次々に襲い掛かってくる〈姉妹〉の攻撃をいなしながら、アルティナは扉の前に佇んだまま動かないルーファスを一瞥する。
高みの見物のつもりか? 戦闘に参加する様子を見せないルーファスを不審に思ってのことだった。
(何を企んでいるのかはわかりませんが……)
何度か撃ち合って分かったことだが、オライオンの名を持つ姉妹たちの相棒は〈アガートラム〉や〈クラウ=ソラス〉ほどの力は感じ取れなかった。ゴルディアス計画の失敗を参考に精神を逆に取り込まれないように、能力を制限しているのだろうとアルティナは推察する。そのことからルーファスが戦いに加わるつもりがないのなら、むしろ都合が良いと考えた。
一気に勝負を畳み掛けるつもりで、フラガラッハに反撃を命じようとするが、そこでアルティナの手が止まる。
命じれば、瞬く間に目の前の敵を切り刻むことが出来る。なのに、どうしてこんなにも胸が痛むのか?
以前の自分なら、こんな風に躊躇うことはなかっただろうとアルティナは思う。
自問自答するアルティナ。しかし答えなど考えるまでもなく、最初から決まっていた。
「フラガラッハ――武装形態」
フラガラッハの装甲が展開され、アルティナの身体を受け止める。
戦術をサポートする機能を持った自律支援型の強化外骨格。
それがエイドロンギアの流れを汲むガーディアン二号機〈フラガラッハ〉の真の姿だった。
「――〈銀の羽〉射出」
後ろに飛び退きながら迫り来る刃をかわし、アルティナは〈フラガラッハ〉の背より、銀色に輝く無数の羽を射出する。
それはアルティナの感応力に導かれ、〈姉妹〉を取り囲むように襲い掛かった。
羽より放たれる雷撃に不意を突かれ、直撃を受けた〈姉妹〉は悲鳴を上げて倒れる。
どうにか初撃を回避した者たちも、絶え間なく襲い掛かる攻撃に防戦一方に追い込まれていく。
「あと五人……」
瞬く間に三人の意識を奪い、アルティナは残りの五人に目標を定めると一気に加速した。
雷撃で逃げ道を塞ぎながら距離を詰め、アルティナは右手の剣を少女にではなく人形兵器へと振り下ろす。
「対物理障壁」
予想はしていた。障壁に剣が阻まれ、アルティナは苦い表情を浮かべる。
先程のように雷撃で意識を奪うという手もあるが、上手くいったのは不意を突けたからで、同じ手は二度も通用しないだろう。
そう考えたアルティナは〈フラガラッハ〉の左腕を展開し、一本の巨大なライフルを出現させた。
(数で負けている以上、長期戦に持ち込めば、こちらが不利。なら……)
反撃の隙を窺う〈姉妹〉にアルティナは〈シルバーフェザー〉をけしかけ、その隙に再び距離を取る。
仕掛けるのであれば、一撃で勝負を決めたい。その力が〈フラガラッハ〉にはある。
しかし出来ることなら、彼女たちの命を奪いたくない。そんな甘い考えがアルティナの頭を過ぎる。
(わかっていたことなのに……)
先の三人を殺すのではなく雷撃で意識を奪う程度で済ませたのは、彼女たちと昔の自分≠重ね合わせていたからだ。
リィンと出会わなければ、自分も彼女たちのようになっていたかもしれない。そんな考えが、アルティナの胸を締め付ける。
ただ命じられるだけの道具。自分の意思などなく、与えられた役目を全うするだけの人形。
これまでは、そのことに疑問を持つことはなかった。でも、いまは――
「……全リミッターを開放。出力最大」
理性と感情のせめぎ合いの中で、アルティナは覚悟を決める。
リィンに付いていくと決めた時から、いつかはこういう日が来ることはわかっていたことだ。
でも願わくば――
「エーテルバスター! ファイアッ!」
狙うは一点。照準を定め、アルティナは引き金を引いた。
◆
もくもくと立ち上る白い煙。青い花びらがひらひらと、まるで雪のように地面へ舞い落ちる。
先程までと変わらぬ姿で扉の前に立つルーファスを、アルティナは冷たい表情で睨み付けた。
アルティナが狙ったのは〈姉妹〉ではない。奧へと続く扉の前で、戦いを観察していたルーファスだった。
全身に傷を負いながらも、そんな彼を庇うように正面に佇む〈姉妹〉の姿に、アルティナは寂しげな表情を浮かべる。
ルーファスを狙えば、彼女たちがルーファスを守るために行動することは予想が付いていたからだ。
既に立っているのは二人しかいない。その二人も満身創痍と言った様子で、人形兵器の方も辛うじて原型を留めていると言った有様だった。
「容赦がないね。これは認識を改める必要があるかな?」
「御自由にどうぞ。でも、これが私の答えです」
ルーファスの問いにアルティナは淡々と答える。それに運が良ければ助かるだろうとも思っていた。
フラガラッハの最大出力の一撃を受け、彼女たちが無事だったのはリアクティブアーマーのお陰だ。
それでも〈アロンダイト〉と同じ原理で作られた〈フラガラッハ〉のエーテルバスターは、リィンの集束砲に迫る威力を秘めている。
アガートラムならまだしも、オリジナルに及ばない程度の障壁では防ぎきれるはずもなかった。
それに――
「私からも質問があります。危険が生じたら自分を守るように、彼女たちへ命じていたのですか?」
「まさか」
ルーファスの性格を考えれば、それはないだろうとアルティナも思っていた。
だとするなら、彼女たちはルーファスを見捨てることも出来た。そうしなかったのは、彼女たちの選択だ。
その結果、命を落とすことになったとしても、それは本人の責任と言える。
アルティナもそうして自ら考え、リィンに付いていくことを決めたのだから――
「そんなところまで、昔の私とそっくりなんですね……」
命令されていないのに彼女たちがルーファスを庇った理由に、アルティナは薄々気付いていた。
ルーファス自身が言ったことだ。廃棄される寸前だった彼女たちをギリアスが引き取ったのだと――
当然、善意だけではないだろう。〈鉄血の子供たち〉と同じだ。利用できる。使える駒だから引き取った。
ギリアスならきっとそう言うだろうが、それは救われた側である彼女たちにはどうでもいいことだ。
「間に合ったみたいだな」
頭上から響く声にアルティナは顔を上げる。視線の先には、ゆっくりと縦穴を降下してくる〈灰の騎神〉の姿があった。
アルティナが現在いる場所は〈碧の大樹〉の真下。湿地帯の地下に広がる大空洞だ。大樹が造りだした偽りの迷宮ではない。長い歳月を掛けて大自然が生み出した鍾乳洞。本来、光の射さない地の底を明るく照らし出すのは、プレロマ草の光。そして地底を流れる水が光を発しているのは、七耀脈の力が影響してのことだった。
そんな光に照らし出されながら、花畑の中央に一体の騎神が降り立つ。そして胸のコアが光ったかと思うと、二つの人影が姿を見せた。
リィンとリーシャの二人だ。
「待たせたな」
リィンの声を聞くだけで、先程まで感じていた不安や寂しさと言った感情が嘘のように晴れていくのをアルティナは感じる。
きっと目の前の〈姉妹〉たちも、いまの自分と同じような気持ちを抱いているのだろうとアルティナは思った。
必要とされないことが、どれほど不安で、辛いことかをアルティナは知っていた。
そんな彼女たちに再び生きる意味と気力を与えたのは、他の誰でもない。ギリアス・オズボーンだ。
だからこそ、彼女たちは命の危険を冒してまでルーファスを庇ったのだろう。
ギリアスにとってルーファスが、必要な存在であると理解していたからだ。
「リィンさん。彼女たちは……」
「大凡のことは、この状況を見れば分かる。頑張ったな」
アルティナの話に頷き、労いの言葉を返すとリィンは一人、扉へ向かって歩き始めた。
「キミなら、必ず来ると信じていたよ」
再会を喜ぶように喋るルーファスを、リィンは話が聞こえていないかのように無視して歩みを進める。
そんな、にべもないリィンの態度に眉をひそめるルーファス。そして――
扉まで二十アージュを切ろうとした時、まだ意識を保っていた二人の〈姉妹〉がリィンに襲い掛かった。
しかし擦れ違うと同時に二体の人形兵器は炎に包まれ、二人の少女は意識を失って花畑に倒れ込んだ。
リィンが何をしたのか分からず、思わず目を瞠るルーファス。
「くッ――」
無言で一歩ずつ迫るリィンを前に、ルーファスは先程までの余裕を失っていた。
呼吸が乱れ、汗が溢れ出て来る。満足に息をするのもままならない。
リィンが強いことは理解していたつもりだが、以前に会った時とは感じる存在感が、まるで別人だった。
(なんだ。これは……)
高位の精霊や幻獣と対峙しているかのような錯覚さえ抱く。
ここまでの怪物≠ナはなかったはずだ。この短時間で何があったとルーファスは考える。
そして、あと数歩と言うところまで迫った辺りで、ピタリとリィンの足が止まった。
「何を――」
何をするつもりなのか、と問い掛けようとした、その時。
リィンが腰に下げた銃剣を抜いたかと思うと、突き抜ける風がルーファスの頬を撫でた。
そして背後で粉々に崩れ落ちる扉の音を耳にして、ルーファスは愕然とする。
見えなかった。いや、感じることすら出来なかった。それ故の驚きだった。
わかっていたつもりで理解が足りていなかったことにルーファスは気付く。
マクバーンを退けたという事実。
鋼の聖女に匹敵すると言うこと。
それがどう言う意味を持つのかを人≠フ視点しか持たないルーファスは正しく理解していなかったのだ。
「この先か」
「――くッ!」
答えが返ってこないのは当然だ。
リィンの視界には、自分の存在など最初から映っていないのだとルーファスは気付く。
しかし、だからと言ってリィンをこのまま先へ進ませるわけにはいかない。
そう考えたルーファスは剣を振り上げる。
「あああああッ!?」
だが、その剣がリィンに振り下ろされることはなかった。ルーファスの全身を炎≠ェ包み込んだからだ。
まるで生き物のように纏わり付く炎に身体を焼かれ、ルーファスは悶え苦しみながら地面を転がる。
そして炎に焼かれ、呼吸もままならない中で、ルーファスは自分の前を通り過ぎるリィンの横顔を見る。
(閣下……)
ふと、その横顔にギリアスの面影を感じて、ルーファスは何かを悟ったように息を引き取るのだった。
◆
「大丈夫。全員、息はあります」
リーシャから〈姉妹〉の容態を聞き、アルティナはほっとした様子で安堵の表情を浮かべる。
そんなアルティナを見て、微笑みを漏らすリーシャ。
アルティナが彼女たちと自分を重ね合わせて見ているであろうことは、リーシャにもなんとなくわかっていた。
そして影だけを残し、灰となって消滅したルーファスの亡骸に目をやり、リーシャは深い溜め息を漏らす。
(あんなに怒ってるリィンさんを初めてみました)
いつものリィンなら、ルーファスの話に耳を傾けるくらいのことはしただろう。
いや、情報を得ることもなく、相手の目的も聞かずに殺すなんて猟兵らしくないとリーシャは思った。
止めるべきかとも考えた。しかし割って入ることを躊躇うほどに、先程のリィンは近寄りがたい空気を発していた。
だが、あんなにもリィンが怒った理由には察しが付く。恐らくは彼女たち――そしてアルティナのことだ。
「……私の所為でしょうか?」
「まったく関係ないとは言いませんが、どちらかと言えばリィンさんの問題だと思いますよ」
アルティナもそのことに気付いていた様子で、責任を感じているようだった。
しかし、それは少し違うとリーシャは否定する。確かにアルティナの件が引き金となっていることは確かだが、リィンがあれほどに感情を表にだすのは珍しい。ルーファスがどう言うつもりで、アルティナと〈姉妹〉を戦わせたのかは分からないが、リィンにとってそれは許すことの出来ない一線だったのだろう。
「一足、遅かったようですわね」
突然、声のした方に振り返り、リーシャとアルティナは目を瞠った。
その視線の先には、黒いローブに身を包んだ魔導師――マリアベル・クロイスの姿があったからだ。
灰と化したルーファスの亡骸を見て、ここで何があったかをマリアベルは察する。
「マリアベルさん……あなたがどうしてここに?」
「わかっているのでしょう? 当然、彼を追ってきたからですわ」
マリアベルの言葉に警戒を最大限に引き上げ、いつでも攻撃に移れるようにリーシャは体勢を整える。
リィンの邪魔はさせない。そんな覚悟と決意が、彼女の表情からは感じ取れた。そして、それはアルティナも同じだった。
戦意を向けてくる二人を前に、マリアベルはクスクスと愉しげな笑みを漏らす。
「フフッ、旧交を温めたいところですけど時間もないことですし、いまは休戦と行きませんか?」
「時間がない? それってどういう……」
マリアベルが何を言っているのか理解できず、リーシャは困惑を隠せない様子で尋ねる。
そんなリーシャの問いに「仕方ありませんわね」と一息つくと、マリアベルは言葉を続けた。
「勿論、世界の終わりが近づいているという意味ですわ」
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