「港の制圧は上手くいったみてぇだな。だが……」
高台から撤退していく国防軍の姿を見て、シャーリィの奇襲が成功したことを確認するヴァルカン。しかし、何処か浮かない表情をしていた。
幾ら奇襲を受け、状況的に不利だと言っても撤退までの動きが早すぎる。まるで最初から奇襲を想定して動いていたかのようだ。
しかし奇襲を受けることがわかっているなら、もっと他に対策の取りようがあったはずだ。そのことがヴァルカンは気になっていた。
(敵の指揮官は何を考えてやがる)
何らかの作戦――罠の可能性を疑うヴァルカンだが、敵の狙いが読めない。
「タングラム門から、こちらに凡そ一個中隊。国防軍の装甲車と機甲兵の部隊が向かっているそうです」
「人数はともかく機甲兵は少し厄介だな。地形を利用して一気に叩くか……」
増援があることは想定の範囲だった。むしろ最初の動きに対して遅すぎるくらいだ。
それに今更、機甲兵の一体や二体でてきたところで厄介だとは感じても、大きな脅威には感じない。国防軍以上に、彼等は機甲兵のことを熟知しているからだ。
当然だ。帝国解放戦線のメンバーとして貴族連合に加担し、開発当初から機甲兵に深く関わってきたのだ。その長所や短所、欠点に至るまで彼等以上に機甲兵の性能をよく知る者はこの地にはいないだろう。
迷いを振り切るように首を左右に振るヴァルカン。どちらにせよ、やるべきことは変わらない。敵の指揮官に何らかの思惑があることは確かだが、敢えて相手の思惑に乗ってやる必要はない。自分たちの仕事はヘンリー・マクダエルをリィンのもとへ連れて行くことだ。
そう考えたヴァルカンが仕事に意識を集中しようとした、その時だった。
「た、大変です!」
「どうした?」
「シャーリィ隊長が――」
シャーリィ隊からの連絡を受けた団員が随分と慌てた様子でヴァルカンのもとへやってきた。
部下の報告を聞き、段々と険しい表情を浮かべるヴァルカン。そして憤りを隠せない様子で、拳を近くの大木へ打ち付ける。
ミシミシと音を立てて揺れる枝と幹。かける言葉が見つからず、団員たちは静かにヴァルカンの指示を待った。
「チッ……嫌な予感の正体はこれか。だが、そうなると……」
シャーリィの実力はここにいる誰よりも強いと認めているが、それでも分の悪い相手だとすぐに分かった。
リィンから忠告を受けていたとはいえ、やはり結社が関わっていたかとヴァルカンは舌打ちする。機甲兵なんかよりも、ずっと厄介な相手だ。
とはいえ、助けに行くことは出来ない。あのマクバーンクラスの相手ともなれば、自分程度の実力では足手纏いになるだけだとヴァルカンにはわかっていた。
だからシャーリィも部下を先に逃がしたのだろうと察する。全力で戦うために――
(シャーリィの奴……こうなることを読んでやがったな)
これまでシャーリィが大人しくしていた理由をヴァルカンはようやく理解する。
獣にも似た勘の鋭さを持つシャーリィのことだ。強敵の出現を予感していたのかもしれない。
その上で残ったのなら、後はシャーリィの問題だ。なら自分は自分の為すべき仕事をするだけだとヴァルカンは意識を切り替える。
「半分はエマたちを護衛しながら脱出ポイントを目指せ。残り半分は俺について来い。増援の部隊を叩く」
「いいんですか? 応援に行かなくて……」
「助けに行ったところで足手纏いになるだけだ。それに、なんの勝算もなく自分の命を危険に晒すような奴じゃない。あいつを信じろ」
シャーリィは戦闘狂だが、無謀な戦いを挑むほどバカというわけではない。
恐らくは何か考えがあるのだろうと、ヴァルカンはシャーリィのことを信じることにした。
◆
一息でシャーリィとの距離を詰め、神速の突きを繰り出すアリアンロード。
「いまのも避けますか」
しかし難なく攻撃を回避し、流れるような動作で反撃してくるシャーリィに、アリアンロードは驚きを隠せない様子で呟きながら防御する。
結社最強の呼び名は伊達ではない。武を極めた彼女の槍を凌げる人間など、そうはいない。実際ロイドたちも過去にアリアンロードと対峙し、その槍の前に敗北を喫していた。それも彼女が手加減をした上でだ。しかし先の言葉どおりに、いまのアリアンロードの一撃は一切の加減を廃したものだった。少なくとも繰り出す槍のスピードは、以前に繰り出したものとは比較にならない。それを防御するならまだしも完璧に避けるには、鍛え抜かれた身体能力は勿論のこと攻撃の来る場所を予測して動いていなければ不可能なことだった。
たった一度の攻防。あれだけで動きを見切られたのだと、アリアンロードは理解する。
だとするなら、もうシャーリィには、ただの突きは通用しないと考えていい。
一旦、大きく槍を薙ぐことでシャーリィとの距離を離すアリアンロード。
その表情には驚きこそあれ、先程のような油断や甘さは一切なかった。
「正直、驚かされました。その若さでこれほどの強さに至るなど、常識では考えられないほどです。一体どのような修練を積んできたのですか?」
「特に何も? まあ、敢えて言うなら初めて戦場にでたのは九歳の時だったかな? それからずっと戦いの毎日だったから、シャーリィが強いって言うならそれが理由かもね」
「実戦に勝る経験はないと……まさに戦場の申し子。戦うために生まれてきたような子ですね。あなたは……」
シャーリィの強さの秘密に触れ、驚きを隠せない様子を見せるアリアンロード。
まだまだ荒削りな部分はあるが、これまでに見てきた誰よりも戦いに関する潜在能力は高いかもしれないと、アリアンロードはシャーリィのことを評価する。
それと同時にアリアンロードは、シャーリィの欠点を的確に見抜いていた。
「ですが、それだけに残念に思います。良い師に巡り会えていれば、更なる高みを目指すことも出来たでしょう」
「……どういうこと?」
よく分からないことを言われ、訝しげな表情を浮かべるシャーリィ。
そんなシャーリィの疑問に答える代わりにアリアンロードは槍を構え、大地を蹴る。
光のような速さで再び間合いを詰められるも、慌てることなく先程と同じようにアリアンロードの突きを回避しようとするシャーリィ。
だが――
「――ッ!?」
予測とは、まったく別の方向からの攻撃に対処が遅れ、弾け飛ぶように地面を転がされる。
湖に落とされる前に、どうにか体勢を建て直し、再び構えを取るシャーリィ。
咄嗟に武器を盾にすることで直撃を避けたとはいえ、額からは血が流れ、手には強烈な痺れが残っていた。
「あなたは眼が良い。そして勘も鋭い。だからこそ、感覚に頼りすぎるきらいがある」
まったく反応できなかったことに驚くシャーリィに、アリアンロードは先の質問に答えるように話を続ける。
「実力が近い相手との勝負は、動きの読み合いになる。シャーリィ、あなたは確かに強い。ですが武≠収めているわけではない。そして、その差を埋められるだけの経験≠ェあなたには足りていません。それに――」
シャーリィは確かに強い。しかし、彼女には技と経験が足りていないことをアリアンロードは見抜いていた。
シャーリィの戦闘技術は実戦で培われたものだ。それだけに武術を収めた者と比べれば無駄が多く、荒削りな部分が目立つ。我流でも強い人間は大勢いるが、技を極めるというのは長い歳月が必要だ。
彼女の父、〈赤の戦鬼〉なら或いは対処できたかもしれない。しかし、そのための経験が彼女には足りていなかった。
「猟兵の戦いは戦場でこそ真価を発揮するもの。一対一の戦いでは、あなたは私に勝てません」
そして、もう一つ。アリアンロードは武人で、シャーリィは猟兵だ。
猟兵にとっての戦いとは、戦場での命のやり取りを意味する。そこには試合や決闘と違い、決まったルールなど一切ない。
足手纏いになるからという理由でシャーリィは部隊を逃がしたが、一対一の土俵に上がった時点で勝敗は決していた。
「……笑っているのですか? 勝ち目がないことは理解していると思いますが?」
「うん。現在≠フシャーリィじゃ勝てないと思うよ。でも……」
しかし、そのようなことはアリアンロードに言われずともシャーリィはわかっていた。
卑怯だと言われようと勝ちさえすればいい。勝負の過程ではなく結果に拘るのが猟兵だ。
ただ、それでは最強≠ノ届かないとシャーリィは感じていた。
だからこそ、この勝ち目のない戦いに挑んだのだ。限界を超えるために――
「じゃあ、今度はシャーリィから行くよ!」
自分から攻撃を仕掛けるシャーリィ。しかし、どちらから攻撃を仕掛けようと先の問題が解決されない限りは、何度やっても結果は同じだ。
慌てることなくシャーリィの攻撃を見極め、反撃の機会を窺うアリアンロード。しかし――
(正面からの攻撃は誘い? 本命は――)
槍を大きく横に振るって、シャーリィの攻撃を難なく防ぐアリアンロード。
しかし先程までとは打って変わったシャーリィの動きに驚きを覚えつつ、アリアンロードは妙な錯覚を覚える。
(まさか、この動きは――)
シャーリィの動きに自分の姿が重なる。
まさかと思いつつも、段々とシャーリィの動きが良くなっていることにアリアンロードは気付く。
そう、戦いの中で動きが――技が盗まれているのだと気付かされるのに、それほど時間は掛からなかった。
「驚きました。戦いの中で成長するなど……そういうことですか。最初から、これが目的だったのですね」
シャーリィが『現在』という言葉を強調して使っていた理由をアリアンロードは理解する。
実戦に勝る経験はないと言ったばかりだが、その実戦のなかで成長するなど驚くべき成長速度と言っていい。
刃を交えるごとにシャーリィの攻撃に鋭さが増し、少しずつ動きが最適化されていくのをアリアンロードは感じ取っていた。
「ですがそれでも、あなたに勝ち目がないことは変わりません」
「だろうね。シャーリィも少し技を盗んだくらいで、お姉さんに勝てるとは思ってないよ」
しかしどれだけシャーリィが戦いの中で成長しようとも、アリアンロードとの間にある差が簡単に埋まるはずもない。そのことはシャーリィもわかっていた。
「だから、ここからは二人≠ナ相手させてもらうね」
一人で勝てないことは最初からわかっていた。だから少しでも相手の技を盗み、力の底を見極めることに意識を集中して戦っていたのだ。
それにアリアンロードは一つ誤解をしていた。シャーリィが先に部隊を撤退させたのは、仲間を逃がすためでも、足手纏いを排除するためでもない。
力の加減が出来ないからだ。
「空中から武器が――これは!?」
槍、剣、斧――
空中に突如、無数の武器が現れ、雨のようにアリアンロードに降り注いだ。
「空間転位? いえ……まさか、この力は――」
攻撃を避けながら、昔の記憶がアリアンロードの頭を過ぎる。過去、これと似たような光景をアリアンロードは目にした覚えがあった。
このままでは押し切られると感じたアリアンロードは反撃に打って出る。
降り注ぐ無数の武器を払いながら、シャーリィ目掛けて流星のような一撃を放つアリアンロード。
しかし、その攻撃は巨大な腕に阻まれた。
「騎神の腕――やはり召喚を!?」
何もない空間から突如、シャーリィを守るように現れた巨大な腕。
それが騎神のものだと理解した瞬間、アリアンロードは大きく弾き飛ばされ、倉庫の屋根に穴を開けながら地面に叩き付けられる。
緋の騎神――テスタ・ロッサ。その能力は千の武器を創造することにある。この武器の数々も騎神の力で生み出したものだと推察が出来た。
(至宝の力も騎神には影響が及ばない。そういうことですか……)
クロスベル全域で転位が上手く使えないのは、〈碧の大樹〉の結界が魔術の発動や効果に影響を及ぼしているためだ。しかし騎神の召喚は魔術による空間転位とは原理が異なる。七耀脈――精霊の道を召喚に利用しているからだ。そのため、七耀脈に近い場所でなければ騎神を召喚できないという問題や、距離によって召喚に掛かる時間が異なると言った転位魔術とは違った欠点を抱えていた。
そのことを考慮するなら、リベールとクロスベルでは距離が離れすぎている。召喚までの速さを考えるに、恐らくは最初からクロスベル近郊に騎神を持ち込んでいたのだろうとアリアンロードは察した。
しかし、そんなことよりもシャーリィの発想の柔軟さに驚かされる。マナの消費を抑えるために部位召喚という離れ業をやって見せたこともそうだが、このような騎神の使い方をした人物は過去に例を見ないだろう。
「驚くのは、まだ早いよ!」
屋根の上に跳び乗ったシャーリィが空に手を掲げると、頭上に浮かび上がった巨大な槍を中心に無数の武器が現れる。
それを見て、アリアンロードの本能が警笛を鳴らす。まともに受ければ無事では済まない、と――
そう考えた彼女は意識を集中し、構えた槍に力を込めると、秘技を解き放つ。
「聖技――グランド・クロス!」
「デス・パレード!」
無数の武器を従え、地上で待ち構えるアリアンロード目掛けて突撃するシャーリィ。
そして風を纏い、迎え撃つアリアンロード。
衝突する二つの巨大な力。
辺り一帯に轟音が響き、眩い光が二人を呑み込んだ。
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