ミシュラムの森の中、湖畔を目指して進む集団の姿があった。ロイドたちと合流したミレイユの部隊だ。
 捕虜となった兵士たちを含め、数は百名余り。そのなかに〈暁の旅団〉の姿はない。
 気を利かせたつもりなのか?
 戦闘を終えるとヴァルカンはアルティナや団員たちを引き連れ、さっさと森の中へと姿を消してしまったからだ。

「助かったよ。でも――」

 戦車を無力化したロイドたちはミレイユの部隊の案内で、大樹を背に湖を目指していた。
 ミレイユの部隊が乗ってきたという船が、湖の畔に停泊しているという話を聞かされたからだ。
 その道中、車の荷台で肩を寄せ合いながら、ロイドはランディに尋ねる。
 マリアベルの罠で行方知れずとなっていたランディが、どうしてミレイユたちと一緒にいるのか?
 そのことを、ずっと疑問に思っていたからだ。

「どこかへ飛ばされたと思ったら森の中……それも魔獣の縄張りだったみたいでな。まあ、それに関しては、どうにかなったんだが……」

 その後、大樹の付近で幻獣に足止めを食らっていたところを、ミレイユに助けられたという話だった。
 ワジとランディが何処か別の場所へ転位させられたことはロイドとティオも知っていたが、まさか大樹の外――それもそんな場所へ飛ばされていたとは二人も思ってはいなかったのだろう。
 焦燥しきったランディを見て、どう声を掛けていいか分からないと言った様子で、複雑な表情を浮かべる。
 しかし、ある意味でマリアベルらしいとも思える所業でもあった。

 彼女は基本的に男には厳しい。エリィに纏わり付く虫には特にだ。
 ランディはエリィに言い寄っているわけではないが、シャーリィや〈赤い星座〉の一件もあって余り良くは思われていない。
 契約の延長を申し出たにも関わらず、さっさとクロスベルとの契約を打ち切り、姿を眩ませたことを実のところ根に持っていたからだ。
 ましてや、その理由がシャーリィとリィンの関係にあることは疑うべくもない。シグムントには最初からわかっていたのだろう。
 クロイス家の計画は破綻する。リィン・クラウゼルによって阻止されると言うことが――
 オルランド一族が戦いを好む性格をしているとは言っても、シグムントは一人の戦士である前に猟兵だ。
 最初から失敗するとわかっていて、負けると決まっている勢力に味方をする猟兵はいない。引き時を見誤らないのも一流の資質だった。

 とはいえ、ランディのことはそれで説明が付くが、ミレイユがどうしてここ≠ノいるのかと言った疑問は解決していなかった。
 彼女は警備隊にいた頃のランディの元同僚だ。嘗てはレジスタンスとして活動していた時期もあったが、現在はダグラスの直属部隊に配属されていた。
 ノエルにも指摘したことだが、そもそもロイドたちがこの場所にいることを知る者は少ない。
 ノエルの反応からも、軍がそのことを把握していなかったことは間違いなかった。
 なら、最初からロイドたちの救援が目的で、ミシュラムに部隊を派遣したわけではないだろう。

 一体なんの目的で? 誰の指示で?

 そんな疑問をロイドが抱くのは当然のことだった。
 ミレイユもロイドの視線に気付き、疑惑を持たれていることを察した様子で苦笑する。
 こうして言われるがままついていけば、実は罠だったいう可能性もゼロではない。ミレイユもロイドの立場なら同じことを考える。
 勿論そんな思惑はないが、証拠を示さない限りは信用してはもらえないだろう。そう考えたミレイユは誤解を解くべく、ロイドの疑問に答えた。

「追っていたのはノエル少尉の動向です」
「え……そうなんですか!?」

 自分の名前が、ここで出て来ると思っていなかったノエルは驚きの声を上げる。
 そうして話を続けるミレイユ。彼女の話によると、ダグラスの指示でノエルの動きを監視していたそうだ。
 ミレイユがダグラスから監視と調査を言い渡された時期を考えると、丁度ソーニャが更迭され、ノックス拘置所へ収容された時期と重なる。
 話を聞くにつれ、ノエルは思い詰めた様子で塞ぎ込む。そんなノエルを気にして、ロイドは声を掛けた。

「どうかしたのか?」
「いえ、なんか私って流されてばっかりで、周りがまったく見えてなかったんだなって……。自分の至らなさを痛感しているところです」

 感情で突っ走った挙げ句、周りに心配を掛けてばかりいる自分をノエルは不甲斐なく感じていた。
 この用意周到さ。ノエルの知る限りでは、こんな指示をだせる人物は一人しかいない。ソーニャ・ベルツ司令だ。
 ダグラスは無能ではないが、どちらかというと実戦に重きを置くタイプで、戦場の外で策謀を巡らせることには長けていない。
 ソーニャが司令へと昇進した際に、その後釜として副司令の座へ推薦された時も、しぶしぶ引き受けたという話があるくらいだ。
 ミレイユへの的確な指示も、ダグラスの背後でソーニャが助言を与えていたと考える方が自然だった。

「そう言えば、機甲兵や戦車に仕掛けがされていたなら街や軍は大丈夫なんですか?」

 ノエルはふと思い出したかのように、そのことをミレイユに尋ねる。当然と言えば、当然の疑問だった。
 ギリアスから提供された機甲兵や戦車は、ノエルの部隊に配備されているものですべてではない。
 当然、街の守備隊や国境を守る部隊にも、数は多くないが配備されているはずだ。
 それが街や砦の中で暴走するようなことがあれば、大きな被害をだしかねない。

「市内に配備されていた機甲兵と戦車は〈暁の旅団〉がすべて破壊したそうだから問題ないわ。あと砦の方も対策済みよ」

 しかし、そんなノエルの不安を、ミレイユはあっさりと払拭する。
 そもそも幾ら最新鋭の兵器であろうとも、自分たちで補給や整備のままならない兵器に命を預けられるはずもない。
 一応、帝国から連れてきたという技術者たちもいたが、その者たちを含めて亡命政府のことを、ミレイユたちは信用していなかった。
 そのため、砦に配備された機甲兵や戦車は、すべて別の場所に隔離していると言う話だった。元より、なんらかの罠である可能性を疑っていたらしい。
 これもダグラスの指示と言う話だが、筋書きを描いたのはソーニャだろうとノエルは確信する。
 ソーニャとダグラスが結託し、どれほどの無茶をしたかが察せられるだけに、ノエルがそのことを気にするのは当然だった。
 それが自分のためだと自惚れるつもりはない。しかし司令たちが頑張っている時に、自分は何をしていたのか?
 洗脳され、妹を口実に騙されていたとは言っても、そのことを考えると情けない気持ちで一杯になる。

「ノエル少尉。あなただけの責任ではないわ」
「ミレイユ先輩……」
「逆に言えば司令たちでさえ、それが精一杯だったのよ。ディーター大統領の下で、クロスベルが危うい方へ向かいつつあることを知りながら黙って見ていることしか出来なかった。いえ、文民統制(シビリアンコントロール)の原則を理由に、私たちは何もしてこなかった。それは、あなただけじゃない。私たち、軍人が追うべき責任だと思っているわ……」

 レジスタンスに同調して、軍がクーデターを起こすわけにはいかない。それは軍人として正しいのだろうが、果たしてクロスベルのことを本当に考えての決断だったかと言えば疑問は残る。ディーター・クロイスの独裁によって、政府が暴走を始めていたことは明らかだ。反対する議員たちが幽閉され、政府に逆らう者たちは容赦なく捕らえられた。そして、その片棒を担いでいたのも軍だった。
 軍人が上からの命令に従うのは当然のことだとは言っても、果たして罪のない人々を捕らえ、逆らう人々を銃で脅し、服従させることが軍の仕事と言えるだろうか?
 彼等の力は本来、クロスベルの街と、そこに住まう人々を守るために振われるものだ。
 ミレイユはそのことに、ずっと疑問を持っていた。だからクロスベルが独立宣言をだし、警備隊が国防軍となった後も、最後まで抵抗を続けたのだ。
 彼女も本来であればノエルと同様に政府に捕らえられ、洗脳されていた可能性が高い。そうならなかったのは、ソーニャの尽力によるところが大きかった。
 それだけに、自分もノエルと同じ立場だったら――
 そう思うと、ミレイユは彼女だけを責める気にはなれなかった。

「二人とも、その辺りにしとけ。誰が悪いわけでもない。俺たちは戦争をやってるんだ」

 ランディの言葉に、ノエルとミレイユは何も言葉を返せずに黙ってしまう。
 クロスベルを攻めてきているのは、西ゼムリア大陸最強とも噂されている新進気鋭の猟兵団だ。
 そんな彼等の後ろにいるのはヘンリー・マクダエル前議長と、その娘のエリィ・マクダエル。
 これはテロによる襲撃ではなく、文字通り独裁政治からクロスベルの解放を謳った『内戦』と呼べるものだった。
 戦争において、罪に問えるのも、それを決められるのも勝者だけの特権だ。ここでノエルとミレイユが互いに自分を責めたところで、問題が解決するわけではない。
 当然そのことは二人も理解している。それでもランディの言うように、簡単に割り切ることは出来なかった。

「そう言えば、いろいろとあって聞いてなかったけど、アンタは今までどこで何してたのよ?」
「いや、それはだな……」

 ミレイユに詰め寄られ、ランディは困った顔で誤魔化すように頬を掻く。
 重い空気が周りに伝染していくのを察して、話を逸らすためにランディへと話題を返したのだろう。
 ランディもそんなミレイユの意図に気付いてはいたが、素直に事情を話すことも出来ず、助けを求めるように視線を泳がせる。

「ああ、そうだ。ランディ」

 そして目があったところでロイドから声を掛けられ、これ幸いとランディは話に食いついた。
 動揺を悟られないように平常心を保ちながら、僅かに上擦った声でランディはロイドに返事をする。

「な、なんだ? おにーさんに相談事か?」
「ランディさん。動揺してるのがバレバレです」

 ティオの容赦の無いツッコミに、ランディは余裕のない様子で睨み返す。
 すぐにバレることなのに、どうしてランディがミレイユにそこまで隠そうとするのか、ティオには理解できなかった。
 そして――

「この件が終わってからでいいんだが、キミの従兄妹を紹介してくれないか?」

 ロイドの頼みに、呆気に取られた様子で目を丸くして固まるランディ。
 驚きと困惑を滲ませた女性陣の声が、森の中に響き渡る。

「ど、どういうことですか!? ロイドさん!」

 動揺を隠しきれない様子で、ロイドに詰め寄るノエル。
 そんな二人を見て「ああはなりたくないな」と心の中で呟きながら、ランディはミレイユに再び視線を移すと、

「なに?」
「いや、なんでもねえよ……」

 自分のヘタレ具合を痛感し、少しだけロイドを尊敬するのだった。


  ◆


 ミシュラムの遥か上空。高度二千アージュの空の上では、騎神と巨神の想像を絶する戦いが繰り広げられていた。
 降り注ぐ光の槍を旋回しながら回避し、ヴァリマールは巨神に絶えず攻撃を仕掛けていく。
 しかしゼムリアストーンで作られたアロンダイトの刃と言えど、巨神の纏う結界には通用せず、何度も弾かれる。
 輝く環の結界と同じか、それ以上の硬い防御壁を前に、段々と苛立ちを募らせていくリィン。

(くッ! まだ、早い。もう少し距離を取らないと……)

 結界を破るための手段はある。しかしリィンが力を使うのを躊躇っている理由が二つあった。
 王者の法とは錬金術師が求める究極の力にして、創造と破壊という相反する二つの理を有する力だ。一方でリィンの異能(チカラ)は、ありとあらゆるものを灰と化す〈終焉の炎〉を源とするため、どちらかと言えば創造よりも破壊に傾倒している。世界が至宝(キーア)を殺せる存在≠求め、この世界に呼び寄せた魂がリィンなのだから、それはある意味で当然と言えるだろう。
 ましてやリィンは力に覚醒したばかりで制御が不十分なところがある。アリアンロードとの戦いが良い例だ。実際のところはあそこまでするつもりはなく、戦闘の余波が大陸全土にまで影響するとはリィンも予想していなかった。
 偶々上手く行っただけで、次も上手く行くとは限らない。そんな力を少なくとも地上に近い場所では使えない。守るべき街を破壊してしまっては意味がないからだ。
 そのため、全力をだすには巨神をクロスベルから出来るだけ遠ざける必要があった。
 しかし、このことはギリアスも気付いているのか? 絶妙な距離感を保ちつつ、なかなかクロスベルから離れようとしない。
 そして、もう一つ。覚醒したリィンの力にヴァリマールが耐えられるかどうかが、リィン自身にも想像が付かなかった。
 下手をすればヴァリマールはリィンの力を受け止めることが出来ず、この世から消滅してしまう可能性すらある。そのことをリィンは迷っていた。

 ――どうする? どうしたらいい?

 ギリアスへの怒りと、現実の挾間に揺さぶられ、リィンは葛藤する。
 ただ怒りにまかせて力を振うことが出来たら、どんなに楽かと考えるがリィンは首を左右に振る。
 それは一度やって失敗したことだ。二度と同じ過ちは繰り返さないと、あの時に誓ったことをリィンは忘れてはいなかった。

「後ろが気になって、全力をだせぬか」
「何を言って……やめろ! ギリアス!」

 その直後、巨神の頭上に輝く光の槍が街に向かって放たれた。
 咄嗟に街を庇うように槍との間に身を置くヴァリマール。しかし――

(数が多すぎる! 集束砲も間に合わない!?)

 数百を超える光の槍が、天より降り注ぐ光景にリィンは絶望を抱く。
 すべてを迎撃することは不可能。ならば、せめて〈紅き翼〉だけでも――
 そうリィンは考え、アロンダイトを構えた、その時だった。

「――ッ!?」

 ヴァリマールの横を通り過ぎた無数の武器が、巨神の放った光の槍に吸い込まれていく。

「緋の騎神! シャーリィか!?」

 すぐに、その無数の武器の正体が〈緋の騎神〉の能力で生み出されたものだとリィンは気付く。
 雲の上で衝突する二つの力。眩い閃光と大気を震わせるような衝撃が、クロスベルの空を鮮烈に彩る。

「どうしちゃったのさ、リィン。らしくないよ?」

 ヴァリマールの操縦席に響く声。それはシャーリィのものだった。彼女がなんのことを言っているのかをリィンは正しく察する。
 街が標的にされる可能性は、簡単に想像の出来たことだ。咄嗟にリィンは街を切り捨てようとしたが、そもそも予想できていれば防げていた可能性が高い。
 戦場では常に最悪の可能性を想定しろ。それはリィンがまだ駆け出しの頃、仲間たちから教わったことでもあった。
 猟兵にとって契約は絶対だ。街の崩壊は仕事の失敗を意味する。なのに――
 シャーリィにも予想できていたことを、団長のリィンが想定していないのはおかしい。彼女の指摘は当然だった。

「悪い。ちょっと頭に血が上ってたみたいだ」
「まあ、いいけどね。リィンがやらないなら、シャーリィがもらっちゃうだけだし」
「やめとけ。お前の腕は信頼しているが、〈緋の騎神(そいつ)〉じゃ巨神(ヤツ)は倒せない」

 素直に非を認めながらも、獲物は譲らないという意志をシャーリィに向けるリィン。
 怒りから視野が狭くなっていた。恐らく、それさえもギリアスの術中に嵌まっていたと言えるのだろう。
 心理戦では勝てない。これまでに戦ったことのないタイプの相手。厄介な強敵だとリィンは再確認する。
 しかし、だからと言って退くつもりもなければ、やることも変わらないというのがリィンのだした答えだった。

「で? どうするの?」
「やることは単純だ。結界をぶち破って、全力の一撃をぶちかます」
「いいね! そういう分かり易いのシャーリィ好きだよ」

 ようやく調子を取り戻してきたリィンに、喜びの声を返すシャーリィ。
 策と言える策もない。やることは結局、力任せと言ってもいい作戦とも呼べない方法だけだ。
 だが、小細工を弄したところで相手の方が格上である以上、軽くあしらわれるだけだ。
 同じ土俵に上がったのでは勝ち目はない。だとするなら、取れる方法は限られていた。

「いくぞ! ヴァリマール!」
「いくよ! テスタ・ロッサ!」

 一斉に加速する二体の騎神。狙うは、ただ一つ――

「ギリアス・オズボーン!」

 リィンの叫びがクロスベルの空に響いた。



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