「クローゼ!」

 親友の名前を呼ぶエステル。彼女の腕には気を失い、ぐったりと横たわるクローディアの姿があった。
 呻き声を上げながら、ゆっくりと目を開けるクローディア。

「ここは……エステルさん?」
「エステルさんじゃないわよ。本当に心配したんだから!」

 エステルに抱きしめられ、困惑の表情を浮かべながらクローディアを周囲を確認する。
 そして、ほっとしたような安堵の表情を浮かべるヨシュアの姿を見つけ、クローディアはようやく理解した。

「大丈夫? 痛むところはない?」
「はい。お二人が助けてくださったんですね」
「うん、まあ……あたしたちだけの力じゃないけどね」

 困った顔で頬を掻くエステルの視線の先を、クローディアは追う。
 すると、そこには長杖を携え、真剣な表情で何か≠警戒するエマの姿があった。

「皆さん、気を付けてください。まだ終わっていません!」

 戦いは終わったはず。そう考えていたエステルの表情に緊張が走る。
 その直後、動きを停止していた神機が突然活動を再開した。
 拘束を解こうと暴れる神機を、シャーリィは〈緋の騎神(テスタ・ロッサ)〉で必死に押さえ込む。
 しかし、

「こいつッ! まだ、こんな力を――」

 神機の全身が光を発したかと思うと、衝撃波のようなものに〈緋の騎神〉が弾き飛ばされた。
 どうにか空中で体勢を立て直すも、全身を襲う衝撃の強さにシャーリィは思わず顔をしかめる。
 クローディアを失ったことで至宝の力を十全に使うことは出来なくなったはずだ。
 少なくとも以前のような防御障壁を展開している様子は見られなかった。
 だとするなら活路はある。そう考え、シャーリィが神機に向かって突撃しようとした――

「実に素晴らしい。想定以上と言ってもいい」

 その時だった。
 歓喜に満ちた男の声が、オルキスタワーの空に響いたのは――

「この声は……」

 戸惑いの声を漏らしエマが空を見上げると、その先に転位の光が点った。
 光の中から現れた白衣の老人を、手の平で受け止める神機。
 忘れられるはずがない。見覚えのある老人の姿を目にしてエマは目を瞠る。

「初めての者たちもいるようなので自己紹介をしておこうか。F・ノバルティスだ。〈身喰らう蛇〉の第六柱にして十三工房の管理を任されている。どうか気軽に『博士』とでも呼んでくれたまえ」


  ◆


「礼を言っておこうか。特にクローディア姫。キミのお陰で素晴らしいデータが取れたよ。これで私の理論は間違っていなかったことが証明された」

 腕を組み、うんうんと首を縦に振るノバルティスをクローディアは険しい表情で睨み付ける。
 自分を誘拐し、こんな目に遭わせた相手だ。感謝されたところで喜べるはずもない。
 しかしクローディアのそんな視線など、まったく意に介した様子もなくノバルティスは話を続ける。

「ああ、その位置から攻撃するのは、やめておくことをオススメするよ。私はともかく彼女たちは無事では済まないだろうからね。それに私としても貴重なサンプルをこんなところで失いたくはない」

 巨大な槍を手に隙を窺っていた〈緋の騎神〉を見上げ、ノバルティスは注意を促す。そんなノバルティスの忠告に、不機嫌さを隠そうともせずシャーリィは舌打ちをする。いまの位置から槍を投擲すれば、オルキスタワーは間違いなく崩壊する。そうなればエマたちを巻き込むことはシャーリィにもわかっていた。
 ふとエリィとの約束が頭を過ぎり、シャーリィはモニター越しにクローディアを一瞥すると騎神の槍をマナへと還す。
 それを見て、ノバルティスは満足げな笑みを浮かべた。

「賢明な判断だ。で、そちらの機体は〈アルター・エゴ〉と言ったかね? なかなかに興味深い機体のようだ。特に最後に放った高出力の重力波――あれは見事だった。〈輝く環〉の力がなければ、神機と言えど防ぎきれなかっただろうね」

 感心した様子で頷きながら、ノバルティスは〈アルター・エゴ〉に関心の目を向ける。
 同じ機動兵器の開発に携わる技術者として、神機とは別の進化を遂げた〈パテル=マテル〉の流れを汲む機体に興味があるのだろう。
 ましてや、その機体に乗っているのがレンであれば尚更だ。

「一応、駄目元で聞いておこうか。レン、戻ってくる気はないかね?」
「それってレンが必要だから言ってるの? それともアルに興味があるから?」
「勿論、両方だよ」

 パテル=マテルと意思を通わせることが出来た人間はレンだけだ。
 彼女ほどゴルディアス級と高い適合率をだした実験対象は、ノバルティスの知る限りでは他にいなかった。
 ましてやレンは高い感応力の他に、武と知に通じた天性の才を有している。
 一から十を学び、実践することが出来る頭脳と反射神経。未来予測すら可能な観察眼と高い計算力。
 かの剣帝すら認め、曲者揃いの執行者たちも一目を置く、そんなレンの才能をノバルティスは高く評価していた。
 しかし、どれだけ高い評価を得ようともレンの答えは決まっていた。

「そう、なら答えは『ノー』よ」
「……ふむ。一応、理由を聞いてもいいかな?」
「〈パテル=マテル〉にしたことをレンは忘れたわけじゃない。それに博士には、お爺さんの造った子に二度と触れて欲しくないからよ!」

 自分のことなら、まだ我慢は出来る。彼女は何時だって、そんな視線に晒されてきたからだ。
 しかしノバルティスの興味がアルに向いていることは我慢ならなかった。
 もう二度と家族を手放したりはしない。アルがレンを守ってくれるように、レンもアルを守る。
 それがレンが学び、導き出した答えだった。

「そうか、その機体に使われている技術。どこか〈結社〉に通じるところがあると思っていたら、そういうことか」

 レンが何故、自分を拒絶したのかを理解し、ノバルティスは納得した様子で頷く。
 アルを調整した人物――ヨルグ・ローゼンベルクから〈パテル=マテル〉を、彼の研究成果を奪ったのは他でもない。当時、彼の弟子をしていたノバルティスだったからだ。
 ヨルグが行方を眩ませたことはノバルティスも知っていたが、まさかリベールでオーバルギアの開発に協力していたとは思ってもいなかった。しかしそれだけにレンの反応にも納得が行く。この件にヨルグが関わっているのなら、レンが拒絶するのは当然だという程度の自覚は彼にもあったからだ。
 となると、これ以上の勧誘は無駄かと考え、

「フフッ、その機体については残念だが、貴重なデータが取れたということで、今日のところは大人しく引き下がるとしよう」

 残念そうにしながらも、ノバルティスはあっさりと引き下がることを決めた。
 このまま戦闘になれば、自分の方が不利なことは理解していたからだ。
 実際シャーリィは大人しく引いたように見せて、攻撃の隙を窺っていた。

「それでは失礼するよ。また会お――」

 神機と共にノバルティスが姿を消そうとした、その時だった。

「――なッ!?」

 背後から迫る光に気付き振り返ると、驚愕の表情を浮かべ、ノバルティスは目を瞠る。
 別れの言葉を言い終える前に大樹の方角から放たれた光が、神機ごとノバルティスの身体を呑み込んだ。


  ◆


「命中したみたいだな。どうかしたのか?」
「いえ……なんていうか。〈(わたし)〉の立つ瀬がないなと……」

 暗殺者よりも暗殺者らしい行動を見せるリィンに、リーシャは複雑な心境を吐露する。
 神機ごとノバルティスを撃ち抜いた光は、ヴァリマールの放った集束砲だった。
 王者の法を完全に自分のものとしたリィンが全力で放った一撃だ。〈紅き終焉の魔王〉に放った時よりも更に数段威力を増した一撃は、例え〈輝く環〉の防御壁に守られていたとしても無事では済まないほどの威力を秘めていた。そんな攻撃をまったくの躊躇いを見せずに、ノバルティスに向けてリィンは放ったのだ。
 父の後を継ぎ、嘗て共和国で暗殺稼業をしていたリーシャが何とも言えない気持ちになるのは無理もない。
 とはいえ、

「俺が船から離れた隙を狙ってくることは予想してたからな。戦闘力はたいしたことはないが、ある意味〈結社〉のなかで一番危険なのはアイツだ。チャンスがあれば消すつもりだった。ただ、それだけのことだ」

 最善の行動を取っただけだと、リィンはリーシャの言葉を否定する。
 あのままノバルティスを生かしておけば、間違いなく団にとって脅威となる。それに〈結社〉とは教会やギルドと同じく互いに不干渉でいることを約束してはいるが、クローディアに対して取った行動から考えても、盟主の命に従って大人しくしているとは思えない。ノルンやこの力のことを知れば、確実に何かを仕掛けてくるだろうとリィンは予想していた。
 仲間に危険が及ぶとわかっていて、敵を見逃すような愚は犯さない。危険の芽を事前に摘み取っただけの話だ。
 それは猟兵として、団を預かる長として当然の行動を取っただけだった。

「死んだと思いますか?」

 そんなリィンの言葉に納得し、リーシャはそれならと尋ねる。
 正直なところノバルティスはここで消しておく人間だというリィンの言葉に、リーシャは納得していた。
 不意打ちを卑怯者と言う者もいるかもしれないが、そもそも正々堂々という言葉が通用しない相手だ。
 リィンの取った行動は、今後の犠牲を減らすと言う意味では最善だとリーシャは認めていた。

「そう願いたいところだが、死体を確認しないことには何とも言えないな」
「あの直撃を食らったら、普通は跡形も残らないと思いますけど……」

 リーシャの真っ当な指摘に、リィンは渋い表情を浮かべる。確実を期すために全力で集束砲を放ったわけだが、その所為でノバルティスの生死を確認するのが難しくなってしまった。完全に不意を突いた一撃だった。転位は疎か、防御障壁を展開する暇もなかったはずだ。あれを食らって生きている人間などいないと言いたいところだが、相手があのノバルティスではリィンとしても殺したと断言することは出来なかった。
 しかし、あれこれと考えたところで意味はない。ノバルティスの生死は不明だが神機の破壊は確認できた。
 いまはそれだけで十分だとリィンは思考を切り替え、ヴァリマールに調子を確認する。

「マナの消耗は抑えられたみたいだが、砲身は一撃でダメか……。ヴァリマール、調子はどうだ?」
「霊力ノ方ハ問題ナイ。タダ右肩ノ関節ニ負荷ガ掛カッテイルヨウダ」
「威力も上がっているみたいだし反動か? そっちもアリサに相談する必要がありそうだな」

 仮にも神の領域に立つ力だ。ヴァリマールが力の反動に耐えられないのも無理はないとリィンは思う。
 力を抑えればいいだけの話だが、今後のことを考えると全力をだせない状況というのは、どうにかしておきたかった。
 一撃で使い物にならなくなったアロンダイトの砲身に目をやり、今後の方策を練るリィン。
 アリサにどう相談するかとリィンが考えごとをしていると、リーシャが少し思い詰めた表情で声を掛けてきた。

「リィンさん。あの三人のことですが……」

 あの三人――すぐにデュバリィたちのことだとリィンは察する。あれだけ啖呵を切っておきながら、決着を付けられなかったことを気にしているのだろう。
 意外と負けず嫌いなところがあるんだなとリィンは苦笑する。しかし制限時間内に決着を付けられなかったとは言っても、あの三人を相手に足止めを成功させたリーシャの力にリィンは感心していた。強敵との実戦を潜り抜けて腕を上げていることは確かだが、これがシャーリィが認めた本来のリーシャの実力なのだろう。

「負けたわけじゃないんだろ? なら気にするな。どのみち、あの程度で死ぬような奴等じゃないだろう。再戦の機会はあるさ」
「……はい」

 自分に言い聞かせるように、リィンはそうリーシャに言葉を掛ける。悔しい思いをしているのはリーシャだけではない。
 あのままアリアンロードとの戦いを続けていれば、負けていたのは自分の方だったとリィンも考えていたからだ。

(ゼノから譲り受けた形見の武器がなかったら負けていた。また$e父に救われたな……)

 操縦席の脇に置かれた銃剣に目をやりながら、リィンは溜め息を吐く。
 一本は粉々に砕かれ、ゼノから譲り受けたルトガーの形見の剣がなければ、アリアンロードの一撃を凌げたかも怪しい。リィンとアリアンロードの間に純粋な力の差はほとんどなかった。闘気の量や身体能力と言った目に見える能力では、リィンの方が勝っていたとも言えるだろう。しかし武器に大きな差があった。
 ゼムリアストーン製の武器でも〈王者の法〉を完全に掌握したリィンの力には耐えられなかったのだ。
 一方でアリアンロードの馬上槍(ランス)は、マクバーンが持っていた魔剣と同じ〈外の理〉で作られた武器だ。
 彼女の力を十全に受け止めるだけの力が、あのランスにはあった。この差は大きいとリィンは考える。

「ノルンは予定通りにキーアのところへ向かったみたいだな」

 しかし、まずは目の前のことを片付けるのが先だと言うことも理解していた。
 いまなら離れていても、ノルンの力を正確に感じることが出来る。恐らくは異能に対する感知能力が、以前にも増して敏感になっているのだろう。いま思えばアーティファクトで姿を消したエマの位置を正確に感じることが出来たのは、徐々に人間から外れた存在になりつつある警鐘だったのではないかとリィンは思う。
 これが人間をやめる≠ニ言うこと。ノルンと同じ存在になると言うことなのだとリィンは自覚する。
 アリアンロードと戦った時のように炎を纏うと言った姿ではなく、いまは黒髪の普段の姿をしているが、身に宿る力は以前とは桁違いだとリィンは感じていた。

「信号弾。見つけたみたいですね」
「ああ、やっぱり予想通りだったな」

 ヴァリマールの操縦席から信号弾が空に上がるのを確認して、別行動を取っていたアルティナが目標を見つけたのだとリィンとリーシャは察する。

「この舞台も幕引きが近い。最後の仕上げに向かうぞ」
「はい」

 リィンに寄り添い、リーシャは覚悟に満ちた表情で頷く。
 ――これで、すべてを終わらせる。
 そんな決意を胸に、リィンはヴァリマールを光のもとへと向かわせた。



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