「ノエルなのか?」
ずっと離れ離れでいた仲間との再会に、ロイドは戸惑いの声を上げる。
国防軍の中にノエルの姿が目撃されていることは、ロイドの耳にも入っていた。
どこまでが本当のことで、何が嘘かを判断する材料をロイドたちは持っていないが、彼女のことは気に掛けていたのだ。
しかし――
(黒い機甲兵。それに帝国軍の戦車……やっぱりノエルは……)
ロイドは警戒を強める。素直に仲間との再会を喜びたいが、そうもいかない事情があった。
オルキスタワーを襲撃したあの作戦から凡そ八ヶ月。
ノエルがどうしてまた軍に復帰することになったのか? その経緯をロイドたちは知る由もない。
しかし話によれば、ソーニャを捕らえた政府直轄の部隊をノエルが率いていたという情報もある。
その部隊が用いていたと言うのが、黒い機甲兵とラインフォルト社製の戦車だ。
「ノエルさん……」
喜びと戸惑い、複雑な心境を含ませながらティオは、嘗て特務支援課で一緒に仕事をした仲間の名前を口にする。
黒い機甲兵から姿を見せたのは、間違いなくノエルだった。
見慣れない黒の軍服に身を包んではいるが、苦楽を共にした仲間の顔を見忘れるはずがない。
「ティオ、油断するな」
「……はい」
部隊に指示を飛ばすと、真っ直ぐにこちらへ向かって歩いてくるノエルをロイドとティオは警戒する。
ノエルは軍人、体制側の人間だ。一方でロイドとティオは、政府から追われる身。
立場上、敵と味方に分かれていることは二人も承知していた。
「お久し振りです、ロイドさん。それにティオちゃんも……」
しかし警戒する二人とは違い、ノエルは旧友との再会を喜ぶように笑顔で声を掛けてきた。
そんな昔と変わらないノエルの態度に、ティオは少し安堵した様子で警戒を緩める。
仕方のないことだとはわかっていても、出来ることなら嘗ての仲間と争いたくはない。
特務支援課という場所に特別な思い入れのあるティオが、そう考えるのも自然なことだった。
しかしロイドは違った。
「ノエル、キミはどうしてここに?」
ノエルの態度におかしなところは何一つない。
だからこそ、何かがおかしいとロイドの捜査官としての勘が囁く。
「どうしてって、ロイドさんたちの救援に駆けつけたに決まってるじゃないですか」
「キミは国防軍に所属しているんだろ? 俺たちはお尋ね者だ。それなのに何故……」
「仲間を助けるのに理由が必要ですか? 確かに私は今、軍に所属していますが、いまでもロイドさんたちのことを大切な仲間だと思っているつもりです」
その言葉に嘘はないように思えた。
実際、ロイドも仲間が危険に晒されていると分かったら助けようとするはずだ。
「なら質問を変えよう。どうして俺たちがここ≠ノいると分かったんだ? いや、いつからここ≠ノいたんだ?」
ロイドの問いに、先程まで一切動揺を見せることがなかったノエルの表情に影が差す。
そう、ロイドが気になっていた違和感の正体がそれだった。
今日、ここにロイドとティオがいることを知る者は数少ない。二人にとっても今日のことは想定外のことだったのだ。
ワジが二人の前に姿を現さなければ、マリアベルの導きがなければ、ロイドたちはここまで辿り着くことは出来なかっただろう。
「大樹での異変を察知して駆けつけたというのならタイミングが良すぎる。ちゃんと答えてくれ。いつから、ここに待機していたんだ?」
当然そのことをノエルが知っているはずもない。軍も事前に察知していたとは考え難い。
大樹の異変を感じ取ってから部隊を派遣したにしては余りにタイミングが良すぎるし、
もし偶然居合わせたというのなら、彼女たちはここで何をしていたのかという疑問が生じる。
「やはりロイドさんは騙せませんね」
「ノエル。やっぱりキミは……」
「はい。私の目的は言わなくても、もうわかっていますよね?」
そう話すノエルの視線の先には、ロイドの腕の中で眠るキーアの姿があった。
ここにロイドたちがいることを知らなかったとすれば、自ずとノエルたちの目的についても察しが付く。
――キーアだ。
出来ることならハズレていて欲しかったと、ロイドは苦悶に満ちた表情を浮かべる。
「結界が邪魔で侵入できずに困っていたのですが、ロイドさんたちが結界を解いてくれて助かりました」
マリアベルの協力なければ、ロイドたちもキーアの元へ辿り着くことは出来なかっただろう。
ロイドたちは結界に阻まれ、キーアに手を出すことが出来ないでいたノエルたちの協力をしてしまったと言うことだ。
だがロイドたちにキーアのことを託したマリアベルが、このことを知っていたとは思えない。
マリアベルではないとすれば、ノエルの部隊は誰の指示で動いているのか?
考えられる答えは一つしかなかった。
「キミにそう命じたのは、ギリアス・オズボーンか?」
「さすがですね。でも――」
ここまでです、と口にするとノエルは腰に下げた銃を抜き、その銃口をロイドへと向けた。
予想していたとはいえ、やはりこうなったかとロイドは表情を曇らせる。
ノエルの目的がキーアにあると言うのなら、絶対に渡すわけにはいかない。
ましてや、それを命じたのがギリアスなら尚更だ。
「こんなのおかしいですッ!? どうしてですか! ノエルさんだってキーアのことを――」
そんなノエルに対し、ティオは両目に涙を溜めて声を荒げる。
ノエルが何の理由もなく、こんな真似をする人物でないことをティオはよく知っている。
キーアをあんなにも可愛がっていたノエルが、ギリアスの命でキーアを攫いに来たとは信じたくはなかった。
なら、何か事情があるはずだ。そう考え、ノエルに詰め寄ろうとするティオの肩をロイドは掴む。
「ロイドさん?」
「ティオ、ゆっくりと後ろに下がるんだ」
ロイドの言葉で、ようやくティオも自分たちが置かれている状況に気付く。
距離にして百アージュと言ったところか? ライフルで武装した兵士に取り囲まれていたからだ。
機甲兵や戦車の存在にばかり目を奪われていたが、最初からこれが狙いでノエルは無防備に近づいてきたのだろう。
しかしキーアが必要と言っているからには、彼女を傷つけるような真似は避けたいはずだ。
状況は不利だが、そこに活路はあるとロイドは考え、ゆっくりとティオを下がらせながらツァイトに視線で合図を送る。
「ツァイトも動かないでください。怪我人をだしたくはないでしょ?」
背後に注意を払うと、取り囲むように幾人かの兵士がノルンにも銃口を向けていた。
岩陰からライフルで狙いを定めている兵士を含めると、その数は十数人と言ったところ。
この程度の数、ツァイトなら蹴散らすことは造作もないが、当然そんな真似をすればノエルの言葉どおり兵士は引き金を引くだろう。
「人質に取る相手を間違えたな」
「何を……」
しかし、相手が悪い。そうツァイトは心の内で呟く。
ツァイトが、このなかにいる誰よりもノルンが強いと称したのは、キーアから回収した至宝を彼女が宿しているからではない。
彼女はキーアの願いから生まれた虚なる神だ。それは女神と同じく高位の次元に位置する存在。
人の身では決して届かない存在であることを示していた。
「ごめんね。でも、捕まるわけにはいかないし、ロイドたちを傷つけられるのも困るから……」
兵士が引き金に指を掛けようとした、その時。ノルンを中心に風が渦巻き、周囲の者たちを吹き飛ばした。
そして風はロイドたちをも包み込み、視界を覆い尽くさんばかりの砂埃を巻き上げる。
腕で両目を庇い、一旦距離を取るノエル。しかし風の勢いは収まる様子がない。
「風属性の導力魔法!?」
しかし本来、アーツと呼ばれるものは発動に時間を要する。
これほどの竜巻を起こすほどのアーツともなれば、かなりの駆動時間を必要とするはずだった。
ましてやノルンは戦術オーブメントを所持していない。それなのに――
ノエルは歯を噛み締める。
「最初からこれが狙いで……ッ!?」
こう視界が悪くては、下手に射撃を命じることも出来ない。同士討ちになる恐れがあるからだ。
砂嵐に紛れて、ロイドたちが逃走を図るつもりだとノエルは判断する。その時だった。
風が渦巻く砂嵐の中から巨大な狼――ツァイトが、ノエルの頭上を横切るように飛び出してきた。
軽やかに地面に着地すると、そのままノエルたちが切り拓いた道を逃げるようにツァイトは疾走する。
「逃がしません! 戦車部隊は先行して目標の追撃を、残りは私と共に――」
部隊に追撃の指示を飛ばし、自身も機甲兵に乗り込むべく踵を返す。
だが、その時。別の何かが砂嵐の中から飛び出し、ノエルに向かって攻撃を繰り出してきた。
咄嗟に大地を蹴ることで横に転がり、その影の攻撃を回避するノエル。
両手にサブマシンガンを油断なく構え、影の姿を視界に捉えたところでノエルの表情が固まった。
「キミの相手は俺だ!」
「ロイドさん!?」
距離を置かせまいとノエルとの間合いを詰め、息も吐かせない連続攻撃を仕掛けるロイド。
必死に反撃の機会を窺うが、思うように自分の間合いで戦えわせて貰えず、ノエルは防戦一方に追い込まれていく。
だが、それ以上に――
「折角のチャンスを……正気ですか? ひとりで残るなんて……」
ロイドがこの場に一人で残ったことを、ノエルは不可解に感じていた。
確かに部隊の大半は追撃にだしてしまったが、それでも数の有利は変わっていない。
ロイド一人で覆せるような戦力差ではない。そのことをロイドが理解できていないとは思えなかった。
「周りをもっとよく見たらどうだ?」
「な……」
ロイドに指摘され、ノエルは周囲の様子を窺うように耳を澄ます。
砂嵐の中から聞こえてくる剣戟と銃声。それは味方のものだけではなかった。
「漆黒のジャケットに太陽の紋章。まさか!?」
ようやく砂嵐が弱まってきたところで、ノエルの目に太陽のエンブレムを背にした黒ずくめの集団が目に入る。
こうして実物を目にするのは初めてだが、あの紋章を背に掲げる集団はノエルの知る中で一つしかなかった。
――暁の旅団。まだ発足してから、そう日が経っていないというのに〈赤い星座〉や〈西風の旅団〉と同様、最強の一角に数えられる猟兵団。
ここクロスベルにおいても最高レベルの危険人物として、〈暁の旅団〉のメンバーの資料は軍や警察に公開されていた。
そのなかに資料の一つとして記されていたのが、暁の旅団を象徴する『太陽のエンブレム』だ。
「……じゃあ、さっきのは?」
「一芝居打たせてもらった。先に騙したのはキミだ。卑怯だとは言わないよな?」
ロイドも、ここまで予想していたわけじゃない。
しかしノエルやツァイトに何か、この状況を打開する案があると気付き、その流れに乗っただけだ。
最初からツァイトの方が囮。戦力を分散させ、各個撃破するのが狙いだったのだとノエルは気付く。
「でも、これだけの人数を一体どこから?」
問題はそこだった。
最初から部隊を伏せていたとは思えない。だとするなら――
「随分と虚仮にしてくれましたわね」
冷たい、底冷えするような声に、ノエルは言い知れぬ悪寒を感じる。
砂嵐の中心から現れたのは、漆黒のローブに身を包み、禍々しい杖を手にした魔導師だった。
マリアベル・クロイス。そして彼女の足下で光る魔法陣を見て、ノエルは彼女が何をしたのかを理解する。
同じような光を、以前も目にしたことがあったからだ。
転位の魔法陣。砂嵐はこれを隠すためのカモフラージュだった。
「見たところ洗脳も解けているようですし、何があったのか聞かせてもらいますわよ?」
◆
「妹を助けるために鉄血宰相と取り引きをした。そういうことか」
「……はい」
ノエルの部隊は後から現れた〈暁〉のメンバーによって瞬く間に制圧された。
そして武装を解除されたノエルはロイドから詰問を受けていた。
そうして明らかになった事情。
ノエルの洗脳を解いたのは、あのレクター・アランドールだったと言うこと。
妹の置かれている状況を聞かされ、ノエルが自分の意思で協力することを決めたと言うことだった。
「バカなことをしましたわね」
「あなたに言われたくありません」
そう言って睨み付けてくるノエルに、マリアベルは苦笑で返す。
ノエルを捕まえて洗脳したのはマリアベルだ。そのことを彼女が根に持っているのは当然と言えた。
「〈暁の旅団〉の団長は、凄い女誑しだと聞きました。私の所為でフランは……」
否定できないな、と聞き耳を立てていた団員たちが一斉に笑う。
リィンがフランに手を出しているかどうかは別として、傍から見ればそう思われても仕方のないことを山ほどしている。
団員は勿論のことマリアベルも、これまで観察してきたリィンの行動を振り返り、ノエルの言葉を否定することは出来なかった。
実際、リィンの周りには魅力的な女性が多い。ノエルが勘違いするのも無理はないだろう。
「それで、こんな回りくどいやり方をしたのか」
「うっ……やっぱり気付かれていましたか?」
「殺意がないのはわかっていた。それに意識を操られているわけじゃないことはすぐに分かったし、ノエルが何の理由もなく仲間を傷つけるはずがないと信じていたからね」
ロイドさん……と熱の籠もった視線を向けるノエルを見て、一部始終を見ていた団員たちは「団長の同類か」と溜め息を漏らす。
しかし、そうなるとノエルが本気でギリアスに協力していたとは、ロイドには思えなかった。
嘗ての仲間を傷つけることを躊躇うほどだ。そんな心優しい彼女が、キーアをギリアスに素直に引き渡すとは思えない。
そんなロイドの予想は当たっていた。
「レクター大尉に言われたんです。キーアを取り引きの材料にすれば、〈暁の旅団〉の団長に直接会うことが出来るはずだって」
ここでまたレクターの名前が出て来たことに、ロイドは作為的なものを感じる。
ノエルは気付いていない様子だが、恐らくは最初からレクターがすべて仕組んだことだったのだろう。
こうなるとギリアスが本当にキーアを必要としていたかどうかも分からなくなった。レクターの虚言という可能性があるからだ。
しかし、そうするとノエルを焚き付け、こんな回りくどい真似をした意図が気に掛かる。
マリアベルなら何か知っているのでは? とロイドが視線を向けると、彼女は顎に手を当てブツブツと何かを呟いていた。
「勿論、彼等にもキーアを渡すつもりはありませんでした。もしもの時はフランの代わりに私が……」
そんな真似を妹が望んでいないとわかっていても、ノエルは姉としてじっとしてはいられなかったのだろう。
その苦渋に満ちた表情を見れば分かる。そして――
「マリアベルさん、どこへ?」
「聞きたいことは聞けましたから、その娘にもう用はありませんもの。煮るなり焼くなり好きにするといいですわ」
ロイドの問いにそう答えるとマリアベルは転位の光を残し、さっさと一人で消えてしまう。
そして「まさか帰りは歩きか!?」と声を荒げる団員たちの横で、ロイドはノエルに手を差し伸べた。
マリアベルの言葉の意味を正しく察したが故の行動だった。
「……ロイドさん?」
「好きにして良いって話だったからね。ノエル、キミは俺が貰うことにした」
「え……ええッ!?」
ロイドの告白とも取れる言葉に、顔を真っ赤にして慌てふためくノエル。
勿論、ロイドのことだ。そういう意味で言っているのではないことくらいノエルにも分かる。
それでも好意を寄せる相手から、そんな風に迫られれば顔を赤くして動揺するのも無理はなかった。
「お二人とも、こんなところでイチャイチャしないでください」
「……不埒な人たちですね」
声がして、ふとロイドとノエルの二人が一斉に振り返ると、そこには二人の少女が並んで立っていた。
ティオと、もう一人は――
「アルティナ・オライオンです。特務支援課の方々に手紙を預かっています」
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