見られて良い気分はしないが、そのことでエマを嫌いになるかと言えば話は別だ。
ましてや、エマが望んでそのようなことをする性格には到底見えない。だとすれば、事故と考えるのが自然だろう。
「この話は終わりだ。そもそも俺はなんとも思ってない。それで十分だろ?」
まだ少し納得の行っていない様子だが、記憶を見られた本人が問題ないと言っていることを蒸し返すのは自己満足でしかない。
そのことはエマもわかっているのだろう。その様子からアリサたちを避けていた理由も何となく察するが、リィンからすれば余計な心配としか思えなかった。
大凡、予想通りと言った話ではあったが、エマの口から事情も聞けたところでリィンは話を戻す。
「まあ、聞いての通りだ」
「……もしかして、リィンはあの男≠焜Gマと同じように記憶を覗き見ていたと言いたいの?」
「可能性はあるが、問題はそっちじゃない。高い感応力は、記憶の共有が出来るという点だ」
フィーの言うようにシーカーが記憶を盗み見ていた可能性はゼロではないが、リィンの考えていることは別にあった。
ようは高い感応力は、他者と記憶を共有することが可能ということだ。恐らくはアルティナやミリアムが人形兵器と意思を通わせることが出来るのも、こうした感応力の研究を応用したものなのだと考えられる。そもそも騎神と起動者も感応力によって繋がっていると言えなくもない。実際、念話のようなことは可能だ。そのことから考えられる可能性は一つ――
「マリアベルは四年前のことを知っている」
ずっと感じていた違和感の正体については、エマの話である程度の説明は付いた。しかしエマだけでは説明の付かない点もあった。
少なくともエマの行動とは別に、第三者の介入があったことは確かだ。そして、その第三者はギリアスと通じている可能性が高いとリィンは考えていた。
しかしエマは結社との関わりはあるが、ギリアス・オズボーンとは通じていなかった。ならば、容疑者は絞られる。
――マリアベル・クロイス。リィンは彼女が一連の出来事の黒幕だと考えていた。
少なくともマリアベルがギリアスと以前から通じていたことは、クロスベルの一件からも明らかだ。それに教団を裏から操り、キーアを生み出したクロイス家の錬金術師である彼女以上に人造人間に詳しい人物はいない。ならば、四年前の事件の背後にクロイス家がいたと考えるのは自然なことだ。詳しい手段までは分からないが、四年前の異変についてはマリアベルにすべて知られていると思っていいだろうとリィンは考えていた。
「それじゃあ、敵の狙いって……」
「キーアじゃない。俺だ。正確には俺の力を狙っていると言った方が正しいのかもな」
このことに気付けたのは〈碧き虚なる神〉の話を聞いていたからだ。
リィンの知る未来と違っているのは当然だ。四年前のあの日から歴史は大きく狂い始めたのだから――
最初はアルフィンやセドリックが狙いかと思っていたが、すべての流れがリィンを内戦に関わらせ、力を使わせるために用意された舞台だったのだとすれば理解が行く。マリアベルの計画通りに話が進んでいるのだと仮定すれば、こうしてリィンが力を自在に使えるようになったことも思惑の内と考えていいだろう。最初からマリアベルの狙いは〈王者の法〉を完成させることにあったのだとリィンは推察した。
恐らくは、その計画にギリアスも加担しているのだろう。いや、目的のためにギリアスが計画を利用している可能性をリィンは考える。
「……どうするの?」
「どうするも何もやることは変わらないだろ?」
例え狙われているのが自分だとわかっても、為すべきことは変わらないとリィンはフィーの問いに答える。
喧嘩を売られたことに違いはない。ならば猟兵として、その喧嘩を買うだけの話だ。
「後悔させてやるさ。喧嘩を売る相手を間違えたってな」
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