「リィンさんって不埒な人だったんですねっ!」
「……それ、アルティナの受け売りだろ?」
アルフィンに変態扱いされ、うんざりした表情で肩を落とすリィン。
とはいえ、心の底から縋るような眼をエリィに向けられた時は、何とも言えない背徳感を覚えたくらいだ。
自分でも少しやり過ぎてしまった自覚はあるので、余り強くは反論できなかった。
「ですが、何故あのような真似を?」
「その答えはすぐに分かる」
アルフィンがリィンに頼まれたのは、何があっても黙って見ていて欲しいと言ったものだった。
それだけにリィンが何故あんな真似をしたのか気になっていたのだ。
「――って噂をすればだな。意外と早かったな」
銃声と爆発音のようなものが建物に響く。
パラパラと埃の舞う天井を見上げるアルフィン。
状況から察するに、外で何かが起きていることだけは察することが出来た。
「リィンさん、これは?」
「心配しなくても、すぐ終わる。蜜に誘われてアリが寄ってきただけだ」
その何とも言えない例えに、アルフィンは微妙な表情を見せる。ようするに何者かが罠に掛かったのだと理解した。
「念のため尋ねるが、今日ここで会談があることを知っている者は?」
「わたくし以外となるとクレア大尉だけです」
アルフィンの話に納得しながら、リィンはシャーリィとフィーの二人に指示を出す。
「シャーリィ、フィー。ここはいいからヴァルカンたちの応援を頼む」
「ん……了解」
「全員、殺しちゃっていいの?」
「無駄だとは思うが、裏を取りたいから一人か二人、生かしといてくれ」
それだけを聞くと、フィーとシャーリィは窓から外に飛び出していった。
あらかじめ寮の外にはヴァルカンやスカーレットたちを配置していた。勿論、襲撃者への備えにだ。
最初から狙われることは予想していた。元よりエリィとの会談は、このための囮でもあったからだ。
「さてと、アルティナ」
「……はい?」
「もう一度だけ尋ねる。お前は俺の敵か? それとも――」
こんな時に何故そんな質問をするのか、アルティナには理解できない。
しかし、それでもリィンが意味もなく尋ねているわけではないことくらいはアルティナにも理解できた。
「私は……」
だから真剣に考える。アルティナにリィンと敵対する意思はない。しかし――
命令されるまま、流されるままに生きてきた。そしてそれが当然のことだとアルティナは思っていた。自分は道具なのだから、と――
なのにリィンは人形は感情を持たないと言った。そのことがアルティナを迷わせていた。
アルフィンの誘拐を指示された時に感じた嫌な何か。アルティナは胸の奥に残る不快な感情の正体を理解できないでいた。
そんなアルティナを見て、リィンは僅かに逡巡すると腰の武器を抜く。
「そうか。なら――」
「リィンさん!?」
答えのだせないアルティナに向かって、リィンは武器を一気に振り下ろした。
しかし、
「……クラウ=ソラス?」
呆然とした表情で、ポツリと呟くアルティナ。リィンの一撃がアルティナに直撃することはなかった。
咄嗟に前にでた〈クラウ=ソラス〉がアルティナの代わりに攻撃を身体に受け、寮の外に弾き飛ばされたからだ。
「エマ。頼む」
「はい」
何が起きたのか分からず呆然とするアルティナに、リィンの指示を受けたエマが魔術を施す。
淡い光に包まれフラフラと身体を揺さぶると、アルティナはエマの胸に身体を預けた。
まだ意識はあるようだが、半分夢を見ているといった状態が正しいだろう。それと同時に〈クラウ=ソラス〉も完全に動きを停止した。
「どういうことか、説明してくださいますよね?」
腰に手を当て、ズズッとリィンに詰め寄るアルフィン。
一切の説明もなく目の前でこのような真似をされれば、疑問が湧くのは当然のことだった。
しかし、そんなアルフィンの質問は予想していたようで、リィンはあらかじめ用意してあった答えを口にする。
「アルティナは錬金術によって生み出された人造人間だ」
「……ホムンクルス?」
「そうだ。人工的に生み出されたヒトのようなものだと思えばいい。そして自分の意思と関係なく情報を流すように仕掛けがされていた。感応力を利用した暗示がな」
アルティナは〈クラウ=ソラス〉と感応力によって意思疎通を行っている。一般的に〈念話〉と呼ばれる能力だが、上手く使えば遠く離れた相手とも会話の出来る便利な能力だ。実際、リィンもヴァリマールとなら契約のラインを通して念話の真似事をすることが出来た。勿論、魔術を用いればエマにも同じことが可能だ。
そして高い感応力を用いれば会話だけでなく記憶や思考を共有することも出来る。エマも特定の条件を満たせば、相手の記憶や思考を読み取ることが可能だ。リィンの記憶を読んだことやルトガーや先代〈銀〉の影を生み出した魔術も、その能力を応用したものだった。
そのことから、特別な調整を施しさえすれば常時アルティナの行動を監視することも可能なのでは? とリィンは考えたのだ。そしてエマに尋ねたところ、魔術的な暗示を用いれば不可能ではないという結論に達した。マリアベルは、そうして四年前の異変について知ることが出来たのだろう。シーカーは教団を監視・管理するための駒でもあったということだ。
そして、それはアルティナを介して話を見聞きしていた者がいるという証明でもあった。それこそリィンが感じていた違和感の正体だった。
最初に〈クラウ=ソラス〉を排除したのは、エマがアルティナに感応力を抑制する暗示を上書きするのを邪魔されないようにするためだ。
そんな話をリィンから聞かされ、アルフィンは当然の疑問を口にする。
「いつから、そのことに気付いていたのですか?」
「ユミルで再会した時からだ。もっとも確信したのはアルフィンと会った直後に、エリィが襲われたという話を聞いた時だがな」
最初はただの勘だった。しかしエリィの一件は偶然とするにはタイミングが良すぎた。アルフィンは学院長から内密に紹介したい人物がいると言われて、お忍びで学院を訪ねていた。そのことからも内部の人間でなければ、あそこにアルフィンとエリィがいることは知り得ない情報だった。だとするなら容疑者は絞られてくる。そこでエリィの相談を受ける振りをして、敵を待ち構えることにしたのだ。
恐らくはクレアも気付いていたはずだ。だからリィンに護衛を依頼をして監視の目を緩めた。敵を誘い寄せるために――
そしてクレアが察していたことをアルフィンが知らなかったとは、リィンには思えなかった。
「薄々気付いていたんだろ? だからアルティナを手元に置き、様子を見ていた。違うか?」
「……やはり、お見通しでしたか」
アルフィンは素直に認める。アルティナに情報が漏れていると考えて行動をすれば、逆に罠に嵌めることも出来る。最初からアルティナの背後にいる敵の尻尾を掴むために、泳がていたのだとリィンは察した。貴族の件でも思ったことだが、やはりアルフィンは変わったように思える。あの内戦が与えた影響か、以前と比べれば迷いがなくなった。一皮剥けたと言ってもいいだろう。
優しさだけでは為政者は務まらない。時には厳しさも必要だ。いまのアルフィンには非情な決断を下せる覚悟が伴っていた。
「では、先程のやり取りは?」
「敵の尻尾を掴むための演技。とはいえ、半分は本気だったがな」
今度はリィンがアルフィンの問いに答える。
最初から交渉をするつもりがなかったわけではない。ただ、アルティナに余計な情報を与えないために言葉を誘導しただけだ。
少し興が乗り過ぎたことはリィンも認めるが、本気で会談に臨んでいるということを見せる必要があったため、エリィには悪いと思うが必要なことだった。
それにエリィの身柄を押さえておきたかったという思惑もある。今後の計画に彼女は必要な存在だからだ。
「そういうことですか……リィンさん。アルティナのことですが……」
「手口はわかっているからな。エマが魔術で抑えてくれてるから当面は問題ない。ただ……」
アルフィンがアルティナのことを気に掛けているのはわかっていた。何とも思っていないのであれば、こんな手間を掛けずとも処分してしまうのが手っ取り早い。そうしなかったのは、アルフィンの甘さであり優しさだ。以前に比べれば非情な決断を下せるようになったとは言っても、やはり根っ子の部分は変わってないのだろう。しかし、それがアルフィンらしさであり、あらゆるものを目的のために切り捨ててきたギリアスとは大きく違う点だとリィンは考えていた。
その上でリィンは処置が終わり、ようやく意識を取り戻したアルティナに尋ねた。
「事情は理解しているな」
「……はい。やはり私は人形≠セったんですね」
すべてを悟った様子でアルティナは俯きながら答える。彼女からは抵抗する意思が感じ取れなかった。
哀れな少女だとはリィンも思う。しかし、そうあることを望んだのは彼女自身だ。
「人形のままでいるか。人として生きるかはお前次第だ」
だからこの先、人になれるかどうかはアルティナ次第だとリィンは諭した。
◆
「とんでもねえな……」
街中に転がる死体の山を見て、さすがのクロウも顔をしかめる。
あらかじめ住民を避難させていなければ、今頃は大騒ぎになっていたことだろう。
そんな戦場跡のような場所に熊のような大男を見つけ、クロウは男の名を呆然と呟く。
「ヴァルカン……」
「クロウか。思ったより元気そうじゃねえか」
この惨状を作りだした一人、ヴァルカンは返り血を拭いながらクロウに笑みを向ける。
「クロウ!」
「スカーレット!?」
そんなヴァルカンの後ろから走り寄ってきて、クロウに抱きついたのはスカーレットだった。
彼女も一緒に戦っていたのだろう。怪我は負っていないようだが、血と硝煙の臭いが身体に残っていた。
「……よかった」
「悪い。いろいろと心配を掛けちまったみたいだな」
それでもクロウにとって二人が大切な仲間であることは、いまも変わりなかった。
リィンを見ていれば、猟兵の世界がどれほど過酷で血塗られた世界かは想像が付く。
それだけにクロウは、リィンに引き取られていった彼等のことを気に掛けていたのだ。
「ヴァルカンはともかく、他の連中はやっていけそうなのか?」
「大丈夫よ。まあ、楽ではないけど……待遇も悪くないしね」
「下手なところより報酬もいいしな。その分、命懸けではあるが今更だろ。それは――」
それもそうかとクロウは二人の話に納得する。理由はどうあれ、自分たちも人の命を奪ってきたことに変わりはない。猟兵だからと、リィンの行いを責められるような立場にないことはクロウも理解していた。
しかし自分だけが友人たちと、普通に暮らしていいのかとクロウは葛藤する。死んでいった仲間たちに申し訳ないという気持ちが心の何処かにあった。
そんなクロウの考えを察した様子で、ヴァルカンは真剣な表情で叱りつけるかのように諭す。
「言っておくがギデオンを含め、死んだ連中は自分の意思で戦って死んでいった。俺たちもそうだ。自業自得と納得こそすれ、現状に不満なんて抱いていない。自分の所為だなんて間違っても言うんじゃねえぞ」
「……わかってる」
「ならいい」
ヴァルカンに諭され、クロウは少し辛そうな表情で答える。
そんなクロウを見て、仕方ないかと言った様子でヴァルカンは苦笑する。頭では理解していても、感情を納得させるには時間が掛かる。
学院の方へ去って行くクロウの背中を見て、いつもと違う様子を感じ取ったのか、リィンは首を傾げながらヴァルカンに声を掛けた。
「クロウの奴、どうしたんだ?」
「まあ、気にすんな。若いのにありがちな悩みって奴だ。むしろ団長は割り切りが良すぎんだよ……。まあ、猟兵らしいと言えばらしいがな」
リィンにも迷いがないとは言わないが、年齢の割に達観しているとヴァルカンは感じていた。
そう言う意味では、クロウのような反応が年相応と言える。そうした葛藤が人を成長させるのだから――ヴァルカンにも、そういう時期はあった。
とはいえ、リィンからすれば中身は二度目の人生だ。しかも幼い頃から戦場を渡り歩いてきたこともあって、少なくない出会いと別れを経験している。クロウの気持ちも分からないではないが、あれこれと悩んだところで問題が解決するわけでもない。なら、与えられた環境の中で精一杯生きるしかない。実際クロウもそうして仲間を集め、帝国解放戦線を作ったのだろう。
カイエン公の支援やヴィータの協力があったとはいえ、それはクロウが自ら為したことだ。復讐という目的があったとはいえ、それだけのことが出来たのだ。この程度のことが乗り越えられないとリィンは思わなかった。
意識を切り替え、リィンは死体を見渡しながらヴァルカンに尋ねる。
「それでヴァルカン。状況は?」
「……悪い。殺さないように気を配ったんだが、無理だった。何かに取り憑かれたように襲ってきてな。ありゃ、普通じゃないな。死兵だ」
「それだけの覚悟があったということか、それとも……。どう思う?」
何人か生かしておくように頼んだとはいえ、生きたまま確保できるとはリィンも思っていなかった。
ヴァルカンの言うように死兵であった場合、暗示や薬物のようなものが使われているかもしれないとリィンは考える。
敵わないことがわかっていて死を恐れずに向かってくるなど、普通の精神状態では不可能と言っていい。
そこまでの覚悟が伴っているのなら話は別だが、もし本当に襲ってきたのが猟兵であった場合、その可能性は低いと考えていた。
猟兵と言えど命は惜しい。雇い主にそこまで義理立てするような猟兵は、まずいないと言っていいからだ。
「装備は猟兵が好んで使うものだ。だが、生粋の猟兵というわけではないな」
「……というと?」
「身体能力はなかなかのもんだが、動きが規則的すぎて突発的な事態への対処能力が低い。一度崩れてからは連携もガタガタだったしな。二流もいいところだ」
妙だなとリィンは逡巡する。
エリィ一人を狙うならまだしも、ここにリィンたちがいることはわかっていたはずだ。
なら、その程度でどうにかなる相手ではないことは承知のはずだ。
「それに気の流れが妙でした」
「気の流れ?」
「はい。無理矢理なにかで強化されているかのような……。力を持て余しているような印象を受けました」
リーシャの話にリィンは眉をひそめる。というのも、心当たりが一つだけあったからだ。
「まさか……強化猟兵か?」
「どこかで聞いたことのある名前だな」
「〈結社〉の運用している猟兵もどきだ。二年前のリベールの異変でも目撃されてる」
結社の開発したプログラムによって、効率よく育成された猟兵たち。強化とは名が付いているが、実際には養殖の猟兵と言ったところだ。
だが、ヴァルカンやリーシャの言うように、人並み外れた力を持っているわけではない。だとすると別のものかとリィンは考える。
そしてリィンの頭を過ぎったのは、以前クレアが言っていたカレル離宮で研究されていたというグノーシスのことだった。
グノーシスを投与されていたのだとすれば、常人離れした身体能力も、死兵のように襲ってきたという話も説明が付く。
「おい、そりゃ……この件に〈結社〉の連中が関与しているってことか?」
「さてな。だが、アルティナの件もあるしな」
結社も一枚岩ではない。その証拠に十三工房の一角、アルティナを生み出した〈黒の工房〉がギリアスと結託して独自に動いていることは調べが付いていた。
人造人間を生み出す技術も、クロイス家から供与されたと考えれば納得が行く。それに煌魔城に姿を見せたというF・ノバルティスの存在も気に掛かる。
「団長。軍の連中のお出ましだ」
「ん?」
リィンが考えごとに耽っていると、軍服を纏った武装集団が駅の方から姿を見せた。灰色の制服から鉄道憲兵隊だとリィンは察する。
案の定、その予想を裏付けるように軍人の中に、リィンは見覚えのある顔を見つけた。クレアだ。
「……派手にやりましたね」
「こいつらから襲ってきたんだ。正当防衛を主張する」
「こういうのは過剰防衛と言うんです」
まったく悪びれた様子のないリィンの態度にクレアは呆れる。とはいえ、この件でリィンたちを罰するつもりはなかった。
彼にエリィを守って欲しいと頼んだのはクレアだからだ。そのことを考えれば、この程度のことは想定の範囲だった。
「後始末は任せていいんだろ?」
「ええ、そのために来ましたから……」
クレアがタイミング良く駆けつけた理由は、最初からこうなることを予想していたからだ。
周辺住民の避難を指示していたのも実は彼女だった。騒ぎを聞きつけて領邦軍が介入してくるのを防ぐためだ。
「リィンさん。彼女のこと……よろしくお願いします」
そんなクレアの言葉に、リィンは背を向けたまま手を振って応えた。
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